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第一章

第41話 女の子の一撃は百獣の王より強し

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「行くわけないでしょうが、このすっとこどっこいがああああッッ‼」

 リリスの出した答え……それは百獣の王に向かって喧嘩を売るという、あまりにも無謀な選択だった。

 まるで今までの放置プレイによって溜まった憤りを解放するかの如き様相にブリッツは、
 
「ほう……。この俺に向かって、そんな口を利くとは……おもしれえ女だ」

 少女漫画のイケメンキャラが如き鉄板台詞を放つ。
 しかしながら、その神をも恐れぬ不敬な振る舞いは、当然ブリッツの燃え滾る気迫にも油を注いでいた。

「俺は他世界を蹂躙できればそれでいい。つまり、お前が俺と来れば、目的が達成されるどころか天界を己がものにできる。お前は何もしなくていい。俺が潰した後、お前は居座るだけ。破格の待遇だと思うがな?」

 だが相手が女ということもあり、立ち昇る怒気を抑えつつ、今一度提案を持ち掛けるブリッツ。しかし、リリスの気は収まらないようで……

「お生憎様! 私は私の力で天界に伸し上がってみせるわ! 当然、サブロウくんだって渡しはしない! 何故なら、おじさん二人が異世界行くとか見るに堪えないから! サブロウくんの隣にいるのは私のように可憐で美しく、全フェミニストが発狂するかの如きナイスバデーな女の子じゃなきゃダメなの! なんか文句あっかッ⁉」

 リリスのその姿は、まるで格上に立ち向かう主人公のよう。
 だが、それは同時にブリッツへの宣戦布告を意味していた。

「ハァ……残念だよ。そこまで啖呵切られちゃあ、『裏代興業』のトップとして筋を通さなきゃならない。恨むなよ女? 俺に喧嘩を売った報いだ」

 そう言いながらブリッツは掌をかざそうとする……

「喧嘩を売るですって? むしろ感謝してほしいくらいだわ! 異世界に行くってことは、それだけで主人公というステータスを得られるの! つまり、女の子にモテるってことだわ! でもアンタは――『早漏』でしょうがッ⁉」

 が、リリスは尚も止まることを知らない。それどころか禁句ともいえる台詞を、バシッと指差しながら口走っていた。

「ハーレム主人公が早漏じゃ話にならないのよ! 喧嘩では最強でもアッチの方が最弱なんて、恥を撒き散らすようなものだわ! そんなんで他世界蹂躙しようとか片腹痛い! アンタのような男は『裏代興業』という殻に籠って、一人でシコシコのうどんでも作ってなさいよ! ペッ‼」

 さらに捲し立てたリリスは、ただでさえ無い元天使としての品性を痰と共に吐き出す。あーぁ……こりゃ、完全に終わったかな……

「言っちまったなッ……この俺に向かってッ……言っちゃあ、ならないことをッッ……‼」

 まるで静かなる活火山。今にも噴火しそうな怒りは威圧感として放出され、それに呼応するように辺りは吹き荒び、どよめき始める。

「お前ッ……お前ッ――‼」

 マズいっ‼ いくら女とはいえ、このままでは殺されッ――

「……そんな酷いこと……言うなよ……」

 ……るかと思ったが……ブリッツは意気消沈。どうやら効果抜群だったようだ。

 最強の男とはいえ、真正面から女の子にぶった切られれば、先程までの威風堂々とした姿も消え失せるってなもの。筋骨隆々だった体躯も嘘みたいに萎んでいき、まるで飛ぶ力を失った風船のようにシワシワになっておられた。

「フッ……やっぱり連れてきて正解だったようだね」

 そう語ったサブロウは薄れゆく【永獄拷子えいごくごうす】の呪縛から解放。
 恐らくブリッツのテンションがダダ下がりしたことで能力が解除されたのだろう。せっかく出てきた死神も額に手を当て、呆れたようにかぶりを振りながら消え去っていた。

 まさかサブロウ……最初からこの展開を読んで……?

「切り札は最後まで取っておくものだろう?」

 腕を組んで仁王立ちするリリスを見ながら、サブロウは少し嬉しそうに口元を緩める。

 ハッ……どうやら女の子の一撃には、どんな男も敵わないようだ。
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