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11 さらなる深みへと  ※ 潤×一博 ※

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 目隠しされて連れて行かれたのは、マンションの一室だった。

 広い室内に置かれた家具は、西洋アンティックで統一され、中国色はまったく無かった。

 配下の者たちはすぐ退出し、室内は潤とミスターKだけになった。

 オレは勧められるままに酒をあおった。浴びるように。
 神経を麻痺させたかった。

「これから我々は一蓮托生だ。杜月笙、一博を抱いてあげなさい」

 ミスターKが静かに強要した。
 潤の指がピクリと動く。

「こうして一博くんが誘っているじゃないか」

 ミスターKは、酔いが回って、ソファに身を沈めている、オレのだらりと弛緩した足の間に目をやりながら含み笑いした。

 潤は、顔色ひとつ変えず近づいてきて、オレの上着を脱がせ始めた。
 ネクタイがはずされ、シャツのボタンがひとつひとつ、じらすようにゆっくりとはずされていく。

 これってあの夢そっくりだ。
 潤の感情の無い瞳を見ながら思った。

 オレは甘かった。
 潤に惹かれて目が曇っていた。
 いや、違う。ふられたから、意地になっていただけだ。

 それでも、潤がオレの服を脱がせているというだけで、体の中心が反応し始めていた。

 はだけられた黒い絹のシャツの隙間から肌があらわになる。
 潤はオレの左肩を、大切な壊れ物のラッピングをはずすように露出させた。

 うなじに唇を這わせ、肩のラインにそって下降させていく。
 オレはそれだけであごをそらせ、息を上がらせた。
 
 早くもっと触って。
 舐め回して。
 強く! 痛いくらいに。
 心の中で叫ぶ。
 潤の頭を抱きしめ、つやつやした漆黒の髪を指で梳いた。

 夢うつつの中で潤に抱かれた。
 どんな声を出してどんな反応をしたか、まるで記憶がなかった。

 潤と体をつなげたという満足感だけがオレの中に残った。

 強く激しくはあったが、優しかった。
 だけど、かえって、義務で抱いたのではという疑いがわいた。

 途中からは記憶が飛んでしまった。
 潤に愛されたあと、義父に抱かれたのか。
 そんなことは、オレにとってもう霞の彼方の出来事だった。


 一度目の暗殺計画は失敗に終わった。

 武闘派として鳴らした“鬼釈”の実力は、予想以上に健在だった。

 凶暴な連中を選りすぐった中国人強盗団だったが、オヤジに手傷をおわせただけで、殺害に到らなかった。
 死亡した者は放置され、負傷して足手まといとなった者も仲間によって殺害され、彼らは証拠を残さず逃走した。

 釈光寺組側は、警備の舎弟六人全員が惨殺され、典子も犠牲となった。
 釈光寺典子の殺害は予定内だった。

 この報告の電話を聞いたミスター・Kは激怒した。

「仕方ありません。こうなれば……近いうちに私が……」
 潤の言葉にミスター・Kは黙ってうなずいた。
 
 新種のドラッグを使われ、オレはミスターKの人形になった。

 脱法ドラッグ――俗に“デザイナーズドラッグ”、“エクスタシー”と呼ばれる合成麻薬MDMAの一種だったが、一定量で効果が得られ、使用とともに量が増えていくことはないという。
 体を全く蝕まないで、安心して常用できる麻薬だと実証されれば、画期的新製品として爆発的に広まる。
 ミスターKの組織神龍が一手に販売すれば、世界の麻薬地図は塗り替えられることになる。
 新ドラッグの使用は、プレイを盛り上げるためだけでなく、効果を試す意図があった。

「一博、私はついにオマエを手に入れた。これからは私の奴隷になって、私を楽しませ、そして、私のために働いておくれ」
 ミスター・Kは、オレの体をバスローブ一枚の上から撫でまわす。
「房枝は、今まで出会った中で一番いい女だったが、もう若くない。それに、美しさはオマエに遠く及ばない。私は男でも女でも美しいものが好きだ」

