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第六章 出張編
出張編14話 女帝の手のひらで踊る狼
しおりを挟むペントハウスから退出する前に司令に聞きたいコトがあったので、思い切って聞いてみるコトにした。
「司令、以前にオレの体には逃亡防止の仕掛けが施してあると言われましたが………ハッタリですよね?」
司令は煙草に火を点け紫煙を燻らせる。………煙草を咥える口元が笑っている。やっぱ思った通りか。
「………何故そう思う?」
「自由すぎます。大都会に来てるってのに監視も制約もない。有難いコトなんですけど不自然です。病院にでも忍び込んで、体の仕掛けを調べたりするかもしれないってのに。」
「発見不可能な巧妙な仕掛けかもしれんぞ?」
「どうですかね? 司令は現実主義者で頭もすこぶる切れます。それにこの世に絶対はないって熟知もしてる。だったら言葉で釘を刺すなり、発信器の携帯を義務付けるなりしそうなモノなのに、なにもない。」
「クックック、その目はハッタリだと確信してる目だな。そう、ハッタリだよ。カナタの体に逃亡防止の仕掛けなど、最初から仕込んでいない。シジマに逃亡防止アプリだと言って水分節減アプリを渡し、これを仕込めと命令はしたがな。シジマに演技などさせても、カナタなら見抜くだろうと思ってね。」
シジマ博士はただの水分節減アプリを逃亡防止のアプリだと思ってたワケか。
「後で水分節減アプリの起動コードを教えて下さいよ。助かっちゃったな、買わずに済んだ。」
買おうかなって思ってたんだよね、砂漠での戦いとかで役にたってくれそうだから。
「儲けたな。………だが逃亡防止の仕掛けはもう起動している。これはハッタリではなく本当だ。故にカナタはどこへも逃げられんぞ、覚悟しておけ。」
なにぃ!………司令は………本気だ。今度はハッタリじゃない!
「いったい何時の間にそんな仕掛けを仕込んだんですか!」
「仕込んではいない。カナタが勝手にハマったのさ。最高の逃亡防止の仕掛けはなんだと思う?」
………参ったね、そういうコトかよ。確かにお手上げだ。オレはどこへも逃げられない。
「………逃げる気をなくさせるコトですね。」
「分かったようだな。そう、カナタに逃げる気がなければ逃亡する事はない。マリカやリリスを置いて、おまえは逃げられるか?」
そんなコトが出来るハズもない。
「無理です。マリカさんやリリスだけじゃない。アスラ部隊のゴロツキ達を置いて逃げるくらいなら死んだ方がマシだ。」
「10号との決闘の録画を見て、カナタをアスラ部隊に引っ張ろうと考えた。おまえは10号を壊し……いや、殺したくなかったのだな。………すまなかったな、私があの場にいれば止めてやれたのだが。」
「そのお言葉で十分です。司令はあんな趣味の悪い闘技場の観客になるべきじゃない。」
「それからおまえの研究所での記録を見て、考えに間違いはないと確信した。おまえは好んで殺しはしないが必要ならば殺せる男で、力が足りなければ知恵で補う諦めが悪い奴だ、とな。私が欲しいのはそういう兵隊だ。そしてマリカに預けておけば、勝手に情の鎖で絡め取られて逃げ出す気もなくすだろうと。」
オレがガーデンに着いた時にマリカさんが留守番だったのも、司令は故意にそうしてたのか。
部隊の番号が若い順から打診していくなんて言ってたけど、最初からマリカさんに預けるつもりだったんだ。
「部隊番号が若い順から打診していくっていうのも上手いやり方でしたね。司令の思惑が外れてマリカさんが断っても、2番隊は凜誠のシグレさんだ。そこまで計算してらっしゃったんでしょう?」
司令は満足げに頷いた。
「保険は掛けておかねばな。マリカは気分屋だから断る事もありえたが、シグレは確実に引き受けるだろうと思っていた。マリカかシグレの下につけば………」
「オレは命の使いどころはここだと思ったでしょう。現にそうなってる。………やられました、見事に司令の手のひらで踊るコトになっちまった。」
お釈迦様と孫悟空の逸話みたいなもんだな、苛烈な性格のお釈迦様だけどさ。
分かってたコトだけど、このテの駆け引きじゃ司令のが一枚も二枚も上手だよなぁ。
だけど悪い気はしない。あの研究所じゃオレはモルモットでしかなかったけど、司令はオレを人間だと見てくれてたってコトなんだから。
「私の手のひらで踊るのは不満か、カナタ?」
「いえ、最初は司令の振り付けで踊らされたにせよ、今踊ってるのは紛れもなくオレの意志ですから。司令に天下を取ってもらって、オレは平和でほどほどに満足出来る生活を送る。命を賭けるだけの価値はありますね。」
オレの返答に司令は苦笑する。
「平和でほどほどに満足出来る生活、それがカナタの望みか。覇気がないというか、小者臭が漂うというか………もう少し大望を抱いたらどうだ?」
