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第六章 出張編
出張編5話 中将と曹長の会談
しおりを挟むイズルハの都、照京から来た尊大な統治者である御門我龍とその娘で龍の目を持つ姫君の御門ミコトは、パーティーに来たばかりだというのにあっという間に帰っていった。
「司令、まるでカラスの行水でしたね。」
司令はフンッと鼻を鳴らしながら、
「カナタ、カラスに失礼な事を言うな。カラスは鳥類で一番賢い鳥だぞ。」
仮にも、いや本物の巨大都市国家の最高権力者をカラス以下と断じますか。
それでこそ司令です、尊大さではガリュウ総帥に負けてませんね。
尊大司令の苦労後見人であるシノノメ中将に声をかけられる。
「カナタ君、ちょっと話があるのだがいいかね?」
「はい、中将。」
「ついてきてくれたまえ。」
オレは中将の後をついていく。案内されたのは会場奥にある特別っぽい控室だった。
中将は応接セットの椅子に腰掛け、オレにも椅子を勧めてくれたので素直に座る。
「話というのは君の今後の事なのだがね、君はどうしたい?」
「中将は当然、オレの事情を全てご存じなのですよね?」
オレの問いにシノノメ中将は重々しくうなずく。
「………かなうならば普通の人間として生きていきたい。仲間と共に。」
「戦う事に異存はないのかね? 君は無理矢理戦わされているようなものなのだが。」
「好んで人を殺したいワケではありません。………でもクリスタルウィドウはオレの家族、アスラ部隊はオレの仲間です。家族や仲間が戦うならオレも戦います。」
「………薔薇園が君の故郷、という訳か。分かった、君の意志を尊重しよう。同盟軍の………いや、イスカの為に戦ってくれ。これは命令ではなく私からの頼みだ。」
伊達に同盟軍一の人格者なんて呼ばれてないなあ。
中将閣下がクローン実験で生まれた曹長風情に頼むなんて言うのか。
頭ごなしに道具扱いしたって問題なかろうに。
「中将、オレが戦いたくないって言ったらどうされるおつもりでしたか?」
「そりゃ君には死んでもらう事になっていたろうね。」
前言撤回~!じ、実は怖い人だった~!
「ハハハッ、ビックリしたかね。死んでもらうというのは書類上でだよ。君は壮烈な戦死を遂げて………どこか静かな辺境の街の住人が一人増える、という話だ。」
前言を再度撤回、やっぱりいい人だった!
「………君が戦いたくないというならそうしてもいいのだよ。無論、クローン実験の事に関しては沈黙を守るという条件は守ってもらうがね。」
「いえ、望んで飛び込んだ戦争ではありませんがさっき申し上げた通り、今のオレの望みはみんなと共に生きる事です。その為ならいかなる障害も排除する、敵の命を奪う事にも躊躇はありません。」
苦労を重ねてきた顔に刻まれた年輪のような皺をやや深め、中将は嘆息した。
「………イスカの言う通り、君は実に人間臭いな。人為的に君のような存在が造りだせるというなら神をも恐れぬ所業というしかないが………」
そういえばシジマ博士の実験ってどうなってるんだろう?
「中将、答えられる範囲でよろしいのですが………シジマ博士の実験はどんな状況なんです?」
「現在15号まで製作されているようだ。だが、まだ君のような自我を持った兵士の製造には至っていない。実験チームは相当焦っているようだね。」
やっぱ失敗続きか、そこんとこは予想通りだ。そもそもオレが自我を持ってるのは実験とは関係ないんだからな。
「いい加減、税金の無駄遣いはやめりゃいいのに。」
「君の飛躍的成長が上層部の目を曇らせているようだね。君のような兵士が量産可能なら、この戦争に勝利する決定打になり得る。倫理の壁を踏み越えるに十分な、甘美な誘惑なのだろうよ。嘆かわしい話だが。」
チッ、やっぱオレの成長が推進剤になってやがったか。やむを得んよな。弱けりゃオレが死ぬだけだ。
「そんな顔をしなくていい。君の責任ではないのだから。ザラゾフ元帥を説得出来ない私の責任だよ。」
アスラ元帥亡き後の同盟軍は派閥争いが始まり、高官達はわれ先に元帥になりたがった。
そして決定的対立を避ける為に、三つの派閥がそれぞれに元帥を立てた。
その一人がザラゾフ元帥、ルシアン派閥の親玉だ。
そうか、クローン実験の黒幕はザラゾフ元帥だったのか。
「ザラゾフ元帥が糸を引いていましたか。そりゃそう簡単には中止出来ませんよね。」
「アスラ元帥を慕う者達はせいぜい第四派閥と言ったところでね。………私が力足らずなばかりに同盟は歪んでしまった。元帥が泉下でさぞ嘆かれている事だろう。」
中将の奥ゆかしい性格じゃ周囲がいくら進言しても、我こそアスラ元帥の後継者なんて名乗りを上げるワケもない。
でも中将には理想を守る為と割り切って、権力闘争に参加して欲しかったよなぁ。
「………無礼を承知で言わせて頂けばシノノメ中将こそ元帥になって欲しかったです。そうすれば同盟だってこんな有様には………」
