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12 英二、そして潤   ※ 鬼畜な潤×一博

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 激しい頭痛で目を覚ますと、布団に寝かされ、浴衣もきっちり着せなおされていた。

 英二の、善の権化のような生き方は、オフクロの愛を繋ぎ止めるための芝居だった。
 バカにしていた英二に、ずっとだまされていたことが悔しかった。

 ふらふら立ち上がったオレは、室内にあった物を片っ端から破壊し始めた。
“雨過天晴”と墨書された掛け軸を引き裂いて、違い棚の香炉や置物を壁に叩きつけ、代紋の入った額をひっぺがして廊下に投げ落とした。背伸びして神棚の物もなぎはらった。
「くそ。くそー!」
 床の間に置かれていた、江戸中期の古伊万里の大きな壺――オヤジが珍重していた逸品だけど、オレには何の意味もないがらくただ。両腕で抱え上げて、庭に放り投げた。
 国宝級の壺が砕け散る、カシャーンという小気味良い音に、やっと我に帰った。

 イテテ
 途端に頭痛がひどくなって、オレは畳の上を転げまわった。

 痛みがマシになると、夕べのことを思い出した。

 不快なだけではなかった。
 実の弟との背徳行為。しかも、あらゆる面で優位に立っているオレが、凡庸な弟に犯される。
 屈辱と一緒に、甘美な痺れを感じた。

 そうだ。英二を利用してやろう。
 思いついたオレは、自宅に逃げ帰った英二を屋敷に呼び戻した。
 甘い言葉を添えて。
  
 
 英二はセックスの経験が無く、オレがリードしなければならなかった。
 それでも、実の弟との行為だということがオレを燃えさせた。

 潤を誘うことをピタリと止めた。
 今まで潤から誘ってくることはなかったから、二人の関係に終止符を打つことになった。

 英二との仲を他の者に気取られぬよう細心の注意を払い、潤には露骨に誇示した。

 潤はしばらくのあいだ、そ知らぬふりをしていたが「組長、ほどほどになさらないと、若い衆も気付きます。そうなっては示しが……」と動揺の色を見せるようになった。

 手の内にあった獲物を、逃がしてみれば惜しくなったんだな。
 潤の気を引くことができて、少しばかり、スッキリした。

 幾度か夜を重ねるうちに、英二は態度を変化させていった。
 器の小さい男ほど、一、二度関係を持っただけで自分の所有物のように扱いたくなる。英二はそういう男たちと同類だった。

 英二は、潤に対抗意識むき出しで接するようになり、できるだけ遠ざけようした。
 英二がミスターKの実の息子である以上、潤は服従せざるを得ない。
 潤の瞳の奥に嫉妬の炎が揺れる。
 オレは密かにほくそえんだ。

 いつものように離れ座敷で、朝を迎えた英二は、傍らに横たわるオレを背中から抱きしめてささやいた。

「オレが一博を救ってやるよ」

「え?」
 オレは半身を起こし、英二の顔をまじまじ見つめた。

「オレと一緒にどこかへ行こう、一博。組なんか杜月笙にくれちまえばいい」

 英二の言葉に、オレはあわてて跳ね起きた。

「ミスターKがオレを手放すもんか」
 オレの反論に、英二はゆっくりと身を起こしながら鼻先で笑った。

「あんなオヤジでも身内は大事にするんだ。一緒に逃げたのがオレなら許してくれる。な、一博。一緒に……」
 オレの腕をつかんでグイと引き寄せ、唇を重ねてきた。

 そういう逃げはイヤだった。潤とのことも中途半端なままだ。

 実の弟との『背徳の恋』ごっこに少しばかり酔っていただけで、覚悟を迫られると、急に英二が重荷になり始めた。

 そろそろ終わりだな。
 オレはたちまち弟という玩具を放り出した。

「英二! 寝てやったからって、兄貴を呼び捨てにするな。むかつく。死ねよ」
 口汚く罵詈雑言を浴びせかけた。

「わかった。一博。やっぱりオマエはあの杜月笙がいいんだな。俺と別れて、よりを戻すつもりだろ。よし。アイツをここから追い出してやる。中国マフィァの手先だと皆にバラしてやる」
 英二はオレの両肩をつかんで叫んだ。

