5 / 10
5・綾人はノートを探す
しおりを挟む
5
彼の言葉を聞いた時、最初どういう事か理解が出来なかった。
額の上に手を当てて考える。
「えっと……」
彼は冷たく僕を見ると、もう一度同じ事を言った。
「だから、僕は君の事が本当は嫌いだったって言ったんだ」
嫌い。嫌い? だってあんなに一緒に過ごしたのに、この夏休みだって二人で一番一緒に過ごしたのに、なのに嫌い? 僕のことを?
「何で?」
震える声でようやくそう聞いた。
彼は冷たく僕を見た。その目を知らない人の目のように感じた。
だって彼はいつもやさしくて穏やかで、こんな冷たい爬虫類みたいな目をする人じゃなかったんだ。
彼はズボンのポケットに手を入れながら、僕を見下すように見る。
「僕は君みたいにオメデタイ、頭の悪い人間は、本当は嫌いだったんだ。理由を言わないと他人の心にも気づけない。無知で無神経で幼稚で、見てるだけで腹立たしいんだよ」
ミーン、ミーンと蝉の声が急に忙しなく聞こえた。蝉のうるさい声と彼のあざ笑う声がダブる。
「僕は君みたいに恵まれた環境で生きてこなかった。厳しい現実の中ですごしてきた。なのに君ときたら自分の幸福さに気づきもしないで、文句ばかり言っていた。そんな君の言葉を僕は辟易しながら聞いていた。そう、ずっと我慢してたんだよ。君といるとイライラするのをね」
蝉はまだ鳴いている。ミンミンとうるさい。暑さが倍増するからやめてくれ。それに彼の言葉もわからない。あれは蝉の声と同じ。僕の体を、頭の中を熱くさせる。胸がマグマのように沸く。彼の声はこんなにも耳障りだった?
「僕はだいぶ前から君と過ごすのが苦痛だったんだ。気づかなかった? 僕の作り笑いを」
「作り笑い……だったの……?」
「そうだよ。僕は君と居ても楽しくなんかなかった。そんなに恵まれた家庭のくせに、それに気づかない。そんなバカと過ごしたって、楽しいわけないじゃないか」
「君の家は……どんな……」
「関係ないよ!」
彼は冷たく言い放った。
「君には関係ない。それにもう君には何も話したくないんだ。だって僕はもう君と関わるのをやめるから」
「やめる……?」
蝉の声はまだ聞こえる。彼の声と蝉の声。グルグル回って僕の体を押しつぶす。じんわりと気持ちの悪い汗が出てくる。なのになんで彼はあんな平気な顔でいられるんだ? 何で? 彼の声が蝉と混ざってどこかもう遠い。
「僕は今まで我慢してただけだ。君の事なんか本当は大嫌いだったんだよ。だからもう無理はやめて、君とすごすのはやめにするんだ」
彼は白い花を見つめていた。白い可憐な花を見ながら、そう言っていた。でも僕にはもう、その言葉は聞こえていなかった。
体が勝手に動いていた。それはそう、暑さのせいだったのかもしれない。暑いと人はイライラして狂気に取り付かれてしまうから。
僕は花を見つめる彼に飛びついていた。彼の白い長い首に、僕の手が絡みついている。足を動かした感覚も手を動かした感覚もなかった。耳にも今は何も聞こえてこない。蝉の声も彼の声も。ただ白い空間に僕はいて、勝手に体が動いて、勝手に彼が下に転がっていた。
僕は暫くの間、彼の体の上に馬乗りになって跨っていた。ただ、そうしていた。そしてなんとなく、僕はそのままの姿勢で顔を上げた。白い花が揺れていた。白い可憐な花がふわりふわりと。
僕の耳にふいに音が甦った。蝉の声が急に大音量で聞こえた。
僕は改めて彼を見た。美しかった彼の顔が赤紫色になっていた。鼻からは赤黒い血が見える。
これは何? これは……。
白い花はまだ揺れていた。
綾人は翌日の朝早く、空が明るくなると同時にノートを探しに出かけていた。
一晩寝ないで、自分の昨日の行動を思い出した。そして昨日行った場所を、最初から一つづつ探して歩いた。
廊下、洗面所、トイレ、風呂、食堂、図書室。寮の敷地内を全部探して歩くと、今度は林にむかった。
最初に百日紅の花の下、次に蓮池。綾人は何度も地面にへばりついて探した。何度も何度も。
けれどどうしてもノートは見つからなかった。
「誰かに拾われた……?」
蓮池の白い蓮を見ながら呟いた。寒気がした。それは一番あってはならない事だ。あのノートを誰かが拾い、中身を見る。そう考えると恐ろしくて仕方がない。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう!?」
綾人は頭を抱えた。誰かに拾われても良い、それが知らない人で、そのまま捨ててくれるのであれば。けれどもしも寮に残っているメンバーに拾われたら?
それだけはあってはならない。あのノートを友人達にだけは見せたくない。
「どうしよう、どうしよう」
綾人は同じ言葉を繰り返す。白く美しい蓮も今は目に入らない。
誰があのノートを拾ったか考える。一番可能性が高いのは夜彦だろう。昨日もこの場所で会った。
その時、自分はノートを持っていただろうか?
