白夏ー僕が殺した彼の話ー

リョウ

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7・ノートの検証

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彼がいなくなった事に誰も気付かなかった。

時期は夏休み。ただ単に帰省したのだと、誰もが思った。

友達の誰にも何も言わずに? 考えてみればおかしいが、それでも誰も気にしなかった。

夏休み。人が消えるのには丁度良い季節だった。

僕は彼の事が好きだった。とても仲の良い友人だった。彼と友達だった事を自慢に思っていた。

けれどあの日、彼は言った。僕の事など嫌いだったのだと。



人は不思議だ。嫌いな人にも表面上はやさしく出来るんだね。微笑む事ができるんだね。僕にいろんな事を教え、たくさん笑わせてくれた。それらが全部ニセモノだと知った時の僕の気持ちが分かるだろうか?

僕は彼の裏切りを許さない。死んでもなお、許してあげられない。

そう、僕は彼を殺した事を後悔なんかしていない。けれど……。



けれどこの虚しさは何だろう?

僕は寮の部屋の窓に向かった。窓に手をつく。もうすぐ東の空から日が昇る。

太陽が昇りながら、すべてを燃やしつくしてしまったら良いのにと思った。



あれからたくさんの月日がすぎたのに、今も世界は燃えずに残っている。











「このノートにはね、殺人者の心情が書かれているんだよ」

綾人は顔をあげた。暫く呆然と過去のことを思い出してしまっていた。

「ねー、清春それ見せてよ」

一意の言葉に、清春は頬杖をついたままで言う。

「いいけど、一人づつ順番に回し読みでいいか?」

「お前が読み上げたら良いんじゃない?」

夜彦の発言に清春は首を振った。

「いや、それも考えたけど見てもらった方が良いと思うんだ。実際この字を見ての意見が聞きたい。それに自分で見ないと判らないと思うんだ」

その微妙な言い回しに、夜彦が眉根を寄せる。



「それってどういう意味?」

「まあ、質問はノートを見てからにしてくれよ」

綾人はそんな会話をどこか遠くに感じながら聞いていた。

ノートが回し読みされる? 自分のあの大事なノートが?



身体が震え出すのを必死で堪えた。

大丈夫、あの字で自分が書いたと気付かれる事はない。たぶん……。



ノートは一意が最初に読むと、次に隣にいた夜彦に渡された。

そして綾人へと回ってきた。綾人は緊張しながらも、それを表面に出さないように気遣いながらノートを受け取る。

三人の視線が一気に自分に集まる。

冷静に、冷静に……。綾人は心の中で言い聞かせる。



内容は全部知っている。書かれた内容はほとんど暗記していた。

けれどそれを悟られないように、綾人はノートの最初のページから開き、一枚ずつページをめくった。

内容を目で追いながら綾人は確認していた。どれもこれも見覚えのある文字。変化はない……。



綾人は内容を全部読んた後も、更に白紙のページをめくっていく。何も書かれていない場所も、ノートの裏面まで確認してから、綾人はそれを清春に渡した。



「読んだよ」

短い言葉しか出なかった。それ以上何か言うと、よけいな言葉が溢れ出しそうだった。



清春はノートを受け取ると、全員の顔を見まわした。

「どう思う?」

簡潔な問いだった。

夜彦が最初に口を開く。



「妄想なんじゃないの?」

「えー、俺は本当だと思うな」

一意は期待に満ちた瞳で言った。けれど夜彦は冷淡に言う。



「嘘が書いてあるんだと思うよ。殺人なんかして、それをノートに告白なんかしないだろ、普通」

清春はノートを片手に翳しながら言う。



「そうでもないさ。自分のした事の告白を書くっていう行為は、割と普通だよ。それによって得るカタルシスがあるんだ。あるいは逆かもしれない。ノートに書く事によって興奮するのかもな。まあ自分の犯した殺人という行為に酔ってたらの場合だけど」

綾人は叫びだしたかった。それは違う。興奮なんかじゃない。自分の行為に酔っているわけではない。けれどそれらの思いを、綾人は胸の中に抑え込む。



「俺はここに書かれたのが、本当だって信じるよ。だってふざけて書いたように見えないもん。この一意様の直感は間違いないよ」

「綾人は?」

清春に聞かれて、綾人は顔を上げる。



「僕は……よくわかんない……どっちの可能性もあるんじゃないかなって……」

「だからそれをみんなで検証したいと思うんだよ」

清春はサラリと言った。それは綾人にとっては恐ろしい提案だった。

本気で? そんな事はやめて欲しい。そう思うのに言う事が出来ない。言ってしまうと、自分があのノートを持っていたのだとバレてしまう。



「そもそも清春はそのノートをどこで手に入れたんだよ」

夜彦の言葉に綾人はピクリと反応した。いつ自分は落とし、清春に拾われたのだろうか。

清春はノートをテーブルに置くと、その上に手を乗せた。



「これは昨日、寮の図書室で拾ったんだよ。写真集や美術書の前の床にあった」

心臓がドクンと大きく反応した。

昨日、写真集を手にした。あの時に落とした?



