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第一章 支配者
第38話 稚魚よ踊れ
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二年B組――
六限目終了後、大和くんの安否が気になり、そわそわする私。できることなら今すぐにでも確かめに行きたいが、決別という状況が足を引っ張って以下同文。
やっぱりあんなことするべきじゃなかった。謝ろう……彼が戻ってきたらすぐに。そして、みんなで一緒に――
「よお、大和慧。よく無事で戻って――ッ⁉」
気を取り直した矢先、蛯原くんの疎ましい声が扉方面から届く。
どうやら大和くんを待ち構えていたらしいが、何やら様子がおかしい。私はすぐに声のする方へ視線を移す。すると、そこには……
「無事? もしかして君も彼らのお仲間?」
何故か生徒会長の景川士先輩が鞄を持って立っていた。
突如現れた生徒内最高権限者に、教室中がざわつき始める。
「な、なんで生徒会長がここに……?」
蛯原くんは顔を引き攣らせながら、隣り合う大和くんと会長を交互に見やる。
「彼、怪我してね。心配だから付き添ってきたの。何か問題だったかしら?」
「いや……別に……」
さすがに生徒会長相手では分が悪いのか、蛯原くんは珍しく歯切れも悪かった。
「なら良かった。じゃあ、鞄取ってきてあげるから、ちょっと待ってて」
景川会長は大和くんへそう言うと、彼の席へ真っ直ぐ向かう。
直後、蛯原くんは間隙を縫うように鼻で笑った。
「藤宮に伍堂……次は生徒会長ってか? よかったなぁ、色んな奴に守ってもらえて? こんな奴相手にしてるかと思うと、ちょいと情けなくなってくるよ」
「人は知らず内に色んな奴に守られてる。それはお前も例外じゃない。その服も食事も、学園に通えてるのだって、お前を守ってくれた誰かさんのお陰だ。そんな当たり前のことも教えなきゃならんほどに、お前は愚かだったのか?」
大和くんの挑発に蛯原くんは「あぁ⁉」と分かり易く乗る。
「名門校の生徒以前に、もっと人として頭使って話したらどうだ? オレはお前の先生じゃないんだ。毎回、教えてやれるわけじゃないんだぜ?」
「テメエェ……! いい加減にッ――」
蛯原くんが掴みかかろうとした瞬間、「そこまでよ!」と景川会長が割って入る。
「それ以上やったら違反行為とみなして『時戒室』行きよ! 大和くんも、あんまり挑発しないの! いくら君でも、やり過ぎたら守り切れないんだから……」
なんとか双方を窘める景川会長。が、蛯原くんはもう止まれないようで……
「邪魔しないでくださいよ、会長ォ……! これは男同士の喧嘩……アンタの出る幕じゃないッ……!」
半ば八つ当たり気味の蛯原くんに、大和くんは意趣返しするかの如く鼻で笑う。
「喧嘩? お前とそんなことをするつもりはない。何故ならオレは、お前に感謝してるから」
「はぁ⁉ 感謝だと……?」
「ああ。だってそうだろ? お前が踊ってくれたお陰で――ボスの目処がついたんだからな」
彼の一言にざわついていた教室が一挙にして静まり返る。
普段この時間帯は一日の終わりと活気づくころ。しかし、今はピンと張りつめた空気が教室中を飲み込んでいた。
「は……ははっ……ハッタリかましてんじゃねえよ……?」
蛯原くんは顔を強張らせながらも、なんとか気丈に振る舞ってみせる。が、傍から見ても無理しているのが丸わかりだった。
「オレがハッタリかます奴かどうかは、お前が一番よく分かってるはず。ゆえにオレはお前と喧嘩をする必要がない。いや……手を出す必要がないと言った方が正しいか」
「……え?」
「おいおい、気付いてないのか? お前自身が……ボスの尻尾を掴ませてしまった大戦犯だってことに」
聞いた途端、一歩二歩と首を横に振りながら後退りする蛯原くん。もはや彼がその『黒幕《ボス》』とやらに怯え切っているのは、火を見るよりも明らかだった。
「……いや……違う……俺は……」
そんな蛯原くんの肩をガシリと掴む大和くん。落ち着かせる為なのか、はたまた逃がさない為なのか……
「そろそろ身の振り方を考える時じゃないか?」
「身の……振り方……?」
「お前んとこのボスは仲間だろうが『裁き』と称して粛清するような輩。井幡の前例がある以上、十中八九お前もその後を辿ることになる。いいのかそれで?」
額に冷や汗を滲ませ、歯を食い縛る蛯原くん。
すると大和くんはすかさず、彼の耳元で何やら囁き始める。
「お前に渡した『頭を垂れて助けてもらうチケット』はまだ有効だ。使い方を間違えないよう、よーく考えるんだな。どっちが『大和』で……どっちが『蛯原』か……」
大和くんは乱雑に蛯原くんを解き放つと、景川会長から己が鞄を取り上げ、早々に教室を後にする。
「ちょ……ちょっと待ってよ、大和くん!」
景川会長が追いかけていくと、残された蛯原くんだけがぽつん立つ。
次第に握られた拳は震え、あらゆる感情が臨界点を突破した時――
