風紀委員はスカウト制

リョウ

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13・吸血鬼の正体

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遠い遠い記憶を思い出してみようとした。それは青い鳥が飛ぶ光景。川に流される誰か。

あれは母方の田舎での事だ。見覚えのある川がある。山に囲まれた岩の多い川。



子供の頃、僕はその田舎に頻繁に遊びに行っていた。けれどある時期から行かなくなった。

それは大人になったからだ、田舎に行くよりも学校の友達と遊ぶ方が楽しくなった。そんな風に思っていた。

けれどもしかしたらそれは違ったのかもしれない。

嫌なことから逃げるように、田舎を避けていたのかもしれない。

田舎で何があったのだろうか?





誰かと川にいた。岩の上。何か僕達は話していた。遊んでいた。

ふと気付くと、小さな子供が川の中にいた。

あれは誰? あれは僕? それとも……。



「お兄ちゃん!」

その子が叫んで手を伸ばした。岩の上から伸ばされる手。その手が子供に届く。けれど子供は流されていく。

沈んで水を飲みもがく。あれは誰? あれは僕だったのだろうか?

僕は流されて死んだんだろうか? でもじゃあ、ここにいる僕はなんだろう?

それとも僕は流されていないのか?



「お兄ちゃん」

それはもしかして僕の事? 僕をお兄ちゃんと呼ぶ君は誰? 君は……。







吸血鬼事件の調査をすると聞かされた翌日、僕達はいつものように風紀委員室に集まっていた。

研坂さんは昨日よりは若干顔色が良い。



「貧血治ったんですか?」

「いや、まだだが出来る事はしている」

「できる事?」

僕は首を傾げる。



「ああ、ヒジキや小松菜やレバーを食べ、しじみの味噌汁を飲み、グレープフルーツジュースもそれと一緒に飲む。それに一日一本はこれを飲んでいる」

研坂さんが翳したのは昨日も持っていたパックのジュースだった。

よくよく見ると「一日の鉄分を補う」と書かれている、どうやら健康食品の類のようだ。



「すごいですね。そんなに真面目に食事での改善に取り組むんですね。僕なんか歯医者さんに、もっと牛乳のんでカルシウム摂るように言われてるのにぜんぜんですよ」

「ちゃんと飲め! 医者の指示には従え! それが俺達素人が出来る唯一の事じゃないか!」

すごい剣幕で怒られてしまった。

研坂さん、実はかなり真面目な人だ。

すると今まで横でニヤニヤしていた水橋さんが口をはさんだ。



「牛乳飲めって? ダメだな、コウは。そこはやっぱり、俺のミルクを飲ませてやろう位言ったら、グフッ!!」

研坂さんのパンチが見事に入った。水橋さんがスローモーションで飛んでいく。ボクシングアニメのワンシーンのようだった。



「俺に向かっておかしな発言は許さない。言うなら他のヤツとこいつにしろ!」

えっと、僕の事はかけらも庇っていないようだ。



「はい、遊んでないで、今日の話し合い始めよう」

フミヤさんが冷静に言った。



「ああ、じゃあ今回の行動計画を説明しよう」

研坂さんはホワイトボードに向かった。

「まずは事件の概要から。最初の被害者は高校生の浅沼美樹、彼女が帰宅途中、住宅街でマント姿の男に襲われたのが発端だ。彼女は首を押さえられ、血を吸われそうになったが、鞄で殴り、かろうじて逃げ出した。次の被害者が中学生の篠原凪子、同じく帰宅途中の住宅街で襲われた。けれど彼女も人影を見ただけでケガはしていない。その次が小学生の宮崎真子、彼女は塾帰りで、またも住宅街。事件が起きるまでの間隔は最初から二回目までは1カ月。その次は1週間後。そしてそろそろその事件から1週間がたつので、次の事件が起きるのではないかと、学生の間で噂になったという感じだ」



