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第19話 ユリゲル家の真実
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ユリゲル侯爵は立ち上がるとカークの元へと歩いていった。
そしてカークを一瞥してから、全員を見渡した。
カークは父親と一瞬目が合った時に表情から何か読み取ろうとしたが、いつもの様に感情のない顔で何も分からなかった。
この本はユリゲル家の当主しかしらない隠し部屋に保管されていた本だった。
それを許可もなくカークは持ち出したのだ。
咎められるか、否定されるかと思っていた。
否定された時の対処まで考えていたのに。
予想に反して、父親が真実をあっさり肯定した事にカークは戸惑っていた。
これから父親が何を話すのか、カークは不安を覚えながらも黙って父親を見詰め、次の言葉を待った。
まず、ユリゲル侯爵が口にしたのは謝罪だった。
「まずは此度の騒動、誠に申し訳ございません。ユリゲル家を代表して深くお詫び申し上げます。」
そう言い、国王や神皇に対してサンザード国の儀礼に倣った謝罪を行った。
そして姿勢を正すと、ユリゲル侯爵が言った。
「では、500年前のオルグの日記がユリゲル家に代々受け継がれてきた理由を説明させていただきます。」
ユリゲル侯爵がそこで一度口を閉ざすと、再び全員を見渡した。
そして皆を見据えると、辺りに響き渡るハッキリとした声で言った。
「実はオルグこそ、我がユリゲル一族の家名を授与された初代当主なのです。」
その言葉に一同が目を見開き絶句した。
あまりに衝撃的過ぎて、誰も声を発する者はいなかった。
その言葉が事実なら、ユリゲル家は聖女の子孫という事になる。
もちろん、ユリゲル家当主が言っているので疑う者は誰一人としていない。
国王は恐らく予想していたのだろう、その言葉を聞いても眉一つ動かす事はなかった。
ルクレツィアはカークから資料を発見した時に聞いていたので、その場で動揺する事はなかったが、その事を初めて聞かされた時は公爵令嬢だという事も忘れて絶叫してしまった。
ユリゲル侯爵は、その周囲の反応を気にする事なく話を続けた。
「我が初代当主の名はオルシード・ユリゲル。新しい家名を授与される前に、初代当主は名を改めており、我が家系図にはオルグという名は記録として残されていません。改名前の名はオルグ・ヴァンロード。彼はヴァンロード伯爵の嫡男であり、聖騎士として聖女様の護衛を担当していました。ですが、聖女と駆け落ちして連れ戻された後に、彼はヴァンロード家から追放されてしまったのです。そしてオルグは平民として生きる為に名を改め、オルシードと名乗り政務官になる為の王科試験を受け、サンザード国の政務官としての役職に就きました。」
そこでユリゲル侯爵は一旦言葉を切り、一息吐くと周囲を見渡した。
そして再び話を続けた。
「オルシードは政務官として頭角を現し、様々な功績を残していったのです。そしてその多大なる功績が認められ、子爵の爵位を授与された時にユリゲルという家名を当時の国王陛下から賜りました。そして後にヴァンロード伯爵家が取り潰しになる所を、オルシードが助け、領土を譲り受けました。その際にヴァンロード領の名を改めユリゲル領へと変更し、ユリゲル子爵から伯爵へと陞爵しました。」
「確かに、それは聞いた事がある……」
国王が口を開いて同意した。
ユリゲル侯爵は静かに頷いた。
「そして、500年前の聖女が出産した御子は、神殿よりオルグに託されました。オルグはその子を血の繋がりのない養子として育てたそうです。オルグはその後、誰とも結婚していません。その子供はやがて大人になり、ユリゲル家の後を継ぎ次代当主となりました。きっとこの日記を受け継いでいるという事は、次代当主は自分が聖女様とオルグの子だと知っていたのでしょう。」
その言葉に国王の顔に陰りが差した。
「そうか……、そなたの一族は500年前の聖女の末裔だったのか。まったく……何という事だ。」
国王の声がくぐもり、思わず額に手を掛けた。
だが直ぐに顔を上げると、神皇へと視線を向けた。
