口撃のヤマト~異能を狩る天才~

最十 レイ

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第二章 宝探し

第75話 女王の間

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 四十九院星花つるしいんしょうかは女王。逆らうこと許さず。
 それがこの学園に足を踏み入れた者へ周知される掟。

 決して何人たりとも破ってはならない。
 違えばその身、周りの者すらも巻き込み、業火に包まん。

 ここ三年B組は、あの総大将――四十九院が在籍する教室。
 とは言え、特別な施しがされているというわけではない。他のクラスと何ら変わらぬ、至って普通の教室だ。

 ただ、一線を画す部分が一つだけある。それは――

「四十九院! やめてくれ! 巴綸ともりは……巴綸は……!」

 と、一人の男子生徒が叫ぶ。……正座のままで。

 いや、彼だけではなかった。
 教室の右半分にいる男子生徒も全て正座対象である。

 机や椅子は全て撤去され、一日中座りっぱなし。四十九院の許可なしに立ち上がろうものなら、どうなるかは言うまでもない。

 そう。ここに広がっているのは圧倒的な男女格差。
 教室とは名ばかりの――女王の間である。

「ハァスゥ……ハァスゥ……又来またらいさん……シャンプー変えた?」
「やめ……て……四十九院……さん……」

 男子生徒の呼びかけに四十九院は、一切耳を貸さない。
 それどころか涙ぐむ又来巴綸を膝の上に乗せ、その綺麗な黒髪に顔を押し付けている。

 又来巴綸。彼女は清純を絵に描いたような女子生徒だった。
 幼い顔立ち、小さな身体、穢れを知らぬ柔和な瞳……。だが、そんな彼女も今は女郎蜘蛛の巣の中。

「お願いだ! 四十九院! やめてくれ……頼むっ!」

 尚も叫ぶ男子生徒。膝の上で握られた拳が、憤りで震える。

「セクシーな匂い……。ねえ? 誘ってるんでしょ? そうなんでしょ?」
「違っ……! 私は……そんな……ぅん……⁉」

 否定する又来の綺麗なうなじに、四十九院の舌が這う。
 彼女は堪らず体をビクつかせる。もちろん恐怖と嫌悪感で。

「ずっと休んでたから心配してたのよ……? いったいどうしたのかなぁって――ッ!」

 そう言って四十九院は八重歯をチラつかせ――又来の首元に噛みついた。

「うっ……ゔうッ……! ゔゔゔッ……!」

 すると又来は白目をむき始め、身体がピクピクと痙攣しだす。

「巴綸! 巴綸っ!」

 男子生徒はもう我慢ならず、又来を助けんと立ち上がろうとするが――

「黙りなさいッ‼ 穢らわしいッ!」

 目をひん剥かせた四十九院から糸を吐かれ、敢え無く地べたに拘束されてしまう。

 周りの男子たちは成す術もない仲間を前に悔しげに顔を歪め、女子たちも逆らえないのか惻隠の情を示すことしかできなかった。……一人以外は。

「誰が立っていいと言いましたの? 真壁陸郎まかべりくろう

 真壁と呼ばれた男子生徒は身をよじるも、糸が粘着質でどうにも逃れることができないといった様子。

「違う! 巴綸は……悪くないんだ! 悪いのは俺で……」
「……どういう意味ですの?」

 ただでさえ見下していた視線が、より厳しく突き刺さる。

「巴綸はずっと悩んでて……だから俺がそれを聞いてあげてたんだ……。それで……」
「……あなた、まさか⁉」
「その……付き合うように……」

 その告白を聞いた瞬間、四十九院の首が人形のように……カクンと落ちる。
 瞳孔は開き、口も半開き。凍てつく殺意が生徒一人一人に伝染し、首を絞め、重苦しい空気を生み出していく。

 次第に四十九院は、未だ痙攣している又来を優しく椅子に座らせ、席を立つと……仰向けの真壁へ、ゆらりゆらりと近づいていく。

「あなた……手……出してないでしょうね?」
「も、もちろんだ! まだ付き合ったばっかりだし、そのぅ……」

 真壁はそこで言葉を失った。
 何故なら四十九院が、立ったまま自分に跨っていたからだ。

 頭上にはひらひら舞うスカートと、肉付きのいい太股、そして薄く白い下着。
 真壁はその美しき光景に釘付けになり、目が離せない。

「そう……。なら、すぐに別れなさい。そうすれば……」

 そう言って四十九院は、口から涎を垂らし――

「――ゔぐッ⁉ ゔゔゔゔッ⁉」

 糸に変換しながら真壁の喉奥へと流し込むと、

「殺さないでおいてあげる……」

 ……冷たい笑みを浮かべながら、悶え苦しむ獲物を見下ろした。

「真壁ッ‼」

 一人の男子生徒が声を上げると、続くように他の男子も真壁へと詰め寄っていく。
 急ぎ口内に貼り付いた糸を剥がすと、真壁は失いつつあった酸素を取り戻し、何とか事なきを得る。

 四十九院はそんな連中を横目に見つつ、特に咎めることなく颯爽と教室を後にした。



「チッ……またですの……⁉」

 四十九院は廊下に出るなり、よろめきながら壁に手をつく。
 空いた手で目頭を揉んでいると……

「大丈夫ですか? 星花さま……?」

 後に続く眼鏡を掛けた女子生徒が一人。

「杏奈……大丈夫な訳ないでしょ⁉ 秘書なら秘書らしく、早くを用意しなさいッ!」

 杏奈と呼ばれたこの生徒、名を水間寺杏奈《みまでらあんな》。
 彼女が言うように、四十九院財閥に仕えるお付きの秘書である。

「申し訳ございません。すぐに手配いたします」

 水間寺は深く頭を下げるも、綺麗に纏め上げられた黒髪は微動だにしない。
 四十九院はその姿を『面白くない』と蔑みつつ、幾分か落ち着きを取り戻す。

「……それで? あの害虫の方はどうでしたの?」
「星花さまの読み通りでした。『形代』で監視していたところ、全勢力を㉑番に集中させると」

 と、水間寺は報告しつつ、ゆっくり顔を上げていく。

「ふん! 所詮、害虫ね。大した考えも持たない憐れな男……」
「ただ、途中で監視が途切れた部分がありました。あまり油断なさらない方がっ――」

 突如、廊下に乾いた音が響き渡った。
 四十九院が水間寺の頬を叩いたからだ。

 しかし、その頬は……全く腫れてはいない。

「わたくしに命令するの、杏奈?」
「申し訳ございません。星花さま」

 また深く頭を下げる水間寺。

「本当につまらない子ね……あなた」

 四十九院もまた彼女を卑しみつつ、切り捨てるかのように、この場を立ち去っていった。


 教室から黒く光る反逆の目が覗き込んでいるとも知らずに……
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