説明しながら、研坂さんはボードに細かく文章を書いていた。

事件の起こった場所の具体的地名や発生時間など。



「あの、素朴な疑問ですが、どうしてそんなに詳しいんですか? 普通の高校生がこんなに細かく調べられるんですか? まるで少年探偵団です」

研坂さんはボードから僕に向き直る。

「ああ、俺の祖父が明智小五郎だったからな」

「え! あの名探偵の!? 金田一じゃなくて明智小五郎!? もしや研坂さんのキメゼリフも『じっちゃんの名にかけて』ですか!?」

僕は興奮して立ちあがった。すると研坂さんは短く言う。

「冗談に決まってるだろう」



激しく騙された。無駄に高くなった僕のテンションを返して欲しい。

というかなんか弄ばれた気分だ。



「あー良いねー、それ位のノリでアスカを構ってくれないと面白くないからね。昨日はテンション低くてどうしようかって思ったけど、いや、安心安心。ドエスで意地悪で狡猾でこそコウだからね」

「それもはやただの悪口では!?」

研坂さんの視線が険呑になったので、僕は突っ込んでいた。



「とりあえず、シュートは後でサンドバッグにするとして、話を戻そう」

研坂さんは視線を戻すと説明した。



「昨日も言ったが、俺達の風紀委員は横にも繋がりがある。各地域の俺達のような人間とだ。そこから情報をもらった」

「ああ、長峰さんとか言ってた人達ですね」

僕が長峰さんの名前を出した瞬間、部屋の空気がピンと張りつめられた気がした。

研坂さんの目が少しだけ、いつもよりも険しいものに見えるのは気のせいだろうか?



「アスカ」

研坂さんに呼ばれて顔を上げ向けた。

何故だかフミヤさんと水橋さんが息を呑んでいる。



「お前がこの被害者達に会って、話を聞いてこい」

「え?」

驚いている僕の横で、水橋さんやフミヤさんがなんだか安堵しているように見える。



「僕が行くんですか?」

「お前が一番の能力者だからな」

「そ、それはそうかもですが、でもいきなり知らない男に会ってくれるとは思えませんよ」

すると研坂さんはスっと目を細めて笑った。それは美形にだけ許されるような、そんな妖しい微笑だった。



「君はこの俺を誰だと思っている? 近隣の高校にファンクラブがある程の、超絶美形の王子様キャラだ。俺のコンタクトに応じない女子がいるとでも思ってるんじゃないだろうな?」

