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第六章 出張編

出張編8話 絶対零度の女、シオン・イグナチェフ

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豪華なベッドで目覚める朝はなんだか落ち着かないものだ。

チープだろうと649号室のパイプベッドか、不知火の棺桶コフィンがオレの性分にあっているらしい。

つくづく小市民だよな、オレって。

シャワーを浴びて身繕いを済ませ、朝食を取りにビュッフェに向かう。

今日から将校カリキュラムが始まる。学ぶべきコトは学ばないといけない。

なにをするにもまず腹ごしらえからだ、燃費の悪い体だしな。



シャングリラホテルのビュッフェは薔薇園の食堂と違って、クラシック音楽の流れる優雅な佇まいだ。

客層も違うしな、朝から洗面器みたいな牛丼ビーフボウルをかき込むルシアン人はいない。

昨夜のパーティーでは色んな話を聞いたせいでメシの味はよく分からなかった。

一流ホテルの朝食を楽しむとしよう。



「おっぱいぱい、同志。また大量に食うもんだな。」

「おっぱいぱい、体が資本ですから。」

グーで殴りかけたが、なんとか自重したらしいタチアナさんが拳を震わせながら、

「アンタ達、その恥ずかしい挨拶はリグリットにいる間だけは自重しなさい。」

「アイアイ、タチアナさん。昨日はおめかしが似合ってましたよ。眼福でした。」

「陰で笑ってたんじゃないの? 慣れないダンスまで披露する事になっちゃって散々だったわ。」

ソーセージをフォークで突き刺した同志がニヤニヤ笑いながら、

「確かにヘッタクソだったよなぁ。何回ドレスの裾を踏んだっけ?」

「あのねアクセル、アンタのリードが下手だからでしょ!」

「人のせいにすんな。おまえが不器用すぎんの。手先は器用なクセに足捌きはなっちゃいねえな。」

「フン、私は社交界とは無縁の女だから仕方ないでしょ。」

なんだかんだ言って一緒に踊ったのか。仲がよろしいコトで。

「同志は今日から将来カリキュラムだったな。俺が統合作戦本部まで送ってやるよ。」

「せっかくの休暇なのに悪いですよ。タクシーでも拾います。」

「なに、市街に出掛けるついでだ、遠慮すんな。」

「そうそう、カナタに遠慮なんかされたら雨が降っちゃうでしょ。」

どうやらオレはタチアナさんには厚かましい人間って評価をされてるらしい。

リグリットに不慣れなんだし、同志の好意に甘えておくか。



オレはホテルから同志の借りたレンタカーで統合作戦本部まで送ってもらった。

「じゃな、同志。お勉強頑張れよ。」

「しっかり学んできなさいよ。さ、アクセル、まずは工具屋にいくわよ。出して出して。」

「せっかくの大都会でまず向かうのが工具屋かよ。色気がないったらねえな。」

オレは走り出した車に向かって手を振ってから、統合作戦本部の建物を見上げる。

デカいねえ、東京都庁といい勝負出来るんじゃねえかな。

受付で用件を伝えると、床の案内に従って教室である会議室に向かうように言われる。

床に青い矢印が浮かんでいてそっちへ歩くと矢印も進む。

はぁ、科学が進んでますなぁ。これに従って歩けば到着するって仕組みなのか。

矢印の後についていってエレベーターに乗ると、自動的に5階のボタンのランプが点灯した。

エレベーターを出てから廊下を歩き、会議室の入り口前で矢印が消えた。ドアのディスプレイに将校カリキュラム受講会場って表示があるし、ここで間違いなさそうだ。

手を指紋認証装置にあてると静かにドアが開く。

教室はかなり広く100席ぐらいはありそうだ。結構な軍人がもう着席していた。

