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第21話 ハッピーエンドのその先へ
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カークは王城の宰相の執務室にいた。
目の前にはカークの父親であるユリゲル侯爵が立っていた。
カークは父親に向かって口を開いた。
「此度の事、ありがとうございました。」
そして深々と頭を下げた。
「お前の為ではない。勘違いするな。」
冷たい言葉が返ってきたが、それでカークが傷付く事はなかった。
むしろ顔を上げたカークの表情には、綻ばせた笑顔があった。
「ですが、父上が仰った図書館でのお言葉のお陰で、オルグの本の存在を予想する事ができたのです。」
あの時、ユリゲル侯爵は聖書の解読について密偵で知った訳ではないと言っていた。
それでは、どこでそれを知ったのか。
そう思った時に、『あれを読んだのか?』という父親の言葉が気に掛かった。
あの時に言った『あれ』とは、最初は聖書の事だとカークは思った。
だが次に言った父親の『ラウナス大神官様か……なるほど。』という言葉。
まるでラウナス大神官様が関係ある事を、その時に初めて知った様に見受けられた。
辻褄の合わない父親の言動が気に掛かった。
それにカークがオルグという言葉を発した時、父親は迷わずそれを誰かの名前だと判断した。
オルグという名前は一般的な名前ではない。
初めて聞かされてそれが人名だとすぐに判断する人は、まずいないだろう。
そして、500年前の聖騎士の名簿。
その本にはオルグ・ヴァンロードという名前が記されていた。
ユリゲル領が昔ヴァンロード領だったというのは当然教えられている史実だ。
その教えられた史実の中に、初代当主は聖騎士だったという内容もあったし、その時にオルグという名前も聞いていた。
それをカークは頭の片隅に記憶していたから、オルグという名をどこかで聞いた事があると感じていたのだった。
初代当主がオルグだったと分かった時点で、父親が言っていた『あれを読んだのか?』という言葉と『密偵で知った訳ではない』という言葉を思い返した時、カークの中で一つの可能性が浮かび上がった。
以前から当主に代々受け継がれている本が存在するというのは、ユリゲル家でもまことしやかに語られていたのだ。
けれど当主がそれを肯定する事は今までなかった。
もしそれが本当だったとしたら……。
あの時、父親が差していた『あれを読んだのか?』という本とはオルグの本の事を指していたのではないだろうかと。
そして私がラウナス大神官様の話を持ち出した事で、オルグの本とは別の本の事を言っているのだと父親は気付いた。
聖書の存在は隠されていた訳ではないので、父親も聖書の存在は知っていたはずだ。
そういう風に考えると、父親の言動や表情の全てに納得がいく。
もし、本当にオルグが書いた本が存在するのだとしたら……。
聖女の事を記しているのは間違いないだろう。
そして、自分は密かに存在する隠し扉を知っていた。
子供の頃に偶然見つけた事がある。
鍵は開けられなかったが、今ならきっと解除できるだろう。
そこにその本が隠されている可能性は高い。
カークは胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。
まさか……あの、父上が……。
父親が図書館から立ち去る間際に放った言葉を思い出す。
『私が言った意味を……よく考えろ。』
その言葉に意味があるとすれば……。
オルグが初代当主だという事は記録からみても間違いない事実だ。
そして、代々受け継がれている書物の存在、秘密の扉、父親の言動。
それらが、パズルの様に見事に嵌まっていく。
確証はないが、カークの中でオルグに関係あるという可能性を高めていった。
でもまさか、父親が自分の為にそんな事を言うとは……俄かに信じられなかった。
だって、それはまるで……子を想う父親の行動ではないか。
あの父上がその様な事をしてくれるなんて……。
そんな事があるだろうか?