すごい発言だった。とんでもない自信と自慢だ。だけどそれが事実だと思えるだけのモノを彼は持っている。

とりあえず彼の指示に従おうと思った。









研坂さんの命令で、僕は被害者に会いに行く事になった。

ちょっと緊張してしまうし、なんだか嫌だなとは思ったが、アポは全部研坂さん達が取ってくれたから、面倒な作業は特になかった。

ただ会って話を聞く、いや、正確には一緒に行く研坂さんが聞いてくれて、僕は様子を見るだけで良いと言う事だった。







まず最初に僕達が会う事になったのは第一の被害者、浅沼さんだった。

彼女とは駅近くの喫茶店で会った。

彼女は制服姿で僕達の前に現れ、向かいのソファに座った。

ショートカットで地味な、真面目そうな感じの女の子だった。背は女子にしては高い感じで、僕と同じ位に見えた。



「あの、私の話、信じてもらえるんでしょうか?」

挨拶を済ませた後、彼女は不安そうに僕達を見て言った。



「私、本当に襲われて、すごく怖かったんです。悲鳴をあげながら夢中で鞄で殴ったら、その男は逃げ去ったんですが、その時黒いマントが翻って、それで・・・…」

「それは吸血鬼だったの?」

研坂さんが顔の前で手を組みながら聞くと、彼女はビクリと大きく反応した。



「後ろから抱きついてきて・・・…首の、肩の上に顔を置かれたんです。それに黒い服を着てたから、だから私、吸血鬼だと思ったんです」

「君の学校での事、ちょっと鈴木さんに聞いたんだけど、君の学校ではその頃、吸血鬼映画が流行っていたそうだね」

彼女の顔色が青ざめた。ちなみに鈴木さんという研坂さんのファンのつてで、僕達は浅沼さんに会う事ができた。



「そのせいで、吸血鬼ってすぐに頭に浮かんだ?」

「影響はあったと思います。でも私、嘘なんかついてません。現実的にはありえないって言われても、私は嘘をついたつもりはないんです!」

「そう、分かったよ、ありがとう。お茶、飲んでよ。ケーキも奢るから」

研坂さんは営業スマイルとしか思えない笑みを浮かべてそう言った。

彼女も落ち着きを取り戻してアイスティーに口をつける。その後はほとんど事件の話はしなかった。

そして最後に一言、浅沼さんは言った。



「あの、写真撮らせて下さい。鈴木さんにそれは絶対にしてこいって言われてるんです」

そう言う彼女に、研坂さんは写真を撮らせてあげていた。成程、報酬はこれなワケだ。

結局、僕は何も自分で質問する事もなく、彼女と別れた。

そして帰り道を研坂さんと一緒に歩く。



「どうだ、何か見えたか?」

「何も見えなかったです。彼女自身が人間かどうかは、僕より研坂さんの方が分かりそうだし」

「彼女は人間だよ、間違いない」

「ですよね」

僕達は国道沿いの歩道を真っ直ぐに歩いていた。その間、研坂さんは何か考えているようだった。





次の被害者の女子中学生は、友達を連れて三人で会いに来ていた。

まあ、高校生男子相手に一人で会うのは嫌だというのはわかるんだけど、ミーハーぶりがすごかった。

待ち合わせたファミレスで、キャーキャー言いながら研坂さんを囲んで写真を撮りだしたので、僕は驚いて声もでなかった。



「あ、研坂さん、今度はそちらの方と2ショットもお願いします!」

何故か僕まで指名されてしまった。研坂さんは嫌そうに僕を見たが断れるわけもなく、仕方なく僕達はスマホのカメラを見つめる。

「あ、もっとくっついて下さい! 出きれば肩抱いて下さい!」

「ちょっと裕子!」

「えー良いじゃない、こんなチャンスないんだから、それに凪だって好きでしょう?」

「・・・…うん」

何がチャンスなんだろう? 好きってなんだろう?

僕は首を傾げる。研坂さんは嫌々僕の肩に手を置くと、彼女達に写真を撮らせてあげた。



「じゃあ、次はほっぺにチュウとかどうですか?」

調査の為と我慢していたようだったが、研坂さんが切れた。



「もう終わりだよ、他の人に迷惑だしね」

一見やさしい感じだったが、目が笑っていなかった。彼女達は諦めたようだった。





静かになった被害者の篠原凪子ちゃんに、研坂さんは問いかけた。

するとお付きの二人も真剣な面持ちで彼女の話を黙って聞く。



「学校帰りに、急にマント姿の男の人に出くわして、慌てて走って逃げたんです」

「男は追いかけてきた?」

「えっと・・・…来なかったと思います。ほんの一瞬姿を見ただけで、でも吸血鬼のマントだったのは間違いないんです」

「でもそれでどうして本当に吸血鬼なんて思ったの? 吸血鬼なんているわけないって思わなかった?」

僕は質問してみた。すると凪子ちゃんは困ったように首を傾げる。



「だって吸血鬼が出るって噂になっていたし・・・…」

不安そうに話す凪子ちゃんは、先程の騒がしさを忘れてしまう位の、おとなしい子に見えた。



「その男の人相とか、身長とか覚えている?」

研坂さんが聞くと、彼女は思いだすように視線を上に向けて答える。

「えっと背はこっちのお兄さん位でした」

僕の方を指差した。



「顔は、すみません、手でマントを上げて隠してたのでよく見えなかったんです」

「でも男だと分かった?」

「だって、髪は短かったし、それに吸血鬼だから」

吸血鬼だから男? そう決まっているのか? というかそれ、思いこみじゃないのかな?



