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第三章
第110話 ヤったものには必ず痕跡が残る。そして真実は意外なところに……①
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夕焼けで赤く染まる畦道、蛙声が木霊する中、そのアパートはあった。
お世辞にも綺麗とは言えず、住むためだけの最低限の場所といった印象で、否応なしに我々をノスタルジックな世界へと誘っていく。
「この空気……この景色……間違いない。ここは……」
日本――
勇者も魔王も魔法すらない、ファンタジーとはかけ離れた普通の世界。そして……サブロウの故郷だ。
「懐かしい?」
感慨深げに呟くサブロウに、リリスがそう問う。
「ああ……何も変わってない。何も……」
これは比喩表現ではなく、本当のことだった。
恐らく我々が……サブロウが作り変えたからこそ、嘗ての光景のまま留められているのだろう。まるで時が止まったかのように。
「さあ、あなた?」
リリスはサブロウの背に手を当て、その一歩を後押しする。
「……行こう」
サブロウは頷くと、嘗ての我が家へと先導する。
階段を上り、一番奥の扉前まで足を運ぶと、ゆっくりインターホンを押す。すると――
「……開いてる」
囁くような……しかし、それでいて重く圧し掛かるような声が心へと届く。
サブロウとリリスは共に頷くと、軋む音を奏でる古めかしい扉を開けた。
「よお。久しぶりだな……サブロウ」
部屋の奥……夕日差し込む窓辺に寄りかかるは、異様な才気を放つ闇の住人こと――サブロウの父。名をアマト。
年齢は恐らくサブロウと別れた時のまま二十代後半。
しかし、その髪には白髪が混じっており、修羅を生き抜いてきた男の苦労が窺える。
真っ黒なスーツにワインレッドのシャツ、そしてノーネクタイ。
全てを見透かすような鋭い眼差しは、息子であるサブロウとは似ても似つかなかった。
「親父……」
久方ぶりの再会に立ち尽くすサブロウ。
「何、突っ立ってんだ? 入れよ……」
「あ、ああ……」
対してアマトは欠片も動揺を見せない。ほぼ四十年ぶりだというのに。
サブロウは完全にペースを掴まれ、言われた通り少々ぎこちなく上がる。
すると、後ろに控えていたリリスとリリンが前に出る。
「初めましてお義父様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。サブロウさんと契りを交わさせていただいたリリスと申します。こちらは娘のリリンです」
「こんにちはー、おじいちゃん」
会釈するリリスと手を振るリリン。
しかし、子の妻と孫娘を前にしてもアマトは――
「ああ、ゆっくりしていけ……」
決して揺らぐことはなかった。
◆
「………………」
「………………」
沈黙……
軽めな挨拶を済ませた後、二人はずっとこの調子。
まるで葬式のような空気だが、二人の間に手積みの雀卓があることで、ギリギリそうでないと認識できる。
ちなみにリリスとリリンは夕飯の用意と台所に向かっている。気を遣っているのだろうが、見事に逆効果であった。
「………………」
「………………」
サブロウが気まずそうに視線を逸らす一方、アマトは変わらぬ様子で煙草を吸っている。一体何を思っているのか……まるで心情が読み取れない。
だが、さすがに我慢できなくなったのか、サブロウが先に重い口を開く。
「あの……元気だっ――」
「やめろ」
「え……?」
歩み寄るや否や早々に遮られ、縮み上がるサブロウ。
アマトは煙草を一吸いし、己がペースを崩さず、ゆっくり吐き出す。
「親子の前で探り合いは不要。素直に話せ」
できれば、そっちから話してほしいもんだがな。サブロウもそう思ったようで……
「それはこっちの台詞でしょ? 親ならまず、言うべきことがあるんじゃない?」
「言う? ……何を?」
「何って……! それは――」
「何故、お前を売ったのか……か?」
「……ッ⁉」
「何故、迎えに来なかったのか? 今まで何をしていたのか? 自分は本当に……愛されていたのか?」
「………………」
図星……それは全てサブロウが聞きたかったことだ。もう会うこともないと、自分の中で折り合いをつけていた……。だが今になって、その想いが溢れ出してきている。
しかしアマトは、その先の真意を読み取る。
「だが、それは本心じゃない。今の俺に聞いても意味がないと自覚しているから……」
