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第一章
第31話 万夫不当の男
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レイと別れた後――
百人の軍勢と一人戦うダンを、上のバルコニーから頬杖をつき、眺めていた男がいた。
「ほう……一人でよくやりますね」
そんな嬉々とした表情で独り言を呟いていると、背後から革靴の子気味良い音が徐々に近づいてくる。
「ブンカ殿。どうだ……下の様子は?」
後ろから声をかけてきたのは、金髪のサイドを円筒のように巻き、金の装飾がなされた黒のチュニックに白のタイツを履いた、高い声が特徴の小柄な男だった。
「これは、これは……トランブレー殿。グリーズ様の秘書ともあろうお方が、このような場所に何用で?」
ブンカと呼ばれた男は後ろを振り返らず、目線だけトランブレーの方に向ける。
「別に……わざわざグリーズ様が治めるこの領地に乗り込んでくる阿呆が、どのような死に様を晒すのか……少し興味があっただけさ」
「そうですか……だとしたら、お望み通りの展開にはならなそうですよ?」
「何……どういうことだ?」
その疑問にブンカは何も答えず、顔をクイッと動かして下を見ろと誘導する。
そんな不躾な態度にトランブレーは、幾分か不満そうにしながらもバルコニーまで歩いて行き、下を覗くと――
「なっ、何ッ……⁈ これは……?」
まさしくその光景を表す言葉があるとすれば――死屍累々。百人はいたであろう軍勢が全員打ちのめされていて、その中心には……ある一人の男が立っていた。
「馬鹿なッ⁈ シーフズの連中には、どれもこれも一級品の科学宝具を与えていたはず……⁉ それをたった一人で……」
「全く大したものですよ。これなら少しは楽しめそうだ……」
ブンカは目を細めながら口角に微笑を浮かべる。
「やっ、奴は何者だ⁈ まさか、転生者か⁈」
「情報によればそうらしいんですが、そのような力は見受けられなかった。ただ一つ分かっていることは、身体能力が異常に高いということ。まるで超人のようにね……」
「超人だと……? 能力を使わずに⁈ 馬鹿なッ……賞金首クラスじゃないか⁈」
動揺を隠せないのかトランブレーは辺りを小刻みに動き回る。
「こうなれば、精鋭部隊を出すしか……」
「いえ……奴は私が相手をします。トランブレー殿が心配をする必要はありません。上でグリーズ様と優雅な食事でも楽しまれては?」
そう言いながらブンカは、意気揚々とトランブレーの横を過ぎ去ると、扉方面に動き出す。
「そっ、そうか……そういうことなら頼んだぞブンカ殿。幹部である君にはそれ相応の科学宝具を与えているんだからな。失敗は許されんぞ?」
「ええ……ご心配なく」
トランブレーのその言葉を背に受けつつ、ブンカは不敵な笑みを浮かべながら部屋を後にした。
◆
百人の軍勢を倒した後、息も絶え絶えになりながらもオレは、ようやく屋敷に侵入するに至った。
「ハァ……! ハァ……! クソッ! なんで能力発動しないんじゃい! もうメッチャ危なかった! 死ぬかと思ったわ! っていうか流石にこの大戦闘で発動しないのはどう考えてもおかしい! なんだ⁈ シャイなのか⁈ だとしたらシャイにも程があるわ‼」
オレは誰もいないにもかかわらず、一人でその思いの丈を虚空に向かって叫んでいた。
「あークソッ……イライラする! っていうか説明書欲しいわ、説明書! オレはアレだからな! ゲームやる前とかメッチャ説明書読み込むタイプだから! 寝る前とかにもう一回読み直してニヤニヤするタイプだから!」
一体誰に向かって説明しているのか……髪をわしゃわしゃさせながら何とかこの荒れた息遣いを落ち着かせる為――
「ハァ……! ハァ……! ひょっとしてアレか? 昨今、説明書が付属していないことに対して遺憾の意を唱えたいオレは、心の奥底で力を発揮するのを拒否しているのか? そうなのか? そうなんだな? よし! そういうことなら仕方ない! そういう事にしておこう!」
――などと訳の分からない解釈で己を納得させた。
ようやく気分が落ち着いたところで辺りを見回すと、玄関にしてはやたらと広い光沢感のある空間が広がっており、さすが貴族の屋敷といった印象だった。
一階と二階にはそれぞれに扉が複数あり、正面には高級そうな赤い絨毯が敷かれた大階段とエミネンス・グリーズの肖像画がデカデカと飾ってあったりと、それら煌びやかな装飾共がオレの目をチカチカさせて非常に鬱陶しかった。
「さて……レイの奴は何処に行ったのかと……」
オレは適当に左手側の扉を開けてみる。
先程の煌びやかな空間とは正反対の陰鬱な暗がりが広がっており、下り階段の壁には小さなランプが灯っているだけ……どうも地下に繋がっているという感じだった。
「暗っ……! まさかこっちじゃねえよな……?」
扉を閉めて一旦元の場所に戻る。
こういうのって大体最上階に捕らわれのお姫様がいるってのが王道パターンだ……つまり地下にはいない! そうさ! オレの勘がそう告げている! 決して怖いだとかそんなのでは断じてない!