「神殿の長でもある神皇は、この内容を全く知らなかったというのか?」
怒りを滲ませた責める様な口調で問いただす。
その視線を静かに見詰めていたが、やがて神皇が口を開いた。
「……承知していました。」
「聖下っ!今、なんとっ!?」
神殿側の人々が驚きの声を漏らした。
すると神皇は立ち上がり、ここにいる全ての人々を見渡した。
そして、部屋に響き渡る様な重圧感のある声で言った。
「この話は真である。500年前の聖女に何が起きたのかは、神皇にのみ代々語り継がれてきていたのだ。」
「そんなっ!」
「まさかっ!」
口々に人々が声を上げた。
射貫く様な鋭い瞳でその人々を睨み見た。
「この様な嘘を申しても致し方あるまい。」
その瞳に人々は慌てて口を閉ざす。
国王がその言葉に返事を返した。
「やはりそうか……。この様な重大な事を神殿が完全に抹消していたとしたら、神殿の在り方を国としても考えなければならなかっただろう。」
言葉の最後の方は、聞く者が恐れるほどの怒りを感じられた。
神皇は国王の元へと歩み寄ると、跪いて謝罪の言葉を述べた。
「サンザード国王。ここに神殿を代表し、重大かつ重要事項をお知らせしなかった事、深くお詫び申し上げます。神殿が犯した罪、如何様にも処罰を受ける所存にございます。」
国王は眉を顰めて立ち上がると、神皇に対し目を細めて見下ろした。
「駆け落ちの件は、私も知っていた。その間の捜索はサンザード国が総力を上げて行っていたのだからな。だが、聖女に御子が宿っていたなど……」
そこで口を切ると、国王は鋭い声で問いただした。
「何故その時に知らせなかったのだ!」
高い天井に声が反響しながら響き渡った。
神皇は頭を垂れたまま、口を開いた。
「返す言葉もございません。神殿はあの時に起きた事を、包み隠さず国王に知らせるべきでした。当時の神殿の考えとしては、聖女の穢れを周囲に知られる訳にはいかなかったのです。」
「なんと愚かな……」
国王が苦痛の表情を浮かべると、怒りを吐き出す様に鋭い声で言った。
「聖女の穢れなどと……ふざけた事を。神殿の言う穢れとは何だ?現に500年前の聖女は死ぬまで聖なる力を失っていなかったではないか。お前達のいう意味のない穢れのせいで、聖女がどれだけ苦しんだ事か。聖女を不幸にして得た平和など、我が国の民が喜ぶはずもない。」
神皇はその怒りを微動だにせず受け止め、頭を垂れたまま言った。
「本当に、500年前の聖女には何とお詫びすればいいのか……。神殿が愚かだったと言う他ございません。」
その言葉を聞き、国王が厳しい口調で問いただした。
「なぜ今、私に話した。」
その問いに神皇が答えた。
「……同じ過ちを繰り返さないためです。」
その言葉に国王はしばし黙って思案していたが、やがて口を開いた。
「聖女の最後の願いを神殿は知っていたか?」
「……いいえ。」
神皇が静かに答えた。
すると国王が顔を上げてルクレツィアを振り返った。
ルクレツィアは国王の視線の意図に気が付いて頷き返すと、持っていた資料を手にして言った。
「国王陛下の資料にだけ、実は聖書の最後のページを載せておりました。その内容とは500年前の聖女の願いが書かれています。その聖女の願いとは……」
そこで一旦、口を閉ざした。
涙が出そうになったからだ。
彼女の願い。
……ちゃんと伝えなければ。
ルクレツィアは意を決すると、真っ直ぐに神皇を見詰めた。
「最後のページには……『鳥になりたい』そう書かれていました。」
その言葉に神皇が目を見張って顔を上げると、ルクレツィアを見詰めた。
ルクレツィアは真っ直ぐな瞳を神皇へ向けた。
「……自由になりたいでもありません。オルグと共に生きたいでもありません。子供に会いたいでもありません。……何故だか分かりますか?」
そこで口を止めると、神皇の感情を探る様に見詰めた。
ルクレツィアは返事を待つ事なく、再び口を開いた。
「彼女の手記には聖女としての責務を放棄したいとは一文も書かれていません。それほどこの国の為に尽くしたいと考えていたのでしょう。もしかしたら、子供の為にも聖女としての役目を果たそうと思っていたのかもしれません。その事実から、この『鳥になりたい』という言葉は、聖女の責務から逃げ出したいという意味ではないと私は考えます。」
