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13.空木の花
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13.空木の花
「撤回できない?」
俺の机に片手をついて、顔を歪めている石井嬢に向かって呟いた。
「それって、開港祭デートをかけたバトルを中止できないってそういう事?」
聞き返すと石井嬢は頷く。
「私がすぐに撤回しようとしたんだけど、もう話が広がってしまって、バトルをしないではいられない状況になってるのよ。七瀬は七瀬で責任感じて自分がデートすれば良いならするって言ってるし、このままじゃ七瀬は好きでもない奴とデートしなきゃならない羽目になっちゃう」
石井嬢はそれは嫌そうに眉を顰めていた。
イマドキの女の子なら、たかがデートという感覚もあるし、好きじゃない人間とデートする事もあるだろう。
でも七瀬嬢は違うんだ。この石井嬢の顔を見ていれば分かるように、彼女はそういう事に耐えられる性格ではない。
だいたい彼女は対人恐怖に近い位に、他人との会話に臆病なんだから。
「私が心配なのはね」
石井嬢は席に座る俺に更に顔を寄せた。
「何も知らない男が七瀬とデートをする事になって、あの子の話ベタな事にも気付かずに失礼な事を言って、あの子を傷つけるんじゃないかって事なの。七瀬は無理に話させられたりするのは苦手なのよ。しかも苦手なりに一生懸命しゃべった事を笑われたり、つまらないって言われたりしたらどんなに悲しむか」
石井嬢の言いたい事はよく分かった。そんな酷い事を言う人間が絶対にいないとは言えない。
せっかく前向きに努力しているのに、そんな人間に当ったら七瀬嬢がかわいそうだ。
「俺もそのバトルに参加しても良いかな?」
「え?」
驚いて身を引く石井嬢に、ちょっと微笑みながら言う。
「俺はまだ七瀬嬢の騎士のつもりだよ。だから俺がそのバトルに参戦して、七瀬さんを守りたいって思うんだ」
「久世っち……」
驚いている石井嬢に更にニカリと笑ってみせる。
「それ、単にあなたが七瀬とデートしたいだけじゃない?」
「ちょ、真面目に言ってんだよ。まぁ確かに七瀬さんとのデートは魅力的だけど、でも俺は別にデートがしたくて言ってるわけじゃ……」
「あはは、ごめんごめん、冗談だよ」
面食らって石井嬢を見る。彼女はさっきまでの不機嫌そうな顔ではなく、笑みを浮かべていた。
「貴方の事、信じてるよ。うん、そのバトルに貴方が参戦するっていうのは良い案よね。まあ、貴方が絶対に勝てるかどうかが問題だけど」
「それはそうだけど……」
俺はちょっと心配になった。だって俺が参戦したって勝てる保障はどこにもない。
すると石井嬢が腕を組んで見下ろしながら言う。
「いや、今の言葉は嘘だよ。私、貴方はきっとバトルに勝って七瀬を守れるって思ってる」
「な、なんで?」
驚いて聞くと石井嬢は微笑んだ。
「だって貴方結構強運だもの。それに今までのバトルだって負け知らずだしね。流石七瀬とリキさんの選んだ騎士って感じだったわ」
石井嬢は長い黒髪をかきあげる。
「じゃあ、リキさんと七瀬にも話しておくね、そろそろチャイムも鳴りそうだし戻るね」
石井嬢は颯爽と歩き、教室から廊下へと姿を消した。
