白夏ー僕が殺した彼の話ー

リョウ

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10・花の下で眠る人

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僕は彼に憧れていた。彼の思考に共感し、彼のようになりたいと思った。イヤ、彼は僕と同じなのだと思った。同じ苦しみ同じ悩みを、僕と彼は抱えていた。だから僕は僕だけど、彼でもあったのだと思う。れど僕と彼には大きな差があった。

彼は達成した人。僕は達成できなかった人。

だれど僕達は間違いなく同じ人間なのだ。同じ心を魂を境遇を生きた。

だから僕は彼に憧れている。だから彼に会いたい。



いや、会わなければいけないんだ……。







花が咲いていた。ちらちらと花が舞い散る。

蓮の花は7月から8月にかけての短い期間に咲く。その光景はとても幻想的で美しい。けれど夏休みが終わりに近付く頃、蓮の花はもう散ってしまっている。



綾人は百日紅の木の下にいた。

この林には百日紅の木が何本かあった。木はそれぞれに赤、白、ピンクと枝に花を咲かせている。綾人はそのうちの一本の木の下にいた。そこで幹に寄りかかり、花を見上げている。木陰で涼しく気持ちが良かった。



暫くそこで花を見つめていた。すると近付いてくる人影に気付いた。

綾人は微笑むと、その人物に声をかけた。



「こんにちは。呼び出してすみません」

「いや、ぜんぜん構わないよ」

いつもと変わらない声に綾人は安堵し、一瞬目を細め、その人物を眩しそうに見つめた。



「ずっと貴方に会いたいと思ってたんです」

綾人が言うと、言われた人物、川瀬裕也は微笑んだ。



「なんか光栄だな。そんな風に言ってもらうと」

川瀬は頭の後ろで手を組んだ。そして百日紅の花を見上げる。

そんな川瀬を綾人はまっすぐに見つめる。



「僕はずっと貴方に憧れていたんです」

川瀬は苦笑した。



「はは、まるで愛の告白だな。困ったな、先生と生徒という問題の他に、この場合、男同士って問題も発生するんだけどな」

綾人は笑わない。そしてポケットからノートを取り出すと川瀬に向かって差し出した。



「これは貴方の物ですね?」



川瀬は反応しない。ただ薄く微笑んだまま何も答えない。ノートにも手を伸ばさない。ただ黙っている。

綾人はそんな川瀬に向かって、真っ直ぐに言う。



「これは貴方が書いた物ですね?」

風が吹いて百日紅の花を散らし、上から白い小さな花を降らせる。



「僕はこのノートを寮の廊下で拾ったんです。だから最初は生徒の誰かが落としたんだと思ってたんです。でも誰かはぜんぜん分からなかった。ただ僕はこのノートの文面に惹かれた。僕と同じ気持ちが書かれていたからです」



川瀬は視線を綾人からノートに移した。そしてノートへそっと手を伸ばした。

ノートを受け取ると、川瀬はパラパラとめくった。時折文字を目で追い、そしてまたページをめくる。

川瀬はクスリと微笑んだ。



「ずいぶんと書き込みがされてる」



綾人は黙って頷いた。川瀬はノートが自分の物だと認めたのだと思いながら。

川瀬はノートを一通り見ると、綾人に向かって笑顔で言った。



「どうして俺の、イヤ、僕の物だと分かったんだ?」

綾人は一回そっと深呼吸をした。



「前に楠の木の下で話をしましたよね。その時に、太陽が世界を燃やしてくれたら良いと思ってたって、貴方が言ったんです。その言葉と似た言葉がそのノートにもあったからです」

「偶然かもよ?」

川瀬は軽く言った。けれど綾人は拳を握り締めて必死に言う。



「そうかも知れないと思いました。でも可能性はあるって思ったんです。先生は僕達と同じ学園の出身で、大学を出てから、わざわざここの地に戻ってきましたよね? 先生がこの地に拘る理由があるのなら、それはこの地にノートの彼が眠っているからじゃないですか?」



川瀬は答えない。ただ口角だけを上げて微笑むような表情でいる。



「僕は最初、白い花というのは蓮の花だと思っていたんです。でも最近になって気付きました。見上げる白い花は蓮以外にもあると」

川瀬は答えない。



「ここ、この百日紅の木の花も白いんです。だから彼はこの下に眠っているんじゃないんですか?」

川瀬は微笑んだまま楽しそうに言う。



「じゃあ穴でも掘ってみるか?」

二人は見つめあった。白い花だけがゆらゆら揺れる。

綾人は首を振った。



「いいえ、そんな事はする必要はないんです。僕は死体に興味はないんです。殺人にも。ただ僕はそのノートを書いた人に会いたかっただけなんです。その人は僕と同じだから、だから……」

川瀬は楽しそうに言う。



「はは、だから愛の告白みたいだよ」



川瀬はノートを綾人に向かって差し出した。綾人は眉を顰めて川瀬を見つめる。



「これは君にあげるよ。僕には必要ないからね」

「必要ない?」

川瀬は頷く。そして両手を広げて言う。



「ただの妄想だよ。『彼』は死んでなんかいない。今も普通に生きているよ。これは鬱積した感情を吐き出しただけの、ただのノートでしかない。ただの空想物語なんだよ」



百日紅の細かい花が川瀬に降り注ぐ。



「だから、僕にはもう必要ないから、夢見る青少年の君にあげるよ」



川瀬は綾人の手にノートを押し付けた。そして綾人が何も言う前に歩き出した。

声をかけたかったが、かける事は出来なかった。ただただ白い花が降り続いていた。

綾人は地面にしゃがみこんだ。手のひらで土に触れる。



「この下に居るんだよね?」



架空の話?



一瞬綾人は川瀬の言葉に納得しかけたが、やはりそれは嘘だと思った。そして思い出した。

以前、川瀬が言っていた。教師になりたかった友人。死んでしまった友人がいると。それに夜彦が言っていたではないか。10年前に居なくなった生徒がいるのだと。

全部辻褄が合う。



「ここに居るんだよね?」



綾人は地面に向かって問いかけていた。白い百日紅がどんどん積もっていく。

綾人は落ちた白い花に顔を埋める。視界が白い。

ああ、やっぱり夏は白いんだ。そう思った。







夏休みが終わり、学校が始まった。

四人は休み前と同じ生活に戻った。寮にも生徒が戻り賑やかだ。



川瀬は以前と変わらずに教壇に立っている。生徒の気持ちがよく分かる、生徒に好かれる教師として。



綾人も以前と同じような日々を送っていた。ただ、ノートを開く回数が減った。綾人の中で望森との事に決着がついたから、もう以前のようにノートを必要とはしていなかったからだ。



望森とはたまに連絡を取り合っている。

そしてノートは今、机の引き出しにしまわれている。



綾人はもうあのノートの話題には触れない。

ただ夏という季節だけを眩しく思い出す。

白い蓮と白い百日紅と白い空気。



夏はただただ白かった。





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