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椎名

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神のいない山

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「さて、そんじゃガキの癇癪も治まったところで、駅行くぜ」

「ガキじゃないですーっ!」


 青いリュックを背負いながら、縒れたシャツを纏っている時政の後を駆け足で追う。
 相変わらずのもっさりワカメガネ。だけど僕は知っている。あの鉄壁のガードの下には、とんでもない美貌が隠れている事を。

 ……でも、いいのかな。時政さん、あんなに隠したがっていたのに。

 フラフラとだらしない割に背筋はしっかり伸びている時政の背を見つめる。


(……ほんと、変な人)


 ニートみたいな自堕落生活のくせに、ふとした瞬間に、姿勢やら箸使いやらから然り気無く育ちの良さそうな気品が感じられて。


(出所謎の資金も持ってるしね)


 ……時政さんの存在が一番の謎かもしれない。


 そんな事をぼんやりと考えながら歩いていると、美岬館の近くまで来ていた。
 陰鬱な雰囲気のなくなった館をなんとなく眺めながら呟く。


「どうするんでしょうね。今後。今度は警察でも呼ぶんでしょうか」


 もう事件は解決してるのに。

 そう、複雑な面持ちで見上げていると。


「大丈夫だろ。清海野の女将さんが上手く言ってくれるさ。あの人は身内の誰が関わってたか察したみたいだからな」

「え、そうなんですか?」

「ああ。話してる間ずっと、俺達に対して申し訳なさそうな顔をしてたし、俺達が千代瀬をつれて来たところも見てる。さすがに気付くだろ。何が起きたのかまではわかんなくとも」


 ああ。確かに。
 あの人はあの場で一切口を出してこなかった。


「ま、俺達の出る幕はもうねえってこった」

「……ですね」


 ――ふと、何かに引かれるように振り返った。


「――っ!」


 風に靡く艶やかな黒髪。
 笑みを作る瞳は、あの夜の邪悪なものではなく、ただただ、凪いだ風のように静かで。





『――ありがとう、ばいばい』





「……どういたしまして、ばいばい」



 優しい黒に最後の挨拶を交わして、
 僕等は、未知なる世界への足掛けとなった旅館を後にしたのだった。
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