分からない。けれどこの林の中で落としたとすれば、拾う可能性が高いのは夜彦だ。
他の二人はめったにこの林には来ない。
けれど寮の中で落としたとすれば、拾う可能性は誰にでもある。
「分からない、どうしよう」
混乱する思考の中で綾人は思う。取り返さないと。でも誰から? そう考えるとやっぱり最初に浮かぶのは夜彦の顔だった。そしてそれは一番拾われてはマズイ人間でもあった。
あのノートを見たら、夜彦はどう思うだろう?
そう考えると体が震える。夜彦は頭が良い。だからあのノートを見ただけで、自分の行った事がわかってしまうだろう。あのノートには具体的に名前は書いていない。けれど自分の秘密を知っていると言っていた夜彦には、きっとすべてがバレてしまう。
いっそ夜彦が死んだらいい。そう考えて綾人は頭を振った。
「バカなことを……。僕は何を考えているんだ」
ちょっとした殺意は一瞬で消えた。けれど綾人は夜彦に確かめずにはいられなかった。
綾人は夜彦の部屋へと訪れていた。ドアの前でノックをする。けれど反応はない。
まだ9時だ。遅寝の夜彦は、まだ寝ているのだろう。
もう一度ノックしようか悩んでいると、ガチャリと音がした。
「誰だよ、こんな朝早く……」
ボサボサの髪をかきまぜながら、夜彦が現れた。綾人の心臓がドクンと鳴る。
「お、おはよう」
「綾人?」
不思議そうに夜彦は綾人を見つめていた。
「あの、話があるんだけど良いかな?」
夜彦は驚いていたが、キュっと顔を引き締めると言った。
「入れよ」
綾人は夜彦の部屋に入った。
夜彦は起きたばかりのベッドを直すと、そこに綾人を座らせた。そして軽く髪を整えると自分は机の椅子に座る。
「こんな朝早くからどうしたんだよ」
綾人は答えない。
「もしかして、昨日の話の続き、してくれる気になったのか?」
顔をあげると夜彦を見つめた。夜彦は起きたばかりだというのに、すでにシャッキリとした顔になっていた。綾人は俯いて少し考える。そして覚悟を決めると顔をあげた。
「ちゃんと話をするから、だから君が何をどこまで知っているか、正直に答えて欲しい」
綾人はまだノートのことは口にしなかった。
もしも拾ったのが夜彦でないのなら、あのノートの事は誰にも秘密にしておきたかった。
夜彦は黒い瞳でまっすぐに綾人を見つめていた。そしてそっと頷いた。
「これは俺の想像が大半なんだ。それは事実とはちょっと違うのかもしれない。だから綾人が嫌な気分になるかもしれないけど、聞いて欲しい」
綾人は黙って頷く。すると夜彦は真面目な顔で、綾人を窺うように聞いた。
「綾人……去年、イジメにあってたか?」
ドクン。心臓が大きく鳴った。
胸の奥深く、まだ傷口の癒えていない場所に素手で触れられたと感じた。けれど綾人は何も言わずに黙っていた。夜彦はそんな綾人を見つめながら続ける。
「お前とはクラスが離れてたから、俺ずっと気づかなかったんだ。だけど今のクラスで、去年お前と一緒のクラスだった奴と友達になって、それでその話をちょっとだけ耳にしたんだ」
綾人は黙っている。顔からは赤みが消え、真っ青になっている。夜彦はそんな綾人を見ると、眉をよせて苦しそうな顔になる。
「ごめん今更で。去年俺が気づいてたら、力になってやれたのにってそう思って、どうしても話がしたかったんだ」
綾人は顔を上げた。そして夜彦を睨むように見つめる。
「それで……? それだけじゃないよね。ミモリの事が聞きたいって言ってたよね?」
夜彦は目を細める。
「ミモリのこと、本当なのか?」
その回りくどい聞き方に綾人はムっとした。
「本当かって何が?」
「……」
言いにくそうに夜彦は黙っている。そんな夜彦に怒鳴るように綾人は言う。
「そうだよ! ミモリだったんだよ。彼がイジメの首謀者だったんだ!」
夜彦は悲しそうな顔で綾人を見つめた。綾人はその夜彦の表情に、驚きが含まれていないのを悟る。夜彦はやはり知っていたのだ。望森のしていた事を。
綾人は自分の心が冷えていくのを感じていた。
「それだけ?」
「え?」
聞かれた夜彦は意味が分からないという顔で、綾人を見つめる。
「その他には?」
「他って……」
夜彦は戸惑うように綾人を見る。綾人は強い瞳で見つめ返す。
「他に何を知ってるの?」
「他って……」
夜彦は戸惑っていた。頭を押さえながら言いにくそうに話し出す。
「去年、みんなに無視されてたって……暴力もあったって聞いた。俺に話してくれた奴も、内心はかわいそうだって思ってたって言ってたけど、誰もイジメを止めなかったって聞いた。それにミモリが首謀者だって言うのは、絶対の秘密だったって。あいつ優等生だったし、家も多額の寄付する金持ちだったから、学校サイドもあいつの事は放任だったって……」