 オレは目を閉じ、うっとりしながら身じろぎする。

「 “潤”に抱かれている夢でもみているのか」
 ミスターKはオレの股間に手を差し入れてきた。

「ん、ん」
 オレは反射的に足を大きく開いて受け入れる体勢になる。

「一博、オマエは貪欲だな。もっと欲しいのか?」

 問いかけに、オレはミスターKの首に腕をまわし、愛撫をねだった。



  一週間後、ミスターKに吉報が届いた。
「仕留めました」
 杜月笙からの一報を、オレは、ミスターKの腕の中、夢うつつで聞いていた。


 オレは釈光寺家の屋敷に戻った。
 それは、ドラッグからの一時的な解放も意味した。
 オレの長期不在の理由付けも、オヤジの死後の混乱も、潤が巧に立ち回って、組内は平静さを取り戻した。


 それから二ヵ月後の二〇〇一年三月十六日。
 夢にまでみたはずの、釈光寺組二代目組長の襲名披露が行われた。

「では霊代と二代目は席をお変わりください。席が替われば当代です」
 媒酌人井出平強兵の高らかに響き渡る声で、代目襲名式はクライマックスを迎えた。
 故釈光寺琢己の代理である霊代役の釈光会岸本組組長林敏文と、オレが席を入れ替わる。
 オレの後ろに、巻き上げられていた『書き上げ』がハラリと落ち、『二代目釈光寺一博』と書かれた墨書が現れた。
 咳払いさえはばかられる、粛然としていた雰囲気が一転し、居並ぶ列席者の拍手が場内をゆるがした。

 オレは、この瞬間、釈光寺組組長になり、同時に、傘下の組を束ねる釈光会会長の座におさまった。
 まわりの親分衆も若き会長に期待し、祝福を惜しまなかった。

 待ちに待った門出だったが、オレの心の中は複雑だった。
 会場の末席では、潤が、オレに向かって優しく微笑んでいる。
 オレは、力の無い笑みを返した。


 その後も、オレと潤の距離は縮まらなかった。

 潤は、まるで変わらない。
 二人でいるときも、『オマエはオレのものだ』という態度を見せなかった。
 言葉遣いのバカ丁寧さも崩さない。

 二人の仲を薄々感じている者もいたが、嫁のような潤にオレが抱かれているなんて、想像もしないだろう。

 セックスさえ、事務的にこなしているように感じられる。

 みてろよ、潤。
 オマエのすべてをオレのものにしてやる。
 夢中にさせてやる。
 オレは闘志を燃やし、今までに培った手練手管を試みたが、無駄だった。
 なぜオレの魅力にまいらないんだと、悔しさばかりが募った。

 釈光寺組組長、そして釈光会会長としての仕事にも身が入らず、潤のスケジュール管理の上で踊らされる、文字通り『人形』だった。

 それでも万事順調だった。
 釈光寺組は関東で着々と勢力を拡大していった。
 裏には潤のずば抜けた知略があり、背後に神龍の力があった。

 上がりの一部を、潤が帳簿を改ざんして神龍に流す一方で、神龍を通して供給される武器や覚せい剤によって、組も大いに潤い、両者は、情報を交換しあいながら、多大な利益を貪り、勢力を拡大させていった。

 ミスターKは多忙だったから、呼び出されるのは月に一度ほどである。それは、オレにとって幸いでもあり、待ち遠しくもあった。

 ドラッグの魔力は絶大だった。
 心で拒否していても、体は甘美な日々を記憶している。
 オレは、精神と快楽は別物だと、割り切って楽しむことにしていた。

 それはどうあがけば良いかさえ分からない泥沼だった。


 六月初旬、英二の意識が回復した。

 オレは鼻が高かった。
 自由診療を行っている私立病院に転院させた効果が出た。オレはそう信じて疑わなかった。
「いくら金がかかったっていい。なんでも試してくれ」
 オレは院長の目の前に札束を積み上げた。