そんな言い訳をしつつ、今度は反対……右手側の扉を開けてみる。
するとそこには七三分けがよく似合う、見た目五十代くらいの恰幅のいいおじさんがいた……っていうかどっかで見たことあるような……
「おや……? 久しぶりだね!」
「アンタは確か……」
「僕かい? 僕の名前は田所哲治。通りすがりのサラリーマンさ!」
田所哲治……確かSPDから追い出されたときに声をかけてきた謎のおっさんだったか。
「いや、通りすがったのオレなんだけど……ってか何でアンタがここに?」
「ちょっとした野暮用でね。今はこの屋敷で家政夫のバイトをしているのさ!」
よく見ればエプロン姿ではたきを使っているおっさんがそこにはいた……誰得なんだ……この絵面は。
「アンタみたいなほんわかしてるおっさんが、こんな危険な国で野暮用って……」
「確かに……相変わらずこの国は危険な臭いを醸し出しているね。僕がいた時代によく似ている……」
「時代って……アンタ何者だよ……?」
「僕かい? 僕の名前は田所哲治。通りすがりのサラリ――」
「いやもうそれはいいわ! っていうかアンタ今、家政夫のバイトだろ⁉ どこがサラリーマンなんじゃ‼」
「ハハハハハッ! 確かにそうだね。ごめん、ごめん……おっと! そんなことよりこんな所で油を売ってていいのかい? お仲間さんを探しているんじゃ……」
「おお、そうだった! ってか、おっさんレイのこと見たのか? 何か知ってんだったら教えてくれねえか?」
「う~ん……残念ながら何処にいるかまでは……ただ、晩餐室にシーフズの幹部の人がいたから、そこに行ってみたらいいんじゃないかな?」
「なるほど……直接行って聞けってことね。ありがとよ、おっさん! で? 晩餐室って何処?」
「晩餐室の場所はね――」
それから謎のおっさんこと田所哲治から晩餐室への道筋を一通り聞いたオレは、別れの挨拶もそこそこに教えられた通りに歩みを進めた。
しばらく道なりに進んでいくと、件の扉の前に到着する。
いかにも食欲をそそるような美味そうな匂いが扉の隙間から溢れ出し、ここが晩餐室だと自ら教えてくれているようだった。
オレは両扉の取っ手を持ち勢いよく開けると、そこには――
「やあ、待ってたよ……侵入者君」
――ライトネイビーのスーツを着て座っている、眼鏡をかけた如何にもインテリタイプのような男が、目の前のスープに舌鼓を打っていた。
「お前が……シーフズの幹部って奴か?」
目の前の男は口に運んでいたスプーンを置くと、顔に垂れかかる長髪を指で払い、両手を口の前で組みながら不敵に微笑む。
「如何にも。私はシーフズの幹部……クヤレラ・ヤ・ブンカと申します」
《盗賊ギルド 三代目シーフズ幹部 クヤレラ・ヤ・ブンカ》
百人の軍勢と一人戦うダンを、上のバルコニーから頬杖をつき、眺めていた男がいた。
「ほう……一人でよくやりますね」
そんな嬉々とした表情で独り言を呟いていると、背後から革靴の子気味良い音が徐々に近づいてくる。
「ブンカ殿。どうだ……下の様子は?」
後ろから声をかけてきたのは、金髪のサイドを円筒のように巻き、金の装飾がなされた黒のチュニックに白のタイツを履いた、高い声が特徴の小柄な男だった。
「これは、これは……トランブレー殿。グリーズ様の秘書ともあろうお方が、このような場所に何用で?」
ブンカと呼ばれた男は後ろを振り返らず、目線だけトランブレーの方に向ける。
「別に……わざわざグリーズ様が治めるこの領地に乗り込んでくる阿呆が、どのような死に様を晒すのか……少し興味があっただけさ」
「そうですか……だとしたら、お望み通りの展開にはならなそうですよ?」
「何……どういうことだ?」
その疑問にブンカは何も答えず、顔をクイッと動かして下を見ろと誘導する。