「他には?」
聞きながら綾人の心はどんどん冷えていった。去年の忌まわしい記憶。悲しい出来事。でもそれは遠い遠い昔の事。心は乱れない。どんどん冷えて凍っていく。
「他って……殴られたり、紙を食わされたとか……ロッカーに閉じ込められたとか……服を……」
「他には?」
「……」
もう言いたくないと言うように夜彦は黙った。
さっきまで綾人の方が血の気のない顔をしていたのに、今は夜彦の方が青い顔になっていた。
「他には?」
「……もうないよ」
その言葉に綾人は希望の光を見つけた。
「本当に?」
夜彦は諦めたように息を吐く。
「ああ、もうないよ。あとは突然ミモリが転校していって、そのイジメも自然消滅した。それしか知らない」
綾人は安堵した。
(良かった、夜彦は何も知らない……)
「夜彦はずっとこの話を僕に確認したかったの?」
訊ねた綾人に夜彦は頷く。
「綾人がイジメられていた事にすごいショックを受けたんだ。それに気づけなかった自分にも。確かにクラスは離れてたけど、寮で一緒に過ごしてたのに気づけなかった事がショックだった。知ってたらもっと励まして助けてやれたのにって、今更だけど後悔して……」
綾人は首を振る。
「君が気に病む事じゃないよ。それに学校のクラス以外では、イジメはなかったんだ。寮ではカケラもね。だから君が気づかないのも無理はない。それに僕も気づかれないように必死で隠してたから。だから君が気にする事じゃないんだ。それに今、こんな風に言ってもらえて感謝してるよ」
「綾人……」
綾人は少し微笑む。
「でも、だったらあんな探るみたいに聞かないで、こうやってハッキリ聞いてくれたら、ちょっと気が楽だったかな、とは思うかな」
夜彦は視線を伏せる。
「それは、ごめん。なんかミモリの事そんな奴だって思ってなくて、信じられなくて。でも直接お前に聞くのもなんか怖くて、それで遠まわしに聞いてたんだ。でも事実だったんだな」
綾人は人形のような精彩のない目をした。
「僕だって信じられなかったよ……」
去年の記憶が甦った。
転校すると言った望森。白い花が揺れていた。
最後に本当の事を教えてあげると言った望森。池に花びらが散る。
僕が君を苛めてたんだ、そう言った望森。彼の首に向かって伸ばした白い手。
君の事が嫌いだった。そう言った彼。蓮の茎を折って二人池に落ちる。
醜い言葉を美しい顔で言う彼。その彼の顔を池に沈める。
蝉の声が聞こえた。うるさい位に。永遠とも思える間。
「ミモリの事、恨んでるのか?」
夜彦の言葉に、綾人は現実に引き戻された。
恨んでいる?
いや、恨んでいる。憎んでいる。僕は許してなんかいない。彼の謝罪の言葉も聞こえない。聞きたくもない。僕は彼を許さない。絶対に許さない。どれだけ彼が苦しみや罰を受けても、僕は絶対に許さない。僕が望むのは彼の居ない世界。そして僕は今それを手に入れている。
なのに。
なのに、どうしてこんなに苦しいんだろう?
「綾人……?」
伸ばされた手に気づき、綾人は夜彦を見つめた。
夜彦は綾人の肩に両手を置き、心配気に顔を覗き込んでいた。
「ごめん、ヤな質問して」
「ううん……」
綾人は首を振る。望森を恨んでいるのか、答えは自分でも分からなかった。
綾人は夜彦の部屋を出た。
廊下を歩きながら考える。ノートを拾ったのは夜彦ではない。それは確信していた。さっきの会話でいろいろ探ったつもりだった。もしも夜彦があのノートを持っていたのなら、きっと彼はノートの事を口にしただろう。けれど夜彦はカケラも口にしなかった。それはノートを持っていないという事だ。
(じゃあ、誰が拾ったんだよ?)
綾人はこの寮に残っている誰かが拾ったのだと、信じて疑っていなかった。
夕方、綾人は思いついて一階の食堂に向かった。
台所で夕食の準備をしている、清春と一意を見つける。
「綾ちゃん、夕飯はまだだよ」
そう言う一意に綾人は微笑む。
「うん、ちょっと様子を見に来ただけ」
「なんだよ、手伝ってくれるんじゃないの?」
清春の言葉に綾人は首を振る。
「7時までに作り終わる?」
綾人が聞くと、清春は包丁を握った一意を見つめる。
「こいつがこんなだからな、7時すぎると思うよ」
「なんだよ、俺だって頑張ってるんだからな! 綾ちゃん美味しい肉じゃが期待しててよ!」
綾人は微笑んで、その場を立ち去る。そしてそのまま清春の部屋に向かう。
清春の部屋は綾人の部屋と同じ2階にあった。丁度建物の中心に近い部屋だ。
綾人はネームプレートを確認すると、そっとドアノブを回した。
ガチャ!
