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第一章 支配者
第45話 愚かな稚魚
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昨日、某廃倉庫――
「ウォラァッ‼」
「――ぐゔッ!」
頬を殴られ……
「オラァッ‼」
「――ぐふッ!」
腹部を蹴られ……
「もう一発ゥッ‼」
「――がはァッ!」
そして真正面から顔面を蹴り飛ばされた伍堂は、後ろ手縛りのまま土埃舞う地面へと倒される。
辺りには既に無数の血痕が飛び散っており、連れ去られてから、かなりの時間が経過していることが窺えた。
「はぁはぁ……どうだ? 少しは言うこと聞く気になったか?」
当然、執行しているのは命を降された蛯原。
この時はまだ己が末路など知る由もなく、鬱憤を晴らすだけのただの小物。
「おい、やりすぎだ。どうせ殺すなって命令出てんだろ?」
蛯原を止めたのは後方に控えていた樫江田。
他の総大将も同意見のようで、蛯原の蛮行を冷めた目で見遣っていた。
「あぁ? ここは俺の仕切りですよ、樫江田先輩? 口挟まないでもらえます?」
振り返った蛯原は瞳孔が開いており、そのザマを見た樫江田は呆れたように溜息をつく。
「……ボスが俺らまで寄こした意味が漸く理解できたぜ。お前みたいな小物だけじゃ、荷が重いと思ったんだろうなぁ。よく見てらっしゃる」
「なんだと……?」
「大局が見えねえようじゃトップに立つ資格はねえって言ってんだよ、クソガキ。おら……俺が教えてやるから、大人しく指揮権渡せや」
まるで子供をあやすかのように手招きをする樫江田。
蛯原はその屈辱的な態度を前に今にも噛みつかんと歯を食い縛る。が――
「水ぅ……水を……くれっ……」
伍堂が締め付けられたような声を上げ、途切れ途切れに助けを求めてくる。
蛯原は緩やかに上体を起こす伍堂を見て、取り憑かれたようにその横顔を蹴り飛ばした。
「おい、蛯は――」
「アンタは黙ってろォッ‼ ……樫江田先輩」
樫江田の言葉を遮り、蛯原は狂ったような笑みを見せる。
「どうせアンタらも手柄欲しいだけでしょ? もういいですよ、何も言わなくて。俺一人で勝手にやりますから。この落ちこぼれにはデカい借りがあるんでねェッッ‼」
蛯原はそう続けると、横たわった伍堂を必要以上に甚振った。顔や腹部……足に至るまで全身を。
樫江田たちは命令通り、その様相を黙って見続ける。堕ちゆく男の、最後の悪足掻きを……
「はぁはぁ……流石のお前ももう限界だろ……落ちこぼれぇ……?」
息を荒げる蛯原に対し、伍堂は蹲ったまま無を貫く。
「ここで手ぇ引くんなら許してやってもいい……。いくら馬鹿なお前でも、もう分かったはずだ。ボスに、いや……俺に逆らったらどうなるかをなぁ?」
それどころか……ピクリとも動かない。
「おい……無視してんじゃねえぞ、コラァッ‼」
蛯原は度重なる無反応に業を煮やし、伍堂の腹を思いっきり蹴り上げる。すると――
「――――――」
その男はまるで人形のようにだらりと仰向けになり、凍りついたようにその活動を停止させていた。
魂が抜けた土気色の顔には、光を失った黒き瞳が宿り、ただ真っ直ぐに天を仰ぐ……
「あれ……? おい……おい、伍堂ォッ⁉」
蛯原は薄らと顔を青ざめさせ、しゃがみ込むや否や乱暴に胸倉を揺する、が……反応がない。
「おいおい……冗談だろ、おいッ……‼」
次いで蛯原は動転した手で伍堂の首に触れるが、こちらも……
「そんな……嘘だっ……」
蛯原は漸く己が過ちに気付き、肩をがくりと落としては、放心状態のまま口元をわなわなと震わせた。
「お前、聞いてなかったのか?」
そんな愚かな男に、樫江田は腕を組みながら問う。
「聞く……? 何を……?」
「聞いてないんだな……。伍堂出の『代償』が『脱水症』を引き起こすってことを」
聞いた瞬間、蛯原はよろめきながら立ち上がり、己が無知を曝け出す。
