173 / 173
第七章 皇女編
皇女編12話 臨時守護騎士に任命するね♪
しおりを挟むバリーさんとジャクリーンさんの最後を見届けた後、カナタは炎素エンジンになにか仕掛けを始めた。
「………なにしてるの?」
「炎素エンジンをバーストさせる。火葬の代わりにな。ジャクリーンを動かせなかったからヘリに留まっていたけど、ここは沼地にも森にも近すぎてリスクが高い。もう移動すべきだ。」
カナタの台詞は冷たいように感じたけど、よく考えれば当然だ。
いつまでも感傷に囚われず、切り替えて生存する可能性を模索する。
カナタは戦場の掟を分かっていて、ボクは分かってない。甘いのだ、ボクは。
「わかった。サビーナの遺髪を取っておくね。」
「ああ、そうしてくれ。」
工作を終えたカナタは、ヘリの備品の中から使えそうな物を選んでリュックに詰め込み、出発の準備をする。
そしてバリーさんとジャクリーンさんの髪を少し切って小袋に入れた。
「おっと、肝心なモノを忘れるところだった。」
カナタは二人の遺体の首からネックレスのようなモノを外した。
「それはなに?」
カナタはボクにネックレスのようなモノを見せてくれた。
「ジャクリーン・サッカリー。名前だけじゃなく生年月日や血液型も………」
「認識章(ドッグタグ)っていうのさ。兵士は誰でもつけてる。………どこで死ぬか分からないから。」
そうなんだね。ボクはそんな事さえ知らなかった。………ドッグタグ、か。
誰がそんな呼び方を始めたんだろ。戦争の犬だとでも言いたいの?
「お別れは済んだか?」
「うん、サビーナ・ハッキネン……ううん、サビーナ・カロリングをボクは忘れない。誘拐犯だけど、身を挺してボクを助けてくれた女性(ヒト)を。」
「………じゃあ起爆する。あばよ、バリー、ジャクリーン。………地獄で会おうぜ。」
起爆装置を作動させてから、ボク達はヘリから離れた。
しばらくすると炎素エンジンが爆発し、燃えさかるヘリを後にボク達は歩きだした。
………生き残るために。
うっそうとした森の中をボク達は進む。
前を歩いていたカナタが突然立ち止まった。
「なに? ま、また変異生物が出たの?」
「いや、植物さ。あの樹を見てみな。」
ボクはアイカメラの望遠機能を使って、カナタの指さす樹を見てみる。
「特に変わったところはないよ? ツタがたくさん巻き付いてるみたいだけど。」
「見るのは根元だ。雑草が繁茂してて見えずらいけどな。」
根元をよく見てみると、草むらの間に白い棒みたいなモノがいくつか見える。
あれって骨なんじゃ………
「樹の根元に骨が落ちてるみたい。いったいなぜ?」
「食人樹(キラークリーパー)だな、たぶん。」
「食人樹!き、樹が人を食べちゃうの!?」
「食べるワケじゃない。結果としてそうなるってだけさ。あの樹に近づくとだ、ツタが巻き付いてきて、獲物を絞殺する。そして死体が根元で腐り、樹の養分になるって寸法だ。屍肉を漁りにきた捕食獣をまた捕まえて連鎖もさせる。よく出来たシステムだろ?」
「怖い事を楽しそうに解説しないでよ。ボクを怖がらせて楽しいの!」
「女の子を怖がらせて楽しいワケないだろ。よく見ておくんだ。樹の形状、色、ツタの形、特徴の全部をな。食人樹があの一本だけなワケがない。」
そ、そうか。危険を察知するために観察しておけって事なんだ。
カナタは大きな木の枝を一本拾って、食人樹に投げつけた。
カナタが言った通りに、食人樹を覆うツタがすごい速さで木の枝に巻き付き、バキンとへし折ってしまう。
「………動くモノに自動的に巻き付く習性か。攻撃範囲はさほど広くない。近づかなければ問題ないな。」
カナタは冷静だ。ボクは背筋に冷や汗を流してるのに。
一人で森を迷ってた時に、あの食人樹に近づいてたらと思うと震えが止まらない。
「ねえ、カナタはどうしてそんなに落ち着いてるの? 怖くないの?」
「怖いよ。でも怖いからって泣き叫んでなんになる? 戦争で真っ先に死ぬのは死を恐れないヤツ、その次が死の恐怖に飲み込まれるヤツさ。生き残りたければ恐怖を知り、制御しろ、オレがアスラ部隊で最初に教わった事だ。」
すごくもっともな話なんだけど、それを実践出来る人間が何人いるんだろう。
恐怖は制御しようとして制御出来るような感情じゃないよ。現にボクは今も怖くてたまらない。
たぶん……カナタの精神構造は普通じゃない。だからこそ新兵なのに異名兵士に成り得たんだ。
「ボクに出来るかどうかわかんないけど、頑張ってみる。」
「いいお返事です、お姫様。注意して進もう。日が暮れる前に新たな拠点を見つける必要がある。」
ボクは細心の注意を払いながら、カナタの後をついていく。
二時間ほど歩いて、森を抜けたあたりに小高い丘があった。
丘の上の岩場には開けた場所があって、そこから洞窟らしき入り口も見える。
「寝床を発見、だといいな。」
「で、でも変異生物の巣になってたりしないかな?」
「なってるかもな。ソイツを確かめに洞窟探検といきますか。」
「わかった。……ホントはすごく怖いけど。」
「なに、新手のお化け屋敷だと思えばいいさ。」
お化け屋敷では命まで取られないよって抗議したかったけど、笑われそうだからヤメておこう。
洞窟はなんとか二人並んで歩ける広さがあった。
「ひゃん!」
ボクは情けない悲鳴をあげて、カナタにしがみつく。頬になにか冷たいモノがあたった!