そこでルクレツィアは顔に悲痛な色を滲ませた。
「……彼女の手記の最後の方は子供を気遣う言葉ばかりでした。彼女は子供の成長を陰ながら、少しだけでもいいから見たいと、そう何度も書かれていました。会いたいでもなく、話したいでもなく、ただ見たいと……。恐らく会いたいと思う事は、贅沢な願いだと思っていたのでしょう。」
そう言った後、ルクレツィアの瞳から一雫の涙がこぼれ落ちていった。
「だから彼女は鳥になって、陰ながらオルグと子供が過ごしている様子を見たかったのだと思います。」
そこでルクレツィアの声が詰まった。
感情が高ぶって、喉を上手く動かせない。
けれど、……ちゃんと伝えなければいけない。
ルクレツィアはそう思い、何とか声を絞り出した。
「ただ……それだけの願いだった。」
ルクレツィアの瞳は強い光を宿したまま、溢れる涙を止める事ができなかった。
「たったそれだけの願いさえ、彼女は……叶える事ができなかった……」
そしてルクレツィアは、怒りを込めた鋭い瞳で神皇を見詰めた。
「彼女は人として、母親として当たり前の事さえ、願う事を許されなかったっ……」
悔しい感情が溢れて、声が詰まりそうになるのを何とか堪える。
ルクレツィアは声を奮い立たせ、叫ぶ様に言った。
「その辛さがあなたに分かりますかっ!こんな……こんな不幸を、二度と起こしてはならないっ」
ルクレツィアは自分の手を、力いっぱい強く握り締めた。
「シアグレイス神皇聖下が関係ないなんて言わせないっ。あなたはこの事実を知りながら、ずっと今まで黙っていたのだから!今回の事がなくても国王に真実を告げましたか?今回の事がなければ永遠に口を閉ざしていたのではありませんかっ?今だってそうですっ。メルファが誰を想っているのかも、本当は知っているんでしょう!」
ルクレツィアは無礼な態度にも構わず、堰を切った様に溢れ出す感情を抑える事なく神皇にぶつけた。
「あなた方はまた、500年前の聖女と同じ不幸を生むつもりだったのですか!」
その声は天井高く、大きく、辺りに響き渡った。
そしてカークを一瞥してから、全員を見渡した。
カークは父親と一瞬目が合った時に表情から何か読み取ろうとしたが、いつもの様に感情のない顔で何も分からなかった。
この本はユリゲル家の当主しかしらない隠し部屋に保管されていた本だった。
それを許可もなくカークは持ち出したのだ。
咎められるか、否定されるかと思っていた。
否定された時の対処まで考えていたのに。
予想に反して、父親が真実をあっさり肯定した事にカークは戸惑っていた。
これから父親が何を話すのか、カークは不安を覚えながらも黙って父親を見詰め、次の言葉を待った。
まず、ユリゲル侯爵が口にしたのは謝罪だった。
「まずは此度の騒動、誠に申し訳ございません。ユリゲル家を代表して深くお詫び申し上げます。」
そう言い、国王や神皇に対してサンザード国の儀礼に倣った謝罪を行った。
そして姿勢を正すと、ユリゲル侯爵が言った。
「では、500年前のオルグの日記がユリゲル家に代々受け継がれてきた理由を説明させていただきます。」
ユリゲル侯爵がそこで一度口を閉ざすと、再び全員を見渡した。
そして皆を見据えると、辺りに響き渡るハッキリとした声で言った。
「実はオルグこそ、我がユリゲル一族の家名を授与された初代当主なのです。」
その言葉に一同が目を見開き絶句した。
あまりに衝撃的過ぎて、誰も声を発する者はいなかった。
その言葉が事実なら、ユリゲル家は聖女の子孫という事になる。
もちろん、ユリゲル家当主が言っているので疑う者は誰一人としていない。
国王は恐らく予想していたのだろう、その言葉を聞いても眉一つ動かす事はなかった。
ルクレツィアはカークから資料を発見した時に聞いていたので、その場で動揺する事はなかったが、その事を初めて聞かされた時は公爵令嬢だという事も忘れて絶叫してしまった。
ユリゲル侯爵は、その周囲の反応を気にする事なく話を続けた。