俺は新たなバトルの発生に緊張しつつも高揚していた。
七瀬嬢のため、そう思えば普段出せないような力が出せる。きっと勝ってみせる。そう信じた。
「さっきの休み時間、石井さんが来てたな」
昼休みに砂原がそう言ってきたので頷く。
「なんだ、気付いてたんだな」
「そりゃ同じ教室にいんだから」
俺は自分の机で頬杖をつきながら言う。
「いやだって、石井さんがいるって気付いたら、お前は飛んでくるって思ってたからさ」
砂原はいつもと違い真面目な顔で頭の後ろで手を組む。
「俺だってちゃんと空気は読めるんだよ。なんか真面目な話してたっぽいから、見守ってたんだよ」
砂原をマジマジと見つめた。ちょっと軽い外見と性格だが、こいつも根はすごく良い奴だ。
俺はちょっとだけ笑った。
「気を遣わせて悪かったな。でも心配しなくても大丈夫だよ。トラブルは解決っていうか、ちゃんと解決するつもりでいるからさ」
砂原は心配そうに顔を覗きこんできた。目の前で茶色い髪が揺れる。
「またお前がバトったりすんの? お前こないだケガしたばかりなんだし、大丈夫かよ?」
心配をしてくれる砂原に嬉しい気持ちになった。
「大丈夫だよ。だいたい捻挫はもう治ったし。それにこの戦いは重要だからさ、投げ出せないんだよ」
砂原はそれでもじっと俺を見つめる。素直に言わないが、気遣ってくれているのだと伝わる。だから本心を砂原に告げようと思う。なんだかんだ言って、こいつは俺の大事な親友なんだ。
「七瀬さんの事が好きなんだよ。だから彼女のために頑張りたい。それだけなんだよ」
砂原は目を見開いた。そしてその後、大きな笑みを浮かべた。
「いやーすっげー格好いいセリフだな、マジで今ちょっと感動したよ」
砂原は俺の肩をバシバシと叩いた。
「お前が七瀬ちゃんを好きそうだなって、なんとなく分かってたけど、いや、まさかこんな格好良くハッキリ宣言されるとは思わなかったよ。本当、マジで格好良いよ、親友君!」
砂原はそのまま俺の肩をガシリと掴む。
「頑張れよ、マモル! 死ぬなよ、絶対に生きて帰ってくるんだぞ!」
「……いや、だから俺、別に戦地に赴くわけじゃないし、死ぬとか言わないでくれないかな?」
「ああ、俺を安心させようとそう言ってくれるんだな。でも事実、命がけのサバイバルバトルなんだろ? 生きて帰れる可能性は極めて低い。ああ、でも安心しろ、お前が亡き後は俺が必ずお前の遺志をついでやるからな!」
「勝手に死亡フラグを立てないでくれるかな!?」
結局俺達はいつも通りの会話になってしまった。
放課後、七瀬さんかリキのどちらかに会いにいこうと思いながら廊下にでた。
すると目の前にいきなり臙脂色の緞帳が現れた。
「え?」
廊下を塞ぐ布、その布を真ん中から左右に開いていくメイド姿の一宮さんと二宮さん。そしてスポットライトを浴びたように浮かび上がるリキの姿があった。今日はなんか杖を持ってアームチェアに座ってる。
「っていうか、脚立の上から九十九さんがマジでライト当てちゃってるんですけど!?」
「やぁ、久しぶりだな、マモリ君」
「そんな久しぶりじゃないし、俺の名前間違ってるし」
「ああ、ごめんごめん、アモーレ君」
「俺イタリア人じゃないんですけど!?」
「うるさい奴だな」
呆れたようにリキは言う。つーかあんたのせいじゃないか!