それに気が付いた時、何故だか笑いが止まらなくなった。
初めて父親らしい事をしてくれたと、そう信じた自分自身にも……。
まだ自分は父親を信じていたのだと感じた時、何故だか無性に笑いたくなった。
そして次には様々な感情が押し寄せてきて……。
結局、自分は最後に父親を信じた。
けれど、その選択は間違いではなかった。
そう、あの時の事を思い返していたカークだったが、ユリゲル侯爵が声を掛けてきたので、意識が戻された。
「お前の勘違いだ。私はそういうつもりであの言葉を言った訳ではない。」
それはいつもの様に冷淡な声だった。
けれど、カークは笑顔を浮かべたまま言った。
「では、なぜ審議の場で否定されなかったのですか?オルグの本だと肯定されなければ、現在の様な結果にはならなかったかもしれません。」
その問いにユリゲル侯爵は無表情で答えた。
「内密に審議が開かれると聞いた時点で、既に神皇聖下の御心は決まったのだと判断したからだ。神皇聖下がお認めになられるのに、私が否定すれば話が混乱する。ユリゲル家がオルグの末裔だと過去を調べれば簡単に分かる事だからな。」
そうして真っ直ぐにカークを見詰めて、更に言った。
「……それに、この本に書かれている内容と聖女様の手記の内容は符合していた。内容が真実であるなら、国王陛下に報告するべきだと判断するのは当たり前だ。」
それを聞き、カークは探る様に父親を見詰めた。
「それが……たとえユリゲル家を潰す事となってでもですか?」
その問いに、父親はしばらく黙ってカークを見詰めていたが、やがて言った。
「当然だ。我がユリゲル家は国王陛下に忠誠を誓っている。その誓いを違えてまで存続させるほどの価値など、ユリゲル家にはない。」
その言葉を聞き、カークは嬉しそうに微笑んだ。
「それを聞き、安心しました。ユリゲル家を優先させる様な当主だったとしたら、こちらから見限っているところでした。」
そう晴れやかな声で言われ、父親は初めて虚を突かれた様な顔をした。
だが、次には父親がフッと微かに笑みを漏らした。
「……言う様になったな。」
カークも満面の笑みで答える。
「ええ。父上の子ですから。」
そう言ったカークの胸に、今まで感じた事のない感情が、新たに生まれた様な気がした。
その感情は、くすぐったい様な……歯痒い様な、とても居心地が悪い感覚。
けれど……嫌じゃない。
カークはその感情を抱き締める様に、そっと手で胸を覆った。
そしてカークは思い出した。
聖女に関する規約に『聖女の意見をなるべく尊重する事』というのが存在する。
この規約を制定したのは、他ならぬユリゲル家初代当主だ。
彼は必死で彼女を守ろうとしていた。
父親もそれに気が付いているはずだ。
初代当主の意志を父親は守ろうと思ったのではないか。
それを守るという事は、すなわち私とメルファの結婚を認めるという事。
なのに素直に結婚を認めると言わない父親が、何故だか少し可愛いと思ってしまった。
カークが思わず顔を綻ばせると、眉根を寄せて父親が言った。
「さっきから何だ。その顔は。いつも言っているだろう。感情を見せるなと。」
いつもの冷たい声で言い放つ。
だがカークは、もうその言葉を悲しいとは思わなかった。
カークは感情を見せるなと言われたにも関わらず、満面の笑みを浮かべて言った。
「ええ。肝に銘じます。」
その表情を見て、父親は深い溜め息を漏らした。
「舐められたものだ。今頃、反抗期か……」
カークはそれに負けじと言い返した。
「そうです。覚悟していてください。今まで無かった分、大変でしょうね。」
まるで他人事の様に言うカークの表情を見た父親は、再び深い深い溜め息を漏らすのだった。
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
メルファはバラが咲き乱れる庭園を散策していた。
この庭園は学園にあった庭園によく似ている。
そう……カークに出会ったあの庭園に。
しばらく歩いていくと、東屋が現れた。
そこには誰かが立っている。
いや、誰なのかは分かっていた。
メルファは少し大人びた穏やかな微笑みを浮かべて、その人物を見詰めた。
その人物もメルファを見つけると、嬉しそうに微笑み返す。
その時、2人の間に穏やかな風が通り抜けた。
メルファは踊る様に揺れる柔らかな髪を抑え込む。
それでも視線は逸らす事なく、美しい宝石の様な紫の瞳を見詰め続けた。
ああ、私の愛しい人。