席にネームプレートが置いてあるから、どこに座るかは決まってるみたいだな。

なるべく後ろの方が有難いねえ。

変だな、この席順は。あいうえお順でもないしアルファベット順でもない。

おかげで席を探すのに手こずりそうだ。…………分かった、そういうコトかよ。

教室の左側には見るからに育ちの良さそうな連中が座っていて、通路スペースを挟んで右側には実戦をくぐってきたような面構えの連中が座っている。

つまり、オレの席は右側にあるってワケだな。

オレが通路スペースから席を探していると、後ろからヒソヒソと話声がする。

指向性聴覚機能をオンにしてみるか。

「おい、なんでアイツだけ軍服を着てないんだ?」

「バカ、あれは軍服だ。アスラ部隊のな。」

「アスラ部隊!? あのゴロツキばっかりって噂のかよ。」

「よせ、聞こえるぞ。アイツは剣狼とか呼ばれてるヤバイ奴らしい。」

「間違っても関わるなよ。所詮僕らとは住む世界が違うんだ。「絶対零度の女」までいるし、チンピラ軍人の見本市でも開くつもりかな?」

絶対零度の女? 異名持ちがオレ以外にも来てるのか………

「絶対零度の女? どいつだ?」

「あそこの隅に座ってる背の高いルシアン女だよ。」

「アイツか。さっき見たけどスゲえハクい女だったぜ。一晩、いや毎晩でも付き合ってもらいたいね。」

「やめとけ、誰かれ構わず噛みつく狂犬みたいな女らしいぞ。」

その辺で噂話はヤメとけよ。誰が指向性聴覚をオンにしてるか分からないってのに迂闊なヤツらだな。

「確かにね、私と貴方達は生きる世界が違う。間違ってもこちら側に来ないでね? 弱兵は邪魔だから。」

声を発したのは右側の実戦組席の奥に座っていた金髪美女だった。

見ろ、言わんこっちゃねえ。口は災いのもとって言うだろう。

絶対零度の女と呼ばれる兵士の容貌は、髪はショートカットで女性にしては体はかなり大柄、180cmはありそうだ。

特徴的なのは声で、美声でよく通るが冷ややか。いや、異名通りの絶対零度の声だ。

冷た過ぎる声で冷たい台詞を投げかけられた連中が立ち上がる音がする。

………いきなりトラブル発生かよ。オレはなんにもしてねえのに、なんでこうなるの。

直接関わっちゃいないし、無関係を決め込むのが無難かな。

「聞き捨てならないね。僕達はエリートで指導的立場につくべき人間なんだ。」

「それを弱兵だと? 少しばかり実戦で戦果を上げたからって調子に乗るな。」

「さっきの台詞を取り消すんだ、そうすれば見逃してやろう。」

………またモブの三連星が登場かよ。どこにでもいんだね。

金髪美女も立ち上がる。思った通りデカい、やっぱり180cmはあるかな。

金髪美女は教室中央の通路スペースまで出てきて、チョイチョイと下手(したて)で三連星を手招きする。

見るからにデキるヤツだな。相当な修羅場をくぐってる、そういう目だ。

だけどプライドだけは一丁前のモブの三連星は引っ込まなかった。

まったく坊ちゃん三連星は相手との力量差も分かんねえのかよ。

通路スペース中央にいたオレは、坊ちゃん三連星と絶対零度の女に挟まれる位置にいる。

ホントにツイてねえ男だな、オレって。ここは素直に引っ込んでおこうか………

いや、関わりたかないけど止めた方がいいな。………この女は殺(や)りすぎる目をしてる。

やれやれだ。オレは仕方なく両者の間に割って入る。

「よせよ、同じ同盟軍の仲間だろ?」

金髪美女は見下ろした視線から容赦なく毒を吐いてくる。

「ハンッ!貴方はこの雑魚共が本当に仲間だと思ってるの? だとしたらおめでたいにも程があるわね。」

思ってねえよ。無用のトラブルを避けたいだけだ。………だったら関わんなきゃよかったんだよな。