「ちょっと話がしたいんだけど、良いかな?」
リキはふいに真面目な顔でそう言った。俺は七瀬嬢がらみなんだなと悟った。
つーかそれならもっと普通に登場してくれたら良いのに、どうしてこの人は毎度毎度おかしな登場をしてくれるんだろう。
誰もいない3階の空き教室のある廊下に移動した。3階はとても静かだった。今までここで戦ってきたので、自然と緊張してしまう。
一括バトルが控えているから、今までのような個別のバトルはないハズだが、この場に立つだけで誰かと戦うんじゃないかって気になってしまう。なんかすっかりあのバトルは生活に馴染んでたんだなって感じだ。
リキは王子様のようなフリフリの衣装を着て、俺の前に立っていた。そしていつものように偉そうに、しかも何故かとても違和感なく命令口調で話し出した。
「石井君から聞いていると思うが、七瀬の言い出したバトルが来週行われる。そこで騎士である君に命令する。七瀬の為に全力で戦い勝利しろ」
予想した通りの内容を聞いた後、俺はリキを真っ直ぐ見つめて言った。
「断ります」
「なっ?」
あのリキが驚いたように口を開いたまま固まった。俺はそんな珍しいリキの顔を暫く眺めた後で言った。
「俺はその命令には従いません」
「なんだと?」
怒りに小刻みに震えるリキに続けて言った。
「命令は断ります、でも、俺は自分の意思でそのバトルに参戦します」
「え?」
更にリキは驚いた顔をする。
「俺はリキさんの命令とか、誰かに頼まれたから戦うわけじゃないんです。俺は俺の意思でそのバトルに参戦します。七瀬さんのためって言うか、俺のためっていうか、俺達のために絶対に勝ちます」
「俺達……」
リキは呟いた。それはいつもの我が侭な王子でもドエスな感じでもなかった。
素の菱形リキを覗かせながらリキは俺を見つめる。だから俺は微笑んで見せる。
「俺、何がなんでも勝ちますから」
その言葉に地響きのような笑い声が響いた。
「ふ……ふははははっ」
リキは目の前で悪の幹部のように笑っていた。
「よく言ってくれたな、まぁ君の思惑がなんであれ、七瀬を君が守るのなら文句はない」
リキは俺の肩に手を置いた。そして七瀬嬢にちょっと似た綺麗な顔で言う。
「俺が保険で参戦しようかとも思ったが、君がそれほどまでに言うなら君に任せる事にするよ。ただし」
リキは顔を寄せて、俺の耳に唇が触れそうな距離で囁いた。
「負けは絶対許さないからな」
それだけ言うとリキはそのまま廊下を歩き去っていった。因みに赤い絨毯を一宮さんがひき、その上をリキが歩くと二宮さんが回収していくという図だった。一体なんだかな。
そう思っていたら、その場に残っていた九十九さんが微笑を浮かべていた。
「頑張って下さいね」
「え、あ、ありがとう」
応援されてちょっと感動しながら答えた。すると九十九さんは目を細めてどこか楽しそうに言った。
「マモル様が勝負に負けたら、きっとリキさまのすごい拷問が待っていますわ、うふふ」
「……」
九十九さんは俺の不幸を楽しみにしてそうな笑い顔を残して、リキの後をついていった。
「えっと……」
自分の頭を右手で押さえる。
「いろんな意味で負けたくないな」
言って苦笑した。
昇降口に向かって歩きながら、今回の一括バトルの事を考えていた。
バトルの発令をしたのは七瀬嬢だけど、どうやらルールその他はリキが決めるらしい。
勝者への賞品は七瀬嬢との開港祭デート。
開港祭か、メインは打ち上げ花火だよな。すると夜に七瀬嬢とデートができるわけだ。
開港祭は6月。まだ夜ともなれば肌寒いだろう。そこで七瀬嬢と肩を並べて花火を見る。
それはきっとロマンチックなデートになるだろう。もしかすると万が一にも雰囲気に流されて七瀬嬢が恋に落ちるかもしれない。
一瞬そう思ったが、首をふる。
「いや、それは俺の目線だよな」
七瀬さんの立場になって考えてみれば、そんなロマンチックなものではないだろう。
バトルに勝ったってだけの、まったく知らない人間と二人で過ごさないといけない。
花火は良いが暗い場所に連れ込まれないとも限らない。そう思うと拳に力が入る。
絶対に絶対に負けられない。彼女にそんな嫌な思いをさせちゃいけない。
「久世君」
呼ばれてはっとした。見ると下駄箱の前に七瀬嬢が立っていた。
「靴があるから、まだ校舎にいると思って待ってたの」
「え?」
驚く俺に七瀬嬢は照れたような顔を見せる。
「えっと、その、さっきまで清香が居たんだけど、久世君と一緒に帰ったらって清香が言って……」
「それで俺を待っててくれたの?」
「う、うん、迷惑だったかな?」
俯き加減に顔を赤くしながら七瀬嬢が言った。胸が熱くなった。
「いや、ぜんぜん! 嬉しいよ、一緒に帰ろう!」
つい大声で叫ぶようにそう言ってしまった。けれど七瀬嬢が微笑んでくれたから嬉しくなった。
俺と七瀬嬢は校舎から出ると、前庭を歩いて校門へと向かった。
緑の木々の間を歩いていると七瀬嬢が呟いた。
「あ、この香り」
「え?」
立ち止まって七瀬嬢を見つめた。すると七瀬嬢はキョロキョロしながら言った。
「ほら、甘い香りがしないかな?」
「ん?」
俺は耳を澄ます……じゃなくて鼻に意識を集中した。
「あ、」
確かに香った。
「こっちだ」
そう言うと七瀬嬢の手を引いた。無意識の行動だったが、手をつないでしまってから意識してしまった。
今から手を離したらその方がおかしいかな? でも七瀬嬢嫌じゃないかな?