 保険でまかなえない高価な未承認の輸入薬から、非科学的な療法まで、ありとあらゆる治療が試みられた。
 それが功を奏したのか、英二は意識を取り戻した。
 脳へのダメージも無かった。

 身動きが取れないなか、オレはなおさら嬉しかった。

 しかしオレは安易に考えていた。

「組長、うちでゆっくり静養していただいたらどうです? 英二さんは肉親であるだけでなく、組長の命の恩人ですから」
 潤の言葉は、そのままミスター・Kの言葉だった。

 超のつく善人がヤクザの屋敷に居候かと不満に思いながら、一つ屋根の下で暮らすことになった。

 できるだけ顔を合わさないようにしたけど、英二は、機会を見つけて親しげに話しかけてきた。

 ある晩、湯上りに浴衣を着て離れで一人くつろいでいた。
 かつてのオヤジのように、この離れ座敷で孤独を楽しむことが習慣になっていた。
 潤と密かに愛し合う場でもあったけど。

 夕暮れになると、涼しい風が吹いてくる。
 縁側に腰をかけて、子供みたいに足をぶらぶらさせながらビールを飲んでいると、こちらに向かってくる人影があった。
「潤?」
 甘い声をあげかけて、歩き方がまったく違うと気付いた。

 潤は猫のように音も無くやってくる。
 身のこなしが豹のようにしなやかで、しかも落ち着きがある。

 大股で歩いて来る人影は、スポーツマンらしいシャキシャキした歩き方だった。

 英二だった。

 オレの脇に腰をおろした英二は、グラスを受け取って、ビールに少し口をつけた後、
「オレ、これからは自分のために生きることにしたんだ」
 明るく笑いながら宣言した。

 奉仕精神の塊のような英二に似合わない言葉に、オレの中の琴線がピクリと震えた。

 だけど変わった様子はなく、無邪気な笑顔で思い出話をぺらぺら話し始めた。

「木田川までウナギ捕りに連れて行ってもらったことあっただろ? オレが溺れそうになって、助けてくれたときの兄ちゃんって、すっごくカッコ良くってさ……」

 英二の記憶の中のオレは美化され、兄らしい兄だった。
 
 だけど、オレの記憶は最初から違っていた。

 英二が勝手について来た。
 ウナギをヤスで突くことに夢中になっていると、英二が深みにはまって溺れ、仕方なく助けに行った。
 慌ててもとの場所に戻ったが、ウナギはもうおらず、『どうしてくれるんだ』と、二、三発くらわして大泣きさせた……はずだった。

 懐かしいどころか、気恥ずかしくなったが、それでも心がホッコリした。

 今夜くらいは、つまらない話に付き合ってやるか。
 
 たわいのない思い出話をするうちに、脇に置かれていた籐籠の大ビン四本はカラになった。

 廊下の隅にある小型冷蔵庫に、ふらふらと向かった。
 しゃがんで缶チューハイを取り出し、適当なつまみはないかごそごそあさっていたときだった。

 背後からハンカチを口に押し当てられた。
 薬品の臭いが鼻をつく。

 しまった。
 英二にこんなことができるなんて……。
 言い寄る勇気もないとたかをくくっていた。

「兄ちゃん、一度だけ。一度だけでいいんだ」
 英二が耳元でささやいた。

「んん」
 へなへなと力が抜けたオレの身体は、英二のたくましい腕の中にすっぽりと収まった。

「兄ちゃん、今までのオレは死んだんだ。好きなように生きてやる」
 英二は、オレの体を軽々と抱き上げた。

「オフクロの期待に応えようと良い子をやってきたけど、もういいんだ」

 オレは薄れてゆく意識のなかで英二の心の叫びを聞いた。

「オレは、立派な奉仕精神を持つおふくろの息子だ。けど……あのオヤジの血も引いてるんだ」

 英二は知っていた。倉前正雄という父の正体を……。

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