「………それはイスカにも散々言われたよ。「叔父上が元帥にならなかったおかげで私が苦労しているのです。無欲が美徳なのは平時の話で、戦時下の現状では理念と力がある者が上に立つべきだった。」とね。だが私はそこまで大層な人間ではないよ。理念は元帥の受け売り、力は見ての通りイスカの足元にも及ばん。」
「お言葉ですが中将、そこは司令の仰る通りかと。武力や財力だけが力じゃない、高潔な人格だって力なんです。まあ、クローン実験のおかげで存在してるオレが言うコトじゃないですが。」
「是非とも禍転じて福となす存在になってくれたまえ。イスカや君のような若人が時代を切り開き、変えていくべきなのだよ。私はその捨て石になるつもりだ。」
アスラ元帥がシノノメ中将を司令の後見人にするワケだよ。
無私無欲で守るべき者や理念に献身する男、それが東雲刑部ってヒトらしい。
「しかし同盟軍も派閥争いなんてやってて、よく戦線を維持出来ますね。」
「答えは簡単だよ、機構軍も派閥争いをやっている。同盟よりも活発にね。戦力比は機構軍5:同盟軍3といったところなのだが、派閥の数は機構軍側は両手の指で収まるまい。」
強欲と強欲が足の引っ張り合いをしながら兵士を死なせてんのかよ。たまったもんじゃねえな。
司令が力ずくで現状を変えようって気にもなるよな、そりゃ。
「司令が世界を変えてくれると信じて戦うしかないですね。」
「うむ、イスカは弱さを見せるのを嫌い、常に気丈に振る舞う娘だが………最近かなり焦燥感を募らせているようで私は心配している。イスカだけでなくミコト姫もそうだが、生まれた場所によって苦難の道のりを歩む事が定められているとは不憫な話だ。」
「龍の目を持つ姫君もですか。」
「ガリュウ総帥はあのような方だからね。権力欲旺盛で猜疑心が強く、独善的だ。歴史上にも多くの独裁者がいたが大抵、猜疑心が強いだろう? 彼もその例に漏れず、疑いを持ったら家臣や部下でも平気で粛正する。」
「敵ではない者を粛正すれば敵を作るだけですよ?」
「私もそう思うが疑わしき芽は全て摘み取る、が総帥のポリシーのようでね。そして独裁者への恨みは独裁者だけでなく、近親者にも向けられるものだ。」
だよなぁ。オレはマリー・アントワネットを極悪人だなんて思わない。
世間知らずだったのは確かだろうけど、世間知らずの責任は本人よりも親や周囲にある。
でも世間知らずのお姫様は最後にギロチンの露と消えたワケだからな。
「そんな御仁がよく形骸化しているとはいえ同盟憲章を掲げるコッチ側にいますね。特権階級万歳の機構軍のがよっぽど肌に合ってるだろうに。」
「今さら機構軍側に寝返ったところで重用されんからね。それよりは同盟の中核都市として振る舞うほうが彼の自尊心を満足させてくれるのだろう。彼の叔父、右龍総帥は同盟設立に貢献された立派な方だったが。」
「どういう経緯で照京は同盟に加わったんです?」
「御門一族の先々代の左龍総帥は世界統一機構の重鎮だったが逝去した。暗殺されたという噂もあったが………私の父は左龍総帥は暴君の典型的見本のような方だと言っていたが、私もそう思う。為政の有り様を諫めた八熾宗家を粛正し、一族郎党を放逐したのは君も知っているだろう? そして後継者となったのは左龍総帥の双子の弟である右龍殿だった。」
「弟が後継者? 普通は叔父じゃなく長子が家督を継ぎますよね。」
昔の武家なら長子を差し置いて叔父が家督を継いだらお家騒動の元になりそうだけど。
「御三家の叢一族と御鏡一族が右龍殿が後継になるよう強く働きかけたからだ。我龍殿は左龍殿とよく似た性格だからね。我龍殿が総帥となれば八熾一族のように自分達まで粛正の対象になりかねないと考えたのだろう。その点、右龍殿は温和で開明的な方だった。」
「ははぁ、右龍殿がアスラ元帥の理想に共鳴したのですか。」
「うむ、機構軍の主要都市の元首でありながら反旗を翻すチャーターメンバーとなってくれた。元帥も私もお世話になったよ。我々の最大の支援者で同盟設立の第一功労者と言っていい。」
なるほど、そういう経緯だったか。それで照京は同盟でも一目置かれる都市なワケね。
「だが同盟が軌道に乗った時に右龍総帥は逝去された。右龍総帥の息子で我らの盟友だった儀龍殿は後継争いを嫌い、総帥の座を辞退したので我龍殿が総帥となった。その後、儀龍殿が急死され我龍総帥に怖い者はいなくなった。照京がおかしくなったのはそこからだ。我龍総帥は叢一族を粛清し、恐れをなした御鏡家が我龍総帥に服従を誓って独裁体制が完成した、という訳だよ。」
………先代総帥の息子が急死ねえ………暗殺されたんじゃねえの、それ。
中将の表情からしてオレとおんなじコトを考えてるみたいだな。照京って名に反して闇が深そうだ。
いや、照らす光が強いからこそ………闇も深いのだろう。
問題なのはオレが八熾宗家の人間って思われてるコトだよなあ………無関係で済むといいんだけど。
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