その姿を眺められる自分は、なんて幸せ者なんだろうと思った。
何故だか急に泣きたい衝動に駆られた。
けれど、涙で愛しい人が見えなくなってしまうのは勿体ない。
メルファはその涙を何とか押し留め、変わりに弾けんばかりの笑顔を浮かべた。
そして、メルファが東屋へ足を踏み入れると、愛しい人は手を差し出した。
それから、そっと囁く様に名前を呼ばれた。
「メルファ。」
その声で胸がいっぱいになる。
嬉しい……。
メルファは差し出された手に自分の手を重ねると、愛しい人の名前を呼んだ。
「カーク。」
そう呼ばれた彼は、慈しむ様な温かい眼差しをメルファに返した。
手を引かれ、メルファとカークの距離が0になった。
2人は互いの温もりと香りに包まれていた。
その幸せを噛みしめる様に、カークは抱き締めている手に力を込める。
「メルファ、愛しています。」
その言葉に応える様に、メルファの手にも力が込められた。
「私も……カークを愛しています。」
今、自分の顔は真っ赤に違いない。
けれど構わなかった。
自分の気持ちを好きな人に伝えられる。
それが、どれほど嬉しい事か。
メルファは今ある幸せを噛みしめていた。
やがて、カークが手を緩めると、メルファの顔を覗き込んだ。
美しいアメジストの様な瞳にメルファが映し出された。
カークが愛しい人を見詰めながら言った。
「私と結婚してください。」
メルファは驚いて瞳を大きく見開かせた。
だが、カークは更に続けて言った。
「すぐに結婚は出来ないかもしれません。それでも、私は絶対に諦めない。……あなただけを生涯愛すると誓います。」
その真っ直ぐ吸い込まれそうな瞳に、メルファは絡め取られた様に目が離せなかった。
「どうか、私と共に生きて下さい。私はあなたと温かな家庭を築きたい。」
そして急に穏やかな瞳になると、宝物の様にそっと優しくメルファの頬に触れた。
「メルファ……私の愛しい人。」
メルファは嬉しくて、胸が苦しくなった。
そんな瞳で自分を見詰めてくれているのがあまりに嬉しくて、言葉に詰まる。
けれど……。
これだけは伝えたい……あなたに。
「はい。私もあなたを生涯愛すると……誓います。」
「メルファ。」
そうして、2人はゆっくりと近づいていき、唇を重ねた。
2人の間に穏やかな風が通り抜けていく。
美しい花々が、2人を祝福しているかの様に揺れていた。
温かい日差しが降り注ぎ、辺りを優しく包み込む。
それはまるで神が2人を祝福している様だった。
そして、2人の未来を明るく照らしている様な……そんな光だった。
目の前にはカークの父親であるユリゲル侯爵が立っていた。
カークは父親に向かって口を開いた。
「此度の事、ありがとうございました。」
そして深々と頭を下げた。
「お前の為ではない。勘違いするな。」
冷たい言葉が返ってきたが、それでカークが傷付く事はなかった。
むしろ顔を上げたカークの表情には、綻ばせた笑顔があった。
「ですが、父上が仰った図書館でのお言葉のお陰で、オルグの本の存在を予想する事ができたのです。」
あの時、ユリゲル侯爵は聖書の解読について密偵で知った訳ではないと言っていた。
それでは、どこでそれを知ったのか。
そう思った時に、『あれを読んだのか?』という父親の言葉が気に掛かった。
あの時に言った『あれ』とは、最初は聖書の事だとカークは思った。
だが次に言った父親の『ラウナス大神官様か……なるほど。』という言葉。
まるでラウナス大神官様が関係ある事を、その時に初めて知った様に見受けられた。
辻褄の合わない父親の言動が気に掛かった。
それにカークがオルグという言葉を発した時、父親は迷わずそれを誰かの名前だと判断した。
オルグという名前は一般的な名前ではない。
初めて聞かされてそれが人名だとすぐに判断する人は、まずいないだろう。
そして、500年前の聖騎士の名簿。
その本にはオルグ・ヴァンロードという名前が記されていた。
ユリゲル領が昔ヴァンロード領だったというのは当然教えられている史実だ。
その教えられた史実の中に、初代当主は聖騎士だったという内容もあったし、その時にオルグという名前も聞いていた。
それをカークは頭の片隅に記憶していたから、オルグという名をどこかで聞いた事があると感じていたのだった。
初代当主がオルグだったと分かった時点で、父親が言っていた『あれを読んだのか?』という言葉と『密偵で知った訳ではない』という言葉を思い返した時、カークの中で一つの可能性が浮かび上がった。
