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第四章

第112話 次世代を担う男

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「男は時として、死んででも貫かなきゃならないモンってのがある。お前は力を持ちながら、やり返さなかった。己が信念だけは曲げまいと死んでいったんだ。中々、その年でできるもんじゃねえ」

 褒められた恥ずかしさからか、僕はダンの手を払い除け、顔を背ける。

「僕は別に……自ら死を望んだわけではない。そんな格好のいいものじゃ……」
「それでいいんだよ。『死んででも貫かなきゃならない』ってのは、何も『死んでいい』ってことじゃねえ。そんぐらいの気持ちでやれって言ってるだけのことだ。そういう意味じゃ死んだのはナンセンスだが、まあ、今こうして生きてるんだし、結果オーライさ」

 ダンは言い終わると同時に、ベンチから飛び降りる。
 その背中はあまりに大きく、初めて会ったのにもかかわらず、納得してしまいそうな気概を感じさせた。

「そういうものなのか……? あまりピンとこないが……」
「そういうもんだ。ってなわけで、頑張った御褒美にやるよ」

 そう言うとダンは振り返り、持っていたカップを僕に差し出す。

「コレは……?」
「さっき飲もうと思って買ったんだが、タイミング見失っちまってよ。せっかくだから飲んでけや」

 なんだか残飯処理させられてるみたいで、あまりいい気はしない。だが一応、話を聞いてもらった手前、断るのもなんだと渋々カップを受け取り、口へと運んだ。

「飲んだか?」
「あ、ああ……」
「美味いか?」
「ああ……」
「そうかそうか……」
「……何なんだ、さっきから? 言いたいことがあるならハッキリ――」

 ギュルルルルゥゥゥウウ~‼

「――ゔっ⁉ 急にッ……腹がぁっ……⁉」

 その妙な言い回しに違和感を感じた瞬間、僕の腹部は強烈な痛みと共に慟哭しだした。

 突如襲ってきた痛みに持っていたカップは手から離れ、地に落ちていく様を眼下に捉えながら腹部を押さえる。

「お? 結構、早めに来たな。ありったけの複製してブチ込んだ甲斐があったわ」
「下剤だと……⁉ どういうつもりだッ……⁉」
「どういうつもりィ? お前、年上に対して生意気な口きいた上に、悩みまで聞いてもらって、あまつさえ矢で滅多刺しにしたこと忘れてんじゃねえだろうな?」

 悪魔のような形相で此方を見下ろすダン。

 確かにごもっともな理由で反論の余地はない。
 しかし、未だ素直になれない僕は苦痛に顔を歪めながらも、反抗的な目で睨み上げてしまう。

「子供に対してっ……うぅっ……大人げないぞッ……!」
「都合のいい時だけ子供ぶるな。皇帝なんだろ……お前は?」
「ぐぅぅ……卑怯な奴めッ……!」
「卑怯で結構。そういう生き方しか知らないもんでな」

 ダンは何故か自信に満ちた笑みを見せ、寒さで悴んだ手をポケットに入れると、来た道を戻るように立ち去っていく。

「待てっ……何処へ行く……⁉」
「お前が慌てふためく様を高みから見物するのさ。せいぜい漏らさないよう、頑張ってトイレ探せよ~? なんせ、ここらの店は殆ど閉まっちまってるんだからなぁ?」

 振り返ったダンは意地の悪い笑みに切り替え、まるで時空の渦に飲み込まれるかの如く姿を消した。

「ちょっと待っ――くそッ! なんて奴だッ……! あんなふざけた大人はっ……見たことがないッ……!」

 しかし、どうする……? 奴の言う通り帝国兵が蔓延ってるせいで、この辺りの店は全て閉まっている……。だからといって皇帝たるこの僕がっ……漏らすようなことなど有ってはならないッ……!

 ギュルルルルゥゥゥウウ~‼

「ふぐぅっ……⁉ ゔうぅぅぅ……とにかく……トイレを探さねば……」

 こうして僕は悲鳴を上げ続ける腹部を押さえ、できるだけ便意を刺激しないよう、頬を垂れる冷や汗を拭いつつ、トイレを探し始めた。



「ダハハハハッ‼ あの皇が、う〇こ漏らさないようにトイレ探してるよ! ダーハハハハッ‼」

 そんな哀れな皇の背を屋根の上から眺めていたオレは、それはそれはプライドもなく腹を抱えながら大爆笑していた。

「フゥー! 気持ちイィー! 子供相手だから尚さら気持ちイィー! ハーッハッハッハ!」

 そんな最低で下卑た笑い声を上げていると、

「オイッ! テメエ、コラァ‼ ようやく見つけたぞ、コラァ‼ 何で急にいなくなるんだよ、コラァ‼」

 下から慣れ親しんだ怒鳴り声が耳へと届く。

「お? ババアじゃねえか。何してんだ、こんなところ――」
「誰に向かってババアだの抜かしてんだッ、ゴルァァアアアアッッ‼」

 空をかけるババアは血管の浮き出る拳を構え、鬼の面でも被ったかのような顔で真っ赤な魔法陣を展開してくる。

「ちょちょちょっ! 待って待って‼ ここ誰かん家の屋根の上だからっ⁉ 壊しちゃマズいって⁉」

 さすがの鬼ババアも人の子。尻もちをつき、両手で制止するオレの顔面すれすれで鉄拳制裁を御止めになられた。

「チッ……なら、降りなよ? それだったら問題ないだろう?」
「いやいや、問題だから! 路面は公共のものだからね? そもそも壊しちゃダメなんだよ? バ――リリーさん?」

 納得してはいないだろうが、ババアは何とか己を律し、その拳を収めた。
 安全が確保できたオレは張り詰めた空気を深呼吸することで解放、立ち上がると同時に尻についた砂埃を落とす。

「で? アンタはこんなとこで何やってんだい? まさか、また逃げたとか抜かすんじゃないだろうねぇ?」
「ははは……まさか……」

 そういえば逃げてる途中だった。早いとこ言い訳しないと今度こそ粉砕エンディングに直行してしまう。どどど、どうしよう……

 睨みつけるババアが口を開くよりも先に、オレは目をキョロキョロさせ、視界の隅に入った皇の背に希望を見い出す。

「ほら! アレだよ、アレ! オレはあの小僧に教育的なアレをしに来ただけであって、別に逃げたわけじゃない! 未来にとって、とても必要なことなんだなぁ、これが! うんうん!」

 ババアは幾分か眉根を寄せつつ、オレの指差す方向を見つめる。

「あれは……皇じゃないか。なんでアイツを? 未来にどう必要だって言うんだい?」
「あの小僧は~……アレだ。何れ次世代を担う男になる。こんな所で燻ったままじゃ、いつまで経ってもこの国は纏まらねえ。だからさ!」

 それを聞いたババアは表情を和らげ、軽く微笑むと刺々しかった気を静めていく。

「そうかい。だがアイツは中々、手が掛かるよ? アタシがいくら手を差し伸べても、うんともすんとも言わなかったからねぇ」
「へっ……まあ、見てろって。オレがアイツのひん曲がった性根、叩き直してやるからよ?」

 そう宣言したのち、オレは屋根伝いに皇の尾行を開始する。

 さらっと後方から「お前も大分ひん曲がってるけどな」と聞こえた気もするが、余裕で無視しつつ、逃げるようにその場を後にした。
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