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第七章 皇女編
皇女編6話 純白のオリガ
しおりを挟む食事をご馳走になったボクとアマラさんはゲストハウスを後にする。
名残惜しいけど、ボクの騎士二人と団長の打ち合わせが終わったようだから、仕方がない。
入り口の外では、キカちゃんが手を、太刀風が尻尾を振って見送ってくれた。
可愛い女の子と凜々しい犬に会いに、また来るからね!
「噂なんてアテにならないものですね。皆殺しの死神なんて呼ばれている方が、あんなに気さくだなんて。」
「皆殺しというのもウソですよ。少佐は降伏した敵兵は捕虜として連れ帰っていますから。」
「えっ!それじゃあ捕虜交換で帰国した兵士から、トーマ少佐の情報が同盟軍に漏れちゃうでしょう?」
「捕虜交換で帰国した兵士がいないのですわ。捕虜リストに載せていませんから。」
「それってパーム協定違反になるんじゃ?」
アマラさんは妖艶な笑みを浮かべ、怖い、いやズルい事を言う。
「パーム協定の捕虜関連項目はあくまで「正規の軍人同士の戦闘」に適用される協定法です。少佐待遇とはいえトーマ少佐はスペック社に雇われた民間人、民間人と軍人の交戦の結果で得た捕虜にパーム協定は適用されませんわ。」
………違法じゃなく脱法って事かぁ。なんだか納得出来ない。
故郷に帰りたい兵士さんだっているはずだから。
「ボクもトーマ少佐には正規の軍人になって欲しいです。そうすれば少佐の捕らえた捕虜の皆さんも捕虜リストに載るんですよね? 法的な問題なら新法を制定すればいいんだし。」
「新法を制定したとしても、法の不遡及(ふそきゅう)の原則という問題がありますわ。」
法の不遡及の原則………え~と、そうだ。新たに制定された法をもって、法の制定前の事例を変更したり罰したりは出来ないって原則だ。
「でしたら人道的措置という形をとればいいと思います。法に則ってではなく、機構軍の寛大さを示す事例として。詭弁だとは思いますけど。」
「ローゼ様はなかなかの政治家ですわね。もう少しで満点を差し上げられますわ。」
「どこで減点されたのですか?」
「類似の事例に関しては同盟軍にも同様の措置を求めるのです。向こうも協定の隙間をついて捕虜リストに載せていない捕虜がいるかも知れませんから。いえ、きっといるでしょうね。」
そっか。そこまで考えなきゃいけないんだ。政治って難しいなぁ。
そんな話をしながら歩く長い回廊の途中で、5人の軍人と遭遇した。
その軍人達はボク達の進路をふさぐように立ち止まる。
「あら、アマラ。今日は子供のお守りなの?」
冷たい声音のこの女性(ヒト)が指揮官らしい。
この人………アルビノだ。目も髪も真っ白で………なんだか怖い。
人を見た目で判断しちゃいけないのはわかってる。でも………言いようのない怖さを感じるのだ。
ボクの心情を察してくれたのか、さりげなくアマラさん歩を早め、ボクを後ろに庇うような位置に立ってくれる。
「オリガ、この方はリングヴォルト帝国のスティンローゼ・リングヴォルト皇女にあらせられます。無礼は許しません。」
「イズヴィニーチェ(失礼)。帝国のお姫様とはね。私はオリガ・カミンスカヤ大尉、お見知りおきを。」
敬礼するその眼差しに揶揄するような悪意を感じる。この人の異名は………
「たしか「純白」のオリガ、でしたね。」
「ダー(ええ)。よくご存じで。光栄の至り、と言っておきましょうか。」
「それでオリガ、いつまで皇女の御前に立ちはだかるつもりかしら?………おどきなさい!さもなくば……」
アマラさんがゆっくりと刀を握ると、口笛を吹きながらオリガさん達は回廊の脇へ移動する。
「ヒュウ♪怖い顔しないでよアマラ。ちょっとからかっただけでしょう?」
「私で良かったわね、剣聖や守護神の前で同じ真似をしたら命はないわよ? ローゼ様、参りましょう。」
ボクはアマラさんの後をついて回廊を進む。背中に視線を感じたが振り返らない。
あの人の目は………あまり見たくないから。
「………そうですか、オリガがそんな真似を。」
アマラさんからさっきの出来事を聞いた団長は顔をしかめた。
そして団長の左右でいきり立つアシェスとクエスターを両手で制し、
「アシェス、クエスター、オリガには私からきつく言い聞かせておく。この場は私に免じてこらえてくれ。ローゼ姫、部下が大変無礼を働きました。なにとぞご容赦を。」
そう言って頭を下げられてしまった。別にボクは怒ってなんかいないんだけど。
………ただ、あんな冷たい目をした人に会ったのは初めてだったってだけだ。
「私は怒ってなどいません。頭をお上げください。永久氷壁のような目をした方だなと思っただけです。」
「左様、仰る通り永久凍土の地から来た女なのです。気候が極寒というだけでなく、人の心までが極寒という地獄から、ね。オリガはローゼ姫を恵まれた生まれの苦労知らずのお姫様と勘違いしたようだ、見る目がない。」