意外な程大きな音がしてドキリとした。つい一番奥の夜彦の部屋を窺い見てしまう。けれど夜彦の部屋のドアが開く気配はない。
綾人はもう一度ノブを回した。ガチャ。やはり鍵がかかっている。
(だよね。清春が鍵を閉めないわけがないものね……)
綾人はそう思いながら、今度は一意の部屋に向かう。
一意の部屋は綾人の部屋の二つ隣だった。綾人はそっと一意の部屋のドアノブを回した。
ガチャリ。
開いた。
綾人は素早く中に入り込む。
一意の部屋ももちろん他の部屋と同じ作りだった。備え付けのベッドと机、それに窓。けれど一意の部屋は、他の部屋に比べると大分狭く感じた。物が溢れているからだ。脱ぎ散らかした洋服がベッドの上にいっぱい積んである。綾人は念のため部屋の鍵を閉めると、最初に机に向かった。
一意の机の上は汚なかった。書類や教科書がバラバラに積み重なっている。触ると雪崩を起こしそうだ。少し躊躇したが、綾人は気にしない事にした。どうせ、これだけ汚なければ、動かしたって分からないだろう。綾人は机の上を探し出した。
心臓はドクドクと脈打っていた。泥棒をするつもりではなかったが、気分は泥棒と同じだった。状況的に見ても泥棒と同じだろう。けれど綾人はここに盗みにきたのではない。ノートを探しにきたのだ。夜彦が持っていないのであれば、あとは二人。一意か清春だ。だから最初に台所に行き、二人が部屋に戻ってきそうもないのを確認したのだ。
綾人は一意の部屋中を探した。机、引き出し、ベッド、窓、床、押し入れ。くまなく探したつもりだ。けれどノートは見つからない。
「ない……のか?」
綾人は呟くと唇をかみしめる。
諦めよう。この部屋にはない。あんまり長く居てみつかったら困る。
綾人は最後にもう一度部屋の中を見回す。そっとドアを開けると、誰も居ないのを確認して廊下に出た。そして何でもないように自室へと戻る。
部屋に戻ると綾人は深く息を吐いた。
よほど運が悪くなければ、見つかることはないと思っていた。それでも緊張した。綾人は無事戻ってきた事に安堵すると思った。
自分は泥棒には向かないと。
夕飯は昨日の野菜の残りで作った、肉じゃがだった。他に一応サラダと味噌汁もある。
綾人は食堂でそれを食べながら、清春の顔を見つめた。クールな清春。彼は大人びた頭の良い少年だ。だから綾人がどんなに探りを入れても、ノートを拾ったかどうか聞き出すのは無理だと思った。仮に何かへんな事を聞けば、すぐに綾人が落としたものだとバレてしまう。
自分じゃ無理だ。でも、誰か他の人間を使って、清春にノートの事を聞き出せないだろうか? そう思っていた時だった。
「なんだよ、綾人。俺のことそんなに見つめて」
「え?」
ドキリとした。
「この絶世でいて、薄幸の美少年様に見惚れちゃってた?」
その冗談に綾人は微笑む。
「誰が薄幸だよ。人一倍幸せそうで健康な人間のくせに」
清春は首を振る。
「わかっちゃないね。優等生様には優等生様なりの不幸があるものなんだよ」
その言葉が綾人の胸に刺さった。優等生なりの不幸。
じゃあ望森も? 望森も不幸だったのか? だからあんなことを?
綾人が自分の考えに沈んでいると、夜彦が口を開いた。
「俺、今日は予定ないから、なんか遊びするなら混ぜてよ」
意外な発言に、全員が夜彦を見る。
「へー、夜ちゃんがそんな発言するなんて珍しいね」
一意の言葉に綾人も続ける。
「でも何をする?」
一意が手をあげた。
「はーい! 怪談が良いです!」
「言うと思った」
冷たく言う清春に一意は負けずに言う。
「じゃー肝試し!」
「どっちも一緒じゃん」
そう言う清春に夜彦が言う。
「一緒じゃないよ。だって動かないといけない分、肝試しのが面倒だぜ。だからその二択なら俺、怪談の方がいいな」
「じゃあ怪談に決定!」
「え、決定なの?」
綾人が聞くと一意は頷く。
「だって他になんか案ある?」
「……ないけど……」
「じゃあ、いいじゃん」
結局怪談をする事に決まった。夕飯後、風呂に入る時間なども考慮し、10時に談話室に集合となった。
綾人はその怪談になんの構えもしていなかった。
自分はただの聞き役、そんな風に考え、なんとなく参加しようとしていた。
けれどいざ怪談が始まると、誰よりも綾人が怯える事になった。
それはそう、とても予想外の展開だった。
彼の言葉を聞いた時、最初どういう事か理解が出来なかった。
額の上に手を当てて考える。
「えっと……」
彼は冷たく僕を見ると、もう一度同じ事を言った。
「だから、僕は君の事が本当は嫌いだったって言ったんだ」
嫌い。嫌い? だってあんなに一緒に過ごしたのに、この夏休みだって二人で一番一緒に過ごしたのに、なのに嫌い? 僕のことを?
