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椎名

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神のいない山

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「――ッは」


 視界が開けた途端、酷い頭痛と足が地に着いていないかのような不安定感に襲われた。


「ッつぅ……」


 症状としては立ち眩みに近い。
 クラクラと立つ事を拒否しようとする脳を叱咤して、壁に手をつく。


(な、に……? 僕は……)


「……っ」


 唐突に蘇る記憶。断片的にバラバラと再生される脈絡を伴わないそれの中で、

 ――ぐりん。
 捩じ曲がった首。空洞。ノイズのような声。

 返る。記憶。恐怖。
 還る。悪寒。手。
 冷気。
 恐怖。悪意。怖い。笑顔。
 寒い。恐怖。嫌悪。恐怖。恐怖。恐怖。怖い。
 恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。


「――ひ、ぁ……」


 ガクリと膝から崩れ落ちる。

 頭の先から補食される感覚。なんてアンリアルなリアル。
 全身に回る震えは、毒のように正常であろうとする心を蝕む。

 なんだあれは。なんだったんだ。
 こわい。こわいこわいこわい。
 いやだ。だれか。こわい。たべられる。こわい。だれか。

 たすけて。


「ときまさ、さん……っ!」


 思わず縋るように呟いた彼の名前。


(……あ、れ……?)


 ――フワリ


 空気が。

 軽くなった。気がした。


 時政さん。時政さん。時政さん。

 心の中で唱える度、淀んだ水が透き通るみたいに沈澱し這っていた恐怖が取り除かれていく。まるで魔法だ。
 きっと、時政さんの言葉が、時政さんの存在が、僕の安定剤になっている。

 一つ、二つ、深呼吸をする。
 そして、やっとまともに呼吸ができるようになった頃、――異変に気付いた。


(ひび……?)


 時政から受け取ったブレスレットに、小さく亀裂が走っていた。


(なに、これ……)


 ざわりと肌が粟立つ。懐かしい誰かの声が脳内に反響した。



 ――『誰かからの心がこもった贈り物が壊れた時は気を付けなさい。それは危険を伝えているから。貰い主に降り掛かる災いか、――――送り主に迫る危機か』





「――――ッ時政さん!!」

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