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第一章

第43話 可愛いは作れるって言うし、きっと魔法も覚えられる①

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「そろそろ魔法を覚えよう!」

 滑遁会なめとんかいに響き渡るのは、元気いっぱいに拳を掲げる天使兼勇者こと明芽あやめ
 勢い良く立ち上がった所為か、テーブルの上に並べられている朝食も踊り出していた。

「ちょっと~、どうしたのよ明芽ぇ……? ふあぁ~ぁ……せっかくの優雅な朝食が台無しじゃない……」

 いつもとは違い、柔らかな口調のエミリア。
 どうやら未だ若干の睡魔とシーソーゲーム中のようで、寝ぼけ眼のまま千切ったブレッドを自分の目元に突っ込んでいた。

「だってエミィちゃん! このままだと私たち、ダメになっちゃうよ! 名声だけ上がっても実力が伴わないんじゃ、いざという時に困ってる人を助けられない! だから――」
「だから、魔法を覚えたい。その名声に違わぬ力を身に付け、民の皆様に手を差し伸べられるように……。大変すばらしいお考えです、明芽様」

 明芽の言葉に理解を示したのは、口元をナプキンで拭うハルフリーダ。
 優しきその眼差しに明芽は、「ハルちゃん……」と安堵したように微笑む。

「しかし、どのようにして覚えましょう? サブロウ様とは結局、お逢いできませんでしたし」
「そういえば聞いてなかったけど、ハルちゃんって、どうやって魔法覚えたの?」

 明芽はその答えに幾ばくかの望みを託し、座りながらハルフリーダへと問う。

わたくしは小さい頃お母様に教わったので、実のところ詳しいことはよく覚えていないのです。お力になれず申し訳ありません」
「そっか……。でも今の話を聞くに、誰かに教わるのが一番よさそうだよね。やっぱり、サブロウさんって人を探したほうがいいのかな?」

 明芽とハルフリーダは顔を見合わせ、小首を傾げながら言葉を詰まらせる。
 そんなアザトカワイイ二人に、シーソーゲームに打ち勝ったエミリアが助け舟を出す。

「それなら『魔導書』を買うのが一番じゃないかしら?」
「魔導書⁉ それって魔法のことが記されてる本のことだよね? そんなのあるの?」

 明芽はファンタジックな響きに再び立ち上がり、そのまなこをキラキラと輝かせていた。

「そりゃあ、あるわよ。まあ、そのほとんどは『魔術学院グラップラー』に寄贈されちゃってるけどね」
「へえ~、魔術学院なんてあるんだぁ~! なんだか凄いアンバランスな名前な気がするけど……。じゃあ、その魔術学院に行くってことだね!」

 前のめりな明芽に対し、エミリアはチッチッチと人差し指を左右に振る。

「残念だけど無理ね~。魔術学院ってのはエリート中のエリートが通う場所なの。それ相応の地位や名声が無いと入学なんてできないわ」
「名声ってことは勇者なら大丈夫ってことかな? ハルちゃんはお姫様だから問題ないだろうし、エミィちゃんは……あっ……」

 『マヌケは見つかったようだな』と言わんばかりの視線がエミリアへと突き刺さる。
 自ら墓穴を掘ったエミリアは瞬時に落ち込み、それに気づいた明芽とハルフリーダは絵に描いたようにあたふたし始める。

「や、やっぱりやめよっか! だってその~……エリートの人たちが集まるっていうし、そんな難しそうなところだと私、ついていけないかな~……なんて?」
「そ、そうですよっ! わたくしも『普通の女の子に戻ります』と書置きしてきた手前、今さら王女の権限を使うことなどできませんし、どちらにせよ入学することは難しいのかな~……なんて?」

 必死の慰めは時として人を惨めにさせる。
 ってなわけで、エミリアは膝を丸め、蹲ってしまった。

「べっ、別にエミィはだいじょぶだし……二人で行ってくれば……? 全然、寂しくなんて……ぐすっ……にゃいし……ゔぅっ……!」
「そ、そんなこと言わないでよ~、エミィちゃん? ずっと一緒だって言ったでしょ?」
「そうですそうです! わたくしたちは、それゆけズッ友、三人組です!」

 こうして『魔術学院・入学編』は始まる前に終わった。

 嗚咽交じりのエミリアに明芽とハルフリーダは寄り添い、宥め、そして作戦を練り直した結果、『古本屋になら魔導書売ってるんじゃね?』というガバガバな結論を導き出し、『TBA』トリプルガールズ・ビー・アンビシャスは放課後に寄り道するJKのノリで本屋さんへと繰り出すのであった。

 その後を追う影がある事も知ら――

(ようやく見つけましたよ、お嬢様。このレベッカ・ビスマルク・ダ・レイドルーム。騎士団長――いや、貴女の姉として、その友情が本物かどうか見定めさせてもらう……!)

 ……いや、言うなよ。せっかく濁そうとしたのに。
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