口撃のヤマト~異能を狩る天才~

最十 レイ

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第一章 支配者

第62話 この世で一番、信じられる勘

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 私、牧瀬友愛の部屋は五階にある。部屋番号は502号室。
 いつもはたった一人、冷たいワンルームであるが、今はほんの少しだけ違う。

「………………」

 大和くんが……私の部屋にいるから。

 彼は何も語らず、ただフォトフレームに映るお父さんを見つめている。
 お父さんと最後に写真を撮ったのは中学の入学式。ブラウンのヨレたスーツに、白髪の交じったマイルドオールバック。どこか疲れ切った双眸は、刑事の威厳を全く感じさせない。普段はいつもこんな感じだった。

「ビックリしちゃいましたよね……。急にお父さんに会わせるって言ったのに……」

 私は用意したホットコーヒーをテーブルへと運び、座っている大和くんの前へと差し出す。
 彼は「別に……」とだけ返すと、持っていたフォトフレームを優しく置いた。

「……驚かないんですね」

 私は少し視線を外しつつ、大和くんの対面へと座る。

「オレのリアクションが低いのはいつものことだろう。何か問題でも?」

 私はその返答に、一旦口を噤む。

 そもそも大和くんをお父さんに会わせたのは、未だに彼と心の距離……壁を感じていたからだ。
 その壁は打ち上げを終えた今なお存在しており、私は同じ部の部長と同時に友人として、それを取り払いたいと思っている。

 もちろん彼のことについて無理やり詮索するつもりはない。ただ、私個人の問題として、どうしても聞かなければならないことが……一つだけあるのだ。

「私のお父さん……『牧瀬浩一』は一年以上前、『異能狩り』によって命を落としました。潜入捜査官として『狩人蜂カリバチ』瓦解に尽力したそうです」

 私は反応を見るも、彼は眉一つ動かさない。
 なので私は、そのまま己が想いを彼へと打ち明けていく。

「私はいつだったか大和くんに言いましたよね? 『それじゃあまるで――『異能狩り』みたいじゃないですか?』って……。正直、出会った当初はそう思っていた節もありました。誰かを助けるためとはいえ、人様の力を『暴露』していましたから……。でも、今は違います。一緒の部活で毎日過ごし、巨悪に立ち向かう中で、今日みたいに、みんなで打ち上げまでする間柄になりました。貴方はもう私にとって、かけがえのない友人の一人です。それなのに、ずっと疑いをかけたままなんて失礼ですよね? だから、大和くんをお父さんに会わせたんです。ちゃんとお話ししないといけないと思って……。本当にごめんなさい!」

 頭を下げた私には、いま彼がどんな顔をしているか想像できない。ただ、大きな溜息だけは耳に届いてきた。

「お前、自分が何言ってるのか分かってるのか?」
「……わかっています」

 ゆっくり顔を上げると、彼はその面持ちに怒りを宿していた。

「わかってないだろ? お前は感情論でオレが『異能狩り』じゃないと決めつけている。『異能狩り』にとって、『狩人蜂カリバチ』を崩壊に追い込んだ者の娘は間違いなく復讐対象だ。つまりお前は、オレに話した時点でもう終わってるってことなんだよ?」
「でも……大和くんは『異能狩り』じゃありませんから」
「だから何故、そう言い切れる? 論理的に説明しろ」
「だって大和くんは今回……一回も『暴露』しなかったじゃないですか?」

 そこで大和くんは、ほんの少しだけ怯む。
 私はその隙を見逃さず、追撃せんと言葉を続ける。

「『暴露』された人が自殺に追い込まれた今回の事件……。大和くんが『暴露』を封じたのは、これ以上犠牲者を出させないためですよね? そこまで気を遣う人が『異能狩り』だとは到底思えません!」
「利用した方が後々のちのち、有利に事を運べる……。だから、やらなかったまで。お前は目の前に提示された情報を、都合よく解釈してるに過ぎない」
「でも、大和くんは……私を襲いませんよね?」

 大和くんは何も返さず、ただ淡々と私を見据える。

「もし仮に大和くんが『異能狩り』なら、今ごろ私は消されているはず……。先程から叱ってくれているのは、私の身を案じてのこと。違いますか?」

 大和くんはきっと、私がこう言うことを予見していたのだろう。呆れたように溜息をつく姿が、そのように見えた。

「だからオレは、その捨て身をやめろって言ってんだよ……」
「ごめんなさい……。こうでも言わないと認めてくれないと思いまして……」

 大和くんは確信犯と分かるなり、コーヒーを一気に口へ放り込む。……が、顔を顰めながら即断念。
 多分、クールダウンを図りたかったんだろうけど、ごめんなさい……それ、ホットです。

「……誰にも言ってないだろうな?」
「はい。大和くん以外には」
「なら、これ以上は口外するな。お前が潜入捜査官の娘だと割れれば、向こう側も必ず動いてくる。これからは自分の身を最優先に考えろ。いいな?」

 不愛想だけど、いつもの優しさを取り戻した彼に、私は「はい」と安堵の笑みで頷いた。

「よし。なら、もう帰る。ご馳走様」
「いえ……! お疲れのところ引き止めてしまい、申し訳ありませんでした」

 私は席を立つ大和くんに頭を下げ、玄関までその背を見送る。
 彼は革靴を履き、取っ手に手をかけると最後――

「まあ、あれだ……なんか困ったことがあったら、すぐオレに言え。じゃあな……」

 そう言い残すや否や、すぐ私の部屋を後にした。

「……ありがとうございます。大和くん」

 その優しさに自然と笑みが零れる夜……。彼との距離が少しだけど近づいたように感じた。
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