そう思って彼女を窺ったが、彼女は何も意識していないようだった。
俺はそのまま手を引いて香りのする場所に向かった。
「わ!」
視界に入ったたくさんの白い小さな花に声を出した。膝丈位の木々に小さな花が無数に咲いている。
「な、なんだろこの花?」
花を指差した。それでやっと彼女の手を離すタイミングをみつけられた。
本当はずっと握っていたかったけど、そんなわけにもいかないから。
「これは多分、空木の花だね」
「ウツギ?」
俺が首をかしげると七瀬嬢は微笑みながら言った。
「香りがすごく良い花なの。雪の下科のお花で、よく公園なんかに植えられているの」
「ふーん、それにしても本当に良い香りだね」
控えめな甘い香りだった。七瀬嬢は花を見ながら言う。
「春は沈丁花、秋は金木犀、そして初夏は梔子が香りの強い花として有名なんだよ」
彼女は小さい白い花を覗き込んで匂いをかいだ。俺もマネして顔を寄せる。夢のように甘い香りが広がる。
「この学校、良い学校だよね」
七瀬嬢がそう言うので顔を上げて彼女を見つめた。七瀬嬢は緑の木漏れ日の中でキラキラ輝く瞳で言う。
「学校名も面白くて好きだけど、お花が多く植えられているのも気に入っているの。中庭や裏庭にいろんな植物が植えられているんだよ。春には桜が出迎えてくれて、季節が移るごとに藤が咲いてツツジが咲いて、こうやって空木が咲いて、他にも梔子もあったし、それに秋にはきっと金木犀が咲くの。実は前に裏庭に植えられているの見つけたんだ。裏庭って言えば、薔薇の花があるのも見つけたの。季節はまだ先だけど花が咲いたら薔薇園みたいで綺麗だと思う」
「お花詳しいね。好きなんだね」
俺が感心して言うと七瀬嬢は恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「そんなに詳しくはないけど、でも、好きなんだねって言ってくれたの嬉しい。うん、好きなの、花を見るのが」
七瀬嬢の言葉と楽しそうな表情に、胸が温かくなる。
「新しい学校だから、伝統とかはないけど、でもこの学校を私は好きだなって思うの。花をこんなに植えてくれるって、それってここで生活する私達の事を考えて、私達が嬉しくなるように植えてくれてるんだって思うんだ。植物の世話だってたいへんなのに、こんなに植えてくれてるんだもの」
「うん、そうだね」
言いながら俺は目を細めた。ああ、七瀬嬢が、七瀬さんが好きだなって……。
坂道がキツイからこの学校を選んだ事を失敗だったと思っていた。でも違う。七瀬嬢に出会えた。たくさんの面白い生徒がいる。
実はかなり当たりの学校を選んだんじゃないだろうか。
その日、俺は七瀬嬢と坂道をゆっくりゆっくり下りながら駅までの道を歩いた。
幸せな時間だった。
「撤回できない?」
俺の机に片手をついて、顔を歪めている石井嬢に向かって呟いた。
「それって、開港祭デートをかけたバトルを中止できないってそういう事?」
聞き返すと石井嬢は頷く。
「私がすぐに撤回しようとしたんだけど、もう話が広がってしまって、バトルをしないではいられない状況になってるのよ。七瀬は七瀬で責任感じて自分がデートすれば良いならするって言ってるし、このままじゃ七瀬は好きでもない奴とデートしなきゃならない羽目になっちゃう」
石井嬢はそれは嫌そうに眉を顰めていた。
イマドキの女の子なら、たかがデートという感覚もあるし、好きじゃない人間とデートする事もあるだろう。
でも七瀬嬢は違うんだ。この石井嬢の顔を見ていれば分かるように、彼女はそういう事に耐えられる性格ではない。
だいたい彼女は対人恐怖に近い位に、他人との会話に臆病なんだから。
