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神のいない山
壱
しおりを挟む丸いソファーの裏に身を寄せ合って座り込む。時政の息がこめかみ辺りに当たって少しくすぐったかった。
「――じゃ、相手さんがおいでになるまでに少しずつヒントをやろう。まず、お前は今回誰が関わってると思う?」
視線は依然と周囲に向けたまま、時政が問う。
……毎回緊張するんだよね、この手の試験的な質問。
「僕は……美岬館の誰かが関わってると思います」
「――! へえ、何故?」
時政の瞳が少し開かれた、ような気がした。
見えないからわかんないんだけどね。
「え、と、美岬館に不祥事が起こるのは、清海野としても本意ではないだろうし、でも僕が知る限り関わった人間で心当たりがあるのは、清海野か美岬館だけなんです。だからまた別の第三者がいて、それを美岬館の誰かが裏から手引きしてるんじゃないかな、て」
陳腐なサスペンスドラマのような話だが、僕の凡庸な頭脳ではこれが限界だ。
「……なるほどなあ。で、その“第三者”が誰かはわかんねぇんだよな? じゃあなんで、美岬館の人間が手引きしてるなんて思ったんだ? 動機は?」
時政の声が、どこか喜を帯びているように聞こえる。
「……勘、です。動機は何かしらで美岬館の事を恨んでるんじゃないかな、て」
『勘』――情けないが、当てはまる言葉はこれしかない。
すると、時政はクツリと笑みを深めると。
「勘、勘なあ……。くくっ、――本当に良い勘してんじゃねえか」
「――っ! じゃあ……!」
「ああ。今回、この事件を引き起こしたのは美岬館だ。――あ、だからといって、自作自演て訳じゃねぇぜ? 本人も気付いてねぇだろうしな」
……気付いてない?
「キーワードは、七年前、神のいない霊山、クローバー。そこから連想されるものは?」
七年前、クローバー、共通する者は――――
「――っで、でも、そんな人には見えなかったですよ!? だって、優しくて、ふわふわしてて、すごく天然で……そんな、まさか『あの人』が……」
「ああ。何度も言うが無意識なんだよ。人ってのは、いくら良心的でもその奥底に何かを抱えている事がある。そしてそれに本人が気付いていない場合もあるんだ。……特に、普段から負の感情を持たないような人間にはな」
視線が動く。そこに“いる”者へと。――彼によって、すべてが暴かれる。
「――――なあ、若女将さん」
「……え?」
時政の嗤うような問い掛けに、ソファで遮られた奥からポツリと虚ろな声が零れた。
広がる、望まない光景。
そこに立つ『犯人』は、
包丁を片手に虚ろな瞳を揺らす若女将、千代瀬だった。
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