「俺はその前日も図書室に行っていた。でもその時にはこのノートはなかったんだ。それがどういう意味かわかるか?」

「どういう意味なの?」

一意はそう聞いたが、他の人間にはその意味がわかった。



「つまり、この中の誰かが落としたって意味だよね」

綾人は冷えた声でそう言った。

「え、なんで?」

そう聞く一意に、夜彦は呆れたように言う。



「バカか、当然だろう。今この寮には俺達以外には居ないんだよ。それ以外で寮に入った人間なんて、せいぜいこないだ来た川瀬先生位だろ。でも先生だって考えるより、この中の誰かだと考える方が自然だろうな」

「この中に……?」

誰も返事をしない。



「だったら、落とした人は誰なの? 名乗りを上げてくれないの?」

「だからバカかお前は。それは殺人告白のノートだぜ。はい、自分です、なんて言うわけないじゃん」

「そっか……」

一意は納得したというように頷いたが、夜彦はそんな一意に意地悪く言う。



「なんだよ、他人事ですって感じで話してるけど、ノートの持ち主はお前の可能性もあるんだからな」

「ええ!? なんでだよ。違うよ。だって本当に俺知らないもん」

「そりゃ、誰だってそう言うだろう。この中で自分が落としたって言うヤツ、いるわけないじゃん」

言いながら夜彦は清春を見つめた。

「言っておくけど、このノートを持ち出した清春も例外じゃないと思うよ。疑われないために、拾ったって言ってるだけかもしれないもんな」

清春は笑う。

「いいよ、疑ってくれても。でも俺が持ち主なら、ここでみんなにこのノートの話をふる必要は感じないけどね」

夜彦も微笑む。

「それはわかんないよ。このノートを使って何か探ってるのかも知れないからな」

「はは、そうきたか。うん、でも悪くないね、そういう発想、俺は好きだよ」

綾人と一意を置き去りに、二人は探りあいをしていた。



綾人はいたたまれない気持ちで口を開く。

「別にこのノートの事なんか、放っておいて良いんじゃないかな? 内容が真実かどうかなんて、僕達には関係ないじゃないか」

清春は綾人を見つめた。

「本当にそう思うか?」

真剣な目の清春に恐怖を感じながら、綾人は無理して瞳を見つめ返す。



「このノートの内容、ある事柄とダブらないか?」

清春の言葉は氷のナイフのように綾人の胸に突き刺さった。

冷たい、熱い位に冷たい鋭利な言葉。ドクドクと血が溢れ出す。



「それって、どういう意味……?」

今度は上手く話せなかった。声が震えた。ゴクリと唾を飲み込んでしまう。



「この内容読むと、ミモリの事、思い出さないか?」

記憶が流れ込んだ。

夏の雑木林。揺れる白い蓮。セミの声。池の水の波紋。彼のヒドイ言葉。世界が白く変わる。変わる……。



「まさか清春、その殺された彼って、ミモリの事だと……?」

夜彦の質問に綾人は固まった。

突き刺さった氷のナイフが抜けていったように、今度は何も感じなくなった。



「ええ!? 何言ってんだよ!? なんでミモリなんだよ!?」

一意が大声で叫ぶ。それを片手で制して清春が語る。



「誰が最後にミモリに会った? 誰か転校後のミモリの行方を知ってるか?」

誰も答えない。けれど暫くして一意が呟くように言う。

「でも、転校したって、先生が言ったじゃんか……」

一意らしくない、弱々しい言い方だった。

「転校は決まってたらしい。それは確かな情報みたいだ。でもさ、ミモリは1学期から2学期の間に消えたんだ。うちの学校からすれば、1学期中に居なくなったなら大騒ぎだったかもしれない。2学期が始まってからなら、転校先の学校で騒がれたかもしれない。けどミモリが居なくなったのは空白の夏休みだ。あいつがどの時点でいなくなったのか誰も知らない」



それを聞いた全員が、ゾクリと寒気を感じたような顔をした。

このノートに書かれた被害者は望森だというのだろうかと。



「そもそもミモリの転校からしておかしかった。あいつ俺にも、他の誰にも転校を黙っていた。それって普通か? 普通は話さないか? あいつってそんな冷たいヤツだったのか?」

清春は全員の顔を見ながら、強い口調で言う。



「つまり、ミモリは転校前から、何か俺達には言えない秘密を抱えていたんじゃないか? だから何も言わずに居なくなった。いや、何かトラブルに巻き込まれて殺されたのかもしれない」