「私が恵まれた生まれなのは自覚しております。勘違いとは言えないでしょう。」
「ならばよろしいのですが………」
団長が言いたい事は分かる。父上もアデル兄様もあまり暖かい人間とは言えないから。
「それよりも団長、私、公務の合間にここへ来させて頂く事もあろうかと思います。お手数をかけますがよろしくお願い致します。」
「ローゼ様!一体なにゆえ!」 「我ら二人が常駐している訳ではありませんよ?」
アシェスの悲鳴のような声と、宥めるようなクエスターの声、予想通りのリアクションだよ。
「私はトーマ少佐に教えを乞いたいのです。キカちゃんや太刀風とまた遊ぼうと約束もしましたし。」
団長の背後に控えていたナユタさんが怪訝そうな顔で聞いてくる。
「トーマ少佐? そんな人物は兵団には………」
「ナユタ、客員少佐にローゼ様が命名されたの。今後は桐馬刀屍郎と名乗られるそうよ。」
「ほう、桐馬刀屍郎。なるほど、では私も今後はトーマと呼べばよいのだな。ローゼ姫は死神の名付け親という訳だ。」
「ローゼ様に命名して頂いて僥倖でしたわ。少佐は頓馬土屍郎などと名乗るおつもりでしたから。」
「フフッ、友人をトンマなどと呼びたくないな。ローゼ姫、恩にきります。」
気に入ってもらえてボクも嬉しいです。ちょっと鼻が高いなぁ。
「フン、死神も自分がトンマなド素人である自覚だけはあるようだな。」
アシェスが小声で毒づく。アシェスはトーマ少佐をこころよく思っていないみたいだ。
「アシェス、トーマ少佐の友人である団長の前で無礼な事を言うものではありません。私も不快です。」
「ハッ、申し訳ありません、ローゼ様。団長もご容赦を。」
「ハハハッ。ローゼ姫、アシェスはトーマと顔を合わす度に口喧嘩をしているのですよ。トーマはああいう男ですからノラリクラリとかわされていますが。」
そんな事だろうと思ったよ。ホントにもう!
「さて、ではローゼ様、そろそろ公館へ帰りましょうか。」
クエスターがその場を引き取るようにそう言い、ボク達は白夜城から公館へ帰る事にした。
公館へ帰る道の車中で、アシェスは憤懣やるかたないという感じで、ボクにお説教を始める。
「ローゼ様!死神、いやトーマから学ぶような事など何一つありません!むしろ見習ってはいけない事だらけの男です!」
「例えば?」
「あの男のやる気のなさそうな目を見たでしょう!」
「まだ若そうなのに達観したような目だよね。なにがいけないの?」
アシェスはボクの耳元で大音響でがなり立てる。今度から車に耳栓を用意しておこっと。
「達観!あれは達観した目なんて上等なものじゃありません!死に鯖、死んだ鯖の目と言うのです!あれは!」
「受け取り方は千差万別だね。クエスターはトーマ少佐の事をどう思ってるの?」
クエスターはアシェスとは対照的に静かに答えてくれる。
「なかなかの人物と言えるでしょう。学べる事もあるかと。」
うん、クエスターならそう言ってくれると思ってた。
「おい、クエスター。卿(ケイ)まで何を………」
「アシェス、キミがトーマと気が合わないのは知っているが、戦いのド素人があれだけの戦果を上げているのだ。頭脳が優秀なのは間違いない。」
「む、それはそうかもしれないが………」
「トーマ少佐は戦争のド素人なの?」
クエスターは被りを振って、
「いえ、戦争はプロです。プロ中のプロと言ってもいい。」
戦いのド素人だけど戦争のプロ? 矛盾してない?
「クエスターの言ってる事がよくわかんないんだけど……」
「これは私としたことが言い方が悪かったですね。トーマは戦闘はド素人なのですが、戦争の作戦立案と指揮はプロ、という事です。」
「え? でも立派な刀をお持ちでした。拵えしか見てないんだけど。」
「おおかた中は竹光でしょう。重たいからとか抜かして。」
………アシェスってホントにトーマ少佐と気が合わないんだね。
「じゃあ戦闘はズブの素人なの、少佐って?」
「だと思います。ですが三猿を始めとする強力な部下を従えています。とくに岩猿はパワーなら狂犬に匹敵する剛の者、その兄の魅猿は邪眼系能力者だと噂ですしね。」
「だと思う? じゃあクエスターも見た事はないんだね?」
「殲滅部隊、いえ亡霊戦団の作戦行動は常に単独ですから。けれど戦う場を見ずとも、トーマが使えない男なのは分かります。」
「使えない男、は言い過ぎだよ!」
「クエスターが言いたいのは剣術が使えない、という意味です。剣術に限らず、何某(なにがし)かの達人名人はその所作、立振舞におのずと風格や威厳が伴うもの。なのにあの男は隙だらけ、私がその気なら一太刀で両断出来ますね。」
剣術や武術の心得がないボクにはそのあたりはわからない。
でもアシェスとクエスターが口を揃えてそう言うって事は、トーマ少佐は剣術武術はド素人なのだろう。
本人もそう言ってるし。
でも………なにか引っ掛かるんだよね。なんなんだろう、この感じ………
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