上 下
7 / 21

第7話 聖女への告白

しおりを挟む
誘拐事件後、メルファの様子がおかしい。

……あの時に何かあったのか。
いつの日だったか、生徒会室の格納室でメルファが大粒の涙を流して泣いていた。
カークが聞いても頑なに何も答えない。
その時はただ彼女に寄り添う事しかできなかった。

その後、彼女に話し掛けてもどこか線を引かれていて、間違いなく避けられていた。
メルファも自分と同じ気持ちだと思っていたけれど、過信だったのだろうか。
けれど誘拐事件の後、馬車の中で自分がキスをしようとした時、彼女も応えようとしてくれてたはず……。

あれは……勘違いじゃない。
彼女は雰囲気に流される様な人じゃない。
それに、例えそうだとしても……関係ない。
まずは自分の気持ちをハッキリと彼女に伝えなくては……。

そう決意をすると意識が引き戻され、ここが生徒会室である事を思い出す。
もう既に他の生徒会役員の姿はなく、カークは立ち上がると戸締りを始めた。
帰り支度を始めていた時に扉を叩く音がしたので、カークが返事を返した。
扉を開いて入ってきたのは、メルファだった。
彼女は重苦しい表情を浮かべて、カークを見詰めている。
それを見たカークは何か嫌な予感がした。

そして一つ大きな深呼吸をすると、メルファが悲しい言葉を放った。

「今日はお別れを言いに来ました。」

その言葉にカークは目を見張った。
「お別れ……ですか?」
突然の事でカークの頭が混乱した。
だが、メルファはカークの気持ちを顧みる事なく再び口を開いた。
「はい。私、学園を去る事を決めました。」
カークの目が大きく見開いた。
「だからお別れを言いに来たんです。今まで色々とご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」
メルファがそう言い、頭を下げた。
「なぜです?どうして学園を去るなんて急に……」
カークが動揺しながら尋ねた。
「誘拐事件からずっと考えていた事です。急だと思われるかもしれませんが、私の中ではずっと燻ぶっていました。」
「でも、学園生活が途中で終わってもいいんですか?中途半場なのは嫌いだと思っていましたが……」
「卒業までこだわっていた訳ではないんです。それよりも貴族として自信が持てるかが私にとっては重要でした。そして、それはルクレツィアのお陰で達成されましたので。そして……聖女としての心構えもできました。」
メルファは手に力を込めると、強くしっかりとした声で言った。


「私は、聖女になります。」


その言葉が、カークの心に刃の様に突き刺してくる。
カークはその痛みに顔を歪めた。

「だから、カーク様とはお別れです。それを伝えに来ました。」
「そう……ですか。」
カークはハッキリと示された拒絶に眩暈を覚えた。
「それだけ伝えたかったのです。では、失礼します。」
そう言い立ち去ろうとしたメルファにカークが声を掛ける。
「それで、本当にいいんですか?」
メルファは振り返る事なく言った。
「ええ、後悔は全くありません。」
そう言い残して、メルファは生徒会室から立ち去っていった。
あまりに突然の事で、カークはただ茫然と立ち尽くすしかなかった。






 ◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈






あれからカークは途方に暮れていたが、まだちゃんと自分の気持ちを伝えていない事を思い出す。
そしてメルファに学園を去って欲しくないと伝えなければ……。

カークはメルファをあの東屋がある庭園に呼び出していた。
放課後、カークはその東屋でメルファが訪れるのを待っていた。
胸の鼓動が早鐘を打っている。

彼女は来てくれるだろうか……。

そう不安に思っていると、木の影からメルファが姿を現した。
彼女はカークを見つけるなり、その場に立ち止まった。
そして、庭園に風が吹き抜けていく。
その風がメルファの柔らかな髪を弄ぶ様に揺らした。
メルファは顔に掛かる髪の毛を耳に掛けて、顔を風が吹く方角に向けて髪を整えた。
その伏せられた瞳や横顔がなんて美しいんだろうと、カークは見惚れた。

そしてメルファがカークのいる東屋へと再び歩き始めると声を掛けてきた。
「カーク様。お待たせしてすみません。」
「いいえ。こちらこそお忙しい中来ていただき、ありがとうございます。」
メルファが東屋まで来ると、カークの直ぐ側で立ち止まり口を開いた。
「……恐らくこの庭園に来るのは今日で最後ですから。明後日にはこの学園を去ります。」
その言葉にカークは驚きを隠せなかった。
「そんなに早くですか?」
「ええ。長くいればそれだけ未練が募りますから。」
カークはその言葉に引っ掛かりを覚えた。
「それは……まるで今、未練があるかの様に聞こえます。」
「……気のせいです。」
メルファはそう言い、口を引き結んだ。
そして、しばし2人の間に沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのはカークだった。
「あなたに伝えたい事があります。」
だがメルファが冷たい声で言った。
「私は聞きたくありません。」
拒絶の言葉にカークは一瞬口を噤んだが、意を決すると言った。


「メルファが好きです。」


真剣な瞳でメルファを見詰めた。
メルファはその言葉に目を見開いた。

「あなたが……どうしようもなく好きです。」

カークの告白に、メルファは顔を顰めた。
「私は、聖女です。」
「……そうですね。」
「聖女は結婚できません。」
「分かっています。」
「なら何故ですか?告白なんて……意味がないじゃないですか。」
メルファがつらそうな顔をした。
「あなたと両想いになりたいからです。そして、あなたと結婚する未来を切り開きたい。」
「そんなの……無理です。」
「やってみなければ分かりません。」
カークの迷いがない瞳にメルファは動揺していた。
真っ直ぐに向けられた想いに苦しくなったメルファは、思わず目を伏せた。
そしてしばらく黙っていたが、メルファが重く低い声で言った。
「ごめんなさい……」

カークはその言葉に目を見張った。
「私はカーク様の気持ちに応えられません。ごめんなさい……」
メルファの声が一瞬、震えた様な気がした。
けれど、直ぐに突き放す様な冷たい声で、メルファが言った。
「話はそれだけですか?」

そう言われて、カークは胸に痛みが走った。
初めて見せる冷たい眼差しだった。
何も言えないでいると、メルファが口を開いた。
「それだけでしたら、私はもう行きます。」
そうしてメルファが背を向けてカークから立ち去ろうとした。

なぜ?
こんなにも冷たい態度なんだ?
これで本当に会えなくなってしまうのか。
こんな状態で別れるなんて……嫌だ。

カークは思わず彼女の名を呼んだ。

「メルファ。」

そしてメルファの手を引いて抱き寄せた。
彼女の甘い香りがカークの体を包み込む。
カークはメルファの耳元で言った。

「メルファ、いかないでっ……」

抱き締めていた手に力が籠もる。

「私の側にいてください。」

悲痛な声で彼女に必死で訴える。

「あなたが……好きです。」

そして彼女の髪にそっとキスを落とした。


「……愛しています。」


それから2人の間に優しい風が吹き抜けた。
2人の髪が混ざり合う様に揺れ動く。
だが風が止むと、その髪は交じり合う事なく互いの位置へと元に戻っていく。
メルファはカークの手を振りほどくと顔を上げた。

「ごめんなさい……」

そしてメルファは顔を硬くさせ、意を決した強い瞳をカークに向けた。

「あなたの気持ちに応えられません。」

そう言い、カークの側を離れて歩き出す。

「待ってくださいっ」

カークが慌てて彼女の手を掴んだ。

「それは……私の事は好きではないという事ですか?」

縋る様な気持ちでメルファに問い掛けた。
触れている手から、震えているのが分かる。
それは自分が震えているのか、それとも彼女が震えているのか……よく分からなかった。
だが、やがて彼女の手に力が込められると、カークを振り返った。


「私はカーク様が嫌いです。」


そう言った彼女の瞳から大きな涙が一粒、零れ落ちた。
だがカークの瞳を逸らさず、真っ直ぐに見詰めてきた。
カークは動揺して次の言葉が出てこない。

そしてメルファがカークから手を引くと、冷たい声で言った。

「結婚して幸せになって下さい。……さよなら。」

メルファは背を向けて歩き出す。
カークは、もうそれを引き留める事はできなかった。
鋭い刃物で心臓が抉られる様な痛みを感じた。
カークは思わず、自分の胸に手を当てる。

そうしてメルファは一度も振り返る事なく、この美しい庭園から姿を消していった。
カークはその姿を求める様に、立ち去った後もしばらく彼女の去った方向を、ただ黙って見詰めていた。

そして再び穏やかな風が吹き抜けていき、カークの髪を優しく揺らす。
だが、その髪がこの庭園で再び彼女と交わる事はなかった……。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む

むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」 ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。 「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」 その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。 初めての作品です。 どうぞよろしくお願いします。 本編12話、番外編3話、全15話で完結します。 カクヨムにも投稿しています。

【完結】あなただけが特別ではない

仲村 嘉高
恋愛
お飾りの王妃が自室の窓から飛び降りた。 目覚めたら、死を選んだ原因の王子と初めて会ったお茶会の日だった。 王子との婚約を回避しようと頑張るが、なぜか周りの様子が前回と違い……?

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

悪役令嬢っぽい子に転生しました。潔く死のうとしたらなんかみんな優しくなりました。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したので自殺したら未遂になって、みんながごめんなさいしてきたお話。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 …ハッピーエンド??? 小説家になろう様でも投稿しています。 救われてるのか地獄に突き進んでるのかわからない方向に行くので、読後感は保証できません。

処理中です...