「何で?」
震える声でようやくそう聞いた。
彼は冷たく僕を見た。その目を知らない人の目のように感じた。
だって彼はいつもやさしくて穏やかで、こんな冷たい爬虫類みたいな目をする人じゃなかったんだ。
彼はズボンのポケットに手を入れながら、僕を見下すように見る。
「僕は君みたいにオメデタイ、頭の悪い人間は、本当は嫌いだったんだ。理由を言わないと他人の心にも気づけない。無知で無神経で幼稚で、見てるだけで腹立たしいんだよ」
ミーン、ミーンと蝉の声が急に忙しなく聞こえた。蝉のうるさい声と彼のあざ笑う声がダブる。
「僕は君みたいに恵まれた環境で生きてこなかった。厳しい現実の中ですごしてきた。なのに君ときたら自分の幸福さに気づきもしないで、文句ばかり言っていた。そんな君の言葉を僕は辟易しながら聞いていた。そう、ずっと我慢してたんだよ。君といるとイライラするのをね」
蝉はまだ鳴いている。ミンミンとうるさい。暑さが倍増するからやめてくれ。それに彼の言葉もわからない。あれは蝉の声と同じ。僕の体を、頭の中を熱くさせる。胸がマグマのように沸く。彼の声はこんなにも耳障りだった?
「僕はだいぶ前から君と過ごすのが苦痛だったんだ。気づかなかった? 僕の作り笑いを」
「作り笑い……だったの……?」
「そうだよ。僕は君と居ても楽しくなんかなかった。そんなに恵まれた家庭のくせに、それに気づかない。そんなバカと過ごしたって、楽しいわけないじゃないか」
「君の家は……どんな……」
「関係ないよ!」
彼は冷たく言い放った。
「君には関係ない。それにもう君には何も話したくないんだ。だって僕はもう君と関わるのをやめるから」
「やめる……?」
蝉の声はまだ聞こえる。彼の声と蝉の声。グルグル回って僕の体を押しつぶす。じんわりと気持ちの悪い汗が出てくる。なのになんで彼はあんな平気な顔でいられるんだ? 何で? 彼の声が蝉と混ざってどこかもう遠い。
「僕は今まで我慢してただけだ。君の事なんか本当は大嫌いだったんだよ。だからもう無理はやめて、君とすごすのはやめにするんだ」
彼は白い花を見つめていた。白い可憐な花を見ながら、そう言っていた。でも僕にはもう、その言葉は聞こえていなかった。
体が勝手に動いていた。それはそう、暑さのせいだったのかもしれない。暑いと人はイライラして狂気に取り付かれてしまうから。
僕は花を見つめる彼に飛びついていた。彼の白い長い首に、僕の手が絡みついている。足を動かした感覚も手を動かした感覚もなかった。耳にも今は何も聞こえてこない。蝉の声も彼の声も。ただ白い空間に僕はいて、勝手に体が動いて、勝手に彼が下に転がっていた。
僕は暫くの間、彼の体の上に馬乗りになって跨っていた。ただ、そうしていた。そしてなんとなく、僕はそのままの姿勢で顔を上げた。白い花が揺れていた。白い可憐な花がふわりふわりと。
僕の耳にふいに音が甦った。蝉の声が急に大音量で聞こえた。
僕は改めて彼を見た。美しかった彼の顔が赤紫色になっていた。鼻からは赤黒い血が見える。
これは何? これは……。
白い花はまだ揺れていた。
綾人は翌日の朝早く、空が明るくなると同時にノートを探しに出かけていた。
一晩寝ないで、自分の昨日の行動を思い出した。そして昨日行った場所を、最初から一つづつ探して歩いた。
廊下、洗面所、トイレ、風呂、食堂、図書室。寮の敷地内を全部探して歩くと、今度は林にむかった。
最初に百日紅の花の下、次に蓮池。綾人は何度も地面にへばりついて探した。何度も何度も。
けれどどうしてもノートは見つからなかった。
「誰かに拾われた……?」
蓮池の白い蓮を見ながら呟いた。寒気がした。それは一番あってはならない事だ。あのノートを誰かが拾い、中身を見る。そう考えると恐ろしくて仕方がない。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう!?」
綾人は頭を抱えた。誰かに拾われても良い、それが知らない人で、そのまま捨ててくれるのであれば。けれどもしも寮に残っているメンバーに拾われたら?
それだけはあってはならない。あのノートを友人達にだけは見せたくない。
「どうしよう、どうしよう」
綾人は同じ言葉を繰り返す。白く美しい蓮も今は目に入らない。
誰があのノートを拾ったか考える。一番可能性が高いのは夜彦だろう。昨日もこの場所で会った。
その時、自分はノートを持っていただろうか?
分からない。けれどこの林の中で落としたとすれば、拾う可能性が高いのは夜彦だ。
他の二人はめったにこの林には来ない。
けれど寮の中で落としたとすれば、拾う可能性は誰にでもある。
「分からない、どうしよう」
混乱する思考の中で綾人は思う。取り返さないと。でも誰から? そう考えるとやっぱり最初に浮かぶのは夜彦の顔だった。そしてそれは一番拾われてはマズイ人間でもあった。
あのノートを見たら、夜彦はどう思うだろう?