そんな不躾な態度にトランブレーは、幾分か不満そうにしながらもバルコニーまで歩いて行き、下を覗くと――
「なっ、何ッ……⁈ これは……?」
まさしくその光景を表す言葉があるとすれば――死屍累々。百人はいたであろう軍勢が全員打ちのめされていて、その中心には……ある一人の男が立っていた。
「馬鹿なッ⁈ シーフズの連中には、どれもこれも一級品の科学宝具を与えていたはず……⁉ それをたった一人で……」
「全く大したものですよ。これなら少しは楽しめそうだ……」
ブンカは目を細めながら口角に微笑を浮かべる。
「やっ、奴は何者だ⁈ まさか、転生者か⁈」
「情報によればそうらしいんですが、そのような力は見受けられなかった。ただ一つ分かっていることは、身体能力が異常に高いということ。まるで超人のようにね……」
「超人だと……? 能力を使わずに⁈ 馬鹿なッ……賞金首クラスじゃないか⁈」
動揺を隠せないのかトランブレーは辺りを小刻みに動き回る。
「こうなれば、精鋭部隊を出すしか……」
「いえ……奴は私が相手をします。トランブレー殿が心配をする必要はありません。上でグリーズ様と優雅な食事でも楽しまれては?」
そう言いながらブンカは、意気揚々とトランブレーの横を過ぎ去ると、扉方面に動き出す。
「そっ、そうか……そういうことなら頼んだぞブンカ殿。幹部である君にはそれ相応の科学宝具を与えているんだからな。失敗は許されんぞ?」
「ええ……ご心配なく」
トランブレーのその言葉を背に受けつつ、ブンカは不敵な笑みを浮かべながら部屋を後にした。
◆
百人の軍勢を倒した後、息も絶え絶えになりながらもオレは、ようやく屋敷に侵入するに至った。
「ハァ……! ハァ……! クソッ! なんで能力発動しないんじゃい! もうメッチャ危なかった! 死ぬかと思ったわ! っていうか流石にこの大戦闘で発動しないのはどう考えてもおかしい! なんだ⁈ シャイなのか⁈ だとしたらシャイにも程があるわ‼」
オレは誰もいないにもかかわらず、一人でその思いの丈を虚空に向かって叫んでいた。
「あークソッ……イライラする! っていうか説明書欲しいわ、説明書! オレはアレだからな! ゲームやる前とかメッチャ説明書読み込むタイプだから! 寝る前とかにもう一回読み直してニヤニヤするタイプだから!」
一体誰に向かって説明しているのか……髪をわしゃわしゃさせながら何とかこの荒れた息遣いを落ち着かせる為――
「ハァ……! ハァ……! ひょっとしてアレか? 昨今、説明書が付属していないことに対して遺憾の意を唱えたいオレは、心の奥底で力を発揮するのを拒否しているのか? そうなのか? そうなんだな? よし! そういうことなら仕方ない! そういう事にしておこう!」
――などと訳の分からない解釈で己を納得させた。
ようやく気分が落ち着いたところで辺りを見回すと、玄関にしてはやたらと広い光沢感のある空間が広がっており、さすが貴族の屋敷といった印象だった。
一階と二階にはそれぞれに扉が複数あり、正面には高級そうな赤い絨毯が敷かれた大階段とエミネンス・グリーズの肖像画がデカデカと飾ってあったりと、それら煌びやかな装飾共がオレの目をチカチカさせて非常に鬱陶しかった。
「さて……レイの奴は何処に行ったのかと……」
オレは適当に左手側の扉を開けてみる。
先程の煌びやかな空間とは正反対の陰鬱な暗がりが広がっており、下り階段の壁には小さなランプが灯っているだけ……どうも地下に繋がっているという感じだった。
「暗っ……! まさかこっちじゃねえよな……?」
扉を閉めて一旦元の場所に戻る。
こういうのって大体最上階に捕らわれのお姫様がいるってのが王道パターンだ……つまり地下にはいない! そうさ! オレの勘がそう告げている! 決して怖いだとかそんなのでは断じてない!