「な、なんだよそれ……。こいつは何も能力を発動してないじゃないかっ⁉」
「伍堂はただ喋ってるだけで能力が発動しちまうらしい。普段はエセ関西弁で抑えちゃいるが、完全にオフることはできないそうだ」
「そんな……だからってすぐに脱水症には……」
「あいつ今日一日、ずっと反省文書いてたらしいぜ。それで水分補給がままならなかったのかも。そこに俺らとの喧嘩と、お前の拷問が組み合わされば……まあ、無くはない話だ。極度の緊張状態やストレスでも喉は乾くしな」
蛯原は余裕のない足取りで樫江田に詰め寄る。
「なんで……なんで教えなかった⁉」
「黙れと言ったのはお前だろう? 俺はトップの指示に従っただけだ。何か間違ってるか?」
蛯原はぐうの音も出ず、またも悔し気に歯を食い縛っていると……何故か遠くの方からパトカーらしきサイレンが耳に届く。
そして不思議なことに、その音は徐々にこちらへと近づいているようだった。
「え……? なんで警察が……」
「四秒サイクルのサイレン……緊急性が高いな。お前、またなんかヘマしたか?」
「な……なんだよヘマって……?」
何も知らぬガキを前に、樫江田はフッと嗤う。
「……ま、どうでもいいことか。おい、お前ら! 撤収するぞ!」
下っ端たちは「はい!」と返事をするなり続々と廃倉庫から姿を消し、樫江田も腕を組んだまま緩やかに踵を返していく。
「ちょっと待っ……いや、待って下さい! 樫江田先輩! 俺はどうしたら……?」
あまりの情けなさに樫江田は歩を止め、随分な溜息と共に肩を落とす。
「どうしたら……? ここはお前の仕切りだろうが。トップなら自分のケツくらい自分で拭え馬鹿が」
もはや視界にすら入れたくないのか、樫江田は一切振り返ることなく廃倉庫を後に……
「スゥー……フゥー……! スゥー……フゥー……! スゥー……フゥー……!」
一人取り残された蛯原は近づくサイレン音に冷や汗を滲ませ、それが自分に対してのものだと確信すると、追い詰められた魚の如くバタバタと逃げ出していった。
「ウォラァッ‼」
「――ぐゔッ!」
頬を殴られ……
「オラァッ‼」
「――ぐふッ!」
腹部を蹴られ……
「もう一発ゥッ‼」
「――がはァッ!」
そして真正面から顔面を蹴り飛ばされた伍堂は、後ろ手縛りのまま土埃舞う地面へと倒される。
辺りには既に無数の血痕が飛び散っており、連れ去られてから、かなりの時間が経過していることが窺えた。
「はぁはぁ……どうだ? 少しは言うこと聞く気になったか?」
当然、執行しているのは命を降された蛯原。
この時はまだ己が末路など知る由もなく、鬱憤を晴らすだけのただの小物。
「おい、やりすぎだ。どうせ殺すなって命令出てんだろ?」
蛯原を止めたのは後方に控えていた樫江田。
他の総大将も同意見のようで、蛯原の蛮行を冷めた目で見遣っていた。
「あぁ? ここは俺の仕切りですよ、樫江田先輩? 口挟まないでもらえます?」
振り返った蛯原は瞳孔が開いており、そのザマを見た樫江田は呆れたように溜息をつく。
「……ボスが俺らまで寄こした意味が漸く理解できたぜ。お前みたいな小物だけじゃ、荷が重いと思ったんだろうなぁ。よく見てらっしゃる」
「なんだと……?」
「大局が見えねえようじゃトップに立つ資格はねえって言ってんだよ、クソガキ。おら……俺が教えてやるから、大人しく指揮権渡せや」
まるで子供をあやすかのように手招きをする樫江田。
蛯原はその屈辱的な態度を前に今にも噛みつかんと歯を食い縛る。が――
「水ぅ……水を……くれっ……」
伍堂が締め付けられたような声を上げ、途切れ途切れに助けを求めてくる。
蛯原は緩やかに上体を起こす伍堂を見て、取り憑かれたようにその横顔を蹴り飛ばした。
「おい、蛯は――」
「アンタは黙ってろォッ‼ ……樫江田先輩」
樫江田の言葉を遮り、蛯原は狂ったような笑みを見せる。
