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6 屈辱 

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 ある晩、とある私立病院跡地に、黒塗りのベンツ二台と、国産ワゴン車一台で乗り付けたオレは、運転手の赤城浩介にドアを開けさせて悠然と降り立った。
 近頃では、そういう姿がすっかり板についている。

 派手なワインレッドのスタンドカラースーツに、胸の大きく開いた黒い絹のシャツ、磨き上げられた白のエナメルシューズで決めていた。
 髪はというと、ハードムースでしっかりと、オールバックに整えている。
 ナルシスト丸出しで、嫌味だけど、周囲に威圧感を与える意味があった。

 郊外に立つ病院は山の中腹に建てられ、道の先は行き止まりになっていた。

 ここを訪れたのは、シャブの取引のためだった。
 覚せい剤取引を禁じているオヤジの目を盗んでの裏のシノギである。

 馴染みの密売組織のリーダーから紹介されたが、初めての相手なので用心が必要だった。
 度胸のある中堅、若手の組員を八人引き連れている。

「ごくろうはんです」
 二重ドアになった入り口を入ったところで、男が二人待っていた。

 理事長室だった部屋に案内され、男たちが両開きのドアをゆっくりと開いた。

「ゆ、祐樹。どうしてここに!」
 大勢立ち並んだ部屋の中央に、釈光寺祐樹の姿があった。

「一博、紹介するよ。隣に居るのは、関西神姫会系矢波組組長の矢波幸太郎さんだ。名前くらいは知っているだろ? 神姫会でも武闘派で有名なひとだ」

 スキンヘッドの大男矢波が、慇懃無礼な態度で会釈した。

 オレはいつでも戦闘態勢に入れるよう身構えながら叫んだ。
「祐樹。そんなやつとどうしてつるんでいるんだ! オヤジが許さないぞ」

 オヤジという言葉に、祐樹は口の端をゆがめて笑った。

 矢波が薄笑いを浮かべながら口を開いた。
「倉前はん。益田組の一件には度肝をぬかれましたな。うちの内部でも、あんたを的にかけるっちゅう、血気盛んな若いものが多おますさかいな。野々村会長はんも、それを納めるのに、えらい苦労してはりましたわ」
 矢波は関西特有の、人を食ったようなのらりくらりとした口調で続けた。

「わしかてな。野々村のおやっさんの御意向は、無視できまへんよって~。ここは我慢に我慢を重ねてましてん。けど……」
 矢波は祐樹に視線を向けた。

「次期組長の釈光寺祐樹はんから色良い返事をもらえましたさかいな」

 オレは自分の甘さを呪った。
 事態はここまで進展していた。

 裏切りのシナリオはこうだった。
 ――祐樹はオレに対抗して、大学にも進学し、海外に語学留学もした。
 少林寺拳法の稽古も再開して力をつけた。
 だけど、益田組の一件ですっかり溝をあけられてしまった。

 焦る祐樹と典子に、関西勢が密かに接触を図ってきた。

 関西が出した条件は、関西神姫会において実質ナンバー2の地位にある矢波幸太郎と釈光寺祐樹が、対等に兄弟の盃を交わすというものだった。

 祐樹は関西の力を背景にオヤジを説得して関西と手を握る。オヤジがうんと言わないときは、有無を言わさず引退願うという強引な計画だった。
 それにはまずこのオレを葬る必要がある――と。

「祐樹。おまえは関西の傘下に入ってそれで満足なのか?」
 オレは祐樹につかみかかろうとした。
 だが……。
 背後から羽交い絞めにされ、こめかみに銃口を押しつけられた。

「おまえら……」
 組員全員が、祐樹派に寝返っていた。
 運転手として可愛がってきた荒城浩介もだ。

「すみません。若。若にはもうついてゆけねーんです。若みたいに、なにが何でも力でことをかまえるってんじゃ、オレたち下のもんは命がいくつあったって足りませんや」
 言い訳しながらも、せいせいとした顔だ。