「君は運動神経は良い方?」

研坂さんが訪ねると凪子ちゃんは首を振る。



「ぜんぜんです。いつも運動出来なくて補習とかばかりで、お母さんがそれを近所の人に言いふらすから、すごく嫌で」

なんだか話がズレていった。けれど研坂さんは気にした風もなく世間話を続ける。



「お母さんは社交的で、他の主婦とそういう話をよくするんだね?」

「そうなんです」











結局、あまり吸血鬼の話が聞けないまま面談は終わった。

「彼女に何か感じたか?」

聞かれて首を振る。

「いや、何もないです。他の人にも普通に見えているようだし、彼女自身が妖怪や妖精なんて事もないと思いますよ」

「そのようだな」

住宅街の道を歩く研坂さんの横顔を見つめた。その顔に焦りのようなモノはない。



僕達はそのまま住宅街の先にある公園に向かった。

日が伸びたので気付かなかったが、もう夕方になっていた。

細長い緑地公園の入り口には、盛りをすぎた紫陽花が丸い形のままで枯れているのが見えた。

そのすぐ先のベンチに親子連れの姿が見えた。

次の被害者だ。



「やだ、貴方が研坂君ね! 話に聞いていたのよりずっとイケメン!」

まだ30代だと思える母親が研坂さんを見て顔を綻ばす。



「長峰先生がすっごい美形だって言ってたんだけど、本当ね」

「ありがとうございます」

母親は研坂さんと挨拶をした後で僕を見た。

「こちらは?」

「僕の後輩です。助手と思って下さい」

「助手だなんて、本当、探偵みたいね。フフ、私ミステリー好きだから協力するわよ」

微笑む彼女の視線が僕で止まる。

「彼、なんか長峰先生にちょっと似た雰囲気ね」

呟かれた言葉に研坂さんの目が一瞬細められる。



「そうですか? でも性格がぜんぜん違いますよ。長峰さんはしっかりした人で頭脳派ですが、彼は天然で無神経ですから」

「ちょ! 研坂さん初対面の人にまで僕の悪口言わないで下さい!」

「あらあら、仲が良いのね」

微笑まれてしまった。それにしても長峰さんて何者だ? 先生ってもしかしてこの子の学校の先生でもしてるのかな。



「そうそう、それでこの子がうちの真子です」

黙り込んでいた少女はおずおずと母親の陰から顔を出した。

おかっぱの、ものすごくおとなしそうな子だった。



「真子ちゃんが吸血鬼に会った時の事、お兄ちゃん達に教えてくれる?」

訊ねると真子ちゃんは頷く。やばい、僕の脳内がどうにかなっちゃいそうな位かわいい。

こんな素直でかわいい子なら、今すぐ父親になっても良いと思える。



「塾の帰りに、この公園のちょっと先を歩いてたら、後ろから突然黒いマントの人がやってきて、それで、そのまま走っていったんです」

「あれ? 襲われたんじゃなかったの?」

僕が突っ込むと母親が苦笑する。



「長峰先生にもそう聞かれたんだけど、別にうちの子、襲われたわけじゃないのよ。吸血鬼の噂が出ていたから、いつの間にか襲われたって事になっちゃったんだけど。私は最初の事件を真似た模倣犯、しかもただのイタズラだって思うの。でなければ最近はやりの吸血鬼映画のファンのコスプレだと思うな。公園の近くだったって言うし、夜中にコスプレ撮影でもしてたんじゃないかなって思って。最近はやってるでしょう、コスプレ。なんでもコスプレーヤーって華奢で綺麗な子ばかりらしいじゃない。それって吸血鬼のイメージにピッタリよね、この子が見た吸血鬼も細身だったらしいし」







