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第六章 出張編
出張編9話 オレは別にチビじゃない
しおりを挟む将校カリキュラムの昼休み、ハンバーガーショップでテリヤキバーガーを齧っているとハンディコムが鳴る。
「おっぱいぱい、同志。デートの最中なのにオレに電話なんかしてていいんですか?」
「デートじゃねえよ、足に使われた挙げ句に荷物係までやってんだ。ヒデエ女だぜ。」
「コッチもヒデエ女に絡まれましたよ。タチアナさんとおんなじルシアン美女ですけど。」
「おいおい、またトラブル発生かよ。同志はどうしてあっちこっちでトラブルを起こすんだ?」
「オレが避けようとしてもトラブルの方から寄ってくるんですよ。だから文句は神様に言って下さい。」
「しかし緋眼のマリカの部下、剣狼に喧嘩を売ってくるとは身の程知らずもいたもんだな。どんな奴なんだ?」
「シオン・イグナチェフ曹長とか言ってましたね。背の高い金髪のルシアン美女です。」
ハンディコムの向こうから息を呑む音が聞こえる。
「同志はなんだってヤバイ女とばっかり関わるんだ? 占い師にみてもらえ、きっと女難の相が出てる。」
「リリスに関わった時点で女運が悪いのは分かってるのに、今さら占い師なんかいりませんよ。同志はイグナチェフ曹長を知ってるんですか?」
「ああ、俺らと同じルシアン系だからな。噂ぐらいは聞いてるさ。」
「どんなヤツなんです?」
「専門は狙撃手で腕前は達人級、近接戦もコントラって格闘技をマスターしてて、ソッチも相当なもんだって話だな。なによりヤバイのは精神的にイカレてるってトコだ。噂じゃ自分の親父を射殺しちまったらしいぜ?」
「………よくそんなのが正規の軍人やってますね。」
「トゼンの旦那に比べりゃ可愛いと言えなくもないだろ? その冷酷非情の殺しっぷりからついた異名が「絶対零度の女」さ。永久凍土の地から来た狙撃手、それがシオン・イグナチェフだ。」
やっぱり異名持ちの兵士でも有名な部類だったか。あのレベルならそうだろうと思ってたけど。
「異名持ちの兵士となると、ちょちょいとヒネるってワケにはいかなさそうですね。」
「おいおい、えらく余裕じゃないか、同志。」
「だって、オレは完全適合者レベルの戦いをもう経験済みなんです。絶対零度の女がどれほどのモンか知りませんけどね、マリカさんやトゼンさんより上なワケがない。」
「そりゃそうか。まさか訓練中に殺される事もねえだろうし、同志にとっちゃ大した事でもねえのか。」
「一戦はやらかすコトになりそうですが、なんとかなりますよ。たぶんね。」
「帰りも迎えに行ってやるよ。救急車で病院に行ってなきゃな。」
「サンクス同志。荷物係を頑張って下さい。」
「おうよ、そんじゃな。」
オレは電話を切ってから、ポテトフライをまとめて口に放り込む。
座学は昼までで午後は実戦演習だ。その中に格闘演習もある、シメてかかんないとな。
昼休みが終わる前に教室に戻ると、教壇前で法学講師がイグナチェフ曹長になにやら訓示をしている。
坊ちゃん三連星の親から文句でもきたんだろうな、絶対零度の女は三連星の二人まで医務室送りにしちまったんだから。
「………と、言う訳だ。君のように規律を守れない人間は将校に不適格だと言う結論になってね。残念だが………」
そうきたか、面白くないね。もう首を突っ込んじまってるし、毒食らわば皿までといきますか。
オレは教壇前まで行って、講師に向かってアスラ部隊式の理屈を言ってみた。
「ちょっと待って下さいよ。やられる方が悪いんだ。」
「………君はアスラ部隊の天掛曹長か。引っ込んでいたまえ。君も不適格の烙印を押されたいのかね?」
「………やってみなよ、やれるもんならな。」
睨んでやると法学講師は一歩後ずさった。
生徒に睨まれて臆するんなら講師なんか引き受けんなよ、情けねえ。
「き、君も法を軽んじる無法の輩かね? いいかね、軍で最重要なのは軍法であり秩序だ。秩序を守れない軍人は軍人にあらず………」
「アンタ、実戦に出たコトねえだろ? 最前線で軍法や秩序がなんの役に立つってんだ? 軍法辞典を楯に戦えってのかよ。三人がかりで返り討ちになるような雑魚こそ将校になるべきじゃねえよ。はっきり言って邪魔だ。」
「し、しかしだな………」
「しかしも案山子もあるか!ゲロを吐かれた床は掃除すりゃいいし、外れた肩は嵌めりゃいいだけだ。病院送りにしたワケじゃあるまいし大袈裟に騒ぎなさんな。それとも先生、アンタ誰ぞに鼻薬でも嗅がされたのかい?」
「ぶ、ぶ、ぶ、無礼な!ち、ち、誓ってそのような事は………」