「もう関東だ、関西だって時代は終わりじゃねーすか?」
「チャイニーズ・マフィアやそのほか外国人勢力もあなどれない今、旧態然としてちゃ……」

 組員たちは、次々に、言い訳や理屈を口にした。

「オマエら神姫のことがわかっちゃいない! 矢波なんて信用するな!」

 オレはじたばたもがいた。

「ね~、一博。オマエが一番信用されてないんだよ。突然現れて、ちょっと手柄を立てたからってさ~。いい気になり過ぎてんだよ」

 祐樹が、オレの腹に拳を打ち込み、それを合図に制裁が始まった。

「くそっ」

 殴る蹴るの暴力にさらされた。
 腹に蹴りが入って、オレはうめきながら胃液を吐き出す。

 声をこらえ、意地でも悲鳴を上げなかった。

「てこずらせよって。見かけによらず、なんちゅう丈夫なやっちゃ」

 矢波が革靴でオレの横顔をふみつけ、ゴリゴリと床に押し付けた。

「けどこない華奢な男が、あの益田組を壊滅させたやなんて、未だに信じられまへんな。なあ、祐樹はん」

「顔なんかアイドルかホストかって。見ようによっちゃ、女みたいですが、とんだくわせものですよ」

 祐樹に髪をグイとつかまれ、顔を上向かせられた。

「う」
 はずみで口からうめき声が漏れてしまった。

「こいつのこういう声がダイレクトにくるんですよ。もっと鳴かせてみたいって……」
 祐樹は矢波のほうを振り向いた。

 オレは祐樹の顔に唾を吐きかけた。
 口元をひきつらせた祐樹は、オレの髪をつかんだまま頭を床に叩きつけた。

「ぐ」
 脳震盪を起こして意識が遠のく。

「さあ、どう料理しますかね。矢波さん」

 祐樹は明らかに欲情していた。

「そうでんな。簡単にバラして海に捨てるっちゅうのは、つまりまへんな」

「どうです? ボクに面白い案がありますよ」
 祐樹の横顔に浮かんだ悪魔的な笑みをぼやけた視界にとらえながら、オレは意識を手放した。


 まぶしい光に目を覚ますと、そこは手術室だった。

「一博、手術台の寝心地はどう~?」
 祐樹が間延びした口調で声をかけてきた。

 病院の施設は、閉院当時のまま残され、オペ室は、今すぐ手術ができる状態のまま凍りついていた。

 祐樹は、プレートの上に並べられたメスをひとつ手に取って、長い舌でペロリと舐めた。

「だいぶ古びてるな。くく。スパッと切れる刃物なら痛みも少ないけど、これはたまらないだろうな。ふふふ」

 懸命にもがくが、体は手術台にしっかり固定されている。
 拘束用のベルトで縛られた部分がこすれて痛む。

「生体解剖なんて機会はもう二度とないじゃん」

 祐樹は、欲しかったレアなオモチャが手に入ったつもりだ。

「一博、好きだよ。手術台に縛り付けられた姿がサイコーに綺麗だ。ぞくぞくするなんてもんじゃないね~。うふふ」

 楽しそうに、手術台の周りをゆっくりと歩きまわる、無意味な動きが、サイコパスさを感じさせた。

「どうとでもしろよ」
 悪態をつこうとしたが……。

「そうだ。あまりの苦痛にさ~。舌を噛み切られちゃいけないからね~」

 ワゴンの上にあった静脈注射用のゴムで、猿轡をかまされた。

「う。うう」
 オレのくぐもった声がオペ室内に響く。
 間抜けた響きが悔しい。

 祐樹は体を離し、じっくり観賞するようにオレの顔を見詰めた。

「この顔がまた色っぽいじゃん。絵になるよね~」
 いとおしそうにオレの頬を指で突付いた。

「オレさ~。この頬が大好きなんだ~。男のくせに妙にふっくらしたほっぺたでさ。そこに猿轡がキュッと食い込む感じってサイコーにエロいよね~」
 祐樹はゴムをさらにきつく締め上げた。
 猿轡がさらに食い込む。

「一博、オレがオマエのことをどう思っていたか知ってる~? 出会ったときから考えてたんだ~。いつかこんなふうにさあ。愛をこめて殺したいって。ゆっくりゆっくりとさ~。くくく」

「んん。ぐぐぐ」
 オレは懸命にもがく。
 必死に体を浮かせた。

「うふ。ここには色んな器具が残っているからね~。使い方がよくわかんないのもあるし~」

 いつもより間延びした口調が不気味である。

「いろいろ試してみちゃおっかな~。夜は長いしね。ゆっくり楽しみましょう。ね~、矢波さん」

「あ、ああそうでんな」
 突然話をふられた矢波は追従笑いをした。

「じゃあ。まず・・・・・・」
 祐樹は、オレのシャツに手をかけ、左右に力いっぱい引き裂いた。
 凝ったデザインのボタンがはじけ飛んで、タイル貼りの床に乾いた音を立てて転がる。

 祐樹はシャツを左右に押し広げた。
 胸が露出する。
 
「白い。白いね。白いけど白人の白さとは違うんだよね。ほんときれいだ」
 感動の声を上げながら、指の腹でオレの胸を撫でまわしてきた。

 胸を強い力でもまれ、乳輪を指でゆっくりなぞられ、乳首を引っ張られる。

 祐樹は狂ってる。

 いったいどんな殺し方をされるんだ?

