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神のいない山
弐
しおりを挟む――『神奉山』
代々、ここら一体の土地を護る氏神が住むとされる霊山。現地民でも滅多な事がなければ入れない禁域。
その前に、僕らは立っていた。
見れば見る程不気味だ。まったく似ている所などないというのに、この神聖な山は、富士の樹海のような不吉な何かを彷彿とさせる。
「どうします? 時政さん。一応禁止区域指定ですけど、入ってみますか?」
注連縄のかかった鳥居の前。じっと山を見つめて黙り込む時政にやんわりと伺う。
「――いや、これは駄目だ。入ったら出られなくなる」
「……え?」
「まさかこんな事に為ってるとはな。信仰ってのは怖ぇな」
山から視線を外さぬまま呟く時政。
――もしかして、“なにか”視えてる……?
「あの……」
「ちょっとなにやってるのあなた達!!」
突然の怒声に、ビクリと体を強張らせた。それを察したのか、時政がスッと僕を庇うように前へ出た。
「この山には近付いたら駄目って、知ってるでしょう!? ふざけてたらその内酷い目にっ……て、あら?」
「ご忠告有難う御座います。少し眺めさせてもらっていただけなので心配ご無用ですよ」
時政の柔らかな声が聞こえる。
うわあ、接客モードだ。
「見ない顔ですね……。もしかして観光の方でした?」
「はい。昨日から美岬館の方に泊まっていまして、人伝にこの山が霊山だと聞き記念にと」
人当たり良く答える時政の背の影から、こっそりと相手を伺う。
――女性だ。先程あんな大声で叱咤を飛ばしたとは思えぬ程、優しげな雰囲気の女性がいた。
着物を着用している。目尻に皺を寄せ、もう妙齢とは言えない年齢ではあるが、未だ美貌に衰えを見せない強い誇りが見られる。
彼女の立ち姿にふと既視感を覚えた。
あれ? なんかこのかんじ……
「そうでしたか、それは失礼しました。それしても美岬館ね……。あそこは……」
形の良い眉をやんわりと寄せ、心配そうにとも不機嫌そうにとも取れる顔で不自然に言葉を切る着物の女性。
その表情から、美岬館へあまり良い感情を抱いていないことがわかる。
「美岬館が何か?」
笑顔で食い下がる時政に、そっとボイスレコーダーとメモの用意をする。もしかしたら何か有力な情報が得られるかも知れない。
しかし。
「……いえ、何でもありません。ご旅行、楽しんでくださいね」
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「……やっぱりこれは何かあるな。ライバル関係のいざこざ以上の何かが」
「え?」
女性の儚げな後ろ姿を睨むようにして呟かれた時政の言葉に、思わず声を洩らした。
「どういう事ですか? さっきの人が何か……」
「……お前、気付いてなかったのか? さっきのは清海野の現女将だぞ?」
…………え。
ぇぇええええええっ!!
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