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序章

プロローグ サブローキュウで売られた少年

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 少年の名はサブロウ。
 彼は七歳にして、実の父親に売られた。

 売られたと言っても決して親子仲が悪かったわけではない。
 のっぴきならない事情で一時的に出品されただけ……とサブロウは言っていた。

 出品されたのは、あらゆる世界と売買ができる魔天籠まてんろうショッピング。まあ、ネットショッピングの次元飛び越えバージョンとでも思ってくれればいい。

 そんな魔天籠と呼ばれる異空間で父親の仕事、その後始末が終わるまで匿ってもらおうというのが今回の作戦。
 サブロウ少年も普段から危険と隣り合わせの生活をしてる為、特に疑問に思うことなく、大人しく待っていたと言う。

 今回もすぐに終わるだろう……。
 そう思っていたサブロウ少年に、ただ一つ誤算があったとすれば――

「いやぁー、369円で子供が買えるなんて……世も末だわ」

 普通に買われてしまったことだ。



 小汚い1LDKに正座するサブロウは、己が現状を確かめんと視線を巡らす。

 室内はゴミ屋敷一歩手前の如く物が散乱しており、窓から見える景色は一面暗黒の世界で、どうも逃げること叶わぬといった様子。

「さて、先ずは坊やの名前から聞こうかしら?」

 そう問うてきたのは白い翼を背に持つ天使兼、この部屋の主ことリリス。
 サブロウ少年を買った張本人で、いずれ堕天する黙ってれば美人の性格う〇こマンである。

「あ、えっと……サブロウです」

 純白の袖の無いワンピースドレスのミニスカと、これまた白いロングヘアーを揺らしながら、品性の欠片もなく胡坐をかくその姿に、サブロウも外見と中身の乖離を感じ始めていた。

「サブロウくん……ね。実の父親に売られるなんて災難だったわね~。あ、でも大丈夫よ。私が買ったからには、すーぐに新しい人生送らせてあげるから!」

 近くにあったスルメイカを咥えたリリスは、偉く旧式な箱型のパソコンをいじりだす。

「いや……僕、一時的に出品されただけなので、できれば返品してほしいんですけど……」
「一時的? 何よそれ?」

 リリスはパソコンの手を止め、怪訝な眼差しを向ける。

「えっと……父は麻雀の代打ちをしてまして……。どうもそこであったいざこざから、僕を守る為に一時的に匿ったというかなんというか……」

 リリスは「ふ~ん……」と考え込むように腕を組み、瞳を閉じると暫くして――

「うん。ドンマイ!」

 サムズアップで舌をぺろりんちょ。
 ダメな大人を前にし、サブロウ少年は目をパチクリさせてしまう。

「いや、ドンマイじゃなくて……返品は?」
「しないわよ」

 ジト目で睨む、サブロウ少年。

「……なぜ?」
「返品ってのは商品に問題があった時にするものでしょ? サブロウくんは別に問題ないじゃない」
「七歳の子供が売られてるのは充分問題だと思いますが……」

 リリスは再びパソコンに向き合い、手を動かす。

「そもそも匿うんなら、もっと高値で出品するはずでしょ? 『369円サブローキュウ』で売るってことは、もう要らない子だって暗に言われてるのよ。ギャンブラーなら、なおさら子供は邪魔でしょうしね。ドンマーイ!」

 サブロウ少年は返す言葉がなかった。
 何故なら父親が自分の身を顧みないほどの、生粋のギャンブラーだと知っていたからだ。

(確かに……父さんはよく、麻雀中に電流が走るとか言ってたし、よっぽどスリルが好きなんだろう。僕がいない方が幸せ……なのかな?)

 いいように騙されている哀れなサブロウ少年。
 残念ながら過去の回想の為、『サブロウ! 後ろー!』と声掛けすることも叶わず、リリスのエンターキーによって運命は決してしまう。

「はーい! 申請完了! 晴れてサブロウくんは転生者になりましたー! パーチパチパチ!」

 子供をあやすように拍手しながら、立ち上がるリリス。
 当然、サブロウはなんのこっちゃと言葉を返す。

「え? 転生って生まれ変わるって意味ですよね? 僕、死んじゃったんですか?」
「もう死んだも同然でしょ? 一応、裏ルートだけど細かいことは気にしないでいいから。ほら、行った行った!」

 何やら不穏な空気が漂う中、サブロウは襟元を掴まれ、無理やり玄関の前へ立たせられる。

「あの……行くってどこへ?」
「新生活応援セールよ」
「何か貰えたりとかは……?」
「サバイバルの基本は現地調達。まずはCQCの基本を思い出して」
「あ、もういいです……」

 サブロウは諦めた。最早この女に何を言っても無駄と心得たようだ。

「さあ! 行くのよ、サブロウくん! そして主人公になりなさい! 私を伸し上げるために!」

 ビシッと指を差すリリスを背に、サブロウは扉を開けた先のワームホールに向かって歩き出す。

「ちゃーんと、あとで迎えに行くから! しっかり頑張るのよー!」

 手を振って送り出すリリス。
 そう言って彼女が迎えに来たのは、それから――三十年も後のことだった。
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