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第七章 皇女編
皇女編9話 憎しみの炎が消える前に
しおりを挟むアデル兄様に恨みがあるサビーナの計画で、ボクは同盟に売られる身となった。
その前に魔境と呼ばれる魔女の森を通過しなくてはならないんだけど。
魔女の森で死ぬか、同盟の人質になるかの………最悪の二択。
さらに最悪なのは、ボクには選択の自由すらない、という事だろう。
「さあて、勝負どころが来たぜ、サビーナ。」
「そうね。命を含めた全てを全張り、のるかそるかの大勝負ね。」
「パワーボールで言えば勝負を決める4Thダウンギャンブルか。ナイスアシストを頼むぜ。」
「ええ、きっちりタッチダウンを決めて頂戴よ!」
会話に夢中になっている二人はボクの方を見ていない。
ボクが賭けるのもここだ。
アシェスが万一の用心にって、ボクの髪に単分子鞭を一本、仕込んでくれている。
アシェスはここにいないけど、ボクを守ってくれる守護神なんだ。
単分子鞭を使って手足を拘束するナイロンザイルに、少しづつ、少しづつ、切り目をいれていく。
突然、ヘリがガタガタ揺れだした!
「魔女の森名物、磁気混じりの乱気流だ!計器類はもう役に立たんぞ!」
「ええ、視認が全てね!視覚強化系アプリは全てインスト済みよ。」
うう、かなり揺れる。ヘリがバラバラになるんじゃないかってくらい。
10分ほどで磁気嵐を抜けて、気候は小康状態に戻ったようだ。
よし、ザイルに切れ目を入れる作業を再開しよう。
「今度は有毒ガスの濃霧だ。派手に歓迎してくれるもんだぜ、まったくよう!」
「ボヤかないの!おかげで追っ手を気にしなくていいんだから。魔女の森さえ抜ければ同盟の支配領域まで機構軍の拠点はほとんどないわ。」
魔女の森を抜ければ、一度は休憩と整備をする為に着陸するはず。
ボクが勝負するのはそこだ。
さらに10分ほど飛行し、濃霧地帯を抜けた直後の事だった。
「マービン、前!」
「ヘリだとぅ!馬鹿な!」
魔女の森にヘリ? 救出部隊だ!………いや、救出部隊が前方からくる訳がない。
「同盟のヘリだ!畜生、なんだってこんなところに!撃ち落とすしかねえ!」
「待って、マービン!撃っちゃ駄目よ!」
「このヘリは機構軍のヘリなんだ!ボヤボヤしてたら向こうが撃ってくらぁ!」
ガガガガと機銃の発砲音がヘリの中に響く。
「やったぜ!命中だ!………はぐぁぁ!」
マービンは耳から血を吹き出しながら首が落ち、動かなくなる。
「あああぅ!あ、頭が割れる!……い、一体何が起こったの!」
サビーナも悲鳴を上げ、副操縦席で頭を抱えた。
コクピットの惨劇の様子を見ていたボクは、拘束するザイルをひき千切って立ち上がり、コクピットに駆け寄る。
「どうやって拘束を!」
「話は後!このままじゃ墜落しちゃう!サビーナ、ヘリの操縦は出来るの!」
サビーナは首を振った。
計器類が使えない魔女の森じゃオートパイロット機能は使えない!………じゃあ………ボクはここで………
「こっちよ!急いで!」
席を立ったサビーナに手を引かれ、後部の格納スペースに移動する。
格納スペースの収納庫からパラシュートを取り出したサビーナは、手早く身に付け始めた。
「………お姫様にパラシュート降下は無理ね。だったら、しっかり私に捕まって。手を離したら死ぬわよ?」
四の五の言ってる暇はない。ボクはサビーナに力いっぱい抱きつく。
「行くわよ!覚悟はいい?」
返事をする間もなく、ボクを両腕で抱えたサビーナは墜落してゆくヘリから飛び降りた!
魔女の森上空は乱気流が渦巻いているらしく、右に左にパラシュートは流される。
「くぅ、風が強い!コントロールが利かないわ!」
「どうしてボクまで? 一人の方が助かる可能性が高いはずでしょ。」
「人質だからよ!こんな時に無駄口叩かないで!」
人質だから? いくら高値で売れる人質でも、命あっての事のはず。
どんどん地面が近づいてくるのが分かる。かなりのスピードだ!
「………下を見ちゃ駄目よ!」
「頼まれたって見ないから!」
ボク達は大木の枝に当たって、したたかに強打される。それでもサビーナはボクを離さなかった。
体は痛むけど、木の枝に当たったおかげで落下の速度も減衰した!助かるかも!