綾人は目を伏せた。けれど痛い程の視線を感じた。見なくても判る。きっと夜彦が見つめているのだ。今の清春の言葉で、夜彦は綾人に疑いを抱いたのだと思う。



居なくなった望森。その望森にイジメられていた綾人。夜彦はそれを知っている。ならば綾人を疑うのは当然だ。

清春は冷静に話し続ける。



「この中でミモリが転校してから、連絡とったヤツいるか?」

全員黙っている。

「いないよな。携帯は繋がらないし、ミモリの生死は不明ってわけだ」

「そんな……」

一意が眉をよせて呟いた。

一意は完全に清春の仮説を信じたようだった。

すると隣で黙って聞いていた夜彦が、テーブルに頬杖をついた。



「考えすぎなんじゃない?」

その言い方は、そんな仮説は信じていないという感じだった。



「ミモリが死んでるかどうかなんか、転校先の学校に問い合わせれば良いじゃん。うちの学校から転校の手続きとかしてんじゃない? 連絡先も判るよ。それに人一人が居なくなるっていうのは結構でかいよ。居なくなったら大騒ぎじゃない? 家族だっているんだから、捜索願い出されて、警察も聞き込みにくるんじゃないか?」

綾人はそう反論する夜彦をじっと見つめた。

もしかして自分を庇うつもりでいるのだろうか? そう思うと夜彦から目が放せなかった。



そんな夜彦の言葉にも清春は動じずに言う。

「家族が捜索願い出すっていうのはさ、それは一般家庭での話だよ」

全員が清春を見る。

「この学校の寮通いの人間ってさ、それなりにワケありの人間が居るって事は知ってるよな?」

全員がドキリとした顔をする。



「俺もそうだが、ミモリもそうだった。金持ちの愛人の息子。家に居られると邪魔だから、寮に入れて追い出しておきたい。そんな立場のミモリが消えて、家族が本当に真剣に探すと思うか?」



望森と清春は優等生同士というだけではなく、家庭の事情も似ていた。だから親しかったのか。その事に気付き、綾人は思った。清春はきっと気のすむまで、このノートの事を調べるのだろうと。望森の事かもしれないと、そう疑いを抱いた清春が、うやむやにしてしまうわけがない。そう考えると綾人の胸はキリキリと痛んだ。

清春は手強い。



「話を戻そうか」

クールに、それは冷ややかに清春は言った。

「このノートは誰の物か」



清春は望森のために、今居る仲間を疑う事も出来る。望森の為なら仲間を弾劾する事もできる。

綾人はそう思うと恐怖で震えた。もしも自分がした事を清春が知ったら、自分の事を清春は許さないのだろう。

ドキドキと心臓は鳴り続けていた。



「このノートに書かれた事は事実だと、俺は思う。殺人はあったんだ。この告白文にはそう感じさせる強い力がある」

「思い込みだよ」

夜彦が視線を逸らして言い放った。清春は一瞬夜彦を見たが、すぐに視線を戻すと続ける。



「この文字だけど、これは万が一に誰かに見られた事を想定して書いてある」

「あ、だからそんな定規で引いたみたいに角ばってるのか!」

一意は今気付いたようだ。清春は黙って続ける。



「もし、ふざけて書いたのなら、そんな事しなくても良い。けれどこのノートは万が一を考えてるんだ。まあ、こうやって実際俺なんかに拾われちゃってるからね、正解だったわけだ」

「ねー、その字じゃ本当に誰かわかんない?」

一意が身を乗り出して聞く。



「俺達には無理だな。筆跡鑑定のプロじゃないし」

「じゃあ、警察で調べてもらったら?」

「おいおい、こんなの持って行ったってイタズラだと思われるだけだよ。警察は事件という確証がないと動かないよ」

「え、だってミモリが行方不明になってるじゃん?」

「本当に行方不明かは、転校先の学校に問い合わせて確認してみないとわからないな。でも生憎、それを知る為の第一の場所である、うちの学校も今は夏休みだしな」



一意と清春は二人でどんどん話を進めていた。

綾人と夜彦はただ黙ってそんなやり取りを聞いていた。



「ねえ清春、事件じゃないと警察は動かないの?」

「ああ、そうだよ」

その答えに一意は立ち上がった。



「じゃあさ、死体捜そうよ!」

「え?」

全員が一意を見上げた。一意は瞳を輝かせて言う。



「死体を捜せば良いんだよ。だってこのノートにヒントはいっぱいあった。それに今は夏休み。時間はいっぱいある。だから死体を捜そうよ!」



思いもかけない言葉だった。綾人は息を止めて一意を見つめた。

死体を捜す? 望森の? まさか……。

綾人は動揺していた。考えていなかった方に話がどんどん進んでいく。思考がついていかない。



望森を探す? 望森を? だって望森は……。



「そうだな、やってみても良いかもな。夏休みが終るまで、まだ時間はある。このノートに書かれた事が事実かどうか、それは書いた人間の自白にしか頼れないが、死体という証拠があったら言い逃れできないからな」

清春はそう言った。そして残りの二人を見つめる。



「そういう事で、明日から四人で死体捜しとかどうだ?」

その声はどこか楽しそうに聞こえた。



清春は望森が本当に死んでいるのか、本当はすべてわかっているかのように、綾人は感じた。

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