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辺境の都アルトリア。
カルストリア帝国の東にある魔物の森と隣国の境に位置した、国内で王都の次に栄えている貿易都市である。
森から次々に湧いてくる魔物を討伐して得た素材と、海に面した隣国からやって来る商人たちによって、街は常に賑わっていた。
その街の外れにある高台には、歴代この土地を見守ってきた辺境伯の屋敷がある。
帝国の他の領地には代々領主となる家系の貴族がおり、親から子へと受け継がれるのが通常だが、この辺境の都だけは例外だ。
魔物討伐という危険な任があるため、辺境伯だけは王都か前辺境伯からの任命制を布いていた。
そのためか華やかな貿易都市としての一面はあるものの、貴族社会の中では閑職ともいえる地である。
そんな辺境伯邸の一画、庭園の垣根をくぐろうと四つん這いになっている少女がいた。
「何をしているんだ。そんなところで。」
うかつだった。
何時もは誰もいない庭園。今の辺境伯は年配で、庭園をうろつく人などいないと確認していた。
まさか顔を出した所を誰かにみられるなんて。
「この屋敷の者じゃなさそうだな。」
さっと抱き上げられ、目の前に立たせられる。
真黒な軍服に身を包んだ、漆黒の髪の端正な顔立ちの青年が訝しげに目を細めた。
泥だらけの靴、繕った後のあるワンピース、垣根の枯葉が同化しているくすんだ茶髪。
平民としては当たり前の格好が、美麗な男性を前にすると、突然みすぼらしく思えて恥ずかしくなってきていた。
「わ、わたしはレティ・・・。」
胸に組んだ手は震え、かすれた声はうまく言葉をなさない。
やっと絞り出した名前を告げるのに、涙がにじんできた。
その瞬間、スッと突然青年の指先が顎に触れ瞳を覗き込まれる。
「お前。」
驚きに満ちて見開かれた双眸は、雲一つない今日の空と同じ色をしていた。
その美しさに、無断で屋敷へ入った事を咎められるかもというのも忘れ見入ってしまう。
「見つけた。」
「え。」
そう呟くと、青年はレティを抱き上げ満面の笑みを見せる。
「見つけたぞ。おい、アルベルト。ギルデガンド・ボルティモア辺境伯。」
大声で叫びながら青年はレティを抱えたままで、くるくるとその場を回る。
「ちょっ、ちょっとまって。」
軽々と持ち上げられた体は、されるがままに振り回された。
「おめでとうございます。ソウンディック様。」
屋敷から大柄な男性と、青年と揃いの軍服を着た男性が走ってくる。
大柄な男性は式典や街で何度か見たことがある。今代の辺境伯だ。
傭兵だった力量を前辺境伯から見込まれ、今の地位についてるのだと。
平民や他国民にも偏見なく接してくれる良い領主なのだと、聞いたことがある。
「見てくれ、アルベルト。リュクスの瞳だ。彼女を見つけたぞ。」
「やったな、ソウンディック。でも、離してやったほうが良くないか?」
アルベルトはあきれ顔で抱きかかえたレティを指さす。
頭や体にまとっていた枯葉をまき散らすほどに回っていたレティは、ソウンディックに抱えられたまま目を回し、気を失っていた。
「この身なりだと、辺境の平民だろう。本当にリュクスなのか?」
「俺が見間違えると思ってるのか、アルベルト。」
「思ってないさ。リュクスに関してのお前がどうかしてるのは、皆が知ってるからな。ただ、見たところ精霊王の気配はないぞ。」
「ああ、それは・・・。」
「やぁ、目がさめたかい。」
右手が温かいなと思って目を開けると、ソウンディックがしっかりと手を握っていた。
ふかふかな大きなベッド、天蓋までついている。
ゆうに4人は寝れそうなベッドを占領して、気を失っていたらしい。
まだはっきりしない頭を抱えながら、ゆっくりと体を起こした。
「まだ辛いようなら休んでいるかい?」
ふるふると首を横に振る。
「大丈夫です。それより…」
周りを見渡すと花柄の壁紙が不釣り合いな、がっしりとした軍服の青年が腕組みをして立っている。
先ほど、夢うつつで聞こえてきたアルベルトとは、この人の事だろう。
庭園でギルデガンドと共に居た。
「ああ。落ち着いてるなら、話しをしようか。アルベルト、ギルデガンドを呼んできてくれ。」
「分かった。茶も用意させよう、お前の話は長いからな。」
ひらひらと手を振ると、アルベルトは部屋を後にした。