「ぐあぁぁぁああああぁぁぁあががぁあああぁああがががぁあああッッ‼」
やるせない咆哮が教室中に響き渡った。
六限目終了後、大和くんの安否が気になり、そわそわする私。できることなら今すぐにでも確かめに行きたいが、決別という状況が足を引っ張って以下同文。
やっぱりあんなことするべきじゃなかった。謝ろう……彼が戻ってきたらすぐに。そして、みんなで一緒に――
「よお、大和慧。よく無事で戻って――ッ⁉」
気を取り直した矢先、蛯原くんの疎ましい声が扉方面から届く。
どうやら大和くんを待ち構えていたらしいが、何やら様子がおかしい。私はすぐに声のする方へ視線を移す。すると、そこには……
「無事? もしかして君も彼らのお仲間?」
何故か生徒会長の景川士先輩が鞄を持って立っていた。
突如現れた生徒内最高権限者に、教室中がざわつき始める。
「な、なんで生徒会長がここに……?」
蛯原くんは顔を引き攣らせながら、隣り合う大和くんと会長を交互に見やる。
「彼、怪我してね。心配だから付き添ってきたの。何か問題だったかしら?」
「いや……別に……」
さすがに生徒会長相手では分が悪いのか、蛯原くんは珍しく歯切れも悪かった。
「なら良かった。じゃあ、鞄取ってきてあげるから、ちょっと待ってて」
景川会長は大和くんへそう言うと、彼の席へ真っ直ぐ向かう。
直後、蛯原くんは間隙を縫うように鼻で笑った。
「藤宮に伍堂……次は生徒会長ってか? よかったなぁ、色んな奴に守ってもらえて? こんな奴相手にしてるかと思うと、ちょいと情けなくなってくるよ」
「人は知らず内に色んな奴に守られてる。それはお前も例外じゃない。その服も食事も、学園に通えてるのだって、お前を守ってくれた誰かさんのお陰だ。そんな当たり前のことも教えなきゃならんほどに、お前は愚かだったのか?」
大和くんの挑発に蛯原くんは「あぁ⁉」と分かり易く乗る。
「名門校の生徒以前に、もっと人として頭使って話したらどうだ? オレはお前の先生じゃないんだ。毎回、教えてやれるわけじゃないんだぜ?」
「テメエェ……! いい加減にッ――」
蛯原くんが掴みかかろうとした瞬間、「そこまでよ!」と景川会長が割って入る。
「それ以上やったら違反行為とみなして『時戒室』行きよ! 大和くんも、あんまり挑発しないの! いくら君でも、やり過ぎたら守り切れないんだから……」
なんとか双方を窘める景川会長。が、蛯原くんはもう止まれないようで……
「邪魔しないでくださいよ、会長ォ……! これは男同士の喧嘩……アンタの出る幕じゃないッ……!」
半ば八つ当たり気味の蛯原くんに、大和くんは意趣返しするかの如く鼻で笑う。
「喧嘩? お前とそんなことをするつもりはない。何故ならオレは、お前に感謝してるから」
「はぁ⁉ 感謝だと……?」
「ああ。だってそうだろ? お前が踊ってくれたお陰で――ボスの目処がついたんだからな」
彼の一言にざわついていた教室が一挙にして静まり返る。
普段この時間帯は一日の終わりと活気づくころ。しかし、今はピンと張りつめた空気が教室中を飲み込んでいた。
「は……ははっ……ハッタリかましてんじゃねえよ……?」
蛯原くんは顔を強張らせながらも、なんとか気丈に振る舞ってみせる。が、傍から見ても無理しているのが丸わかりだった。
「オレがハッタリかます奴かどうかは、お前が一番よく分かってるはず。ゆえにオレはお前と喧嘩をする必要がない。いや……手を出す必要がないと言った方が正しいか」
「……え?」
「おいおい、気付いてないのか? お前自身が……ボスの尻尾を掴ませてしまった大戦犯だってことに」
聞いた途端、一歩二歩と首を横に振りながら後退りする蛯原くん。もはや彼がその『黒幕《ボス》』とやらに怯え切っているのは、火を見るよりも明らかだった。
「……いや……違う……俺は……」
そんな蛯原くんの肩をガシリと掴む大和くん。落ち着かせる為なのか、はたまた逃がさない為なのか……
「そろそろ身の振り方を考える時じゃないか?」
「身の……振り方……?」
「お前んとこのボスは仲間だろうが『裁き』と称して粛清するような輩。井幡の前例がある以上、十中八九お前もその後を辿ることになる。いいのかそれで?」
額に冷や汗を滲ませ、歯を食い縛る蛯原くん。
すると大和くんはすかさず、彼の耳元で何やら囁き始める。
「お前に渡した『頭を垂れて助けてもらうチケット』はまだ有効だ。使い方を間違えないよう、よーく考えるんだな。どっちが『大和』で……どっちが『蛯原』か……」
大和くんは乱雑に蛯原くんを解き放つと、景川会長から己が鞄を取り上げ、早々に教室を後にする。
「ちょ……ちょっと待ってよ、大和くん!」
景川会長が追いかけていくと、残された蛯原くんだけがぽつん立つ。
次第に握られた拳は震え、あらゆる感情が臨界点を突破した時――
「ぐあぁぁぁああああぁぁぁあががぁあああぁああがががぁあああッッ‼」
やるせない咆哮が教室中に響き渡った。
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