親子と別れると、研坂さんと共に駅までの道を歩いていた。



「なんか幽霊の正体見たりって感じですね。真子ちゃんのお母さん、最初はなんかすごいノリの人だなって思ったんですが、流石大人だけあって考察力とかありますよね」

僕がそう言っても研坂さんの反応は鈍かった。真っ直ぐに前だけを見て歩いている。



「とりあえず、今日はここまでだ。続きはまた明日」



無表情で言われ、研坂さんとは駅で別れた。

てっきり一緒に電車に乗ると思っていたので意外だった。

駅前の本屋に用でもあったんだろうか? そう思いながら僕は帰宅した。







その晩、僕は夢を見た。



暗闇の中に立つ美女。あれはそう、加賀美ヒロミ様だ。

ヒロミ様の長い黒髪がふわりと揺れた時、後ろの暗闇から手が伸びて彼女の身体を押さえた。

浮かびあがる男の陰。その白い手が彼女の首をなでる。

男は口を開け、むき出しになった牙が覗く。吸血鬼だ。

吸血鬼はヒロミ様の首に牙を突き立てる。流れ落ちる血。

その時、吸血鬼が顔を上げて僕を見た。金色に光る目。

それは研坂さんだった。







翌朝、僕はさっきまで見ていた夢をハッキリと覚えていた。

変な夢だった。吸血鬼事件を調べていたせいだと思う。僕は酷く影響を受けやすいから。

いや、それとも何か特別な意味がある夢だったのだろうか? 研坂さんが吸血鬼だとでも?

いや、そんなまさか。でも彼は昨日、僕と別れた後でどこに行ったのだろう?



「それにしても……」

夢の中の二人はとても美しく、幻想的だったと思った。









おかしな夢をみたせいか、登校途中もボーっとしていた。

そしてついうっかり、グラウンド脇の野球部の朝練の真横を通ってしまった。

ここはいつも大勢が練習していて気まずいし、邪魔になるから避けて通るのに、今日は失敗した。

早く立ち去ろう、そう思った時だった。



「危ない!」

聞こえた声に顔をあげると、投げそこなったボールが飛んで来ていた。

ぶつかる! そう思った時、ボールがいきなり地面に落ちた。

「あれ?」



首を傾げる僕の前で野球部員がものすごく丁寧に頭を下げた。

「本当にすみません! ケガはないですか!?」

「あ、大丈夫……です」

そう答えると、なんか居心地が悪く、そそくさとその場を立ち去った。

少し歩いて振り向いてみると、野球部員はまだ深く頭を下げていた。

何もそこまでしてくれなくても良いのにと思った。









放課後。僕達はいつものように風紀委員室に集まった。

昨日の三人との話を、研坂さんが上手くまとめて説明してくれている。

今後の対応をするのだろうと考えていると、研坂さんが意外な事を言った。



「と、ここまではアスカと調べたんだが、その後、俺は一人で最初の被害者浅沼美樹にもう一度会いに行った」

「え?」

驚いて口に入れかけていたショートブレッドを落してしまった。



「うわ、汚ったないなー、それ口から落しただろう!」

「口からじゃありません!」

「唾とか、カスとか飛ばしながら話すな!」

僕と水橋さんが攻防を繰り広げていると、研坂さんが眉を顰める。



「これ以上、俺の話の邪魔をしたら校舎からバンジーさせるぞ」

僕達はおとなしく黙った。それを待って研坂さんは話しだす。



「俺は彼女達の話を聞いて、ある仮説を立てたんだ。吸血鬼が存在すると思わせたい人間がいるんじゃないかってね」

「吸血鬼を?」

フミヤさんが呟く。



「なんでだか分からないが、被害者に吸血鬼を目撃させるのが犯人の目的だと予想した。何故なら誰も被害を受けていないからな。目的は誰かに何かするんじゃなくて、吸血鬼がいると思わせる事だと思った。そして俺は被害者の目撃談を聞いて思ったんだ。本当に吸血鬼は男なんだろうかってね」

「確か、二人目は顔を見てなくて、三人目は誰か、としか言ってないんだよね? でも最初の被害者は、ハッキリ男だって言ってたんじゃなかった?」

フミヤさんの問いに研坂さんは指を立てた。



「ああ、そうだ。彼女だけがはっきりと言いきっていた。それで彼女の事を考えた時、いろんな意味で他の被害者とは状況が違うと思えてきた。他の二人は模倣犯だったが、最初の被害者だけは本当に被害に遭ったんじゃないかと思ったんだ」

「本当に被害って、吸血鬼の?」

行儀悪く足を椅子に乗せて、水橋さんが聞いた。



「いや、痴漢の被害だよ」

「痴漢?」

僕達はそれぞれ驚きの声をあげた。



「え、吸血鬼じゃなくて痴漢だったの?」

水橋さんの問いに研坂さんは頷く。



「最初の被害者の浅沼さんは、学校帰りにおそらく痴漢に遭ったんだろう。それを両親に話し、そして警察に通報した。その際に彼女は学校で流行っている吸血鬼の事を思い出し、ついその特徴を吸血鬼のように言ってしまった。多分、その映画にかなり影響を受けていて、暗い道を歩く時に吸血鬼の事を考えていたとか、そういう思いこみがあったんだろう」

