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第六章 出張編
出張編45話 近代格闘術VS秘伝剣法
しおりを挟む剣狼がオルセン戦の時より、さらに進歩している事はよく分かった。
3ヶ月で異名持ちの兵士になったのは伊達じゃない、この男の成長速度は異常だ。
だけど、まだ私が上だ。
軍学校を飛び級で卒業し、戦場に身を投じて3年、私の3年の月日が3ヶ月に負けるなんて認めない!
距離が離れれば容赦なく氷槍で狙う、狼眼を封印している剣狼は距離を詰めてくる。
そこからがせめぎあいだ。剣の届く範囲を維持したい剣狼と密着したい私とのせめぎあい。
私はこのせめぎあいに勝ちつつあった。
まだ動きに荒らさのある剣狼に対し、私の動きはスムーズだ。
だが警戒は怠らない、コイツはオルセン戦で異常な加速と異常なパワーを見せた。
おそらくアプリの力なのだろう、そのカードをどこで切ってくるのか。
「ああ、なんか警戒してると思ったら、神威兵装を警戒してんのか。」
「神威兵装? オルセン戦で見せたアレは神威兵装って言うのね?」
「ああ、一時的にあらゆる能力をブースト出来る。この戦いじゃ使わねえけど。」
「使わない? どこまで馬鹿にする気なの!狼眼だけじゃなく神威兵装も封印? 私を舐めないで!」
気に入らない!本当に気に入らないわ!なんなのよ、この男は!
「アプリの力で負けたなんて言い訳されちゃかなわんからな。だから熱交換システムも封印してる。」
熱交換システム………確か照京で開発中の新技術だって噂を聞いた。
もう運用可能になっていたのか………この男、どういうツテがあるかは知らないけど最新技術の塊って訳ね。
「えらく余裕じゃない。負けてから使っておけばよかったなんて泣き言は聞かないから。」
「使わなくても勝てそうだからな。問題ない。」
どういう根拠でそんな減らず口が叩けるのかしら。私が優勢に戦いを進めてるのよ?
………いや待って。罠よ、これは。
勝負の前にルールとして決めたのは「狼眼の封印」だけだ。今のはただの雑談、ルールじゃない。
ここぞという場面で神威兵装と熱交換システムを使うつもりだ。本当に小賢しい男ね!
熱交換システムとは、衝撃を熱に変換して吸収出来るシステムだと聞いた。
渾身の打撃の威力を熱交換システムで半減させてから、神威兵装で得たパワーで反撃し、勝負をつける。
それがこの男の描いた勝ち筋だろう。
甘いわよ? 策士、策に溺れるとは良く言ったものね。
熱交換システムの噂を聞いた時から対応策も考えてある。生き残り、復讐を果たす為に。
私は複数の氷槍を形成し、一斉に投擲する。
剣狼は剣とサイコキネシスで氷槍を払いながら距離を詰めてくる。
手足が届かない距離なら私に攻撃手段がないなんて思わないでよ!
とっておきの奥の手があるんだから!
私は牽制する構えを取り、迎撃するように見せかけた。
少しだけ、ほんの少しだけ、突き出した右拳の角度を下げている事に気付いてないわね!
それが貴方の弱点、キャリアの短い悲しさよ。
私は右の排撃拳の拳に最大強度のパイロキネシスを纏わせ、トゲ状に氷結させる。
私の刺突技、「氷結武器」だ。
そして排撃拳の中のレバーを親指で引く。
火薬の力で高速射出された排撃拳は狙い通りに剣狼の左膝の皿に命中し、剣狼はもんどりうって倒れる。
だけど私もこの男のしぶとさを甘く見ていた。
前に向かって倒れながら前転し、下段から切り上げられた太刀を私は受け止めざるを得なかった。
排撃拳を射出してしまった右腕で、だ。鈍い痛みが肘を走る。
………利き腕は死んだわね。
訓練用に刃を潰した刀でなければ、私の右腕は肘の先から切断されていただろう。
腕の一本ぐらい失っても、どうという事はないが。
追撃の太刀はバク転して躱し、大きく距離を取る。
射出した排撃拳は剣狼の左膝に突き刺っている。
最大強度の氷のトゲはマグナムスチール並の硬度がある、足はもう使えないはず。
「………なるほど、ロケットパンチね。予想しとくべきだったな。いかにもありそうなのに。」
剣狼は排撃拳を膝から抜いて放り捨てながら呟いた。
機動力を殺されたっていうのに随分落ち着いている。
「勝負あったわね。負けを認めたら? 足を使えないんじゃ、もう勝負は見えたでしょう?」
「利き腕を使えないシオンより有利だと思うけどね。」
そう言いながら剣狼は納刀し、腰を落とし低く構える。
………まだ諦めないのか。足を使えないなら氷槍で削るのが安全策よね?