あ、こりゃ図星だったか。とことん腐ってんなあ、この組織。
「せ、せ、せ、先生に限ってそんなコトありませんよね。い、い、今から先生の口座を調べにいきましょうか?」
オレが得意の物真似芸を披露してやると、教室の右側の実戦組からドッと笑い声が上がる。
「おい、先生様よぉ、噛んでんじゃねえぞ!」
「あからさまにキョドんなよ!坊ちゃん共の親から金を掴まされましたってゲロってるようなモンだぜ?」
「顔も青いぜ、こりゃモノホンの青びょうたんだな!」
わぉ、頼もしい。こういうヤツらが半分もいるなら機構軍よかマシなのかもな。
ブラウンの髪と目の青年が、教壇前に歩み出て来て加勢してくれる。
「先生、確かにイグナチェフ曹長もやり過ぎですけど、いきなり失格はヒドくないですか? 訓戒で十分だと小官は思います。」
「判断するのは講師たる私だ。君の口出しする事じゃない!」
「なるほど、確かに判断するのは小官ではありませんね。ではお聞きしますが………実戦指導にあたる軍教官(アグレッサー)の了承も取られてるんですよね?」
元の世界じゃ軍教官って手練れの軍人しかなれないポジションだったよな。
映画のトップガンじゃ旧型のファントムで最新鋭機のトムキャット相手に渡り合う凄腕古参兵だったし。
「………そ、それは………」
「おやぁ? 独断はマズくないですか? 当然ながら小官は軍教官に事の不当さを訴えますよ?」
「講師たる私が不適格だと判断したのだ!生徒の分際でこれ以上不平不満があるなら、三人まとめて不適格にしてもいいんだぞ!」
「どうぞどうぞ。将校カリキュラムなんてまた受ければいい。親切で言っておきますが、剣狼は御堂大佐のお気に入りって話ですよ? 昨夜、大佐主催のパーティーで、手ずから勲章を授与されているのを俺は見ました。」
この男は昨夜のパーティーにいたのか。だったら身分のあるヤツだよな。
なんで雑草組に混じってるんだろ? その詮索は後に回すとして、だ。
加勢してくれるのは嬉しいんだけど、司令の力は借りたくないんだよ。しっかり貸し出し残高が増えるんだから。
名前を出すだけなら司令にバレないか。口利きしてもらうワケじゃないしな。
「お節介を承知で忠告しておきますが、ウチの司令だけは敵に回さない方がいい。合法的にヒトを葬るぐらい朝飯前のお方です。いくら貰ったか知りませんが、命と天秤にかけるような大金でもないでしょ?」
青びょうたん先生は司令が巨大財閥の総帥でもあるコトを思い出したらしい。
「………い、いいだろう。今回だけは大目にみよう。三人共もう騒ぎを起こすなよ。庇いきれないからな。」
黙って聞いていた絶対零度の女がここで毒を吐いた。
「庇う気どころか、陥れる気満々だったモヤシ男が一丁前の口を叩かないで欲しいわね。貴方はこの二人に感謝すべきなのよ?」
「な、な、なぜ私がこの二人に感謝せねばならんのだ!」
「よく噛む男ね。顎の矯正をしてあげましょうか?………感謝すべき理由はね、失格になったら今度こそ手加減せずに貴方を病院に送ろうと思っていたからよ。お分かり?」
絶対零度の肉食獣に睨まれた講師はゆっくり後ずさり、そのまま教室から一目散に逃げていった。
「ハッ、肉食獣から逃げる方法はご存知だったみたいだな。」
尻に帆かけて逃げ出した先生をMr.ブラウン(仮称)が嘲笑う。
だが逃げ足だけは、なかなかだと褒めざるをえない。落とした教本に目もくれずに逃げて行ったな。
「ああ、目を逸らさずに後退し、距離を取ってから逃げ出す。正しい対処方だな。」
「誰が肉食獣ですって?………一応は感謝しておくわ、剣狼。それに………」
「ダニエル・スチュアート曹長。ダニーでいい。剣狼もそう呼んでくれ。」
「オレも剣狼じゃなくてカナタでいいさ。どうにも背丈に合ってない異名だしな。」
「貴方、チビだものね。」
………このアマ、全然感謝してねえな。
「チビじゃねえよ!平均身長ぐらいあるわ!アンタらがデカいの!」
ダニーも180cmはあるんだよな。金もいらんし女もいらぬ、アタシャも少し背が欲しいってか。
「助けてもらっといてなんだけど、次がさっそく格闘演習みたいよ。約束、忘れてないでしょうね?」
「忘れときたかったけどね。気乗りはしないが仕方ないな。」
「特等席から見学させてもらうよ。「絶対零度の女」VS「剣狼」か、金の取れるカードだ。」
気楽に言ってくれるなぁ。ま、作戦はハンバーガーを齧りながら考えた。
絶対零度の女とやらのお手並み拝見といきますか。
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