そう考えると体が震える。夜彦は頭が良い。だからあのノートを見ただけで、自分の行った事がわかってしまうだろう。あのノートには具体的に名前は書いていない。けれど自分の秘密を知っていると言っていた夜彦には、きっとすべてがバレてしまう。
いっそ夜彦が死んだらいい。そう考えて綾人は頭を振った。
「バカなことを……。僕は何を考えているんだ」
ちょっとした殺意は一瞬で消えた。けれど綾人は夜彦に確かめずにはいられなかった。
綾人は夜彦の部屋へと訪れていた。ドアの前でノックをする。けれど反応はない。
まだ9時だ。遅寝の夜彦は、まだ寝ているのだろう。
もう一度ノックしようか悩んでいると、ガチャリと音がした。
「誰だよ、こんな朝早く……」
ボサボサの髪をかきまぜながら、夜彦が現れた。綾人の心臓がドクンと鳴る。
「お、おはよう」
「綾人?」
不思議そうに夜彦は綾人を見つめていた。
「あの、話があるんだけど良いかな?」
夜彦は驚いていたが、キュっと顔を引き締めると言った。
「入れよ」
綾人は夜彦の部屋に入った。
夜彦は起きたばかりのベッドを直すと、そこに綾人を座らせた。そして軽く髪を整えると自分は机の椅子に座る。
「こんな朝早くからどうしたんだよ」
綾人は答えない。
「もしかして、昨日の話の続き、してくれる気になったのか?」
顔をあげると夜彦を見つめた。夜彦は起きたばかりだというのに、すでにシャッキリとした顔になっていた。綾人は俯いて少し考える。そして覚悟を決めると顔をあげた。
「ちゃんと話をするから、だから君が何をどこまで知っているか、正直に答えて欲しい」
綾人はまだノートのことは口にしなかった。
もしも拾ったのが夜彦でないのなら、あのノートの事は誰にも秘密にしておきたかった。
夜彦は黒い瞳でまっすぐに綾人を見つめていた。そしてそっと頷いた。
「これは俺の想像が大半なんだ。それは事実とはちょっと違うのかもしれない。だから綾人が嫌な気分になるかもしれないけど、聞いて欲しい」
綾人は黙って頷く。すると夜彦は真面目な顔で、綾人を窺うように聞いた。
「綾人……去年、イジメにあってたか?」
ドクン。心臓が大きく鳴った。
胸の奥深く、まだ傷口の癒えていない場所に素手で触れられたと感じた。けれど綾人は何も言わずに黙っていた。夜彦はそんな綾人を見つめながら続ける。
「お前とはクラスが離れてたから、俺ずっと気づかなかったんだ。だけど今のクラスで、去年お前と一緒のクラスだった奴と友達になって、それでその話をちょっとだけ耳にしたんだ」
綾人は黙っている。顔からは赤みが消え、真っ青になっている。夜彦はそんな綾人を見ると、眉をよせて苦しそうな顔になる。
「ごめん今更で。去年俺が気づいてたら、力になってやれたのにってそう思って、どうしても話がしたかったんだ」
綾人は顔を上げた。そして夜彦を睨むように見つめる。
「それで……? それだけじゃないよね。ミモリの事が聞きたいって言ってたよね?」
夜彦は目を細める。
「ミモリのこと、本当なのか?」
その回りくどい聞き方に綾人はムっとした。
「本当かって何が?」
「……」
言いにくそうに夜彦は黙っている。そんな夜彦に怒鳴るように綾人は言う。
「そうだよ! ミモリだったんだよ。彼がイジメの首謀者だったんだ!」
夜彦は悲しそうな顔で綾人を見つめた。綾人はその夜彦の表情に、驚きが含まれていないのを悟る。夜彦はやはり知っていたのだ。望森のしていた事を。
綾人は自分の心が冷えていくのを感じていた。
「それだけ?」
「え?」
聞かれた夜彦は意味が分からないという顔で、綾人を見つめる。
「その他には?」
「他って……」
夜彦は戸惑うように綾人を見る。綾人は強い瞳で見つめ返す。
「他に何を知ってるの?」
「他って……」
夜彦は戸惑っていた。頭を押さえながら言いにくそうに話し出す。
「去年、みんなに無視されてたって……暴力もあったって聞いた。俺に話してくれた奴も、内心はかわいそうだって思ってたって言ってたけど、誰もイジメを止めなかったって聞いた。それにミモリが首謀者だって言うのは、絶対の秘密だったって。あいつ優等生だったし、家も多額の寄付する金持ちだったから、学校サイドもあいつの事は放任だったって……」
「他には?」
聞きながら綾人の心はどんどん冷えていった。去年の忌まわしい記憶。悲しい出来事。でもそれは遠い遠い昔の事。心は乱れない。どんどん冷えて凍っていく。