「――ッ⁉ それって……!」
この時、二人の思考が絡み合うように一致する――
「今、お前を取り巻くこの状況……話したいのはそれだろう?」
お世辞にも綺麗とは言えず、住むためだけの最低限の場所といった印象で、否応なしに我々をノスタルジックな世界へと誘っていく。
「この空気……この景色……間違いない。ここは……」
日本――
勇者も魔王も魔法すらない、ファンタジーとはかけ離れた普通の世界。そして……サブロウの故郷だ。
「懐かしい?」
感慨深げに呟くサブロウに、リリスがそう問う。
「ああ……何も変わってない。何も……」
これは比喩表現ではなく、本当のことだった。
恐らく我々が……サブロウが作り変えたからこそ、嘗ての光景のまま留められているのだろう。まるで時が止まったかのように。
「さあ、あなた?」
リリスはサブロウの背に手を当て、その一歩を後押しする。
「……行こう」
サブロウは頷くと、嘗ての我が家へと先導する。
階段を上り、一番奥の扉前まで足を運ぶと、ゆっくりインターホンを押す。すると――
「……開いてる」
囁くような……しかし、それでいて重く圧し掛かるような声が心へと届く。
サブロウとリリスは共に頷くと、軋む音を奏でる古めかしい扉を開けた。
「よお。久しぶりだな……サブロウ」
部屋の奥……夕日差し込む窓辺に寄りかかるは、異様な才気を放つ闇の住人こと――サブロウの父。名をアマト。
年齢は恐らくサブロウと別れた時のまま二十代後半。
しかし、その髪には白髪が混じっており、修羅を生き抜いてきた男の苦労が窺える。
真っ黒なスーツにワインレッドのシャツ、そしてノーネクタイ。
全てを見透かすような鋭い眼差しは、息子であるサブロウとは似ても似つかなかった。
「親父……」
久方ぶりの再会に立ち尽くすサブロウ。
「何、突っ立ってんだ? 入れよ……」
「あ、ああ……」
対してアマトは欠片も動揺を見せない。ほぼ四十年ぶりだというのに。
サブロウは完全にペースを掴まれ、言われた通り少々ぎこちなく上がる。
すると、後ろに控えていたリリスとリリンが前に出る。
「初めましてお義父様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。サブロウさんと契りを交わさせていただいたリリスと申します。こちらは娘のリリンです」
「こんにちはー、おじいちゃん」
会釈するリリスと手を振るリリン。
しかし、子の妻と孫娘を前にしてもアマトは――
「ああ、ゆっくりしていけ……」
決して揺らぐことはなかった。
◆
「………………」
「………………」
沈黙……
軽めな挨拶を済ませた後、二人はずっとこの調子。
まるで葬式のような空気だが、二人の間に手積みの雀卓があることで、ギリギリそうでないと認識できる。
ちなみにリリスとリリンは夕飯の用意と台所に向かっている。気を遣っているのだろうが、見事に逆効果であった。
「………………」
「………………」
サブロウが気まずそうに視線を逸らす一方、アマトは変わらぬ様子で煙草を吸っている。一体何を思っているのか……まるで心情が読み取れない。
だが、さすがに我慢できなくなったのか、サブロウが先に重い口を開く。
「あの……元気だっ――」
「やめろ」
「え……?」
歩み寄るや否や早々に遮られ、縮み上がるサブロウ。
アマトは煙草を一吸いし、己がペースを崩さず、ゆっくり吐き出す。
「親子の前で探り合いは不要。素直に話せ」
できれば、そっちから話してほしいもんだがな。サブロウもそう思ったようで……
「それはこっちの台詞でしょ? 親ならまず、言うべきことがあるんじゃない?」
「言う? ……何を?」
「何って……! それは――」
「何故、お前を売ったのか……か?」
「……ッ⁉」
「何故、迎えに来なかったのか? 今まで何をしていたのか? 自分は本当に……愛されていたのか?」
「………………」
図星……それは全てサブロウが聞きたかったことだ。もう会うこともないと、自分の中で折り合いをつけていた……。だが今になって、その想いが溢れ出してきている。
しかしアマトは、その先の真意を読み取る。
「だが、それは本心じゃない。今の俺に聞いても意味がないと自覚しているから……」
「――ッ⁉ それって……!」
この時、二人の思考が絡み合うように一致する――
「今、お前を取り巻くこの状況……話したいのはそれだろう?」
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