「私が心配なのはね」
石井嬢は席に座る俺に更に顔を寄せた。
「何も知らない男が七瀬とデートをする事になって、あの子の話ベタな事にも気付かずに失礼な事を言って、あの子を傷つけるんじゃないかって事なの。七瀬は無理に話させられたりするのは苦手なのよ。しかも苦手なりに一生懸命しゃべった事を笑われたり、つまらないって言われたりしたらどんなに悲しむか」
石井嬢の言いたい事はよく分かった。そんな酷い事を言う人間が絶対にいないとは言えない。
せっかく前向きに努力しているのに、そんな人間に当ったら七瀬嬢がかわいそうだ。
「俺もそのバトルに参加しても良いかな?」
「え?」
驚いて身を引く石井嬢に、ちょっと微笑みながら言う。
「俺はまだ七瀬嬢の騎士のつもりだよ。だから俺がそのバトルに参戦して、七瀬さんを守りたいって思うんだ」
「久世っち……」
驚いている石井嬢に更にニカリと笑ってみせる。
「それ、単にあなたが七瀬とデートしたいだけじゃない?」
「ちょ、真面目に言ってんだよ。まぁ確かに七瀬さんとのデートは魅力的だけど、でも俺は別にデートがしたくて言ってるわけじゃ……」
「あはは、ごめんごめん、冗談だよ」
面食らって石井嬢を見る。彼女はさっきまでの不機嫌そうな顔ではなく、笑みを浮かべていた。
「貴方の事、信じてるよ。うん、そのバトルに貴方が参戦するっていうのは良い案よね。まあ、貴方が絶対に勝てるかどうかが問題だけど」
「それはそうだけど……」
俺はちょっと心配になった。だって俺が参戦したって勝てる保障はどこにもない。
すると石井嬢が腕を組んで見下ろしながら言う。
「いや、今の言葉は嘘だよ。私、貴方はきっとバトルに勝って七瀬を守れるって思ってる」
「な、なんで?」
驚いて聞くと石井嬢は微笑んだ。
「だって貴方結構強運だもの。それに今までのバトルだって負け知らずだしね。流石七瀬とリキさんの選んだ騎士って感じだったわ」
石井嬢は長い黒髪をかきあげる。
「じゃあ、リキさんと七瀬にも話しておくね、そろそろチャイムも鳴りそうだし戻るね」
石井嬢は颯爽と歩き、教室から廊下へと姿を消した。
俺は新たなバトルの発生に緊張しつつも高揚していた。
七瀬嬢のため、そう思えば普段出せないような力が出せる。きっと勝ってみせる。そう信じた。
「さっきの休み時間、石井さんが来てたな」
昼休みに砂原がそう言ってきたので頷く。
「なんだ、気付いてたんだな」
「そりゃ同じ教室にいんだから」
俺は自分の机で頬杖をつきながら言う。
「いやだって、石井さんがいるって気付いたら、お前は飛んでくるって思ってたからさ」
砂原はいつもと違い真面目な顔で頭の後ろで手を組む。
「俺だってちゃんと空気は読めるんだよ。なんか真面目な話してたっぽいから、見守ってたんだよ」
砂原をマジマジと見つめた。ちょっと軽い外見と性格だが、こいつも根はすごく良い奴だ。
俺はちょっとだけ笑った。
「気を遣わせて悪かったな。でも心配しなくても大丈夫だよ。トラブルは解決っていうか、ちゃんと解決するつもりでいるからさ」
砂原は心配そうに顔を覗きこんできた。目の前で茶色い髪が揺れる。
「またお前がバトったりすんの? お前こないだケガしたばかりなんだし、大丈夫かよ?」
心配をしてくれる砂原に嬉しい気持ちになった。
「大丈夫だよ。だいたい捻挫はもう治ったし。それにこの戦いは重要だからさ、投げ出せないんだよ」
砂原はそれでもじっと俺を見つめる。素直に言わないが、気遣ってくれているのだと伝わる。だから本心を砂原に告げようと思う。なんだかんだ言って、こいつは俺の大事な親友なんだ。