 胸を切り開いて心臓を抉り出すとか……それじゃすぐ死んじまうからそれはないな。

 血まみれの臓物が、明るいライトの下にさらけ出される光景を思い浮かべた。

「一博。怖くてたまらないくせに、冷静なふりをしてるんだろ。可愛いね」
 祐樹は優しく微笑んでみせた。

 サドは、獲物が脅える表情を見るのが喜びだ。
 骨のある人間が、こらえられずに見せる脅えは特別美味だろう。

「ね~、最初はどこがいい~? 耳からそぐ? それともまず鼻? それともさ~。可愛いその目をえぐり出す~?」
 祐樹はさらにたたみかけた。

「サドな人間ってさ~。 好きなひとの目をえぐりたくなるっていうけどホントだね」 
 メスで顔の輪郭をなぞられ、生暖かい血が頬を伝った。

「ふふ。やっぱ顔は後にするかな。綺麗なままの一博が苦しむ顔が見たいからさ~。今まで取り澄ましていた無表情なその顔がさ~。恐怖と苦痛に歪むなんてさ~。ゾクゾクするね。最高のショーだよ」
 歌うように言いながら、祐樹はグリーンに染めた髪を指で撫でつけた。

「ふふふ。まあ心配しないで。あとでちゃんと顔もいっぱいいじってあげるからさ~。人形のような顔をめちゃくちゃにしてあげるよ。死ぬ直前にはね~」

 祐樹は、オレの両方の乳首を力いっぱいねじり、引っ張った。

「! !」
 引きちぎられるような痛みに、体が反射的にびくんとはねる。

「なんて可愛い乳首なんだ。今まで散々遊んでるのにさ~。こんなに綺麗な色なままなんて許せないな。くくく。まずこれから削ぎ取ってあげようか~? ね~、一博~」

 祐樹は、息がかかるほど顔を近づけてささやいた。
 派手な造型の顔は、邪な欲望に歪んでいる。

 殺るなら早く殺れと悪態をつきたかったが、くぐもった声ばかりで、祐樹をさらに興奮させる。
 悔しさに涙が出そうだ。

「やっぱさ~。ここも後回しにしよッかな」
 祐樹はまた気が変わったらしい。

 オレの乳首と乳首の間を、メスで浅くなぞって、一本の線を描いた。
 胸の中央にメスを走らせ、首の付け根から、みぞおち、そして腹へとなぞる。

 いつズブリと来るか……。
 メスの動きに合わせて跳ねそうな体をじっとこらえた。

 切り開かれた腹に、ファックされる光景を想像すると、吐き気がこみ上げた。
 痛みには耐えられても、屈辱が許せない。

 祐樹は、オレの肌に刻まれた印をながめ、歌うように独白し始めた。

「ほら~。こんな綺麗な十字架なんて見たことないよ。最高だ~。ふふ。『天にまします我らの父よ。願わくは み名をあがめさせたまえ。み国を来たらせたまえ。み心の天に成る如く地にもなさせたまえ』……おっとあとは忘れちゃったよ~。ふふふ。以下省略、アーメン……ってか? 一博、オレさあ~。これでも洗礼を受けてるんだ。霊名はミッセルってんだよ。笑えるだろ~。このオレがだよ~。うくくく」
 傷を指でつつっとなぞっていく。

「オレってさ~。根っからのサドじゃん。イエスさまが、十字架に掛けられてる姿を見るたびに興奮しちまってさ~。受難の場面なんか、何度聞いても感動ものでさ~。ちっちゃいくせにチンチンをおっ立ててたんだ。うふふ」
 祐樹はオレの胸の十字架にキスをひとつ落とした。

「さてと……」
 カチャリと音を立てて、メスをプレートに置くと、オレのズボンを下着ごと脱がせ始めた。
 足は拘束されているのでずらした状態だった。

「ううう」
 秘所を明るいライトのもとに曝け出され、大勢に見つめられる。
 オレは足を閉じようともがいた。

「ふうん。なかなか立派なんだね」
 祐樹が、オレのものをピンと指ではじいた。

 なぶり殺しにするまえに、悪さをしようってのか?

 最悪の事態が想像された。
 男の最も敏感な部分にどのような『イタズラ』がされるのだろう。
 大切なところが切り取られる強烈な痛みと屈辱はどんなだろう。
 秘所に、とんでもない異物をねじこまれるだろう。

「ふふ。乳首もそうだけど~。大事なところもキレイな色をしてるんだね~。こんなの初めて見たよ」
 祐樹は執拗にオレの局所をもてあそんだ。

 強くつねり、握り、ねじり上げる。
 オレはうめき声を必死にこらえる。
 周りも、今からどんな惨劇が展開されるかと、固唾を呑んで凝視している。

 だが……。

「あ~解剖ごっこはもうやめた。次にいこう」
 祐樹はゲームの終了と、次なるゲームの開始とを宣言した。

「ほうッ」
 誰からともなく、安堵と落胆の入り混じったため息が漏れた。

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