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神のいない山
陸
しおりを挟む勢いのまま飛び出した僕は、当初の目的通りさっそく聞き込みを開始した。
「あのー、なんかこの辺で変な人影見たとかないですか」
「は? 人なら幾らでも通ってるよ」
「あ、いや、そうじゃなくってですね……」
初めに尋ねたのは、美岬館のすぐ隣で土産屋を開いていたおばさん。
美岬館の隣だし何か知ってるかも、と思っての行動だったのだが。
「アンタ美岬館の宿泊客かい? 良い所だろうー? ここは。自然いっぱいだし、空気もおいしいし、海も山もある! おばさんはここに生まれてからずっと……」
「……は、はあ。あのっ、で、」
「観光ならどうだい? 美岬饅頭! 一口食ってくかい? おいしいよぉ~?」
「え、あ、でも、僕、今、お金そんなに持ってないし……。それより……!」
「いいよいいよ金なんて! お試しで一個やるからさあ!」
ええええ……。
土産屋のおばさんは大変人が良いようだ。にっこりと僕にほくほくの饅頭を手渡してくる。
「あ、ありがとうございます……」
つい押し切られて受け取ってしまった。
……あ、おいしい。
「ここいらはねえ……ほんとーに良いとこなんだあ。氏神様が護ってくれてっからねえ」
「――!」
氏神……? て、あれだよね。その土地を護ってくれる神様の事だよね。なんか前に何処かで聞いた気がする。
「でもなあ……最近の子は氏神様を信じない。だから氏神が怒ってらっしゃるんだ」
「……はあ」
まあ、信仰ってどうやっても薄まっちゃうもんだしね……。
でもどうしてそんな事を僕に言うんだろう。
「アンタも氏神様の怒りを買わんよう、気を付けなよ」
それだけ言い残すと、おばさんは他のお客さんの元へ向かって行ってしまった。
(氏神様の怒り……)
……うん。これは何かありそうだ。
◆◆◆
「うーん、なんともなあ」
ぐるりと美岬館周辺を回り、現在。
おばさんの元を出てからも聞き込みを続けた僕だが、中々有力な情報は得られなかった。
「結局集まったのは、美岬館が七年くらい前から繁盛し出した、て事と、美岬饅頭にはあんこと白あんと幻のチョコあんがある、て事と、やっぱり美岬館と清海野は昔からライバル関係にあった、て事だけだし」
美岬館の繁盛事情は少し気になるけれど、清海野とのライバル関係は元から知ってる事だしね。美岬饅頭に関しては心底どうでもいい情報ですね。美味しいけど。
メモしていた手とボイスレコーダーを止め、近くにあったベンチに腰掛けると、一息吐く。
そして、誘惑に負けて買ってしまった美岬饅頭をむぐむぐと食しながら改めて考える。
(……あ、そういえば氏神様の事言ってたのはあのおばさんだけだったな)
皆して黙している、というよりは、誰もそこまで気にしてないようだった。
(若い子は信じない、て、これの事かなあ……)
いつかテレビで観た、現地の人々に忘れ去られ廃れていった神社を思い出して、なんだか切なくなった。
◆◆◆
陽が下がり、空が茜をこぼし始めた頃。ふと僕は、陽が隠れていく山を見上げた。
「なんか、白い……?」
……と、いうか、
(――こわい)
うっすらと白みがかった山は、陽の光に照らされ、それは美しく幻想的な画と評されるのだろう。
しかし、その神々しい筈の光景が、僕には、山が怨めしげに血を流しているように見えたのだ。
「……帰、ろう」
そう思うのに、目が離せない。
得体の知れない恐怖。ぞわりと奥底から冷たい何かが這い上がってくるような。足先から体温を奪われていくような。言い知れない心地。
不可思議な嫌悪感すら込み上げてきたというのに、何を思ったのか、僕の足は、ゆっくり、ゆっくりと、山へ向かって歩先を進めて行く。
止まらない。――止められない。こわい。
とうとう、目の前に注連縄が迫ってきた。
注連縄――何を、封じているのか。
いやだ。こわい。進みたくない。
けれども、無情にも足は山の麓にまで差し掛かり、そして―――――
「――――……駄目だよ」
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