「なるほどね」

フミヤさんは感心するように呟いた。



「さて、次に俺はあとの被害者の事を考えたんだが、最初は模倣犯だと思ったが、次第にそうじゃないんじゃないかと考えた。ハッキリ言ってしまうと浅沼さんが犯人じゃないかと考えた」

「え!」

僕は大声をだした。

「な、なんで彼女が?」

大声で聞く僕を冷ややかに見ながら、研坂さんは続ける。



「被害者の目撃談だが、要約すると、髪の短いアスカ位の身長の細身の人物となる」

「え? そ、そうだった? というか僕犯人じゃありません!」

「誰もお前だなんて言ってないだろう」

蔑むような目で研坂さんに見られてしまった。



「その目撃談に、浅沼美樹がピッタリはまるって事に気付いて、俺は考えたんだよ。おそらく第一の被害者の彼女が犯人は吸血鬼だと言った時、誰もそれを本気にはしなかっただろう。嘘をついていると彼女は疑われたんだ。けれど実際に彼女は痴漢の被害に遭っていたから、嘘ではなかったと納得できない。思いつめた彼女は、他にも吸血鬼の目撃談があれば自分の言葉を信じてもらえると考えた。だから第二第三の被害者を襲った。というか、姿を見せて吸血鬼を印象つけた。その相手も自分より小さい子を選んだし、近所の評判などから、おとなしい印象の子を選んでいる。だいたい地図で見れば分かる事だが、被害者は全部同じ地区だ。彼女が徒歩で行ける場所だよ」

僕は研坂さんの推理に感心してしまった。



「流石明智小五郎の孫ですね」

「そんな冗談、今ここで持ち出すな!」

突っ込まれてしまった。



「それで? コウは浅沼さんに会ったんだろう? 彼女認めてた?」

水橋さんの問いに、研坂さんは頷く。

「ああ、認めてくれたし、もう事件を起こさないと約束させた」

「ふーん、じゃあ、一件落着なんだね?」

フミヤさんが言うと研坂さんは頷いた。

「ああ、そういう事だよ」





事件が解決したという事で、フミヤさんがいつものようにお茶の用意をしてくれた。

僕は出された紅茶とスナック菓子を齧りながら、ふと研坂さんを見る。

彼は先日と同じ、鉄分入りのジュースを飲んでいる。



「僕、そんなモノ飲んでいるから、研坂さんが吸血鬼事件に関係あるのかとか、思っちゃいました」

研坂さんはシベリア寒気団のように冷たい目で睨んだ。

「あんまりバカな発言してると、屋上から飛び降りさせるぞ」

「バンジーより刑が重くなってます!」



「俺はただの貧血だって言っただろう、薄幸の美少年だからな、貧血が似あうんだよ」

「なんですかそれ? 薄幸とか程遠いですよ、薄情とか発掘とか切削機とか、抉り傷つける鋭利なモノの方が似あって、って、あ、首がねじれていきます、研坂さん、これ以上は僕の首が折れてしまいます、い、いてて……!」

「お前は俺を吸血鬼にしたいようだからな、この首に噛みついて食いちぎってやる!」

「目が本気に見えます! シベリア寒気団も真っ青の、氷河期の目です!」

「君には飛び降りよりも楽しい刑をあげよう、そうだな、花畑なんかどうだ?」

「花畑?」

「ああ、お前の身体を土に埋めて、その上に美しい花壇を作ろう。いや、実に風紀委員らしいすがすがしい活動じゃないか! さあ、校内緑化を目指して園芸部と協力しよう!」

研坂さんが僕を引きずって廊下に向かう。



「た、助けて!」

叫んだが、水橋さんとフミヤさんは、楽しそうにお茶を飲みながら僕達の事を眺めていた。

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