そんな言い訳をしつつ、今度は反対……右手側の扉を開けてみる。
するとそこには七三分けがよく似合う、見た目五十代くらいの恰幅のいいおじさんがいた……っていうかどっかで見たことあるような……
「おや……? 久しぶりだね!」
「アンタは確か……」
「僕かい? 僕の名前は田所哲治。通りすがりのサラリーマンさ!」
田所哲治……確かSPDから追い出されたときに声をかけてきた謎のおっさんだったか。
「いや、通りすがったのオレなんだけど……ってか何でアンタがここに?」
「ちょっとした野暮用でね。今はこの屋敷で家政夫のバイトをしているのさ!」
よく見ればエプロン姿ではたきを使っているおっさんがそこにはいた……誰得なんだ……この絵面は。
「アンタみたいなほんわかしてるおっさんが、こんな危険な国で野暮用って……」
「確かに……相変わらずこの国は危険な臭いを醸し出しているね。僕がいた時代によく似ている……」
「時代って……アンタ何者だよ……?」
「僕かい? 僕の名前は田所哲治。通りすがりのサラリ――」
「いやもうそれはいいわ! っていうかアンタ今、家政夫のバイトだろ⁉ どこがサラリーマンなんじゃ‼」
「ハハハハハッ! 確かにそうだね。ごめん、ごめん……おっと! そんなことよりこんな所で油を売ってていいのかい? お仲間さんを探しているんじゃ……」
「おお、そうだった! ってか、おっさんレイのこと見たのか? 何か知ってんだったら教えてくれねえか?」
「う~ん……残念ながら何処にいるかまでは……ただ、晩餐室にシーフズの幹部の人がいたから、そこに行ってみたらいいんじゃないかな?」
「なるほど……直接行って聞けってことね。ありがとよ、おっさん! で? 晩餐室って何処?」
「晩餐室の場所はね――」
それから謎のおっさんこと田所哲治から晩餐室への道筋を一通り聞いたオレは、別れの挨拶もそこそこに教えられた通りに歩みを進めた。
しばらく道なりに進んでいくと、件の扉の前に到着する。
いかにも食欲をそそるような美味そうな匂いが扉の隙間から溢れ出し、ここが晩餐室だと自ら教えてくれているようだった。
オレは両扉の取っ手を持ち勢いよく開けると、そこには――
「やあ、待ってたよ……侵入者君」
――ライトネイビーのスーツを着て座っている、眼鏡をかけた如何にもインテリタイプのような男が、目の前のスープに舌鼓を打っていた。
「お前が……シーフズの幹部って奴か?」
目の前の男は口に運んでいたスプーンを置くと、顔に垂れかかる長髪を指で払い、両手を口の前で組みながら不敵に微笑む。
「如何にも。私はシーフズの幹部……クヤレラ・ヤ・ブンカと申します」
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