「我が初代当主の名はオルシード・ユリゲル。新しい家名を授与される前に、初代当主は名を改めており、我が家系図にはオルグという名は記録として残されていません。改名前の名はオルグ・ヴァンロード。彼はヴァンロード伯爵の嫡男であり、聖騎士として聖女様の護衛を担当していました。ですが、聖女と駆け落ちして連れ戻された後に、彼はヴァンロード家から追放されてしまったのです。そしてオルグは平民として生きる為に名を改め、オルシードと名乗り政務官になる為の王科試験を受け、サンザード国の政務官としての役職に就きました。」
そこでユリゲル侯爵は一旦言葉を切り、一息吐くと周囲を見渡した。
そして再び話を続けた。
「オルシードは政務官として頭角を現し、様々な功績を残していったのです。そしてその多大なる功績が認められ、子爵の爵位を授与された時にユリゲルという家名を当時の国王陛下から賜りました。そして後にヴァンロード伯爵家が取り潰しになる所を、オルシードが助け、領土を譲り受けました。その際にヴァンロード領の名を改めユリゲル領へと変更し、ユリゲル子爵から伯爵へと陞爵しました。」
「確かに、それは聞いた事がある……」
国王が口を開いて同意した。
ユリゲル侯爵は静かに頷いた。
「そして、500年前の聖女が出産した御子は、神殿よりオルグに託されました。オルグはその子を血の繋がりのない養子として育てたそうです。オルグはその後、誰とも結婚していません。その子供はやがて大人になり、ユリゲル家の後を継ぎ次代当主となりました。きっとこの日記を受け継いでいるという事は、次代当主は自分が聖女様とオルグの子だと知っていたのでしょう。」
その言葉に国王の顔に陰りが差した。
「そうか……、そなたの一族は500年前の聖女の末裔だったのか。まったく……何という事だ。」
国王の声がくぐもり、思わず額に手を掛けた。
だが直ぐに顔を上げると、神皇へと視線を向けた。
「神殿の長でもある神皇は、この内容を全く知らなかったというのか?」
怒りを滲ませた責める様な口調で問いただす。
その視線を静かに見詰めていたが、やがて神皇が口を開いた。
「……承知していました。」
「聖下っ!今、なんとっ!?」
神殿側の人々が驚きの声を漏らした。
すると神皇は立ち上がり、ここにいる全ての人々を見渡した。
そして、部屋に響き渡る様な重圧感のある声で言った。
「この話は真である。500年前の聖女に何が起きたのかは、神皇にのみ代々語り継がれてきていたのだ。」
「そんなっ!」
「まさかっ!」
口々に人々が声を上げた。
射貫く様な鋭い瞳でその人々を睨み見た。
「この様な嘘を申しても致し方あるまい。」
その瞳に人々は慌てて口を閉ざす。
国王がその言葉に返事を返した。
「やはりそうか……。この様な重大な事を神殿が完全に抹消していたとしたら、神殿の在り方を国としても考えなければならなかっただろう。」
言葉の最後の方は、聞く者が恐れるほどの怒りを感じられた。
神皇は国王の元へと歩み寄ると、跪いて謝罪の言葉を述べた。
「サンザード国王。ここに神殿を代表し、重大かつ重要事項をお知らせしなかった事、深くお詫び申し上げます。神殿が犯した罪、如何様にも処罰を受ける所存にございます。」
国王は眉を顰めて立ち上がると、神皇に対し目を細めて見下ろした。
「駆け落ちの件は、私も知っていた。その間の捜索はサンザード国が総力を上げて行っていたのだからな。だが、聖女に御子が宿っていたなど……」
そこで口を切ると、国王は鋭い声で問いただした。
「何故その時に知らせなかったのだ!」
高い天井に声が反響しながら響き渡った。
神皇は頭を垂れたまま、口を開いた。
「返す言葉もございません。神殿はあの時に起きた事を、包み隠さず国王に知らせるべきでした。当時の神殿の考えとしては、聖女の穢れを周囲に知られる訳にはいかなかったのです。」
「なんと愚かな……」
国王が苦痛の表情を浮かべると、怒りを吐き出す様に鋭い声で言った。
「聖女の穢れなどと……ふざけた事を。神殿の言う穢れとは何だ?現に500年前の聖女は死ぬまで聖なる力を失っていなかったではないか。お前達のいう意味のない穢れのせいで、聖女がどれだけ苦しんだ事か。聖女を不幸にして得た平和など、我が国の民が喜ぶはずもない。」
