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第三章
第108話 自分がヤっちまったかどうか分からないときは、原点に立ち返れ②
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「パパー? ダブスタキャロットって、おいしーのー?」
オーバーオール姿で畑にしゃがみ込むリリンは、大きめの麦わら帽子を持ち上げながら、父であるサブロウを見上げる。
「美味しいよ。料理として使うと甘みがいっぱい出るし、生のまま齧ると悪い病気を追い出してくれるんだ。うちは畑が小さいからね。こうやって一つで二つの使い方ができる野菜を主に育ててるんだよ」
嘗てこんなにも穏やかなサブロウが居ただろうか。娘と同じ一張羅に身を包み、優し気な眼差しと口調で、自分の育てた野菜について教えている。まさに幸せの絶頂期といったところか。
「へ~! リリンもとってみたい!」
「うん。じゃあ、目の前にあるやつ、取ってみようか?」
サブロウが見守る中、リリンは両手で葉の付け根を持ち、一生懸命引っ張っていく。
「ん~! ぬけ……ないっ……!」
しかし、その小さき身体では一本抜くだけでも一苦労。
なのでサブロウは、その両手を包み込むように己が手で覆う。
「さあ、頑張れ……!」
決して力は加えず、想いだけを込める。
すると、その想いが伝わったのか――
「んん~‼ ――んあぁっ! ……やったぁ! とれたよ、パパ!」
リリンは自分の力のみで、初めて野菜を収穫した。
「ああ。頑張ったな……リリン」
「うん! ママにもみせてくる!」
そう言ってリリンは、野菜を大事に抱えながら、家の中へと走っていく。
『ママー! みてー! おっきいのとれたよー!』
『あら! 凄いじゃない、リリン。お手伝いできて偉いわね~!』
自宅からは妻と娘の笑い声が届き、自然とサブロウの頬も緩む。
いい感じじゃないか、サブロウ?
「……うん」
だが、その面持ちは直ぐに沈み、影が差し込む。
どうした? まだ踏ん切りがついてないのか?
「そりゃ、つかないでしょ……。僕の所為で兄貴は……」
サブロウ……ブリッツがいる以上、遅かれ早かれこうなってたんだ。奴を止められるのは、お前しかいないんだから。
「でも……」
もういいんじゃないか……幸せになっても?
「幸せ……?」
ああ。お前は今まで十二分に頑張ってきた。七歳でこの世界に降り立ち、ブリッツの厳しい修行にも耐え、管理者の脅威から世界を救ったじゃないか。
「それは……」
魔王軍をも衰退させ、【常世の居城】では傭兵の筆頭、『鴉羽の暗殺者』としても暗躍し、管理者無き世界のアフターフォローまでした。
「………………」
そんなお前も、もういい歳だ。後々のことは勇者である明芽くんや、三代目『鴉羽の暗殺者』のアリスにでも任せればいい。ついでに、あの新魔王の葵咲にもな。
「本当にいいのかな……それで……」
ああ……いいんだ。
私がそう述べたところで、サブロウの心が晴れることはなかった。
そんな折、自宅からリリスが出てくる。やはりここは家族に出張ってもらうのが最善の策だろう。
「あなた……?」
「え? あぁ……どうしたの?」
「それはこっちの台詞。手が止まってるわよ?」
サブロウはそう指摘され、やっとこさ手を動かし始める。
「あぁ、ごめんごめん……。ちょっと考え事しててさ」
「ふふ……やっぱり、まだ緊張してるのね。でも、大丈夫よ。私とリリンだって一緒に行くんだから。それに、もう会うって決めたでしょう?」
「え? 会う? ……誰に?」
しかし、サブロウは直ぐに手を止め、リリスへと視線を戻す。
「まさか……忘れちゃったの? 明日、ご挨拶しに行くって言ったじゃない。――お義父様のところに」
「おとうさま……? おとうさまって、君の……?」
「本当にどうしちゃったの? 会うのは、あなたのお父様よ。三十二年ぶりだっけ? 長かったわよねぇ……」
まさかの展開に唖然とするサブロウ。