「他って……殴られたり、紙を食わされたとか……ロッカーに閉じ込められたとか……服を……」
「他には?」
「……」
もう言いたくないと言うように夜彦は黙った。
さっきまで綾人の方が血の気のない顔をしていたのに、今は夜彦の方が青い顔になっていた。
「他には?」
「……もうないよ」
その言葉に綾人は希望の光を見つけた。
「本当に?」
夜彦は諦めたように息を吐く。
「ああ、もうないよ。あとは突然ミモリが転校していって、そのイジメも自然消滅した。それしか知らない」
綾人は安堵した。
(良かった、夜彦は何も知らない……)
「夜彦はずっとこの話を僕に確認したかったの?」
訊ねた綾人に夜彦は頷く。
「綾人がイジメられていた事にすごいショックを受けたんだ。それに気づけなかった自分にも。確かにクラスは離れてたけど、寮で一緒に過ごしてたのに気づけなかった事がショックだった。知ってたらもっと励まして助けてやれたのにって、今更だけど後悔して……」
綾人は首を振る。
「君が気に病む事じゃないよ。それに学校のクラス以外では、イジメはなかったんだ。寮ではカケラもね。だから君が気づかないのも無理はない。それに僕も気づかれないように必死で隠してたから。だから君が気にする事じゃないんだ。それに今、こんな風に言ってもらえて感謝してるよ」
「綾人……」
綾人は少し微笑む。
「でも、だったらあんな探るみたいに聞かないで、こうやってハッキリ聞いてくれたら、ちょっと気が楽だったかな、とは思うかな」
夜彦は視線を伏せる。
「それは、ごめん。なんかミモリの事そんな奴だって思ってなくて、信じられなくて。でも直接お前に聞くのもなんか怖くて、それで遠まわしに聞いてたんだ。でも事実だったんだな」
綾人は人形のような精彩のない目をした。
「僕だって信じられなかったよ……」
去年の記憶が甦った。
転校すると言った望森。白い花が揺れていた。
最後に本当の事を教えてあげると言った望森。池に花びらが散る。
僕が君を苛めてたんだ、そう言った望森。彼の首に向かって伸ばした白い手。
君の事が嫌いだった。そう言った彼。蓮の茎を折って二人池に落ちる。
醜い言葉を美しい顔で言う彼。その彼の顔を池に沈める。
蝉の声が聞こえた。うるさい位に。永遠とも思える間。
「ミモリの事、恨んでるのか?」
夜彦の言葉に、綾人は現実に引き戻された。
恨んでいる?
いや、恨んでいる。憎んでいる。僕は許してなんかいない。彼の謝罪の言葉も聞こえない。聞きたくもない。僕は彼を許さない。絶対に許さない。どれだけ彼が苦しみや罰を受けても、僕は絶対に許さない。僕が望むのは彼の居ない世界。そして僕は今それを手に入れている。
なのに。
なのに、どうしてこんなに苦しいんだろう?
「綾人……?」
伸ばされた手に気づき、綾人は夜彦を見つめた。
夜彦は綾人の肩に両手を置き、心配気に顔を覗き込んでいた。
「ごめん、ヤな質問して」
「ううん……」
綾人は首を振る。望森を恨んでいるのか、答えは自分でも分からなかった。
綾人は夜彦の部屋を出た。
廊下を歩きながら考える。ノートを拾ったのは夜彦ではない。それは確信していた。さっきの会話でいろいろ探ったつもりだった。もしも夜彦があのノートを持っていたのなら、きっと彼はノートの事を口にしただろう。けれど夜彦はカケラも口にしなかった。それはノートを持っていないという事だ。
(じゃあ、誰が拾ったんだよ?)
綾人はこの寮に残っている誰かが拾ったのだと、信じて疑っていなかった。
夕方、綾人は思いついて一階の食堂に向かった。
台所で夕食の準備をしている、清春と一意を見つける。
「綾ちゃん、夕飯はまだだよ」
そう言う一意に綾人は微笑む。
「うん、ちょっと様子を見に来ただけ」
「なんだよ、手伝ってくれるんじゃないの?」
清春の言葉に綾人は首を振る。
「7時までに作り終わる?」
綾人が聞くと、清春は包丁を握った一意を見つめる。
「こいつがこんなだからな、7時すぎると思うよ」
「なんだよ、俺だって頑張ってるんだからな! 綾ちゃん美味しい肉じゃが期待しててよ!」
綾人は微笑んで、その場を立ち去る。そしてそのまま清春の部屋に向かう。
清春の部屋は綾人の部屋と同じ2階にあった。丁度建物の中心に近い部屋だ。
綾人はネームプレートを確認すると、そっとドアノブを回した。
ガチャ!