「落ち着け、ただの水滴だよ。」
「う、うん。もう大丈夫。」
慌ててボクはカナタから離れる。こんなに男の人と密着したのはクエスターと舞踏会で踊った時ぐらいだ。
顔が火照ってるのがわかるよ。暗闇でよかった。こんな顔を見られたくないもん。
洞窟は一本道でさほど広くなく、すぐに行き止まりに突き当たった。
そこは少し開けた空間になっていて、ボクの執務室ぐらいの大きさがありそうだ。
カナタはライターで松明(トーチ)に火を灯し、這いつくばるように地面を調べている。
「何を調べてるの?」
「動物のフンを調べてる。」
「えっ!じゃあここは変異生物の巣穴なの!」
「だった、みたいだ。完全にフンが乾燥してるから、長い間ここへは戻ってない。お姫様に頼む事じゃないが、散らばってるフンを集めておいてくれ。」
「フンを集めてどうするの?」
「狼煙(のろし)ってのは、昔は狼のフンを燃やしてたんだよ。狼に限らず乾燥した動物のフンは狼煙に使える。弾丸の火薬と調合すればなおいい。」
カナタは結構物知りみたいだ。ボクが今まで学んできた事ってここじゃ全然役に立たない事ばかりだよ。
「それで狼煙って書くんだ。わかった、集めとくね。」
「頼む、この洞窟は枝道のない一本道だ。オレが表にいればなにも入ってこない。」
「カナタは表でなにするの?」
カナタはリュックからスプレーを取り出しながら、
「こいつで洞窟前の地面に大きなマークを書く。捜索のヘリが発見しやすいようにな。」
いろいろ考えてるなぁ。本当に頼りになる。うん、臨時でボクの守護騎士に任命してあげるね!
ボクがフンを集め終わった頃、カナタが洞窟に戻ってきた。
「ご苦労様。姫君にフン集めなんかさせた事がバレたら、オレはギロチンにかけられちまうな。」
カナタが冗談めかしてそんな事を言うから、ボクもなにか冗談を言おうとした時に………キュウゥゥってお腹が鳴っちゃった。
は、恥ずかしいよぉ!薄暗い洞窟の中でボクはかがみ込んだ。
「なにも恥ずかしい事じゃない。王様だろうと平民だろうと、腹は減るさ。外で食事にしよう。」
カナタに手を引かれて洞窟の外に出る。日差しが眩しい、太陽はもうずいぶん高いところにあった。
「バスケットにサンドイッチでもあればピクニックと言えなくもないんだがな。」
そう言いながらカナタはボクにチョコレートとクッキーを渡してくれる。
「カナタは食べないの?」
「オレはこれでいい。」
そう言ってカナタは手のひらでペットボトルをクルクルと回す。
「ダメだよ、水だけなんて!チョコレートとクッキーを半分コにしよう。」
「これは水じゃない。ガムシロップさ。」
ガムシロップ!?
「ガムシロップをそのまま飲むの!」
「ぶっちゃけバイオメタルは、カロリーを摂取できれば何でもいいからな。姫君にガムシロップを直接飲むのは無理だろ?」
う、うん。たぶん……無理。おえってなっちゃいそう。
カナタは笑いながら、ボクの肩をポンポンと叩いて、
「だから気にするな。オレが出来るコトだからオレがやるだけさ。ローゼはローゼに出来るコトをやってくれればいい。」
この森で生き残る為にボクが出来る事なんてなにもないよ。
カナタに守ってもらうだけの無力な存在でしかない。
「ボクに出来る事なんかなんにも………」
「出来ないと思っていたら出来るコトさえ出来なくなる。欠点しかない人間なんていないだろ? つまりなんの取り柄のない人間もいないんだ。だからローゼにはローゼにしか出来ないコトがあるはずさ。それはたぶんとびきり凄いコトだぜ?」
ボクの臨時守護騎士は優しかった。………ねえ、カナタはどうして同盟軍の兵士なの?
機構軍にいてくれたら、本当にボクの騎士に………
ペットボトルのガムシロップを口に含んだカナタは面白い顔になる。
「あっま!メチャクチャあっま!ウォッカのヤツ、ヒデえアドバイスしやがって!帰ったら覚えてろよ。」
面白い顔で悪態をつくカナタがおかしくってボクは大声で笑ってしまった。
笑いの止まらないボクを見て、肩をすくめたカナタは………突然変顔を作って、奇妙なダンスを踊り始める。
もう、やめてよ。笑いすぎてお腹がよじれそう!
なんだか笑うのもすごく久しぶりな気がする。
………ありがとう、カナタ。ボクの臨時守護騎士様。
0
お気に入りに追加
57
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
おやすみが長かったので、飽きたのかと心配でした(=゚ω゚)ノ
今まで、テンポ良く進んでいたのに、皇女様が登場してから、ペースダウン(¬_¬)
それに、説明調の展開も5話分くらいなら、楽しめましたが、何かの伏線にたどり着くまで、皇女編を続けるのは得策ではないかと思います。
むしろ、地球編を皇女編くらいに位置付けた方が、読者としては展開が気になり過ぎるかと思います(=゚ω゚)ノ
大変面白く読まさせて頂いておりましたが、
皇女編の意味がわからない。