………頼まれたって見ないからって言ったのに………ボクは下を見てしまった。
落下する先に鋭利な凹凸のある巨岩がある!もう………ダメ!!
サビーナがボクを庇うように抱え込んだ直後に、ドガッというすごい音と共に地面に叩きつけられた。
意識があったのはそこまでだった。
頬を撫でる指の感触で目を覚ます。
ボクは………生きてる!生きてるよ!体の節々が痛むけど………生きてる!!
「………目を覚まされましたか?」
この声、この手………サビーナ!
跳ねるように身を起こしたボクは、サビーナの姿を見て愕然となった。
巨岩に背を預けたサビーナは………自らが流した血溜まりの中にいた。
………ボクを巨岩から庇って………重傷を負ったのだ。………どうして!仇の妹だって憎んでたはずなのに!
「サビーナ!しっかりして!」
「………ローゼ様。諺(ことわざ)の授業をしましょう。……私の……このような有様をなんと言いますか?」
「こんな時にバカな事を言わないで!お腹に尖った岩が刺さってるんだよ!どうしよう、血が止まらない!」
ボクはスカートを破いて包帯を作り、サビーナのお腹に刺さった岩を抜こうとしたが、止められる。
そうか。岩を抜いたら大量出血するかもしれないんだ。刺さったまま血止めをするべきなんだろうか?
「ローゼ様、……答えは……自業自得……です。………分かりましたね?」
吐血しながらサビーナは寂しく笑った。
「やめてよ!そんなの聞きたくないよ!助けて!誰かぁ!」
泣き叫んでも誰も助けには来てくれない。
「……ローゼ様。私はローゼ様が……怖かった。日々を重ねる間に……ローゼ様を………憎めなくなっていく……自分に……気が付いて……しまったから。」
「ボクを憎んでも恨んでもいいから!もう喋らないで!」
「………だから………憎しみの………炎が………消えて…しまわない………うち……に………」
サビーナの瞳から光が………光が消えていく。頬を伝う涙と共に。
「………本当に………馬鹿ね…………わた……し………………」
………涙の最後の一滴(ひとしずく)が地面に落ちて………瞳から光が消えた。
ボクはそっとサビーナの目を瞑らせ、膝を抱えた。
暗い森の中にボクはたった一人で………これからどうなるんだろう?
絶望的な考えしか浮かんでこない、目に涙が滲んできた。
ボクがサビーナの遺体の傍に座り込んでから、どのぐらいの時間が立ったのだろう。
せっかくサビーナが身を挺して助けてくれたのに、たぶんボクも………助からない。
ここは魔境、魔女の森。
兵士でもないボクがこの森から脱出するなんて、奇跡が起きても不可能だ。
………いいえ!諦めない!奇跡が起きても無理なら、奇跡以上を起こせばいいんだ!
無駄な努力でも徒労でも、諦めない事だけは出来るから!
生き残る努力まで放棄したら、ボクを産んでくれた母様、家族であるアシェスやクエスターに合わせる顔がないもん!
ボクは立ち上がって歩き出す。どっちに行けばいいかなんてわからない。
でも歩かない限り、出口には辿り着けない。だから歩く。
体内時計で計った時間は歩き始めて30分、でももう丸一日歩き続けたような疲労を感じる。
木の枝を拾い、杖代わりにして歩く。体が悲鳴を上げる、もう休めって。
でも歩く。指の一本、血の一滴に力を残す限りは………歩みを止めない!諦めない!
岩場を抜け、森に入ると、ますます方向がわからなくなる。
木の切り株の年輪から方向が分かるんじゃないかな?
木の切り株を探し始めたボクは自分のバカさ加減に気が付いた。
木こりさんのいないこの森に切り株なんかある訳ないよ!もう!
ボクは巨木の根元に座り込んだ。やみくもに歩き回っても脱出出来る訳がない。
動く前に考えるべきだった。こんな状況は初めてだから、浮き足だって勢いで行動しちゃったよ。
思い出そう、まずは魔女の森の広さからだ。
それとヘリの速度と飛行時間から距離を考えて位置を類推………なに!今の声は!