私は氷槍を形成し射出してみたが、剣狼はサイコキネシスと抜刀術を駆使して凌ぎ切る。
そして地面に落ちた氷槍をサイコキネシスで飛ばし返してくる。
生きてる左腕で氷槍を払いながら、次の手を考える。
このまま遠距離から削るのが安全策、だけど防御に徹した剣狼にはそうそう当たらない。
この男の念真力は私より高いみたいだ、念真力が先に切れるのは私の方か?
落ち着いて戦略を考えるのよ。………剣狼の足は死んでいる、今なら距離の選択は私が出来る。
ならば近接戦で仕留めるべきだ。左腕一本でも絞める事は出来る、脚で絞められればなおいい。
寝技に持ち込めば剣術も無力だ。神威兵装でいくらパワーを増しても、脚での絞めを力ずくでは振りほどけまい。
戦略を定めた私は剣狼の様子を窺う。相変わらず納刀し、抜刀術の構えね。
………残念ね、片脚の抜刀術で氷槍は落とせても、私は落とせないわよ?
片脚で放つ威力の半減した抜刀術を左腕でいなし、痛めている左脚を蹴って転がす。
そこから首を脚で絞めてお仕舞いだ。
勝ちへの道は見えた。後は実行するだけよ!
氷槍を飛ばしてからダッシュする。剣狼は片脚で跳んで躱し、再び抜刀術の構え。
左脚の使えない抜刀術は速さも半減、この勝負もらったわ!
いつの間にか剣狼は腰から鞘を外していた。私はもう刀の届く範囲にまで踏み込んでいる。
そして剣狼は左手で握っている鞘の先を地面につけ、杖の代わりに使っての抜刀術を繰り出してきた!
速い!! 迫る白銀の光を私は左腕で払おうとしたが、それよりも早く刃先が私の首筋に当てられていた。
「勝負あり!剣狼の勝ちだ。」
訓練場内に響く准将の声は、はるか彼方で鳴り響く鐘の音のように聞こえた。
………剣の鞘を杖代わりに使った抜刀術、そんな手があったなんて。
ガックリと膝をついた私に、剣狼は納刀しながら冷たく言い放つ。
「四の太刀・破型、杖牙龍。片脚が使えないぐらいで無力化する夢幻一刀流じゃない。」
パーパが教えてくれたコントラが………芸術的だってパーパが褒めてくれた私のコントラターカが………負けた?
「………わ、私の近代格闘術が秘伝剣法なんかに遅れをとるなんて。」
「近代格闘術に自負と自信を持つのはいいが、秘伝剣法を舐めすぎたな。先人達の知恵と工夫を甘くみるからそうなる。おまえは破型の技のどれかに引っ掛かると思っていたよ。」
打ちひしがれた私に背を向けて剣狼は去っていく。
私はその背中を見上げ、問いかける。
「………破型の技に引っ掛かると思っていたから、狼眼もアプリも封印していたって事なの?」
「………それだけじゃないが………おまえに言っても分からない。」
私は何故だかこの男の考えを知りたくなっていた。どうしても知りたくなっていたのだ。
「………聞かせて。どうしても聞きたいの。」
「………おまえぐらいの兵士に狼眼を通そうと思えば、最大威力で仕掛けないといけない。そうすれば脳に深刻なダメージが入るかもしれないから。アプリを封印したのは、准将にアプリに頼らずとも戦えるオレの可能性を見て欲しかったからだ。」
そんな理由で最大の武器と有効な手立てを封印していたの?
「私はあなたから小隊長の座を奪うつもりだったのよ!? そんな相手を思いやったり、准将に可能性を見せたいからってアプリも封印するなんて理解出来ないわ!負けたら意味ないじゃない!」
剣狼は振り返らなかったが、イラついた顔をしているだろう。苛立ちが声に出ている。
「だからおまえには分からないって言っただろ!………オレには出世よりも、勝敗よりも大事なモノがあるんだ。」
その言葉に私はハッとなった。パーパと………パーパと同じ台詞だ!
………それは私が忘れていた言葉。………遠い日の暖かい思い出………
痛めた足を引きずるように歩みゆく剣狼の姿に、追憶の彼方から甦った父の背中が重なって見えた。
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