 血は争えない。その目はミスターKと同じだった。

 少しでも疑念を持たれるのはまずい。あのミスターKのことだ。あっさり潤を切り捨てるかも知れない。

「バカ。オレがほんとに惚れているのは、オマエのオヤジ、ミスターKなんだ」

「え?」
 とっさについたウソに、英二は凍りついた。

「最初、そんな気はなかった。けど、今じゃ、ミスターKとのセックスが忘れられなくなったんだ」
 オレは目を伏せ、上目遣いに英二を見上げた。

「体が覚えてるってやつかな。だから、あのオヤジに惚れているというより……。自分でもよくわからないし、情けないけど、もう体のほうがオヤジなしじゃ……」
 オレは、目に涙すら浮かべて訴えた。

「まさかそんな……」

 すっかり信じこんだ英二は失意のうちに屋敷を去った。

 英二が居なくなってからも、潤を誘わなかった。
 だが、潤のほうから誘ってくることもない。

 もうこれきりなのか。
 だからってオレからは誘ってやらないからな。
 オレはますます意地になっていった。


 オレは、シノギに積極的に取り組むようになった。
 組とは別に、企業舎弟と呼ばれる会社組織を四社立ち上げ、カタギの皮を被ってのシノギを画策した。

 ヤミ金はもちろん、不法在留外国人の国外送金を担う地下銀行、違法行為も含むインターネット関連ビジネス……。覚せい剤やドラッグ、銃器密売……利益は利益を生んで、釈光寺組はさらに巨大化していった。

 だけど、オレの手段を選ばないドライなやり方は、釈光会を構成する古い親分連中からすると許せないものだった。
 極道社会全体の収入の大幅下落に反して、オレの組だけ異様に収益を上げていることへのやっかみもあり、オレをこのまま、釈光会会長の座に戴くのは問題だとの意見が出始めた。

 七月半ば、釈光寺一博批判の最右翼、関東大洲組中河原組長が何者かに襲われて死亡する事件が発生した。犯人は、五人のアジア系外国人というだけで手がかりはなく、犯人は検挙されぬままに終わった。

 釈光会内部に衝撃が走り、誰もがピタリと批判を口にしなくなった。

 表面上は一件落着である。
 だけど、火種は組の内部にもくすぶっていた。
 組内でも、大本組以来の古参の生え抜きには、従来の極道の道に固執する輩が多い。オレに唯々諾々と従いながらも、不満分子は多かった。

「最近またシマ内で、関西のやつらが目に付きだしましたから、重々お気をつけになってください」
 事務所で書類に目を通していると、書類整理を手伝っていた田丸章次が、護衛の数を増やすよう進言してきた。

 田丸はオレの車の運転手だったが、気配り目配りの良さを買われて、つい最近幹部の一人に抜擢されていた。
 

 その晩、田丸に運転させて、久しぶりにスナック『アケミ』に顔を出した。襲撃事件以来、ご無沙汰だったが、あの一件も心晴れる結末を迎えた今、行ってみようという気になった。
 田丸の勧めで、護衛の車も二台である。

 オレは、見張りを除く全員を店内に呼び、貸し切り状態で朝までバカ騒ぎを繰り広げた。

「組長、野暮用がありますので、顔を貸してやってください」
 明け方近くになって潤がやってきた。
 それは、ミスターKからの呼び出しを意味していた。

 その時点でひどく酔っていオレは、これから催される性の饗宴を思い浮かべ、唇を舌でペロリと湿した。
 足がもつれ、へろへろだったが、潤の手を振り払って、潤の愛車アウディの後部座席に乗り込んだ。


 例のマンションの部屋にミスター・Kはまだ到着していなかった。

「都合で、あと一時間くらいかかるそうですよ。若」

 普段は組長呼びでも、二人きりのときは、いまだに若呼ばわりである。

「え~。マジか。なら飲んで待つとするか。あ。いや、もう飲むのはやめとこう。飲みすぎてセックスできなくちゃヤバイからな」

 酔い覚ましに、潤が用意したミネラルウォーターをペットボトルのままガブ飲みした。

「潤~」
 酔った勢いで潤に抱きつこうとしたが、ミスターKが来りゃ、3Pでやれるんだと、あわてて何も無かったふりをした。

「一博」
 突然呼び捨てにされ、潤に目を向けた。

「あんたは自分の立場をわかっていないんだね」
 潤の声は静かだった。
 けど、その底に凄みがあった。

「なんだ?」
 オレはまだ酔いの醒めない霞のかかった頭で、間の抜けた返事をした。

「香主は来ない。ロシアに大きな取引で行って留守なんだ」

「なんだと。潤。テメ―。どういうことなんだ」
 オレは潤に殴りかかった。

 だけど、酩酊状態のオレの拳は空を切った。
 代わりに潤の蹴りがオレの腹にまともに入る。

 オレは床につんのめり胃の中のものを吐き出した。

「汚いな。一博。香主に内緒でこの部屋を使ってるから、汚されちゃ困るんだよ。ふふっ」
 潤はオレの髪をつかんで引き起こし、抵抗するオレの横っ面を平手で何度も張った。
 口の中が切れ、床に手をついたオレの唇の端から赤い筋が滴る。
 鮮やかな滴が絨毯にぽたぽた落ちてシミを作った。