「七瀬さんの事が好きなんだよ。だから彼女のために頑張りたい。それだけなんだよ」
砂原は目を見開いた。そしてその後、大きな笑みを浮かべた。
「いやーすっげー格好いいセリフだな、マジで今ちょっと感動したよ」
砂原は俺の肩をバシバシと叩いた。
「お前が七瀬ちゃんを好きそうだなって、なんとなく分かってたけど、いや、まさかこんな格好良くハッキリ宣言されるとは思わなかったよ。本当、マジで格好良いよ、親友君!」
砂原はそのまま俺の肩をガシリと掴む。
「頑張れよ、マモル! 死ぬなよ、絶対に生きて帰ってくるんだぞ!」
「……いや、だから俺、別に戦地に赴くわけじゃないし、死ぬとか言わないでくれないかな?」
「ああ、俺を安心させようとそう言ってくれるんだな。でも事実、命がけのサバイバルバトルなんだろ? 生きて帰れる可能性は極めて低い。ああ、でも安心しろ、お前が亡き後は俺が必ずお前の遺志をついでやるからな!」
「勝手に死亡フラグを立てないでくれるかな!?」
結局俺達はいつも通りの会話になってしまった。
放課後、七瀬さんかリキのどちらかに会いにいこうと思いながら廊下にでた。
すると目の前にいきなり臙脂色の緞帳が現れた。
「え?」
廊下を塞ぐ布、その布を真ん中から左右に開いていくメイド姿の一宮さんと二宮さん。そしてスポットライトを浴びたように浮かび上がるリキの姿があった。今日はなんか杖を持ってアームチェアに座ってる。
「っていうか、脚立の上から九十九さんがマジでライト当てちゃってるんですけど!?」
「やぁ、久しぶりだな、マモリ君」
「そんな久しぶりじゃないし、俺の名前間違ってるし」
「ああ、ごめんごめん、アモーレ君」
「俺イタリア人じゃないんですけど!?」
「うるさい奴だな」
呆れたようにリキは言う。つーかあんたのせいじゃないか!
「ちょっと話がしたいんだけど、良いかな?」
リキはふいに真面目な顔でそう言った。俺は七瀬嬢がらみなんだなと悟った。
つーかそれならもっと普通に登場してくれたら良いのに、どうしてこの人は毎度毎度おかしな登場をしてくれるんだろう。
誰もいない3階の空き教室のある廊下に移動した。3階はとても静かだった。今までここで戦ってきたので、自然と緊張してしまう。
一括バトルが控えているから、今までのような個別のバトルはないハズだが、この場に立つだけで誰かと戦うんじゃないかって気になってしまう。なんかすっかりあのバトルは生活に馴染んでたんだなって感じだ。
リキは王子様のようなフリフリの衣装を着て、俺の前に立っていた。そしていつものように偉そうに、しかも何故かとても違和感なく命令口調で話し出した。
「石井君から聞いていると思うが、七瀬の言い出したバトルが来週行われる。そこで騎士である君に命令する。七瀬の為に全力で戦い勝利しろ」
予想した通りの内容を聞いた後、俺はリキを真っ直ぐ見つめて言った。
「断ります」
「なっ?」
あのリキが驚いたように口を開いたまま固まった。俺はそんな珍しいリキの顔を暫く眺めた後で言った。
「俺はその命令には従いません」
「なんだと?」
怒りに小刻みに震えるリキに続けて言った。
「命令は断ります、でも、俺は自分の意思でそのバトルに参戦します」
「え?」
更にリキは驚いた顔をする。
「俺はリキさんの命令とか、誰かに頼まれたから戦うわけじゃないんです。俺は俺の意思でそのバトルに参戦します。七瀬さんのためって言うか、俺のためっていうか、俺達のために絶対に勝ちます」
「俺達……」
リキは呟いた。それはいつもの我が侭な王子でもドエスな感じでもなかった。