以前から当主に代々受け継がれている本が存在するというのは、ユリゲル家でもまことしやかに語られていたのだ。
けれど当主がそれを肯定する事は今までなかった。
もしそれが本当だったとしたら……。
あの時、父親が差していた『あれを読んだのか?』という本とはオルグの本の事を指していたのではないだろうかと。
そして私がラウナス大神官様の話を持ち出した事で、オルグの本とは別の本の事を言っているのだと父親は気付いた。
聖書の存在は隠されていた訳ではないので、父親も聖書の存在は知っていたはずだ。
そういう風に考えると、父親の言動や表情の全てに納得がいく。
もし、本当にオルグが書いた本が存在するのだとしたら……。
聖女の事を記しているのは間違いないだろう。
そして、自分は密かに存在する隠し扉を知っていた。
子供の頃に偶然見つけた事がある。
鍵は開けられなかったが、今ならきっと解除できるだろう。
そこにその本が隠されている可能性は高い。
カークは胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。
まさか……あの、父上が……。
父親が図書館から立ち去る間際に放った言葉を思い出す。
『私が言った意味を……よく考えろ。』
その言葉に意味があるとすれば……。
オルグが初代当主だという事は記録からみても間違いない事実だ。
そして、代々受け継がれている書物の存在、秘密の扉、父親の言動。
それらが、パズルの様に見事に嵌まっていく。
確証はないが、カークの中でオルグに関係あるという可能性を高めていった。
でもまさか、父親が自分の為にそんな事を言うとは……俄かに信じられなかった。
だって、それはまるで……子を想う父親の行動ではないか。
あの父上がその様な事をしてくれるなんて……。
そんな事があるだろうか?
それに気が付いた時、何故だか笑いが止まらなくなった。
初めて父親らしい事をしてくれたと、そう信じた自分自身にも……。
まだ自分は父親を信じていたのだと感じた時、何故だか無性に笑いたくなった。
そして次には様々な感情が押し寄せてきて……。
結局、自分は最後に父親を信じた。
けれど、その選択は間違いではなかった。
そう、あの時の事を思い返していたカークだったが、ユリゲル侯爵が声を掛けてきたので、意識が戻された。
「お前の勘違いだ。私はそういうつもりであの言葉を言った訳ではない。」
それはいつもの様に冷淡な声だった。
けれど、カークは笑顔を浮かべたまま言った。
「では、なぜ審議の場で否定されなかったのですか?オルグの本だと肯定されなければ、現在の様な結果にはならなかったかもしれません。」
その問いにユリゲル侯爵は無表情で答えた。
「内密に審議が開かれると聞いた時点で、既に神皇聖下の御心は決まったのだと判断したからだ。神皇聖下がお認めになられるのに、私が否定すれば話が混乱する。ユリゲル家がオルグの末裔だと過去を調べれば簡単に分かる事だからな。」
そうして真っ直ぐにカークを見詰めて、更に言った。
「……それに、この本に書かれている内容と聖女様の手記の内容は符合していた。内容が真実であるなら、国王陛下に報告するべきだと判断するのは当たり前だ。」
それを聞き、カークは探る様に父親を見詰めた。
「それが……たとえユリゲル家を潰す事となってでもですか?」
その問いに、父親はしばらく黙ってカークを見詰めていたが、やがて言った。
「当然だ。我がユリゲル家は国王陛下に忠誠を誓っている。その誓いを違えてまで存続させるほどの価値など、ユリゲル家にはない。」
その言葉を聞き、カークは嬉しそうに微笑んだ。
「それを聞き、安心しました。ユリゲル家を優先させる様な当主だったとしたら、こちらから見限っているところでした。」
そう晴れやかな声で言われ、父親は初めて虚を突かれた様な顔をした。
だが、次には父親がフッと微かに笑みを漏らした。
「……言う様になったな。」
カークも満面の笑みで答える。
「ええ。父上の子ですから。」
そう言ったカークの胸に、今まで感じた事のない感情が、新たに生まれた様な気がした。
その感情は、くすぐったい様な……歯痒い様な、とても居心地が悪い感覚。
けれど……嫌じゃない。
カークはその感情を抱き締める様に、そっと手で胸を覆った。
そしてカークは思い出した。
聖女に関する規約に『聖女の意見をなるべく尊重する事』というのが存在する。