「ほらほら、一博。言ってるそばからまた汚す」
 余裕の表情で見下ろす潤の瞳は、冷酷な色をたたえていた。

「やられてたまるか」
 オレは即座に立ち上がって反撃を試みた。

 普段なら腕は互角、いや、オレのほうが勝っているはずだったが……。
 何発か食らわせたものの、足元もおぼつかないオレは、何倍もにして返されるはめに陥った。

「一博、今日はゆっくりとお仕置きをしてあげるよ。今までなめた真似をしてくれた御礼をたっぷりとね。ふふ」
 潤は、床にはいつくばったオレのわきに腰をかがめ、いつもの静かな声でささやいた。

 潤も皆と同じだった。オレはうんざりした。

「憎い。あんたが憎いんだ。この十一年もの間、あんたを痛めつけて、屈服させたいって思っていたんだ」

 好きだからこそ憎しみが深まる。
 深い憎しみはさらに愛になって相手へと還元される。
 相手の全てを肯定する無償の愛と、理由がわからない理不尽な憎しみ。
 それらは裏表――背中合わせで振幅を加速させていく。
 オレはそんな愛に翻弄される運命にあった。
 そのつど抵抗してみせるほかない。

「潤。ぶっ殺してやる!」
 よろけながら立ち上がるオレを、潤はさらに痛めつけた。

 潤は本気だ。
 オレにはもう商品価値がないと思っている。
 オレは身の危険を感じた。

 だが……容赦ない暴力を加えながらも、潤は、顔へのダメージを避けて攻撃していた。
 それはオレを元の場所に戻すという暗黙の確約だった。

 潤は戦闘能力を失って呻くオレに、手錠をかけ、ベッドの柵に固定した。

「放せ! このヤロー」
 動くたびに金属が擦れ合う音が、無音の室内に大きく響く。

「手首が傷つくだけだよ。一博」
 潤は、抵抗を続けるオレの下半身を手早く脱がせた。

 脚を左右に押し開かれ、折り曲げられた。
 一本づつガムテープでしっかりと拘束されて、下半身だけ露出し、脚をМ字に開脚させられた情けない姿にされた。

「くくく。なんともすごい眺めですよね~。く・み・ちょ・う」

「こんなことをしてただで済むと思うなよ」

「ふふ。この格好ですごんでもギャグですよ、若。あ~、これって、ガキの頃、理科の時間にやったカエルの解剖を思い出しますよね~。あはははは」
 潤のあざけりに、オレは屈辱に頬を赤らめ、唇を噛み締めた。

 何度も犯された。
 だけど、オレのほうが、多くの絶頂を迎えた。

 どのくらい時間が経ったのか。オレの意識は切れ切れで混乱していた。

 拘束は解かれていたが、既に腰が抜けた状態である。

 おぼろげな記憶の中で、潤はオレの足をしっかり抱え上げ、激しく腰を打ちつけながら泣いていた。

「会ったときから好きだったんだ。一博」
 それは思いがけない告白だった。

 だが衝撃的ではなく、『やっぱり』という気になった。

 潤にとってミスター・Kの命令は絶対である。
 いつ殺せと指示されるかわからないオレを、本気で愛することはご法度だったに違いない。
 だから好きになるまいと懸命に感情を抑え、オレに感情を読み取られないよう生きてきたのだ。

 英二に飽きたら自分に戻ると期待していたのに、知らん振りしてやったから……。

 バカだな。
 オレは犯されながら、笑い出したくなった。

「一博、オマエはあの『谷汲観音』だ。初めてオマエを見たとき驚いたんだ。おやっさんと一緒に見たときは、人形だからこんなにきれいなんだと思った。けど、現実にオマエは存在した。いやもっと綺麗だ。だから……」
 潤はいつになく饒舌に、感情を込めて語り続けた。

「抱いていいって、香主からお許しが出たときは嬉しくて……。死ぬかと思った。一博、好きだ。なのに、なのに……」

 涙のひとしずくがオレの唇に落ちた。
 オレは舌でなめて苦さを味わった。

 このときオレは『勝った』と思った。
 
 そして……潤に対する興味は急速に萎えていった。

 
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