どうもオレはお節介なタチだったらしい。人生って新たな発見に満ちてますなあ。

「おい、貴様!さっきから聞いていれば好き放題言ってくれるじゃないか!」

「俺達は専属トレーナーから格闘技の素質があるって言われてるんだぞ!」

「僕達が紳士でいるのにも限度がある。身の程を知ったほうがいい。」

金髪美女は首をコキコキ鳴らしながら不敵そのものの顔で、

「身の程知らず? 貴方達、鏡を相手に喋っているのかしら?」

………ここにも毒舌界で世界を狙える逸材がいましたか。

モブの三連星は実力行使に出た。三人ならなんとかなるって考えなんだろうなぁ。

それとも本物の身の程知らずかな?

止めようとしたオレの右手を金髪美女は掴んで捻り投げようとするので、自分から前転してダメージを殺し、そのまま立ち上がる。

オレが立ち上がって構えを取った時には、坊ちゃん三連星は2人撃墜されていた。

はええよ。本物の身の程知らずだったか。

一人は肩を外され悲鳴を上げ、もう一人は鳩尾を押さえて胃液を吐いている。

そんで残った一人は助けを求める目でオレを見てる、か。

おい、さっきの勢いはどこいった。世話が焼けるぜ、もう!

「もう十分だろ? それ以上やるならオレが相手だ。」

金髪美女は絶対零度の視線でオレを射貫こうとする。冷たいが………どこか笑ってる目。

楽しんでやがるな、コイツ!

「そう、じゃあ遠慮なく………いくわよ!」

長い足での蹴りが飛んできたので屈んで躱す。

途中で足を止めて、そのまま踵落としに切り替えてきたのを腕を交差させて受ける。

なかなか多彩な足技を使うな、だけどマリカさんの足技はこんなモンじゃねえんだぜ!

受けた足をそのまま掴んで投げようとしたが、金髪美女は蹴り足を掴まれたまま、残った軸足で蹴りを放ってきたので手を離して距離を取る。

両脚を攻撃に使った金髪美女は片手で倒立し、腕の力だけで跳ね起きて構えを取る。

かなりの体捌きだ。しかも蹴りの重さからして重量級か、この女。

「流石にアスラ部隊の剣狼さんね。そこらの雑魚とは違うみたい。」

そう言って前傾姿勢に構えを変える。タックル警戒警報発令だな。

さて、やるとなったら情報収集を開始しよう。口先で私闘を回避出来るなら、それにこしたコトないしな。

「妙な闘技だな。なんて言う技だ?」

「コントラ。コントラターカよ、知らないの?」

ルシア語で反撃って意味だな。元の世界のロシアの軍隊格闘技、システマみたいなもんかな?

「知らないね。ところで一つ提案があるんだが?」

「なにかしら? 泣きを入れるのはまだ早いんじゃない?」

「やるのはいいんだが格闘技の実戦演習の時間にしてくれないか? そこなら邪魔も入らないし、思う存分痛めつけても問題ナシだ。正直、キミ程度は怖くもなんともないんだが、オレの上官のマリカさんから面倒を起こすなって言われててね。マリカさんは怖いんだ。」

「貴方は緋眼のマリカの部下だったわね。鉾を収めてもいいわよ、条件次第でね。」

「どんな条件だ?」

「私が勝ったら緋眼のマリカと勝負させなさい。同盟のエースの力を見てみたいの。」

「いいさ、お安い御用だ。」

「あら、怖い上官に相談せずにそんな事を決めてしまっていいのかしら?」

「構わないさ。マリカさんと勝負させる、だからな。」

一瞬の沈黙の後、言葉の意味を理解した金髪美女はギリッと歯噛みした。

「大した自信ね、剣狼。過信じゃない事を祈ってるわ。」

「………天掛カナタ曹長だ。キミはなんて名だ?」

「シオン・イグナチェフ曹長よ。」



シオン・イグナチェフか。金髪美女とはもうちょっとフレンドリーに出逢いたいもんだぜ。



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