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神のいない山
伍
しおりを挟む「清海野の歴史は……うーん、そうねえ。昔はここら一帯の代表の宿と言えば清海野だったんですよ? まあそれも、跡取りが跡絶えてからはどんどん知名度も財力も落ちていって。今は落ち着いてるけれど女将もそれは落ち込んでね。あの頃は大変だったなあ……て、こんな話しても面白くないね。ごめんね」
哀しげに笑みを浮かべる仲居に胸がざわつく。
――跡取りが跡絶えた? それって……
――いや、これはまだ聞くべき事じゃない。中学生が宿題で質問するには、あまりに不躾すぎる。それよりも。
「あの、美岬館の事はどう思ってるんですか? やっぱり憎い、とか……」
「まさか! ライバル関係とか因縁の仲とか言われてるけどそんな事は全然! むしろ七年前までは仲良くお互いを高め合っていたんですよ? でも……」
そこでふっと瞳を伏せる仲居。
七年前。それは確か、美岬館が急激に勢力を上げ始めた年でもある筈だ。
関係無くはないとは思っていたけれど……やっぱり七年前に今までの関係の何もかもを覆すくらいの何かがあったんだ。
鍵は七年前。謎は深まるばかりだ。
「他に聞きたい事は?」
「え、えっと」
先程の陰りなど微塵も見せずに笑い問う仲居に、またも吃ってしまう。
次、何聞けばいいの!? もう代わってよ時政さぁん!
「そういえば、お庭の花、綺麗ですよねー。これ、手入れ大変でしょう?」
僕の必死の思いが通じたのか、(いや、僕のあまりの使えなさに呆れられただけかもしれない……。)時政が世間話のように仲居へと話し掛け始めた。
「ええ。スカビオサと言うんです。暑さに弱いのでそろそろ手を入れてあげなきゃいけませんね」
「へぇー。あ、そう言えばさっきそこの神奉山の麓でもこの、えーと、スカビオサ? を見たんですよ。着物を着た女性が眺めてましてね。あそこに何か思い入れでもあるんですかねぇ」
「ッ!」
まるで他人事のように先程の出来事を話す時政に、思わず胡乱な目を寄越してしまった。
……うん。ほんと。さすがの演技力だよね。
その白々しい言葉の数々に、仲居はハッと瞳を開かせると、先程以上に辛そうに顔を歪ませた。
「……そう、ですか。……まだ、二ヶ月だものね」
(二ヶ月……?)
この反応だと、やはり山の麓のスカビオサも何か深く関係しているらしい。
「さ、そろそろお開きにしましょうか。私も仕事に戻らないといけないので。ごめんね。気の利いた話できないで。こんなので先生に怒られたりしない?」
「い、いえ! 十分です! ありがとうございました……!」
本心から頭を下げる。――十分だ。十分すぎる情報を得た。
だって。
「本当にありがとうございます。貴重な話がいっぱい聞けて、こいつも私も楽しかったです。宿題も心配ないでしょう。……さ、行こうか」
――クツリ
時政の口元には、不敵な笑みが浮かび上がっていた。
「あ、あの……! 最後に……!」
一つだけ。どうしても聞いておきたかった質問がある。
ほんの些細な事かも知れない。それでも、僕の脳内を不穏に占めているもの。
「貴女は、――氏神の存在を、信じますか……?」
「……信じるよ。だって氏神様は、あの方を連れていってしまったんだから。――――ねえ、圭司さん」
去り行く二つの背を見つめながら、
悲劇の役者に選ばれた彼の人を思い浮かべ、仲居服を着た彼女は、そう、と瞳を伏せた。
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