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神のいない山
肆
しおりを挟む「あ……これって……」
「おそらく、このスカビオサも清海野のものだな。さっきの女将さんはこれに用事があって来ていたんだろう」
「でも、なんで……」
「それをこれから聞きに行くんだよ。ほら、清海野はすぐそこだ。さっさと行くぞ」
「あ、はい!」
さっと身軽に立ち上がると、迷うことなく歩き出す時政。
置いていかれないよう慌ててその背を追おうとしたその時。
(……ん?)
紫に混じった緑。それは。
クローバー……?
慎ましやかに咲くスカビオサの隣に一本、手折られたクローバーが影のように落とされていた。
(なんでクローバー……)
「おい! 何してんだ! 早く来い!」
「は、はいっ!」
時政の苛立ち混じりの声に僕の思考は遮られ、妙な違和感を残しながらもその場を後にした。
◆◆◆
「清海野について、ですか?」
僕達は今、清海野旅館の門の前に立っている。
目の前には、清海野の従業員である仲居さん。どうやら女将は、あの後別の場所へ向かったらしく、宿へは帰ってきていないようだった。
「ええ。こいつの学校での宿題でしてね、周りは美岬館ばっか書くから僕は清海野調べる、て馬鹿な闘争心燃やしてるんですよ。まあ、学校の課題ですからここは一つお願いします!」
ぐいっと頭を無理矢理下げさせられた。
「うぉっ! お、お願いします……っ!」
……うん。なんでこんな事になってるかと言うとね、――時政さんの言ってたまんまだよ。
設定は、学校の宿題で周りにある仕事の内容を調べる事になった中学生とその保護者。父親か兄かは、そこは臨機応変に対応するらしい。
最初は記者として取材に行こうとしたんだけど、それじゃあ逆に警戒されて何も話してもらえない、て時政さんが言うから却下になった。
……まあね。理由はわかるよ。ちゃんと納得もしたし。……でもさ。
――っこれはないでしょう!
僕、一応これでも高校生なんですけど!?
「まあまあ、勉強熱心なんですねえ! 今はお客さん方も眠っておられますし、少しならいいですよ」
仲居はにっこりと優しい笑顔を浮かべると、こんな突発的な話にも関わらず掃除の途中だった庭へと迎え入れてくれた。
「それで、何が聞きたいんです?」
箒を立て掛けながら柔らかに問い掛けてくる。……宿題をしに来た(設定の)僕へと。
「え、えと……」
ど、どうしよう、なに聞けばいいの!? 打ち合わせなんて何もしてないよ!
「ほら、清海野と美岬館の違いとか清海野の歴史とか聞きたい、て言ってたろ? ちゃんと自分の口でお姉さんに聞きなさい」
時政が朗らかにお兄さん風吹かせながら助言(なのか? これ)をしてきた。
だったら最初から自分で聞いてよお……!
「あっ、えと、お願いします……」
「ふふ、恥ずかしがり屋さんなんですねえ。美岬館と清海野の違いはやっぱり時間と歴史かしら。美岬館は出来てからまだそんなに経っていないから新しくて綺麗だけれど歴史が浅いし、清海野は古くからの旅館で風情あるけれど、その分やっぱり汚れてきてますしね。まあ、そんなに、て言ってももう十年は過ぎてますけど」
ふふふ、と上品に笑いながら語る仲居に、必死にメモするがなんだか照れてしまい身に力が入らない。
(うう、綺麗な人だなあ……)
まあ、それでも、こっそりボイスレコーダーを回す事は忘れないけれど。
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