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第9話 聖女の書き記したもの

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カークとメルファが想いを確かめ合ったあの時から、時がそれほど経ていない頃の事だ。
突然、ルクレツィアが事故にあったという一報が転がり込んできた。
それからずっと彼女は意識不明の重体のままだ。
メルファは彼女を救うため、聖女の制約など一切無視して治療を行っていた。
そんなメルファを見るのは痛々しいほどの献身ぶりだった。

当然の事、聖女の書物については何も進んでいない。
きっと彼女の中に迷いが生じているのは間違いなかった。
だって自分のせいでルクレツィアが死ぬかもしれないのだから……。
カークもルクレツィアがこの様な状態になった事に、少なからず背徳感があった。
何故なら私達が結ばれた為に起きた事故なのだから、そう思うのは当然だった。
なのでメルファとはしばらく手紙もやり取りしていなかった。
メルファの負担になると考えたからだ。

だがある時、思わぬ人物から手紙を受け取った。
メルファの側にいる神官のテトだ。
カークは直ぐに手紙を開くと内容を確認した。
そこにはメルファの体を気遣っている内容が綴られていた。
いつか彼女が倒れてしまうのではないかと。
彼女に会いに来て欲しいという言葉が書かれていた。

前から気付いてはいたが、この手紙で神官のテトは私達を認めてくれているのがハッキリした。
しかも手紙によると、ラウナス大神官様が容認してくれている様子だ。
だから今までも手紙のやり取りが可能だったのだと、カークは心から感謝した。
そしてそこにはメルファと会える日時が指定されていた。
どうやら指定されている場所は、神殿の中にあるラウナス大神官様の部屋だ。
カークは急いで了承の返事を返した。






 ◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈





カークはメルファと会うために神殿に来ていた。
表向きはラウナス大神官との会談のための訪問となっていた。
ラウナス大神官の部屋へと案内されたカークは、案内した神官とは部屋の入口で別れて指示された奥の間へ進むと、そこには既にメルファがいた。

歩く音が聞こえたのかカークが姿を現すと、メルファは立ち上がっており、こちらの方を向いていた。
やはり佇まいは女神の様に美しく、光り輝いている様に見えた。
彼女のその美しい瞳がカークを映すと、儚げに微笑んだ。
カークは足早に駆け寄ると、メルファの華奢な体を優しく抱き締めた。
今すぐ消えてしまいそうだと不安に思ったからだ。
カークが思っていたよりも、彼女の体調は思わしくない様だった。

メルファもカークの背中に手を回して、それに応えた。
柔らかな温もりがカークの心を満たしてくれた。
そして甘い香りに包まれて、どうしようもない愛しさが溢れ出す。
カークは手に力を込めた。
「もう……会えないかと思いました。」
「私もです……」
そう互いに言葉を交わした後、しばらく無言で体の温もりを感じていた。
「髪……短くされたのですね。」
不意にメルファが呟いた。

カークは最近、髪の毛を短く切った。
何となく、覚悟をする上で禊の様な事をしたかったからかもしれない。
「……変でしょうか?」
カークが不安げに尋ねる。
少し照れた声でメルファが言った。
「とても素敵です。どんなお姿でも……魅了されてしまいます。」

ようやくカークが体を離すとメルファの顔をよく見ようと覗き込む。
カークは空色の澄んだ瞳を見詰めて言った。
「例えあなたが私を諦めても……私はあなたを諦める事はない。」
メルファの瞳が動揺で揺らめいた。
やはり彼女の中に迷いがあるのだと思った。
「ごめんなさい……でも、」
メルファがそう言うと、揺るぎない瞳で真っ直ぐにカークを見詰めた。
「私、思い出したの。ルクレツィアが私達の事を応援してくれていた事を……。だからこのままカークを諦めたら彼女が悲しむに違いないって、それにようやく気付いたんです。」
その言葉を聞いてカークの顔が自然と綻んでいくのを感じた。
「嬉しいです。」
そして再びメルファを抱き締めた。
「カーク、会えて嬉しいです。」
「私もメルファに会えて嬉しい。」
互いに改めて想いを確かめ合うと、カークが言った。
「モンタール嬢の容体は相変わらずですか?」
「はい……。眠ったままです。もう体はどこも悪くないのですが……」
メルファが目を伏せて答えた。
カークもそれを聞き、顔に悲しみの影が落ちる。
「そうですか……」
少し沈黙が落ちたが、直ぐにメルファが顔を上げて力強い声で言った。

「けど、きっとルクレツィアは目を覚まします。私は絶対に諦めません。」

そんなメルファにカークもゆっくりと頷く。
カークは目を細めながら、少し厳しい声で言った。
「なら、メルファは規則正しい生活を送る事が大切です。周囲が心配するほど無茶をしてはいけません。あなたが倒れたら私は……もう、どうすればいいのか……」
カークは切ない表情を浮かべ、メルファの頬にそっと触れた。
その優しい温もりにメルファはハッと息を呑む。
そして申し訳なさそうに答えた。
「はい。すみません……」
「約束して下さい。思い詰めないで、明るい未来を思い描くと。」
「明るい未来……ですか?」
カークの言葉に、メルファが不思議そうに尋ね返した。
「……そうすれば、自然と自分を大切にできるはずですから。」
カークは穏やかな笑みを見せた。
メルファは心に嬉しさが満ちていくのを感じた。
「はい。本当にそうですね。私は最近……暗い未来しか思い描いていなかったかもしれません。」
「まぁ、……かく言う私も常に明るい未来を描けている訳ではないですが。けれど、あなたを諦めないと覚悟を決めたからには、希望を絶対に捨てません。だからメルファもどうか、希望を忘れないで……」
「はい……」
メルファは頬に触れているカークの手を、まるで宝物の様に自分の両手で優しく包み込んだ。


それから2人は気を取り直すと、メルファは聖女の書物について話した。
「実は聖女の書き記した聖書を拝見させていただきました。」
カークはその言葉に驚いて尋ねた。
「そうなんですか。それで?どうでした?」
だがメルファは悲しそうに首を横に振った。
「やはり読めませんでした。」
「そうですか……」
「そしてこれが聖書の冒頭に掛かれていた文字です。手紙を送るべきか迷いましたが、万が一漏れては一大事だと思い、今日直接お渡ししようと思いました。」
メルファがそう言い、折りたたまれた紙を取り出した。
「賢明な判断だと思います。忙しい中、ありがとうございます。」
カークはそのメモを受け取ると、紙を開いて中を見た。
だがそこに綴られている文字は奇妙な形をして、近隣諸国のどの文字にも似ていない。
「やはり、分からないですね。でもこれを手掛かりに解読に挑戦してみます。」
カークはその紙を再び折り畳むと胸の中に仕舞い込んだ。



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