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第七章 皇女編
皇女編2話 帝国の剣と盾
しおりを挟む「順調に回復しているようでなによりだが、クリフォードともあろう者がとんだ不覚を取ったものだ。帝国騎士(ライヒスリッター)の名が泣くぞ。」
病院から帰る車中でもアシェスのお小言は続く。
小言というより愚痴かな? ここはクリフォードの為に弁明しないと!
「クリフォードは一騎打ちで負けた訳じゃないもん!手裏剣で援護してもらうなんて卑怯だよ!」
クリフォード麾下の騎士の話では、剣狼は卑怯にも一騎打ちの最中に仲間から手裏剣で援護してもらったらしい。それってズルいよね!
「それは言い訳になりませんし、卑怯でもありませんよ、ローゼ様。」
ボクの弁明に反論してきたのは、意外にもクエスターだった。
「どうして? 一騎打ちなんだよ?」
「ローゼ様、街中の喧嘩で1人に対して5人がかりで戦う、どう思われますか?」
「ズルいよ!喧嘩の理由はどうあれ、たった1人に5人がかりだなんて!」
「私もそう思います。では戦争で100人の兵士と戦うのに500人の兵士を用意したでは? これも卑怯ですか?」
「………う~ん、それは卑怯とは言えないと思う。戦では多数をもって寡兵にあたるのが常道だし………」
「そうですね。なにが言いたいかと申しますと、戦場の常識は平時の常識とは違う、という事なのです。」
クエスターの言葉をアシェスが引き取る。
「スポーツなら平等な条件で公正に戦うべきでしょう。しかし戦争では力量で勝る相手に数をもってあたるのは当然。手裏剣で援護してもらうのも卑怯でもなんでもありません。」
「………そっかぁ。言い方を変えれば連携プレーが上手とも言えるもんね。」
クエスターがよくできましたと言わんばかりに褒めてくれる。
「左様、手裏剣が外れるという可能性もありえたのです。もし外れていれば斃されていたのは剣狼だったでしょう。剣狼は仲間を信頼しているのかも知れませんね。」
「クエスター、その剣狼とやらはクリスタルウィドウを率いる緋眼の部下らしい。部隊内での信頼関係も強く、連携も鍛えられていると見るべきだろう。」
「そうか。「剣狼」こと天掛カナタ、要注意な新兵(ルーキー)だな。」
剣狼は天掛カナタって名前なんだ。
「………ああ、要注意だ。剣狼はその後に、あの「強欲」オルセンを一騎打ちで斃したらしいからな。」
「強欲」オルセン、歴戦の兵士だったのに不正に手を染めてクエスターに追放された人だ。
クエスターがその時に言っていた、「兵士としての腕だけは惜しい」って。
「確かな話なのか、アシェス?」
「情報源(ソース)がリグリットの市営放送だからな、誇張もあるかもしれん。だが本当であれば………」
綺麗に整った眉をひそめたアシェスの言葉がボクを不安にさせる。
「………早いうちに斃しておかねば、第二の氷狼が誕生するやもしれんな。」
あれ? 道が違うよね? 車が向かっているのは帝国公館じゃないのかな?
「?? どこに行くの?」
「ワガママ姫が午前の予定を変更されたので、いっそ全部のスケジュールを変更する事にしたのです。」
澄まし顔のアシェスが答える。
「アシェスのイジワル!もっと別の言い方があるんじゃない?」
「そうだぞ、アシェス。どの道、午後の予定は変更になっていたじゃないか。」
「フフフッ、確かに。ローゼ様、今から向かうのは兵団本部です。団長がローゼ様をお招きしたいとの事で。本来なら団長が公館にご機嫌伺いに参るべきなのでしょうが、ロウゲツ団長もやんごとない身分のお方ですし問題ないでしょう。」
ロウゲツ団長は覇国の皇子だったと聞いた。子供の時に母国でクーデターが起きて亡命してきたんだって。
確か朧京の街だったかな?
「やんごとあろうとなかろうと、功を上げ機構軍に貢献された方の元に赴くのに異存はありません。」
よそ行きの言葉遣いで頑張ってみたよ!
ボクの精一杯の背伸びを分かってくれてる剣(クエスター)と盾(アシェス)はにっこりと微笑んでくれた。
ボク達の乗った車は機構軍首都リリージェンの防護壁を出て市外へ向かう。
防護壁の外は無法者が跋扈する荒野だっていうけれど、ボクは全然こわくない。
ボクの右の席には帝国の剣クエスター、左の席には帝国の盾アシェスがいるんだから!
「ローゼ様、市外へ出ましたが怖くありませんか? 無法者がでるかもしれませんよ?」
もう、クエスターはいつもボクを子供扱いするんだから!