「過ぎたる野心は身を滅ぼすって言いますから。自分が小市民だってのもよく分かってますし。」
「二十歳の小僧の癖に、妙に老成した男だな。若年寄か。」
若年寄って幕府じゃ結構なご身分ですよ。オレはそこまで大層な人間じゃないです。
「聞きたいコトはそれだけです。ではオレはカリキュラムに遅れるといけないので失礼します。」
「ああ、しばらくリリスを借りるぞ。本当に便利な猫の手だ。痒いところに手が届く。」
「児童虐待にならない程度にして下さいよ。二千何日後かのオレの嫁なんですから。」
天才のリリスは覚えてるだろうけど、凡人のオレは後何日だったか忘れちまったよ。
「リリスに婚約祝いのケーキでも差し入れてやるか。脳の活性化には糖分も必要だしな。」
「是非そうしてやって下さい。それじゃ。」
オレはペントハウスを後にしてスーペリアに戻るコトにした。
スーペリアでカリキュラムの準備を整え、タクシーを拾って統合作戦本部へ向かう。
教室は昨日と同じだったが、席が変わってる。
3人掛けの席の中央がオレ、右がシオン、左がダニーだ。
「よお、カナタ。今日から隣の席だ。よろしくな。」
「いきなり席替えかよ。やっぱ昨日の件が原因かね?」
絶対零度の女、シオンさんが北風みたいに冷たい声で、
「それ以外に何かある訳? 問題軍人はひとところに集めとけって官僚主義でしょ。下らないわね。」
「問題の発火点になったヤツが言うなよ。自発的に首を突っ込んだダニーはともかく、オレはただの巻き添えなんだぜ?」
「途中からはノリノリだったじゃないか。いまさら知らん顔するなよ、同志。」
「ダニー、オレを同志と呼んでいいのは、おっぱい革新党の党員だけなんだぜ?」
「おっぱい革新党? なんだか心を揺さぶられるワードだな。どんな党なんだ?」
おや、食い付いてきましたか。
「あらゆる美しきおっぱいを愛する同志達の集いだ。主な活動は党大会におけるおっぱいコレクションの鑑賞及び交換、究極のおっぱいを巡る討論もさかんに行われている。」
「お、俺も入会しよう………」
シオンさんがケンシロウばりの指コキを始めたので、この話題はここまでで終わった。
そして問題軍人トリオが退場させた軍大の助教授に代わって、代打出場するコトになったヒムノン少佐が教室に入ってきた。
「昨日の奴より貧相になってないか? 見た目で判断しちゃいけないのかもしれないけどよ。」
ダニーが正直すぎる感想を言う。
確かにヒムノン少佐の風貌は、お世辞にも威厳があるとは言えないからなぁ。
「頭蓋骨の外側は貧相でも内側は優秀な人だ。ダニー、少佐とは揉め事を起こすなよ。そうなったら少佐の側に立つからな。シオンもだ。」
「貴方はあの使えなさそうな干物男を知ってるの?」
「干物は取り消せ。オレの仲間への侮辱は許さない。」
今朝の面談をクリアした少佐はオレ達の顧問弁護士に就任が確定した、もう仲間だ。
オレはシオンを睨んだが、そんな事で怯む女じゃない。
「アスラ部隊の人間にも弱兵がいたのね。みた感じ、片手で殺せそうな男だけど?」
多分そうだろうな、でも殺し合いが上手いだけが人間の価値じゃないだろ。
「おまえは寿司が握れるのか?」
「料理は得意よ。でも寿司職人じゃあるまいし、寿司なんか握れる訳がないでしょう?」
へえ、料理は得意なんだ。意外だね。
「寿司職人の観点で言えば、寿司が握れないシオンは使えないウドの大木女って評価になるが、それに納得出来るのか? シオンが言ってるのはそういう理屈だぞ。」
「………そうね、言葉が過ぎたわ。軍務官僚としては優秀な人なのかしら?」
「ああ、それは授業で証明してくれると思う。お手並みを拝見だ。」
そして代打講師の軍法の授業が始まったが、少佐は期待通りの教え上手だった。
軍法に限らず法学全般は基本的に暗記科目なんだけど、ヒムノン少佐は豊富な判士としての経験を活かし、軍法会議で実際に経験した判例を引用しながら、分かりやすく、時には冗談を交えながら解説してくれた。
とにかく覚えろって感じだった昨日の講師とは全然違うよな。
ヒムノン少佐の為になる軍法講座が終わると、評価を180度転換させたらしいシオンが、
「いい先生みたいね。使えない干物扱いは撤回するわ。」
そう言ってから教壇へ赴き、少佐に軍法について質問を始めた。勉強熱心な女だったらしい。
シオンほど勉強熱心ではないダニーが背伸びをしながら、
「さて、休憩時間におっぱい革新党について詳しく話を聞こうか。」
「ダニーさんもおっぱい好きでやすね。よござんす、成り立ちから党則まで詳しく解説いたしやしょう。」
「なんで三下口調なんだよ。誰かの物真似か?」
ああ、世界最強の三下、サンピン先生の物真似だよ。オリジナルを知らないから再現度の高さが分かんねえだろうけど。
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