グルルと低い唸り声が近づいてくる。不吉な旋律………死への交響曲(シンフォニー)だ。
逃げなくては、と思ったがもう遅かった。
ボクは6匹の狼に回りを囲まれてしまっていた。逃げようにも木を背にしてしまっている。
仮に木がなくても走って逃げるなんて不可能に決まってるんだけど。
この狼達は普通の狼じゃない。魔女の森は化外と同じ環境、生息している生き物は全て変異種だ。
狼の群れは少しづつ、包囲の輪を縮めてくる。一足で飛びかかれる距離までこられたら………最後だ。
武器は単分子鞭が一本。でも………ボクは戦った事なんかない。状況は………完全に詰んだ。
だったら………この単分子鞭は………自分に………使わないと………
諦めたくないよ、死にたくないよ………ボクは生きたいよ!!
涙を拭って、皇女としての最後の矜持、誇りある死を選ぼうとしたその時に、銃声が森に鳴り響いた。
狼達はパッと散って、もう無力なボクには見向きもしない。
突如現れた闖入者に対し、姿勢を屈め臨戦態勢を取る。
狼にとっての闖入者、ボクにとっての救世主は左手で銃を構え、右手に抜き身の刀を持った軍服姿の青年だった。
「よせよ、ワン公。ワン公じゃなくて狼かな?」
紫色のヨダレを垂らしながら、唸り声をあげる変異狼の群れを前にしてるのに、青年は慌てる様子もない。
「そう唸るなって。オレもさ、一応狼で通ってるんだよ。おんなじ狼のよしみで見逃してくれねえかなぁ?」
そう言いながらゆっくりとこっちに向かって歩を進めてくる。
ほ、本当に、ボクを助けてくれるの?
じりじりと距離を詰めた変異狼が1匹、唸り声を上げながら青年に向かって躍りかかる!
「交渉決裂かよ。だったら………戦争だ!」
青年は構えた刀を翻し、空中で変異狼を一刀両断する!
飛びかかった時には1匹だった変異狼は、二つの肉片になって地面に落とされた。
残る5匹は円を描くように青年の回りを取り囲み、ゆっくりと旋回する。
狼はもともと賢い狩人(ハンター)だけと、変異狼はもっと賢いのだろうか?
青年は旋回する狼達のうち、体が一廻り大きい1匹に声をかける。
「おまえが指揮官(リーダー)か。さっきの露払いの1匹でこっちの戦力は分かっただろ? ここで正しい判断はだ、尻尾を巻いて逃げ出すコトだぞ? おあつらえ向きに立派な尻尾がついてんじゃねえか、ソイツを丸めて逃げ出せよ。悪いコトは言わねえからさ。」
リーダーらしい狼と青年は対峙し、視線が交錯する。
青年はゆっくり目を瞑り、話しかける。
「動物はさ、食べる目的以外で殺したくないんだが………わかっちゃくれねえみてえだな!」
青年はカッと目を見開いた。黒かった瞳が、金色(こんじき)に輝く瞳に変化している!
飛びかかろうとしたリーダー狼の動きが止まり、断末魔の悲鳴のような遠吠えを上げた。
そして耳から血を吹き出しながら倒れ、………動かなくなる。
この能力は………邪眼!パイロットのマービンを殺したのは、この人だ!
「………警告はしてやった。無視した以上は力ずくだ。悪く思うなよ。それで残りはどうすんだ? 指揮官の仇討ちでも………」
青年が言い終える前に、残った狼達は本当に尻尾を巻いて退散していった。
「最初からそうしとけよなぁ。動物愛護協会ってこっちにもあんのかね?」
動物愛護協会? 動物愛護連盟でしょ?
意味不明な独り言をつぶやきながら、青年は死んだ狼2匹に向かってパンパンと手を叩き一礼する。
食べる以外で動物を殺したくないというのは本当だったらしい。
とりあえず、いや、本物の命の恩人なんだからお礼を言わないと。
「危ないところを助けて頂きありがとうございます。ボク………私はリングヴォルト帝国の皇女、スティンローゼ・リングヴォルトと申します。あなたは?」
「………ここんとこ妙にお姫様と関わりあいになるもんだねえ。おっぱいのサイズが天地の差だけど………」
青年は苦笑しながら、また独り言を言った。
どこのお姫様と比べてるか知らないけど、ずいぶん失礼な独り言じゃない?
そりゃボクの胸はおっきくはないけどさ!これから大きくなるかもしれないでしょ!
「あなたのお名前を伺っているのですけど?」
命の恩人にキレちゃいけないのはわかってるんだけど、なんだか妙にイラッとくるよ!
「ああ、オレね。オレは天掛カナタ曹長。もっともこの森じゃ皇女や曹長なんて肩書に意味はなさそうだけどさ。」
天掛カナタ!じゃあこの人がクリフォードに重傷を負わせた………剣狼なの!!
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