「こわくないもん!無法者が襲ってきてもクエスターが誅滅してくれるから。」
「お任せ下さい。」
「そしてアシェスがボクを守ってくれるんだよね?」
「無論です。私がお傍にあるかぎり何人(なんぴと)たりともローゼ様に指一本触れさせません。しかしながらローゼ様、リリージェン近郊に無法者はいませんよ?」
え? いないの?
「防護壁の外は法の支配の及ばない領域だって家庭教師のサビーナが………」
「リリージェンには多くの正規軍が駐屯していますし、なにより機構軍最強の「最後の兵団」の本拠地があります。いくら無法者共が馬鹿でもリリージェンには近づきませんよ。」
………そーだよね。アシェスの言う通りだよね。つまり………
「クエスター!ボクをからかったんだね!」
「まさか!ローゼ様は陸路で市外へお出になるのは初めての筈ですので、気になったのですよ。他意はありません。それよりローゼ様はロウゲツ団長の事はご存じですか?」
なんだか話題を変えようとしてない? まあいっか。
「出覇(いずるは)にある朧京の皇族で亡命してきたのは知ってるよ。あと、もの凄く強いって事も。「煉獄(れんごく)」のセツナって呼ばれてるんでしょ?」
「ええ、私が戦っても………おそらく勝てないでしょう。」
ウソでしょ!「剣聖」クエスターが敵わない相手なんているはずないもん!
「クエスター、謙遜して言ってるんでしょ? ね? アシェスも何か言ってよ!」
「クエスターが絶対勝てぬとまでは言いませんが、分が悪いのは確かでしょう。団長は完全適合者(ハンドレッド)ですから。」
完全適合者!機構軍、同盟軍あわせても10人もいないって言われている究極の兵士。
ボクの誇る剣(クエスター)と盾(アシェス)の適合率は90%代前半、あと一歩とはいえ、まだ完全適合者ではない。
「でも!クエスターもアシェスも、いずれは完全適合者になれるから!」
「無論、私もアシェスも完全適合者を目指して戦っています。ローゼ様の期待に応えられると良いですね。」
きっとそうなるに決まってる。クエスターとアシェスがボクの期待を裏切った事は一度だってないんだから!
「ローゼ様、ロウゲツ団長がそこまでの強者でなければ、一時的にとはいえ私達の指揮権を預けたりしませんよ。」
アシェスとクエスターは現在、最後の兵団の部隊長としてロウゲツ団長の指揮下にある。………それはボクの為にだ。
本来、アシェスとクエスターはアデル兄様の指揮下に入る予定だったのだが、二人は固辞した。
自分達はあくまでローゼ様の騎士であると主張して譲らなかったのだ。
でもボクはまだ未熟、最高の騎士である二人を使いこなせる器じゃない。
そこで父上は剣と盾を一時的に最後の兵団に派遣する事にしたのだ。
「………ごめんね。ボクが未熟だから………」
「ローゼ様、私の剣はローゼ様の為にあるのです。余人の為に振るう気はありません。」
「私の盾も然り。全ては我らが望んでやっている事です。」
「でも………次期皇帝であるアデル兄様の不興を買ったはずです。」
「その心配は無用です。私もアシェスも元よりアデル様の覚えは良くありません。」
「左様、妾腹(めかけばら)とローゼ様を軽んじられるアデル様を、私は好きになれません。」
ボクはアデル兄様を嫌いな訳じゃない。たった一人の血を分けた兄なのだ。
でもボクを妾腹とは呼ばせない。アデル兄様だけでなく、この世界の誰にもだ。
それは今は亡き母様への侮辱だから。
母様は王宮のメイドで平民だった。………でも優しくて思慮深い女性(ひと)だった母様は………ボクの誇りだ。
皇女スティンローゼ・リングヴォルトは「守護神」アシェス・ヴァンガードや「剣聖」クエスター・ナイトレイドのように異名を持つ凄腕の騎士じゃない。
皇女という肩書を無くせば、どこにでもいる16歳の小娘でしかない。
でも………そんなボクに付き従ってくれるアシェスとクエスター、それにクリフォードを始めとする騎士達がいる。
ボクが皇女である以上、その期待に応えなければならない。………違う、ボク自身が応えたいんだ。
「………ボクはアシェスやクエスター、騎士達みんなの期待に応えられる皇女になるから。今は背伸びしても届かないけど、きっと届かせるから!」
ボクの宣言を聞いたアシェスが左手の上に、そしてクエスターが右手の上に、そっと手を合わせてくれる。
………暖かい手、このぬくもりがボクに勇気のみなもとだ。
「立派なご決意ですローゼ様、しかしながら………」
「左様、一言、言っておかねばなりませんね。」
な、なんだろ!? ドキドキする!
剣と盾は左右から同じ台詞を同時に口にした。
「16歳になられたら「ボク」から「私」に変えるというお話はどうなりました?」
………ごめんね、すっかり忘れてた!
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