白夏ー僕が殺した彼の話ー

リョウ

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8・罪深い季節の死体捜し

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望森は僕にとっては自慢の友人だった。やさしく大人びていて、賢かった。

クラスメイトの誰もが望森には一目置いていた。あの清春ですら、望森の事は特別視していた。

そんな望森と僕は親しくなった。それは単純に嬉しい事だった。

一緒に食事をしたり、話をしたり。寮のお互いの部屋に行き来したり。



そう、実は僕は清春よりも自分の方が、望森と仲が良いと思っていたんだ。

あの日、真実を知るまでは。



何故、望森はあの日、僕にあんな残酷な告白をしたのだろう? 

何も言わずにいてくれたら、僕は彼にあんなヒドイ事をしないでもすんだのに。

何故、望森は正直に僕に話したのだろう。僕は自分のした事の罪深さを知っている。

けれど彼の言葉を思い出すと、どうしても彼を許す気にはなれなかった。



あれから季節はすぎたのに。

夏が枯れて、冬が折れて、春が透けて、そしてまた夏が来た。今年の夏はやけに儚い。罪深い季節だ。







綾人達の死体探しの日々が始まった。

午前中はいつも通りに過ごし、午後から散策という事になった。



談話室に集まると、清春がノートを片手に翳しながら言った。



「まず何があったかを整理しよう。このノートの持ち主は彼という名の友人を殺している。理由はどうやら相手に裏切られた、傷つく言葉を言われた。そんな感じだ。そしてノートの持ち主は彼を埋めた。その場所のヒントは、白い花の見える場所だ。白い花だ。心当たりあるだろう?」

綾人の心臓が鳴る。白い花。それは……。



「蓮池だよ!」

一意が元気良く叫んだ。全員が一意を見る。

「だろうな。他に考えられないよな」

綾人は自分の腕を抱きしめるように掴んだ。

そんな綾人の姿を、夜彦はじっと見つめた後で口を開く。



「蓮池って言ったって探すのは大変だよ。ノートには、あの花が見えるって書いてあっただけじゃないか。それだけであの広い雑木林全部を探すって事か? ムリだよ」

けれど清春は即答する。



「いや、もっとヒントはあったよ。埋めた場所に座って花が見上げられるんだ。見上げるだぜ? それってだいぶ池に近い場所だ。5メートルも離れたら蓮は見上げないだろう?」

「確かにそうか……」

「しかもだ、人間て何もない、ただの地面に何かを埋めると思うか?」

一意が首を傾ける。



「どういう意味?」

「だから、もし、お前がタイムカプセル埋めろって言われたら、どこに埋めるんだ?」

清春の言葉に一意は頬に指をあてながら考える。



「えっと、どっか大きな木の下とか?」

「そう、その通り。人間て何か目印になるモノの下に埋めるものだ。ただの何もない地面よりも、木の下の可能性が大きい。あの蓮池の周りで蓮を見上げる事が出来る木の下を探せばいいんだ。それならかなり絞れるだろう?」

「なーる程、清春頭いいなー」

「常識だよ」

二人の会話に綾人は溜息をつきたい気分だった。清春の頭の回転の速さに、いつも感心させられる。



「じゃ、スコップかシャベルでも持っていくか?」

そう聞く夜彦に清春は微笑んで頷いた。

「ああ、俺、箸より重いものは持てないから、夜彦頼むよ」

「え?」

夜彦は嫌そうな顔をしたが、一意が楽しそうに手をあげた。

「じゃあ、俺が持っていく!」



その時、綾人は微かに違和感を抱いた。

なんだか最後の会話がおかしい。シャベルを持っていくなんて本気だろうか? 

