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神のいない山
拾
しおりを挟む「――兄ちゃん……?」
翌朝、どこか懐かしい温もりに包まれながら目を覚ました。
目元にはうっすらと涙の跡が。
(あれは……)
その昔、酷い熱を出してしまった僕をずっと傍で看病し、体温の低いその手で撫で続けてくれた兄の夢。
あんな夢を見たからだろうか。
微睡む意識の先に、彼の人の姿を見た気がした。
「……ぁ、時、政さんは……」
やっと意識が覚醒し始めた頃、ハッと起き上がってあの傲慢な雇い主の姿を探した。
――いない。ニートのようなだらしない後ろ姿が何処にもない。
(……どう、しよう)
幾ら特殊な仕事といえども、相手は上司。普通のバイトなら店長、いや、この複雑な職業を考えると、下手すれば社長に当たるのかもしれない。
そんな人間相手に暴言を吐いたのだ。いつクビになっても可笑しくはない。
――捨てられた。
その事実だけがぐるぐると渦のように脳内を廻ったその時。
「なんだ、もう起きてたのか」
求めていたやる気のない声が出入り口から聞こえ、首を千切らんばかり振り向けた。
「と、きまさ、さん」
「おー、どうし……泣いてたのか?」
時政が怪訝そうに戸惑いの声を上げる。
「どうした? 怖い夢でも見たか?」
やんわりと、普段とは似ても付かない優しい仕草で頬を撫でられる。それがまた、昔、泣き出してしまった僕をあやしてくれた兄の手にそっくりで。
「――~っ」
「お、おい……!」
僕は情けなくも時政の胸にしがみつく結果と為ってしまったのだった。
「……落ち着いたか?」
「はい。ずびばせんでしだ」
時政の疲労の滲んだ声に、じゅるじゅると鼻を鳴らしながら答える。
「……はあ。ほんとガキだな。鼻水たっぷり付けやがって」
「うっ」
時政のシャツは僕の涙や鼻水でぐっしょりだ。
「ほんと、すみません。昨日のことも、僕、生意気言っちゃって……」
「……いや、昨日は俺も言い過ぎた。悪かったな」
互いにぎこちなく頭を下げる。
俯いた僕の表情は、心の底から安堵を映していた。
……良かった。見捨てられたわけじゃなかった。
――もう、独りはいやだから。
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