嘗て息子を売り飛ばした闇に生きる代打ちこと、サブロウの父。
果たしてその邂逅は、吉と出るか凶と出るか……
オーバーオール姿で畑にしゃがみ込むリリンは、大きめの麦わら帽子を持ち上げながら、父であるサブロウを見上げる。
「美味しいよ。料理として使うと甘みがいっぱい出るし、生のまま齧ると悪い病気を追い出してくれるんだ。うちは畑が小さいからね。こうやって一つで二つの使い方ができる野菜を主に育ててるんだよ」
嘗てこんなにも穏やかなサブロウが居ただろうか。娘と同じ一張羅に身を包み、優し気な眼差しと口調で、自分の育てた野菜について教えている。まさに幸せの絶頂期といったところか。
「へ~! リリンもとってみたい!」
「うん。じゃあ、目の前にあるやつ、取ってみようか?」
サブロウが見守る中、リリンは両手で葉の付け根を持ち、一生懸命引っ張っていく。
「ん~! ぬけ……ないっ……!」
しかし、その小さき身体では一本抜くだけでも一苦労。
なのでサブロウは、その両手を包み込むように己が手で覆う。
「さあ、頑張れ……!」
決して力は加えず、想いだけを込める。
すると、その想いが伝わったのか――
「んん~‼ ――んあぁっ! ……やったぁ! とれたよ、パパ!」
リリンは自分の力のみで、初めて野菜を収穫した。
「ああ。頑張ったな……リリン」
「うん! ママにもみせてくる!」
そう言ってリリンは、野菜を大事に抱えながら、家の中へと走っていく。
『ママー! みてー! おっきいのとれたよー!』
『あら! 凄いじゃない、リリン。お手伝いできて偉いわね~!』
自宅からは妻と娘の笑い声が届き、自然とサブロウの頬も緩む。
いい感じじゃないか、サブロウ?
「……うん」
だが、その面持ちは直ぐに沈み、影が差し込む。
どうした? まだ踏ん切りがついてないのか?
「そりゃ、つかないでしょ……。僕の所為で兄貴は……」
サブロウ……ブリッツがいる以上、遅かれ早かれこうなってたんだ。奴を止められるのは、お前しかいないんだから。
「でも……」
もういいんじゃないか……幸せになっても?
「幸せ……?」
ああ。お前は今まで十二分に頑張ってきた。七歳でこの世界に降り立ち、ブリッツの厳しい修行にも耐え、管理者の脅威から世界を救ったじゃないか。
「それは……」
魔王軍をも衰退させ、【常世の居城】では傭兵の筆頭、『鴉羽の暗殺者』としても暗躍し、管理者無き世界のアフターフォローまでした。
「………………」
そんなお前も、もういい歳だ。後々のことは勇者である明芽くんや、三代目『鴉羽の暗殺者』のアリスにでも任せればいい。ついでに、あの新魔王の葵咲にもな。
「本当にいいのかな……それで……」
ああ……いいんだ。
私がそう述べたところで、サブロウの心が晴れることはなかった。
そんな折、自宅からリリスが出てくる。やはりここは家族に出張ってもらうのが最善の策だろう。
「あなた……?」
「え? あぁ……どうしたの?」
「それはこっちの台詞。手が止まってるわよ?」
サブロウはそう指摘され、やっとこさ手を動かし始める。
「あぁ、ごめんごめん……。ちょっと考え事しててさ」
「ふふ……やっぱり、まだ緊張してるのね。でも、大丈夫よ。私とリリンだって一緒に行くんだから。それに、もう会うって決めたでしょう?」
「え? 会う? ……誰に?」
しかし、サブロウは直ぐに手を止め、リリスへと視線を戻す。
「まさか……忘れちゃったの? 明日、ご挨拶しに行くって言ったじゃない。――お義父様のところに」
「おとうさま……? おとうさまって、君の……?」
「本当にどうしちゃったの? 会うのは、あなたのお父様よ。三十二年ぶりだっけ? 長かったわよねぇ……」
まさかの展開に唖然とするサブロウ。
嘗て息子を売り飛ばした闇に生きる代打ちこと、サブロウの父。
果たしてその邂逅は、吉と出るか凶と出るか……
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