そう思いながら綾人は清春を見つめた。

清春はいつも通りのすました顔で、一意にシャベルが倉庫にある事を教えていた。





四人はシャベルを持って歩き出した。

綾人は参加したくなかった。今すぐ寮の部屋に戻って、何も考えずに眠ってしまいたい。

そう思うのに参加しないわけにはいかなかった。

綾人は寮の庭にある、楠の木を見ながら溜息をついた。するとすぐ後ろにいた夜彦が綾人の肩に手を置いた。



「気乗りしなそうだな?」

「そりゃね……」



二人の前を清春と一意が歩いている。

寮の門を抜けると、一気に田舎の道が広がる。背の高い建物はない。見渡す限りの平坦な道だ。そんな道を夜彦と綾人は並んで歩いていく。

「死体なんかあると思うか?」

そう聞く夜彦に綾人は短く答える。



「わからないよ」

「わからないって言うのは、あるかもしれないって思ってるって事か?」

「……そうだね。だって絶対にないなんて言えないじゃん。何も知らないから、何も分からない。死体があるかないかも不明で未定だよ」

綾人は地面を見たまま、夜彦を見る事もなくそう言った。



空からは夏の強い日差しが降り注ぐ。道が白く、世界が膨張して見える。綾人はそう感じながら歩いた。



「じゃあさ、あのノートが本当の事が書いてあると仮定してだ、殺された人物はミモリだと思うか?」

綾人は目を閉じた。そしてゆっくりと目を開けると言う。



「さあ、それはないんじゃない? だってミモリは転校したんだ。この事実は学校が始まればすぐにハッキリするよ」

「学校が始まるまであと二十日位あるぜ?」

「登校日までならもっと短いよ」

四人の進む道が変わった。細い道を入り、更に今度は雑木林の中に入っていく。



「近道、近道!」

先頭を歩く一意が楽しそうに声をあげている。その後を三人が続く。



「これも仮定だけどさ」

夜彦がまた話し出す。綾人はこれ以上会話がしたくなかった。けれどここで黙るわけにもいかず答える。



「なに?」

「ミモリが殺されていたとしてさ、殺したのは誰だと思う?」

綾人は立ち止まった。そして夜彦を強く睨む。



「さっきから何だよ? 遠まわしに僕に何が言いたいんだよ?」

「何って……別に……」

夜彦も立ち止まる。



「嘘だろ? 夜彦は僕を疑っているんだろう? 君は僕とミモリの関係を知っているんだ。だから僕ならミモリを殺しかねない。そう思っているんだろう?」

夜彦は眉を顰める。

「別に……本気でお前を疑ってるワケじゃないよ……」

綾人の心がささくれ立つ。



「動機が僕にだけはあったと夜彦は思ってるんだろ? でも動機なんて誰にあって、誰にないかなんか判らない。人の心の中までは見えないんだ。表面上どんだけ仲が良かったって内心は違うかもしれない。そんなの誰にも判らないんだ!」

「それはそうだけどさ……」

夜彦が困ったように呟く。そして頭をかきながら続ける。



「確かに動機なんかわかんないな。もしかしたら一意にも清春にもあるのかもしれない。単にマンガを貸してくれって頼んで、断られて殺したって事だってあるかもしれないもんな」

そう言う夜彦を綾人は冷たく見つめた。

それは夏だというのに、寒さを感じさせる位の冷たさで。



「何、他人事みたいに話しているの?」

「え?」

夜彦は意外そうに、俯いていた顔をあげる。



「夜彦は去年、自分が寮に残っていなかったから、自分は殺人者から除外されると思ってた?」

「そ、そりゃそうだろう?」

聞き返す夜彦に綾人は言う。



「そんなのわかんないよ。夏休みにこっそり戻ってきて、殺してから黙って立ち去ったのかもしれない」

夜彦の顔が真っ青になった。

「し、してないよ、そんな事……」

弱々しく言う夜彦に綾人は我に返った。



「あ……」

感情的になって、よけいな事を言ってしまった。綾人は自分の発言を急激に後悔した。



「ごめん……」

「いや……」

その時、清春の呼ぶ声が聞こえた。



「何やってんだよ? 早く来いよ!」

見ると清春と一意の二人は林の奥にいた。綾人達はそのまま黙って小走りで奥に進んだ。





「この木の下とかどう?」

一意がシャベルを杖代わりにした格好で言った。夜彦はその場に座り込んでみる。

「ああ、蓮が見上げられるな」

「じゃあ掘る?」

全員が黙り込んだ。



掘る? 掘る? この固そうな土を掘る?

綾人は地面を見つめた。それは考えられない事だった。

この下に確かに死体があるのがわかっているならともかく、何の確証もなく穴を掘る。

それは一体どれほどの重労働だろう?



「不可能だよ……」

綾人が呟いた。

「なんで? 掘ろうよ、きっと死体が出てくるよ!」

言うと一意は地面にシャベルを突き刺した。



「んんん……しょっと!」

一意は穴を掘り出した。三人は呆然とそれを見つめた。

虚しい作業だった。あてもなく穴を掘る。それは賽の河原の石積みと同じだった。行為に意味はない。すべてが無駄に終る。



一意の息が上がっていた。最初は元気がよかったが、今では会話も出来ない状態になっている。

汗がダラダラと流れ落ちている。

真夏の昼間にこんな重労働をするなんて無茶だ。綾人は叫んだ。



「もうやめろよ! 死体なんかないよ! 無駄だよ! こんな場所に死体があるわけないんだ!」



綾人の言葉に全員が綾人を見つめる。綾人はその視線に刺し貫かれたような気がした。

ゆっくりと全員を見つめ返す。疲れ果てた顔の一意、呆然とした夜彦、そして冷静な顔をした清春。

清春。



「何で、ここにはないって言い切れるんだ?」

心臓が凍った。

「何でって……」

「ああ、なんで? なんで無駄だって、そんなハッキリ言い切れるんだ?」



この時、綾人は先程の違和感に気付いた。シャベルを持って死体を捜しにいく。

そんなのは到底無理な事だと気づいていた。そう、そんな事に清春が気付かないワケがない。

なのにどうして清春はそれをしようとしたのか?