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「俺、何がなんでも勝ちますから」
その言葉に地響きのような笑い声が響いた。
「ふ……ふははははっ」
リキは目の前で悪の幹部のように笑っていた。
「よく言ってくれたな、まぁ君の思惑がなんであれ、七瀬を君が守るのなら文句はない」
リキは俺の肩に手を置いた。そして七瀬嬢にちょっと似た綺麗な顔で言う。
「俺が保険で参戦しようかとも思ったが、君がそれほどまでに言うなら君に任せる事にするよ。ただし」
リキは顔を寄せて、俺の耳に唇が触れそうな距離で囁いた。
「負けは絶対許さないからな」
それだけ言うとリキはそのまま廊下を歩き去っていった。因みに赤い絨毯を一宮さんがひき、その上をリキが歩くと二宮さんが回収していくという図だった。一体なんだかな。
そう思っていたら、その場に残っていた九十九さんが微笑を浮かべていた。
「頑張って下さいね」
「え、あ、ありがとう」
応援されてちょっと感動しながら答えた。すると九十九さんは目を細めてどこか楽しそうに言った。
「マモル様が勝負に負けたら、きっとリキさまのすごい拷問が待っていますわ、うふふ」
「……」
九十九さんは俺の不幸を楽しみにしてそうな笑い顔を残して、リキの後をついていった。
「えっと……」
自分の頭を右手で押さえる。
「いろんな意味で負けたくないな」
言って苦笑した。
昇降口に向かって歩きながら、今回の一括バトルの事を考えていた。
バトルの発令をしたのは七瀬嬢だけど、どうやらルールその他はリキが決めるらしい。
勝者への賞品は七瀬嬢との開港祭デート。
開港祭か、メインは打ち上げ花火だよな。すると夜に七瀬嬢とデートができるわけだ。
開港祭は6月。まだ夜ともなれば肌寒いだろう。そこで七瀬嬢と肩を並べて花火を見る。
それはきっとロマンチックなデートになるだろう。もしかすると万が一にも雰囲気に流されて七瀬嬢が恋に落ちるかもしれない。
一瞬そう思ったが、首をふる。
「いや、それは俺の目線だよな」
七瀬さんの立場になって考えてみれば、そんなロマンチックなものではないだろう。
バトルに勝ったってだけの、まったく知らない人間と二人で過ごさないといけない。
花火は良いが暗い場所に連れ込まれないとも限らない。そう思うと拳に力が入る。
絶対に絶対に負けられない。彼女にそんな嫌な思いをさせちゃいけない。
「久世君」
呼ばれてはっとした。見ると下駄箱の前に七瀬嬢が立っていた。
「靴があるから、まだ校舎にいると思って待ってたの」
「え?」
驚く俺に七瀬嬢は照れたような顔を見せる。
「えっと、その、さっきまで清香が居たんだけど、久世君と一緒に帰ったらって清香が言って……」
「それで俺を待っててくれたの?」
「う、うん、迷惑だったかな?」
俯き加減に顔を赤くしながら七瀬嬢が言った。胸が熱くなった。
「いや、ぜんぜん! 嬉しいよ、一緒に帰ろう!」
つい大声で叫ぶようにそう言ってしまった。けれど七瀬嬢が微笑んでくれたから嬉しくなった。
俺と七瀬嬢は校舎から出ると、前庭を歩いて校門へと向かった。
緑の木々の間を歩いていると七瀬嬢が呟いた。
「あ、この香り」
「え?」
立ち止まって七瀬嬢を見つめた。すると七瀬嬢はキョロキョロしながら言った。
「ほら、甘い香りがしないかな?」
「ん?」
俺は耳を澄ます……じゃなくて鼻に意識を集中した。
「あ、」
確かに香った。
「こっちだ」
そう言うと七瀬嬢の手を引いた。無意識の行動だったが、手をつないでしまってから意識してしまった。
今から手を離したらその方がおかしいかな? でも七瀬嬢嫌じゃないかな?