カルストリア帝国の東にある魔物の森と隣国の境に位置した、国内で王都の次に栄えている貿易都市である。
森から次々に湧いてくる魔物を討伐して得た素材と、海に面した隣国からやって来る商人たちによって、街は常に賑わっていた。
その街の外れにある高台には、歴代この土地を見守ってきた辺境伯の屋敷がある。
帝国の他の領地には代々領主となる家系の貴族がおり、親から子へと受け継がれるのが通常だが、この辺境の都だけは例外だ。
魔物討伐という危険な任があるため、辺境伯だけは王都か前辺境伯からの任命制を布いていた。
そのためか華やかな貿易都市としての一面はあるものの、貴族社会の中では閑職ともいえる地である。
そんな辺境伯邸の一画、庭園の垣根をくぐろうと四つん這いになっている少女がいた。
「何をしているんだ。そんなところで。」
うかつだった。
何時もは誰もいない庭園。今の辺境伯は年配で、庭園をうろつく人などいないと確認していた。
まさか顔を出した所を誰かにみられるなんて。
「この屋敷の者じゃなさそうだな。」
さっと抱き上げられ、目の前に立たせられる。
真黒な軍服に身を包んだ、漆黒の髪の端正な顔立ちの青年が訝しげに目を細めた。
泥だらけの靴、繕った後のあるワンピース、垣根の枯葉が同化しているくすんだ茶髪。
平民としては当たり前の格好が、美麗な男性を前にすると、突然みすぼらしく思えて恥ずかしくなってきていた。
「わ、わたしはレティ・・・。」
胸に組んだ手は震え、かすれた声はうまく言葉をなさない。
やっと絞り出した名前を告げるのに、涙がにじんできた。
その瞬間、スッと突然青年の指先が顎に触れ瞳を覗き込まれる。
「お前。」
驚きに満ちて見開かれた双眸は、雲一つない今日の空と同じ色をしていた。
その美しさに、無断で屋敷へ入った事を咎められるかもというのも忘れ見入ってしまう。
「見つけた。」
「え。」
そう呟くと、青年はレティを抱き上げ満面の笑みを見せる。
「見つけたぞ。おい、アルベルト。ギルデガンド・ボルティモア辺境伯。」
大声で叫びながら青年はレティを抱えたままで、くるくるとその場を回る。
「ちょっ、ちょっとまって。」
軽々と持ち上げられた体は、されるがままに振り回された。
「おめでとうございます。ソウンディック様。」
屋敷から大柄な男性と、青年と揃いの軍服を着た男性が走ってくる。
大柄な男性は式典や街で何度か見たことがある。今代の辺境伯だ。
傭兵だった力量を前辺境伯から見込まれ、今の地位についてるのだと。
平民や他国民にも偏見なく接してくれる良い領主なのだと、聞いたことがある。
「見てくれ、アルベルト。リュクスの瞳だ。彼女を見つけたぞ。」
「やったな、ソウンディック。でも、離してやったほうが良くないか?」
アルベルトはあきれ顔で抱きかかえたレティを指さす。
頭や体にまとっていた枯葉をまき散らすほどに回っていたレティは、ソウンディックに抱えられたまま目を回し、気を失っていた。
「この身なりだと、辺境の平民だろう。本当にリュクスなのか?」
「俺が見間違えると思ってるのか、アルベルト。」
「思ってないさ。リュクスに関してのお前がどうかしてるのは、皆が知ってるからな。ただ、見たところ精霊王の気配はないぞ。」
「ああ、それは・・・。」
「やぁ、目がさめたかい。」
右手が温かいなと思って目を開けると、ソウンディックがしっかりと手を握っていた。
ふかふかな大きなベッド、天蓋までついている。
ゆうに4人は寝れそうなベッドを占領して、気を失っていたらしい。
まだはっきりしない頭を抱えながら、ゆっくりと体を起こした。
「まだ辛いようなら休んでいるかい?」
ふるふると首を横に振る。
「大丈夫です。それより…」
周りを見渡すと花柄の壁紙が不釣り合いな、がっしりとした軍服の青年が腕組みをして立っている。
先ほど、夢うつつで聞こえてきたアルベルトとは、この人の事だろう。
庭園でギルデガンドと共に居た。
「ああ。落ち着いてるなら、話しをしようか。アルベルト、ギルデガンドを呼んできてくれ。」
「分かった。茶も用意させよう、お前の話は長いからな。」
ひらひらと手を振ると、アルベルトは部屋を後にした。
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