清春はカマをかけていたのだ。誰かが何かしらの反応を示す事を。

汗が滴り落ちる。声が掠れた。



「だ、だって無理だろう? 死体があるかも判らないのに、穴を掘るなんて……」



誰も何も答えない。ドクドクと脈が速くなった。綾人の頬から汗が落ちていく。

ドクドクドク……心臓の音がうるさい。みんなが自分を疑っているのがわかった。

いじめの事に気付いていたのは、夜彦だけではなかったのか? もしかしてみんな知っていたのか? そうだ、清春は望森の親友だったのだ、知っていてもおかしくない。綾人は泣き出したいような気持ちだった。

すがるような思いで一意を見てみた。すると同情するような目でみつめられた。



「あ……僕は、僕は……」

自分は何を言おうとしている? 絶体絶命、そう思った時だった。



「綾人の言う通りだよ。無駄な事はやめようぜ」



夜彦だった。その言葉に全員が今度は夜彦を見つめる。

夜彦はその視線を軽く受け流すと、手を上げて伸びをする。



「綾人が正しいよ。実際に死体があったとしても、見つかるわけがない。だいたい死体埋めるのに何メートル必要なんだよ? そんな浅くに埋まってるワケないだろう? それを当てずっぽうで掘るのは無理があるよ」



その言葉に綾人は救われていた。夜彦がまた助けてくれた? 綾人はそう感じた。

すると清春がクスクスと笑い出した。



「ははは、冗談だよ。俺も本気で死体が見つかるなんて思ってないよ」

綾人と夜彦は呆然と清春を見つめる。



「そんなマジになるなよ。ちょっとイチイの夢に付き合ってやっただけだよ」

「ええ!? 何だよそれ!?」



結局、死体を捜して、穴をそれ以上掘る事はなかった。

四人はそのまま来た道を戻った。

今度はシャベルを夜彦が持って歩いた。

穴を掘った一意には、シャベルを持ち帰る程の体力は残っていなかった。







それからの日々は表面上穏やかだった。四人は今までと同じような生活を過ごしていた。

一意は死体探しが不可能と知った所で、一気に興味が失せたようだった。あれ以来ノートの事については触れてこない。

けれど綾人はノートの事は諦めていなかった。なんとか清春から奪い返せないか、そればかりを考えていた。





ある日の午後、綾人は蓮池に向かった。

蓮は朝早く花開き、午後には閉じる。午後だと花は盛りの時をすぎてしまっている。

けれど綾人はこの閉じかけた花も美しいと思う。



花は物を言いたげな顔で、そこに咲いていた。今にも何か語りだしそうな、そんな気がする。



「君たちは何が言いたいの?」

綾人は白い蓮の花に問いかけた。

去年の記憶が蘇る。蓮の間に落ちてザブザブと自分達は水に濡れた。この可憐な花を何本も折った。水に揺蕩う花弁。彼の首を絞めた自分。



「僕の事を、君たちも責めるの?」

言いながら綾人は蓮の花の茎を握る。このまま力を入れれば茎は簡単に折れるのだろう。人の首などとは違い簡単に。

その時、綾人は蓮の間から、林の中を歩く夜彦の姿を発見した。



「夜彦?」



綾人はそのまま夜彦を見つめた。夜彦は歩きながら何かしているようだった。それに気付くと綾人は隠れるように身を伏せた。心臓の鼓動が何故だか早くなった。



夜彦は空を見上げたり、しゃがみ込んだりして歩いていた。そして時折ノートのような物を取り出すと、何かメモを取っていた。

「……」



綾人は唇を噛み締めた。夜彦が何をしていたのか理解したのだ。

綾人は立ち上がると林の中にいる夜彦に近付いた。



「夜彦」

呼びかけると夜彦は驚いたように綾人を見つめた。

「綾人か……」

綾人は夜彦の前まで行くと、手に持ったノートを覗きこんだ。

そのノートは例のノートと同じ位の、小さなメモ用のノートだった。



「調べてたの?」

綾人は凍えそうな程冷たい声で聞いた。夜彦は黙っている。

すると綾人は夜彦の手からノートを奪い取った。

そこには簡単な地図が書かれていた。それは蓮池を中心とした地図だった。そして池の周りに×と○のマークが書かれている。



「○と×の意味は?」

綾人は簡潔に聞いた。夜彦はカーゴパンツのポケットに手を入れながら答える。

「○は座った状態で蓮が見える木がある場所。×は蓮が見えない場所」

綾人はノートを夜彦に返しながら言う。



「死体がある場所を調べてたんだ?」

睨むように言う綾人に、夜彦は肩をすくめる。



「本気で探していたってわけじゃないよ。ただ蓮の花の見える場所があるのか確認したかったんだ」

綾人は地面を見つめて考え込んだ。そして再び顔を上げると夜彦に向かって言った。



「君はやっぱり僕を疑っているの?」

夜彦が息を呑んだ。

「そ、そんなわけじゃないよ……」

綾人は首を振る。

「いや、君は僕を疑っているんだ。だから清春から僕を庇った。君自身が僕を疑っているから」

「俺は……」

夜彦は言いながら綾人に向かって手を伸ばした。その手を綾人は振り払った。そして強く夜彦を睨む。



「僕はミモリを殺してなんかないよ! 僕はミモリの事なんか知らない! ミモリは転校したんだ!」

綾人はそう言うと走り出した。そのまま林の中に入る。



夜彦はただ黙って、そんな綾人の後ろ姿を見つめていた。

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