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第三章

第111話 ヤったものには必ず痕跡が残る。そして真実は意外なところに……②

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「……気付いてたの?」
「そりゃ、気付くだろ。ほぼ四十年経ってるのに、俺はあの時のままなんだから」

 軽く言い放つアマトは、また煙草を一吸いする。

 そんな父親を目にしたサブロウは――

「そっか……」

 少しホッとしていた。

 独り取り残された世界で、最強の味方を得られたこと。そして、こんな状況でも臆せぬ、何一つ変わっていない父親に。

 しかし、驚いたな。まさか世界改変の波に飲まれていないとは……。只者じゃないな、この男も。

「じゃあ親父は、この状況どう見る?」

 それなら話は早いと、父親に助言を請うサブロウ。
 しかし、アマトは目の前の雀卓にあるバラバラの牌を洗牌シーパイし始める。

「込み入った話になるだろう……。久しぶりにどうだ?」
「え? ……うん」

 その誘いに少々驚きつつも、サブロウは頷き、了承する。
 二人で牌を混ぜ、積み上げていき、四枚ずつ取っていく。

 二人麻雀だがルールは四人麻雀とほぼ同じ。東風戦で一人の自摸は十八回までとする。

 当然、親はアマト。打二萬からスタートだ。

「恐らくこの状況……賭けてもいいが現実ではない。そうだろ?」
「その根拠は?」

 対してサブロウは打六筒。

「自分で言うのも何だが、親が子を売るってのは相当なことだ。それだけ俺は切羽詰まってたんだろう。……死を覚悟するくらいにな」

 アマトは静かに八索を捨てる。

「じゃあ、やっぱり……」
「ああ。多分、俺はもう――死んでる。それが生きているとなれば、その方が俺にとっての不自然。この状況を疑うのが道理」

 予想していたとはいえ、流石にサブロウもショックを隠せぬよう。

 アマトはサブロウと別れる前、組同士で行われる賭け麻雀に代打ちとして参戦。当時、莫大な金が動くと、アマトは裏社会で注目されることになる。

 しかしアマトは、その重圧を跳ね除け勝利。高額の報酬を手にすることになるのだが……それが仇となり、敵対組織に目を付けられてしまう。その後、どうなったのかは想像に難くない……

 だが、アマトは達観した様子で言葉を続ける。

「それに部屋に入ってきたときのお前は……疑念に満ちていた」
「疑念……?」

 サブロウも同じく、打八索。

「ああ。父親に再会したくせに、お前は心の何処かで、この状況を否定的に見てた。冷めた目でな。恨んでいるとも取れるが、どうもそんな感じはしない。だから疑念。要は信じちゃいないのさ……お前は、お前自身の幸せを」

 アマトは見事サブロウの心情を読み取り、打五萬をする。

「全部、お見通しってわけか……。敵わないね」
「……で? 何があった?」

 そう問われたサブロウは暫し考え込み、打七筒をしながら掻い摘んで話す。

「なんていうか、その~……孫を見せに来た手前、こんなこと言いたくないんだけどさ。実は僕……結婚してないんだよね……」
「子供もいるのにか?」
「うん……あの子は全然、知らない子。あぁ、でも彼女とは知り合いだよ? 友人みたいなものかな」
「友人ねぇ……。そういう雰囲気になったことは一度も?」
「ない……とも言い切れない。世界が変わる前にギリギリあったような……?」

 そのハッキリしない態度にアマトは呆れ、煙草を灰皿に押しつぶすと、もう一本咥えてはマッチでつけだす。

「アウト。そりゃヤることヤったら、まあ……そうなるわな?」

 アマトはマッチを消すと、煙を吐き出しながら打七萬をする。

「いや、違うんだよ! 違うんだけど違わなくて……! 目が覚めたらこんな状況に……」
「ヤっちまったもんはしょうがない。問題はその後どうするかだ」
「だから、ヤってないんだって! そもそも身に覚えが……」
「お前に覚えが無いなら誰かが仕組んだってことになる。心当たりは……まあ、あったらそんな顔してねえわな」
「うん……。あったんだけど違かった。その人はいないどころか、やったのは僕である可能性まで出てきた。もうわけわかんないよ……」

 珍しく心情を吐露しつつ、サブロウは再び打七筒。

「自分がヤっちまったかどうか分からないときは、原点に立ち返れ。俺はいつもそうしてる」
「麻雀の話でしょ、それ? でも、原点か……」

 図らずもサブロウは今、原点に立ち返っている。

 自分の親と、生まれ育ったこの場所に……
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