「どうせアンタらも手柄欲しいだけでしょ? もういいですよ、何も言わなくて。俺一人で勝手にやりますから。この落ちこぼれにはデカい借りがあるんでねェッッ‼」
蛯原はそう続けると、横たわった伍堂を必要以上に甚振った。顔や腹部……足に至るまで全身を。
樫江田たちは命令通り、その様相を黙って見続ける。堕ちゆく男の、最後の悪足掻きを……
「はぁはぁ……流石のお前ももう限界だろ……落ちこぼれぇ……?」
息を荒げる蛯原に対し、伍堂は蹲ったまま無を貫く。
「ここで手ぇ引くんなら許してやってもいい……。いくら馬鹿なお前でも、もう分かったはずだ。ボスに、いや……俺に逆らったらどうなるかをなぁ?」
それどころか……ピクリとも動かない。
「おい……無視してんじゃねえぞ、コラァッ‼」
蛯原は度重なる無反応に業を煮やし、伍堂の腹を思いっきり蹴り上げる。すると――
「――――――」
その男はまるで人形のようにだらりと仰向けになり、凍りついたようにその活動を停止させていた。
魂が抜けた土気色の顔には、光を失った黒き瞳が宿り、ただ真っ直ぐに天を仰ぐ……
「あれ……? おい……おい、伍堂ォッ⁉」
蛯原は薄らと顔を青ざめさせ、しゃがみ込むや否や乱暴に胸倉を揺する、が……反応がない。
「おいおい……冗談だろ、おいッ……‼」
次いで蛯原は動転した手で伍堂の首に触れるが、こちらも……
「そんな……嘘だっ……」
蛯原は漸く己が過ちに気付き、肩をがくりと落としては、放心状態のまま口元をわなわなと震わせた。
「お前、聞いてなかったのか?」
そんな愚かな男に、樫江田は腕を組みながら問う。
「聞く……? 何を……?」
「聞いてないんだな……。伍堂出の『代償』が『脱水症』を引き起こすってことを」
聞いた瞬間、蛯原はよろめきながら立ち上がり、己が無知を曝け出す。
「な、なんだよそれ……。こいつは何も能力を発動してないじゃないかっ⁉」
「伍堂はただ喋ってるだけで能力が発動しちまうらしい。普段はエセ関西弁で抑えちゃいるが、完全にオフることはできないそうだ」
「そんな……だからってすぐに脱水症には……」
「あいつ今日一日、ずっと反省文書いてたらしいぜ。それで水分補給がままならなかったのかも。そこに俺らとの喧嘩と、お前の拷問が組み合わされば……まあ、無くはない話だ。極度の緊張状態やストレスでも喉は乾くしな」
蛯原は余裕のない足取りで樫江田に詰め寄る。
「なんで……なんで教えなかった⁉」
「黙れと言ったのはお前だろう? 俺はトップの指示に従っただけだ。何か間違ってるか?」
蛯原はぐうの音も出ず、またも悔し気に歯を食い縛っていると……何故か遠くの方からパトカーらしきサイレンが耳に届く。
そして不思議なことに、その音は徐々にこちらへと近づいているようだった。
「え……? なんで警察が……」
「四秒サイクルのサイレン……緊急性が高いな。お前、またなんかヘマしたか?」
「な……なんだよヘマって……?」
何も知らぬガキを前に、樫江田はフッと嗤う。
「……ま、どうでもいいことか。おい、お前ら! 撤収するぞ!」
下っ端たちは「はい!」と返事をするなり続々と廃倉庫から姿を消し、樫江田も腕を組んだまま緩やかに踵を返していく。
「ちょっと待っ……いや、待って下さい! 樫江田先輩! 俺はどうしたら……?」
あまりの情けなさに樫江田は歩を止め、随分な溜息と共に肩を落とす。
「どうしたら……? ここはお前の仕切りだろうが。トップなら自分のケツくらい自分で拭え馬鹿が」
もはや視界にすら入れたくないのか、樫江田は一切振り返ることなく廃倉庫を後に……
「スゥー……フゥー……! スゥー……フゥー……! スゥー……フゥー……!」
一人取り残された蛯原は近づくサイレン音に冷や汗を滲ませ、それが自分に対してのものだと確信すると、追い詰められた魚の如くバタバタと逃げ出していった。
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