そう思って彼女を窺ったが、彼女は何も意識していないようだった。
俺はそのまま手を引いて香りのする場所に向かった。
「わ!」
視界に入ったたくさんの白い小さな花に声を出した。膝丈位の木々に小さな花が無数に咲いている。
「な、なんだろこの花?」
花を指差した。それでやっと彼女の手を離すタイミングをみつけられた。
本当はずっと握っていたかったけど、そんなわけにもいかないから。
「これは多分、空木の花だね」
「ウツギ?」
俺が首をかしげると七瀬嬢は微笑みながら言った。
「香りがすごく良い花なの。雪の下科のお花で、よく公園なんかに植えられているの」
「ふーん、それにしても本当に良い香りだね」
控えめな甘い香りだった。七瀬嬢は花を見ながら言う。
「春は沈丁花、秋は金木犀、そして初夏は梔子が香りの強い花として有名なんだよ」
彼女は小さい白い花を覗き込んで匂いをかいだ。俺もマネして顔を寄せる。夢のように甘い香りが広がる。
「この学校、良い学校だよね」
七瀬嬢がそう言うので顔を上げて彼女を見つめた。七瀬嬢は緑の木漏れ日の中でキラキラ輝く瞳で言う。
「学校名も面白くて好きだけど、お花が多く植えられているのも気に入っているの。中庭や裏庭にいろんな植物が植えられているんだよ。春には桜が出迎えてくれて、季節が移るごとに藤が咲いてツツジが咲いて、こうやって空木が咲いて、他にも梔子もあったし、それに秋にはきっと金木犀が咲くの。実は前に裏庭に植えられているの見つけたんだ。裏庭って言えば、薔薇の花があるのも見つけたの。季節はまだ先だけど花が咲いたら薔薇園みたいで綺麗だと思う」
「お花詳しいね。好きなんだね」
俺が感心して言うと七瀬嬢は恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「そんなに詳しくはないけど、でも、好きなんだねって言ってくれたの嬉しい。うん、好きなの、花を見るのが」
七瀬嬢の言葉と楽しそうな表情に、胸が温かくなる。
「新しい学校だから、伝統とかはないけど、でもこの学校を私は好きだなって思うの。花をこんなに植えてくれるって、それってここで生活する私達の事を考えて、私達が嬉しくなるように植えてくれてるんだって思うんだ。植物の世話だってたいへんなのに、こんなに植えてくれてるんだもの」
「うん、そうだね」
言いながら俺は目を細めた。ああ、七瀬嬢が、七瀬さんが好きだなって……。
坂道がキツイからこの学校を選んだ事を失敗だったと思っていた。でも違う。七瀬嬢に出会えた。たくさんの面白い生徒がいる。
実はかなり当たりの学校を選んだんじゃないだろうか。
その日、俺は七瀬嬢と坂道をゆっくりゆっくり下りながら駅までの道を歩いた。
幸せな時間だった。
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そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
モナリザの君
michael
キャラ文芸
みなさんは、レオナルド・ダ・ヴィンチの名作の一つである『モナリザの微笑み』を知っているだろうか?
もちろん、知っているだろう。
まさか、知らない人はいないだろう。
まあ、別に知らなくても問題はない。
例え、知らなくても知っているふりをしてくれればいい。
だけど、知っていてくれると作者嬉しい。
それを前提でのあらすじです。
あるところに、モナリザそっくりに生まれてしまった最上理沙(もがみりさ)という少女がいた。
この物語は、その彼女がなんの因果かお嬢様学園の生徒会長を目指す話である。
それだけの話である。
ただキャラが濃いだけである。
なぜこんな話を書いてしまったのか、作者にも不明である。
そんな話でよければ、見て頂けると幸いです。
ついでに感想があるとなお幸いです。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
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