意外な程大きな音がしてドキリとした。つい一番奥の夜彦の部屋を窺い見てしまう。けれど夜彦の部屋のドアが開く気配はない。
綾人はもう一度ノブを回した。ガチャ。やはり鍵がかかっている。
(だよね。清春が鍵を閉めないわけがないものね……)
綾人はそう思いながら、今度は一意の部屋に向かう。
一意の部屋は綾人の部屋の二つ隣だった。綾人はそっと一意の部屋のドアノブを回した。
ガチャリ。
開いた。
綾人は素早く中に入り込む。
一意の部屋ももちろん他の部屋と同じ作りだった。備え付けのベッドと机、それに窓。けれど一意の部屋は、他の部屋に比べると大分狭く感じた。物が溢れているからだ。脱ぎ散らかした洋服がベッドの上にいっぱい積んである。綾人は念のため部屋の鍵を閉めると、最初に机に向かった。
一意の机の上は汚なかった。書類や教科書がバラバラに積み重なっている。触ると雪崩を起こしそうだ。少し躊躇したが、綾人は気にしない事にした。どうせ、これだけ汚なければ、動かしたって分からないだろう。綾人は机の上を探し出した。
心臓はドクドクと脈打っていた。泥棒をするつもりではなかったが、気分は泥棒と同じだった。状況的に見ても泥棒と同じだろう。けれど綾人はここに盗みにきたのではない。ノートを探しにきたのだ。夜彦が持っていないのであれば、あとは二人。一意か清春だ。だから最初に台所に行き、二人が部屋に戻ってきそうもないのを確認したのだ。
綾人は一意の部屋中を探した。机、引き出し、ベッド、窓、床、押し入れ。くまなく探したつもりだ。けれどノートは見つからない。
「ない……のか?」
綾人は呟くと唇をかみしめる。
諦めよう。この部屋にはない。あんまり長く居てみつかったら困る。
綾人は最後にもう一度部屋の中を見回す。そっとドアを開けると、誰も居ないのを確認して廊下に出た。そして何でもないように自室へと戻る。
部屋に戻ると綾人は深く息を吐いた。
よほど運が悪くなければ、見つかることはないと思っていた。それでも緊張した。綾人は無事戻ってきた事に安堵すると思った。
自分は泥棒には向かないと。
夕飯は昨日の野菜の残りで作った、肉じゃがだった。他に一応サラダと味噌汁もある。
綾人は食堂でそれを食べながら、清春の顔を見つめた。クールな清春。彼は大人びた頭の良い少年だ。だから綾人がどんなに探りを入れても、ノートを拾ったかどうか聞き出すのは無理だと思った。仮に何かへんな事を聞けば、すぐに綾人が落としたものだとバレてしまう。
自分じゃ無理だ。でも、誰か他の人間を使って、清春にノートの事を聞き出せないだろうか? そう思っていた時だった。
「なんだよ、綾人。俺のことそんなに見つめて」
「え?」
ドキリとした。
「この絶世でいて、薄幸の美少年様に見惚れちゃってた?」
その冗談に綾人は微笑む。
「誰が薄幸だよ。人一倍幸せそうで健康な人間のくせに」
清春は首を振る。
「わかっちゃないね。優等生様には優等生様なりの不幸があるものなんだよ」
その言葉が綾人の胸に刺さった。優等生なりの不幸。
じゃあ望森も? 望森も不幸だったのか? だからあんなことを?
綾人が自分の考えに沈んでいると、夜彦が口を開いた。
「俺、今日は予定ないから、なんか遊びするなら混ぜてよ」
意外な発言に、全員が夜彦を見る。
「へー、夜ちゃんがそんな発言するなんて珍しいね」
一意の言葉に綾人も続ける。
「でも何をする?」
一意が手をあげた。
「はーい! 怪談が良いです!」
「言うと思った」
冷たく言う清春に一意は負けずに言う。
「じゃー肝試し!」
「どっちも一緒じゃん」
そう言う清春に夜彦が言う。
「一緒じゃないよ。だって動かないといけない分、肝試しのが面倒だぜ。だからその二択なら俺、怪談の方がいいな」
「じゃあ怪談に決定!」
「え、決定なの?」
綾人が聞くと一意は頷く。
「だって他になんか案ある?」
「……ないけど……」
「じゃあ、いいじゃん」
結局怪談をする事に決まった。夕飯後、風呂に入る時間なども考慮し、10時に談話室に集合となった。
綾人はその怪談になんの構えもしていなかった。
自分はただの聞き役、そんな風に考え、なんとなく参加しようとしていた。
けれどいざ怪談が始まると、誰よりも綾人が怯える事になった。
それはそう、とても予想外の展開だった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

邪馬台国出雲伝説
宇治山 実
ミステリー
日本史上最大のミステリー邪馬台国はどこにあったのか。吉野ヶ里遺跡のある北九州か、それとも弥生時代最大の前方後円墳箸墓古墳のある大和なのか。魏志倭人伝を読みながら、出雲の古跡を散策していたら、邪馬台国の片鱗が見えて実証しようとすると、人が消えた村があった。それを探っていると、十三年ごとに行方不明になった人がいた。その村の秘密とは何か。神楽の調べに乗って秘密の儀式が行われていた。
ランネイケッド
パープルエッグ
ミステリー
ある朝、バス停で高校生の翆がいつものように音楽を聴きながらバスを待っていると下着姿の若い女性が走ってきて翠にしがみついてきた。
突然の出来事に唖然とする翆だが下着姿の女性は翠の腰元にしがみついたまま地面にひざをつき今にも倒れそうになっていた。
女性の悲壮な顔がなんとも悩めかしくまるで自分を求めているような錯覚さえ覚える。
一体なにがあったというのだろうか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


『異能収容所 -三人目の参加者-』
ソコニ
ミステリー
異能者を監視し管理する秘密施設「囚所」。
そこに拘束された城田雅樹は、嘘をついている人の瞳孔が赤く見える「偽証読取」の能力を持つ。
謎の「三人目の参加者」とは誰なのか。
三人の記憶に埋もれた共通の過去とは何か。そして施設の真の目的とは—。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷では不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる