上 下
2 / 21

第2話 惹かれ合う想い

しおりを挟む
あれからカークとよく学園でも目が合うようになった。

自分が意識しているからとかではない。
決してない!
それに今は彼に構ってる暇はないからっ。

メルファはもうすぐ聖夜祭という事もあり、忙しい日々を送っていた。
今はお昼休みで、メルファは生徒会長である王太子殿下から生徒会室の鍵を借りて、やらなければならない事務作業を行っていた。

しばらくして、扉を叩く音が聞こえた。
「はい。どうぞ。」
メルファが応えると、扉が開かれて入って来たのはカークだった。

なぜ!?

メルファが混乱していると、カークが言った。
「殿下から手伝うよう言われましたので。」
「え、だ、大丈夫ですからっ」
メルファが断りの言葉を紡ぐも、カークはそのまま椅子をメルファの席の隣に運ぶと腰を下ろした。
「無理はなさらないでください。私も手伝いたくて来たのです。あなたが忙しいのは皆知っています。私は少しでもあなたの力になりたい。……駄目ですか?」
切ない表情を浮かべて言うので、メルファはこれ以上否定する事ができなくなってしまった。
メルファは頭を下げると言った。
「……ありがとうございます。では、すみませんが資料作成を一緒にお願いします。」
カークはそれを聞くと、穏やかで優しい笑顔を浮かべた。
「あなたの力になれるなら嬉しいです。」
だがその言葉にメルファは顔を赤くすると、苛立ちが込み上げてくるのを止められなかった。
カークを睨む様に見詰めると言った。
「そういう言葉はダメですっ。そういう甘い言葉は意中の人だけに言うべきだと思います。」
突然の言葉にカークが目を見開いた。
驚きを隠せない様で、カークはしばらく呆然とメルファを見詰めていたが、やがて笑みを漏らすと尋ねた。
「何故ですか?」
「だって、女性なら絶対に好意があると勘違いしてしまいますから。」
「という事は、あなたは勘違いしたんですね?」
「え?」
メルファは思わぬ質問に戸惑った。

違う、違う、違う!
何故そうなる?
話の流れがおかしくない?
何でこっちが追い詰められてるの?
そういう事が言いたかったんじゃない!

ん?……なら、私はどういう事を言いたかった?

ダメダメ!今はそんな事考えてる場合じゃない。
と、とにかく早く否定しないとっ。

メルファは心臓がバクバク打ち付けているのを感じながら、焦って答えた。
「い、一般論の話をしているだけです。」
「でもあなたは女性なら絶対に勘違いをすると言いましたよね?」
カークが顔を近付けて更に迫ってくる。
「そ、それは……と、とにかく、私の事はいいんです!」
「よくないです。」
「え?」
その言葉にメルファの瞳が揺れた。
カークは真剣な眼差しになると言った。
「私がこんな事を言うのはあなただけです。」
メルファは目を大きく見開いた。

ど、どういう事?!
それって……まさか……。
いやいや、そんなに私達まだそんなに話した事ないし。
そ、そんな訳ないっ。

メルファが動揺していると、カークが急に真剣な顔を崩して笑みを零した。
その表情を見て、メルファはまたからかわれたんだと悟った。
「ユリゲル様!だから、そういう所ですってばっ」
メルファが顔を真っ赤にさせて怒鳴った。
カークは笑いを堪えながら言った。
「すみません。あなたの動揺した姿が可愛すぎてつい、クックッ……」
また勘違いする様なセリフを吐くカークに、メルファはもう相手にしては駄目だと悟った。
「もう、いいです!早く作業を始めましょうっ」
「そうですね。これだと手伝いに来た意味がありませんから。」
カークもそれに同意して、作業を進め始めた。
だが、ふとメルファを見ると言った。
「でも、これだけは信じてください。」
急にカークの声が低くなったので、メルファが顔を上げて目を向けた。
「私は誓って嘘は言ってません。」
綺麗なアメジスト色の瞳が真剣な色を帯びた。

その瞳を見たメルファは言葉に詰まる。
だが、またからかわれてるのかもしれないと思った。
メルファはその言葉を素直に信じる事ができない。
その真剣な瞳から逃れる様に、目を離すと言った。
「もう騙されませんから。」
そう言った後で、なぜかメルファの胸にチクリと痛みが走った。
その言葉にカークは苦笑いを浮かべた。
「……自業自得ですね。」
そして資料に向き直ると、もう言葉を発する事なく2人は作業を続けた。
その後もなぜかメルファの心は晴れなかった。

この時間が早く終わってしまえばいいと、ただ只管ひたすらに願った。






 ◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈






聖夜祭の日。
メルファは朝早くから目まぐるしく準備に追われていた。
先ずは聖水による体の清めから始まり、聖なる乙女の衣装を身に纏うと、様々な行事が厳かに執り行われていった。


そして現在、次の行事までの僅かな休憩時間の中、メルファは神殿の中にある噴水の前で佇んでいた。
その水面をじっと見詰めているメルファは傍から見れば、女神が舞い降りたかと見紛うほどの美しさに満ち溢れ、見る事さえ憚れる様な神々しい輝きを放っていた。

メルファはその水面に映る自分を見詰めながら、ふと溜め息が零れ落ちた。

自分はなぜ今、ここでこんな格好をしているのか。
2年前まではただの平民で、平民の中でも貧しい暮らしをしていた。
身なりもみすぼらしく、食べる物も十分でなく、体付きも貧相だった。
それが今では女性なら一度は憧れる聖なる乙女としての役目を拝命し、身なりを整えてもらい、一級品に囲まれた世界に住んでいる。

今の状況が信じられない気持ちだった。
まるで夢の中の出来事の様に、どこか現実味を帯びないフワフワとした日々を送っていた。

そんな自分が嫌だった。

自分の意志はどこにも存在しないで、ただ周りが道を作り上げていく。
その作り上げられた道を、ただ歩くだけ。
まるで操り人形だ。
それも不格好極まりない……覚束ない足取りで。
私の意志なんて必要ない。

そんな風に流されているままの自分が嫌で堪らなくなる時がある。


けれど……それは我儘だ。


母さんは今の父上にこの上なく愛されて幸せなのは明らかだった。
父上も私の事を本当の娘の様に愛情を注いでくれているのが分かる。
だから、私はそれに応えたいと思った。


でも、本当は……。


本当は、平民のままでいたかった……。


貴族の礼儀作法や周囲の自分への期待、それらが自由な心をどんどん蝕んでいく。
平民の時の様な自由は、もう私には存在しないんだ……。
そう思うと、胸が強く痛んだ。

けれど……。

親が喜んでくれる姿を見るのが何より嬉しいのも本当だった。
綺麗に着飾った時も、サンザード王国の最高峰である王立サンザード学園に入学できた時も、聖なる乙女に選ばれた時も、何より親が喜んでくれた。
その姿を見るのが一番嬉しい。

だから貴族になった時、私は覚悟を決めた。
立派な淑女になる事を。
そして何より親が結婚して良かったと思ってくれる様に。

なのに……。
今は流されない様に自分の心を保っているのがやっとだった。
しっかり自分を持っていないと、あっという間に心が流されていく様な気がした。
今、自分の環境が嵐の様に吹き荒れていて、自分の大切な部分がどんどん失われていっている様に感じていた。


このままでいいんだろうか……。


メルファはその桃色に染めた艶やかな唇から、また一つ溜め息を零した。

「どうかされましたか?」

不意に背後から声が聞こえてきた。
その声の主が誰なのかメルファはすぐに分かり、驚いて振り返った。
その視線の先には、やはり思った通りカークがいた。

カークは礼服を身に着けていて、いつもよりも更に大人びて見えた。


か、かっこいい……。


メルファの頬が微かに赤く染まった。
すると、カークがこの世のものとは思えないほど美しく魅惑的な笑みを浮かべた。

「まるで……女神かと思いました。」
その言葉を聞いても、メルファは彼の微笑みに魅入っていて返事ができなかった。
カークは返事を待つ事なく、ゆっくりとメルファに歩み寄って来る。
その様子を呆然と見詰めながらメルファは思った。


でも……平民のままなら彼に会う事はなかった。

こんな風に笑顔を向けられる事もなかった。
そしてからかわれる事もなかった……。


メルファは果たしてそれが良い事なのか、悪い事なのか判断できなかった。
カークがメルファのすぐ側まで来ると、再び口を開いた。
「怒らないんですか?」
「え?」
メルファはその言葉の意図を理解できずに尋ね返す。
「いつもなら、からかうなと怒るのに……」
カークは先ほどの美しい笑みとは違って、いたずらな表情を見せた。
その言葉にメルファは我に返ると、顔を真っ赤にして言った。
「まるで、私がいつも怒ってるみたいじゃないですか。」
「私に対しては、いつもそうだと思いますが?」
「そ、それは、あなたがいつも私をからかうからです!」
そう言い、不貞腐れた顔をしてプイッと顔を背けた。
するとカークはフフッと笑みを漏らした。
「せっかくの神々しい衣装が台無しですね。」
その言葉に苛立ちを感じながら、突き放す様に言った。
「それはご期待に添えず、申し訳ありませんでした!」
カークはそれを聞いて笑みを零した。
「フフッ。ようやくあなたらしくなった。」

メルファはカッとなって我慢出来ずに、更に噛み付いた。
「私らしいって何ですか?いつも怒ってるのが私らしいとでも?」
カークは一瞬、虚をつかれた顔をしたが、メルファの泣きそうな顔を見ると真剣な眼差しになった。
そして口を引き結んで少し考えていたが、やがて意を決した様な強い光を瞳に宿すと、労わる様な優しい声でカークが言った。
「私の思うフランツェル嬢は周りの事を常に気遣い、期待に応える為に頑張っていて、努力家で、曲がった事が嫌いで、弱い部分を見せないから思わず守りたくなる人で、そして何より……雨の中、濡れてる者に何も聞かずに傘を差し出す優しい人です。そんなあなたが、私は心配で堪らない……」
そう言った彼の瞳に切ない色が滲んだ。
メルファは大きく目を見開くと、瞳が大きく揺れた。


ああ、彼は私を見てくれていたんだ。
心配してくれていた。
皆に気付かれない様に必死で隠していた心を、彼はちゃんと見つけてくれていたんだ……。


その事が何より嬉しくて、切なくて、彼女の瞳から涙がボロボロと頬を伝って溢れ出す。

カークは思わずメルファに手を伸ばすと、優しく両手で彼女の体を抱み込んだ。
メルファは声を押し殺して涙を流す。
カークはただ黙って、そんな彼女の頭をそっと撫でた。
その大きくて温かい手が、自分の心を蘇らせてくれている様だった。
メルファは彼の温かな胸の中で、縋り付く様に頭を擦り付けた。
その温もりがあまりに優しくて、更に涙が溢れてくる。


どんな自分でもいいよ。


そう言われている気がした……。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

悪役令嬢は天然

西楓
恋愛
死んだと思ったら乙女ゲームの悪役令嬢に転生⁉︎転生したがゲームの存在を知らず天然に振る舞う悪役令嬢に対し、ゲームだと知っているヒロインは…

身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません

おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。 ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。 さらっとハッピーエンド。 ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

醜い私を救ってくれたのはモフモフでした ~聖女の結界が消えたと、婚約破棄した公爵が後悔してももう遅い。私は他国で王子から溺愛されます~

上下左右
恋愛
 聖女クレアは泣きボクロのせいで、婚約者の公爵から醜女扱いされていた。だが彼女には唯一の心の支えがいた。愛犬のハクである。  だがある日、ハクが公爵に殺されてしまう。そんな彼女に追い打ちをかけるように、「醜い貴様との婚約を破棄する」と宣言され、新しい婚約者としてサーシャを紹介される。  サーシャはクレアと同じく異世界からの転生者で、この世界が乙女ゲームだと知っていた。ゲームの知識を利用して、悪役令嬢となるはずだったクレアから聖女の立場を奪いに来たのである。  絶望するクレアだったが、彼女の前にハクの生まれ変わりを名乗る他国の王子が現れる。そこからハクに溺愛される日々を過ごすのだった。  一方、クレアを失った王国は結界の力を失い、魔物の被害にあう。その責任を追求され、公爵はクレアを失ったことを後悔するのだった。  本物語は、不幸な聖女が、前世の知識で逆転劇を果たし、モフモフ王子から溺愛されながらハッピーエンドを迎えるまでの物語である。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...