この規約を制定したのは、他ならぬユリゲル家初代当主だ。
彼は必死で彼女を守ろうとしていた。
父親もそれに気が付いているはずだ。
初代当主の意志を父親は守ろうと思ったのではないか。
それを守るという事は、すなわち私とメルファの結婚を認めるという事。
なのに素直に結婚を認めると言わない父親が、何故だか少し可愛いと思ってしまった。
カークが思わず顔を綻ばせると、眉根を寄せて父親が言った。
「さっきから何だ。その顔は。いつも言っているだろう。感情を見せるなと。」
いつもの冷たい声で言い放つ。
だがカークは、もうその言葉を悲しいとは思わなかった。
カークは感情を見せるなと言われたにも関わらず、満面の笑みを浮かべて言った。
「ええ。肝に銘じます。」
その表情を見て、父親は深い溜め息を漏らした。
「舐められたものだ。今頃、反抗期か……」
カークはそれに負けじと言い返した。
「そうです。覚悟していてください。今まで無かった分、大変でしょうね。」
まるで他人事の様に言うカークの表情を見た父親は、再び深い深い溜め息を漏らすのだった。
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
メルファはバラが咲き乱れる庭園を散策していた。
この庭園は学園にあった庭園によく似ている。
そう……カークに出会ったあの庭園に。
しばらく歩いていくと、東屋が現れた。
そこには誰かが立っている。
いや、誰なのかは分かっていた。
メルファは少し大人びた穏やかな微笑みを浮かべて、その人物を見詰めた。
その人物もメルファを見つけると、嬉しそうに微笑み返す。
その時、2人の間に穏やかな風が通り抜けた。
メルファは踊る様に揺れる柔らかな髪を抑え込む。
それでも視線は逸らす事なく、美しい宝石の様な紫の瞳を見詰め続けた。
ああ、私の愛しい人。
その姿を眺められる自分は、なんて幸せ者なんだろうと思った。
何故だか急に泣きたい衝動に駆られた。
けれど、涙で愛しい人が見えなくなってしまうのは勿体ない。
メルファはその涙を何とか押し留め、変わりに弾けんばかりの笑顔を浮かべた。
そして、メルファが東屋へ足を踏み入れると、愛しい人は手を差し出した。
それから、そっと囁く様に名前を呼ばれた。
「メルファ。」
その声で胸がいっぱいになる。
嬉しい……。
メルファは差し出された手に自分の手を重ねると、愛しい人の名前を呼んだ。
「カーク。」
そう呼ばれた彼は、慈しむ様な温かい眼差しをメルファに返した。
手を引かれ、メルファとカークの距離が0になった。
2人は互いの温もりと香りに包まれていた。
その幸せを噛みしめる様に、カークは抱き締めている手に力を込める。
「メルファ、愛しています。」
その言葉に応える様に、メルファの手にも力が込められた。
「私も……カークを愛しています。」
今、自分の顔は真っ赤に違いない。
けれど構わなかった。
自分の気持ちを好きな人に伝えられる。
それが、どれほど嬉しい事か。
メルファは今ある幸せを噛みしめていた。
やがて、カークが手を緩めると、メルファの顔を覗き込んだ。
美しいアメジストの様な瞳にメルファが映し出された。
カークが愛しい人を見詰めながら言った。
「私と結婚してください。」
メルファは驚いて瞳を大きく見開かせた。
だが、カークは更に続けて言った。
「すぐに結婚は出来ないかもしれません。それでも、私は絶対に諦めない。……あなただけを生涯愛すると誓います。」
その真っ直ぐ吸い込まれそうな瞳に、メルファは絡め取られた様に目が離せなかった。
「どうか、私と共に生きて下さい。私はあなたと温かな家庭を築きたい。」
そして急に穏やかな瞳になると、宝物の様にそっと優しくメルファの頬に触れた。
「メルファ……私の愛しい人。」
メルファは嬉しくて、胸が苦しくなった。
そんな瞳で自分を見詰めてくれているのがあまりに嬉しくて、言葉に詰まる。
けれど……。
これだけは伝えたい……あなたに。
「はい。私もあなたを生涯愛すると……誓います。」
「メルファ。」
そうして、2人はゆっくりと近づいていき、唇を重ねた。
2人の間に穏やかな風が通り抜けていく。
美しい花々が、2人を祝福しているかの様に揺れていた。
温かい日差しが降り注ぎ、辺りを優しく包み込む。
それはまるで神が2人を祝福している様だった。
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