神皇はその怒りを微動だにせず受け止め、頭を垂れたまま言った。
「本当に、500年前の聖女には何とお詫びすればいいのか……。神殿が愚かだったと言う他ございません。」
その言葉を聞き、国王が厳しい口調で問いただした。
「なぜ今、私に話した。」
その問いに神皇が答えた。
「……同じ過ちを繰り返さないためです。」
その言葉に国王はしばし黙って思案していたが、やがて口を開いた。
「聖女の最後の願いを神殿は知っていたか?」
「……いいえ。」
神皇が静かに答えた。
すると国王が顔を上げてルクレツィアを振り返った。
ルクレツィアは国王の視線の意図に気が付いて頷き返すと、持っていた資料を手にして言った。
「国王陛下の資料にだけ、実は聖書の最後のページを載せておりました。その内容とは500年前の聖女の願いが書かれています。その聖女の願いとは……」
そこで一旦、口を閉ざした。
涙が出そうになったからだ。
彼女の願い。
……ちゃんと伝えなければ。
ルクレツィアは意を決すると、真っ直ぐに神皇を見詰めた。
「最後のページには……『鳥になりたい』そう書かれていました。」
その言葉に神皇が目を見張って顔を上げると、ルクレツィアを見詰めた。
ルクレツィアは真っ直ぐな瞳を神皇へ向けた。
「……自由になりたいでもありません。オルグと共に生きたいでもありません。子供に会いたいでもありません。……何故だか分かりますか?」
そこで口を止めると、神皇の感情を探る様に見詰めた。
ルクレツィアは返事を待つ事なく、再び口を開いた。
「彼女の手記には聖女としての責務を放棄したいとは一文も書かれていません。それほどこの国の為に尽くしたいと考えていたのでしょう。もしかしたら、子供の為にも聖女としての役目を果たそうと思っていたのかもしれません。その事実から、この『鳥になりたい』という言葉は、聖女の責務から逃げ出したいという意味ではないと私は考えます。」
そこでルクレツィアは顔に悲痛な色を滲ませた。
「……彼女の手記の最後の方は子供を気遣う言葉ばかりでした。彼女は子供の成長を陰ながら、少しだけでもいいから見たいと、そう何度も書かれていました。会いたいでもなく、話したいでもなく、ただ見たいと……。恐らく会いたいと思う事は、贅沢な願いだと思っていたのでしょう。」
そう言った後、ルクレツィアの瞳から一雫の涙がこぼれ落ちていった。
「だから彼女は鳥になって、陰ながらオルグと子供が過ごしている様子を見たかったのだと思います。」
そこでルクレツィアの声が詰まった。
感情が高ぶって、喉を上手く動かせない。
けれど、……ちゃんと伝えなければいけない。
ルクレツィアはそう思い、何とか声を絞り出した。
「ただ……それだけの願いだった。」
ルクレツィアの瞳は強い光を宿したまま、溢れる涙を止める事ができなかった。
「たったそれだけの願いさえ、彼女は……叶える事ができなかった……」
そしてルクレツィアは、怒りを込めた鋭い瞳で神皇を見詰めた。
「彼女は人として、母親として当たり前の事さえ、願う事を許されなかったっ……」
悔しい感情が溢れて、声が詰まりそうになるのを何とか堪える。
ルクレツィアは声を奮い立たせ、叫ぶ様に言った。
「その辛さがあなたに分かりますかっ!こんな……こんな不幸を、二度と起こしてはならないっ」
ルクレツィアは自分の手を、力いっぱい強く握り締めた。
「シアグレイス神皇聖下が関係ないなんて言わせないっ。あなたはこの事実を知りながら、ずっと今まで黙っていたのだから!今回の事がなくても国王に真実を告げましたか?今回の事がなければ永遠に口を閉ざしていたのではありませんかっ?今だってそうですっ。メルファが誰を想っているのかも、本当は知っているんでしょう!」
ルクレツィアは無礼な態度にも構わず、堰を切った様に溢れ出す感情を抑える事なく神皇にぶつけた。
「あなた方はまた、500年前の聖女と同じ不幸を生むつもりだったのですか!」
その声は天井高く、大きく、辺りに響き渡った。
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