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第三章

第95話 巷の暗殺者と絡んだら、なんか彼氏のふりをすることになった③

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「ヒッヒッヒ! 中々良い城ではないか、ワイドレッド卿?」
「いえいえ、グランバード家に比べたら我々など……」

 さてさて、そんなこんなでワイドレッド家の門を潜った、アリスの見合い相手ことグランバード伯爵。先程のお父様の言葉通り、ただ今、両家による食事会が催されていた。

「謙遜することはない! ワシの御眼鏡に適ったんじゃ。この城も……娘もな? なあ、アリスよ?」

 醜悪な顔つきは見るからに悪代官といったグランバード。

「………………」

 それに対しアリスは煌びやかなドレスへとお召し変え。しかし、その面持ちは真逆を行く曇天で、今にも雨が降りそう。

「アリス様。我が主が聞いておられるのです。何も返さないというのは、いかがなものでしょう?」

 すると、グランバードの後ろに控えていた執事が、突き放すような口調でアリスに問いかける。

「アリス! グランバード様が話しかけてくださってるんだ。返事をしなさい、返事を!」
「………………」

 ワイドレッド卿の叱責にも口を紡ぐアリス。

「よいよい。いきなり見合い話など、受け入れ難いのも無理はないわ」
「申し訳ありません、グランバード様。娘は昔から緊張しいなもので……」

 代わりにグランバードへ頭を下げるワイドレッド卿。

 ワイドレッド卿の態度からして、どうやら見合いには前向きのよう。あのしっかりめな、お父様からしたら考えられんような判断だが、そこはきっと貴族なりの理由があるのだろう。

 しかし、アリスが認めていない以上、お食事会の空気としては最悪。というわけで、そんな気まずい雰囲気をぶち壊すのは、もうこの男しかいない。

 そう。アリスのことが心配で、バルコニーの窓越しから中を覗く……変態おじさんだ。

「変態じゃない……! 仕方なくだ、仕方なく……!」

 バレぬようにと小声でツッコむのは、ご存知アリスの元彼ことサブロウ。どうやらまだ、アリスのことが忘れられないようだ。

「だから、違うッつーの……! もう黙ってろよ……!」

 だったら無視すればいいだろ? 私も……彼女も。

「……そういうわけにはいかないだろ。万が一の可能性もあるし……」

 その面持ちを神妙なものへと変えていくサブロウ。そして、その懸念は現実のものとなっていく……

「しかし、このままの状態では話が進まんのも事実じゃ。悪いが、ワイドレッド卿。アリスと二人きりにしてくれんか?」

 行動を起こすグランバード。下賤の輩が考えることなど……一つしかない。

「え? ですが……」

 と、若干心配気なワイドレッド卿。

「少し話がしたいだけじゃ。このまま見合いがご破算なんてことになれば、財政難のワイドレッド家を救うこともできん。そうじゃろ?」
「……わ、わかりました。じゃあ、アリス。くれぐれも粗相のないようにな?」

 そう言って席を立つワイドレッド卿。
 沈黙を貫いていたアリスも、これにはさすがに口を挟む。

「ちょっ……! お父様⁉」
「大丈夫だ、アリス。グランバード様はお優しい方だ。何も心配することはない」
「で、でも……!」
「お前も貴族の娘だ、アリス。己が務めを果たすんだ」

 ワイドレッド卿はアリスの肩に手を置き、半ば強引に言葉を遮ると、執事と共に早々と晩餐室を後にした。

 しんと静まり返る室内……。グランバードは二人きりになるや否や席を立ち、向かいに座るアリスの下へと下卑た笑みで近寄っていく。

「ヒッヒッヒ! アリス……立ちなさい」
「………………」
「立てェッ‼」

 グランバードに一喝されたアリスは、身体を震えさせながら立ち上がる。

「おうおう、どうしたんじゃ? そんなに震えて……。あぁ~、もしや寒いのか? 仕方ないの~う。ワシが温めてやる」

 そう言うとグランバードはアリスの肩を抱き寄せ、その二の腕をイヤらしく擦り始める。

「たす……けて……」
「はぁあ?」
「『鴉羽の暗殺者ナイトウォーカー』……様……」
「『鴉羽の暗殺者ナイトウォーカー』? ……ガッハッハッハッハ!」

 盛大に笑い飛ばすグランバードに、アリスの目尻からは一粒の雨が……

「あんなの十年前の伝説に過ぎん! そんな居もしない奴が助けに来るわけなかろう? 馬鹿馬鹿しい! お前はもう……ワシの物なんじゃぁ‼」

 言いたい放題、勝手に口走るグランバードは、アリスのドレスを脱がさんと、その下劣な手を伸ばしていく。

 ……おい、サブロウ。これ以上は我慢できん。お前が動かないなら、私の方で処理するが?

「……いいよ。自分でやるから……」

 サブロウはそう言うと己が顔を手の平で覆い、赤い稲妻迸る漆黒の瘴気を纏いながら――

「チェンジコード005――【鴉羽の暗殺者ナイトウォーカー】」

《承認完了》

 鴉羽舞う伝説へと回帰した。
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