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第五章 懊悩編

懊悩編33話 目覚める狼

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オレ達はつるかめ屋を出てから街を散策して買い物したり、広場のパフォーマーの芸を見たりして回った。

涙の乾いた後のナツメは、相変わらず無表情で口数も少なかったが別にいい。

もう分かってる。オレとおんなじ、いや、オレなんかよりよっぽど情が深い人間だって。だからいいんだ。

「…………お腹すいた。」

ナツメは結構燃費の悪い体をしてるみたいだな。

「ちょっと早いけどテンガロンハウスに行きましょうか。先になんか食べて待ってましょ。」

特に反対する理由もないのでタクシーを拾って、テンガロンハウスに向かうコトにした。

テンガロンハウスは西部劇に出てくる酒場みたいな店だった。テンガロンなハウスだしね、当然か。

ギィギィときしむ立て付けの悪いスイングドアを開けて店内に入る。中は限りなく西部劇の世界に近かった。

店の造りだけじゃなくて客まで西部劇みたいな理由は簡単、ロックタウンって街自体が西部劇に近い街だってダケの話だ。

岩に囲まれ、砂埃が風に乗り、テンガロンハットを被った住人も珍しくない。

アトラス共和国西部からやってきた移民達が作った街だからな、西部劇みたいな街になって当然か。

オレらは奥の壁際のテーブル席に座ったが………う~ん、この場違い感よ。

なんて~か、メダカの水槽にグッピーを入れたみたいな?

でも間違っても誰も絡んでくれるなよ。ツレの二人は可愛いけどグッピーじゃねえぞ、ピラニアだからな。

「子連れの兵隊さんとは珍しいわね。ご注文は?」

店のユニフォームなんだろう。テンガロンハットのカウガールが注文を取りに来た。

「ビールとフライドポテト、それにタコスのバラエティーセットってのを貰おうかな。」

「私もビールでいいわ。」 「………同じく。」

やめんか!未成年コンビ。こんな時だけ意気投合してんじゃない!

「ノンアルコールビールを2つ追加してくれ。」

大小2つの抗議の視線が飛んでくるが、こういう時にはラセン流奥義、華麗にスルーで対応可だ。

「ケチ、呑む蔵クンはインストしてんだからいいでしょ!」 

「………不真面目なクセにシュリの真似とか最低。」

「ノンアルコールとはいえ、ビールはビールだろ。シュリならコーラしか認めねえぞ。」

スィングドアが耳障りな音を立てて開き、もっと耳障りな声でがなりたてる連中が入ってくる。

「下品な店だな、こんな辺境では仕方がないか。」

見るからに育ちが良く、性格の悪そうな小太り将校の登場か。嫌な予感がしてきた。

コイツらは当然、アスラ部隊の人間じゃない、軍服が違う。オレらアスラ部隊は特別デザインの軍服の着用が許されているのだ。

「ビロン中尉、こんなド田舎じゃ中尉殿に相応しい店などありません。」

見るからに取り巻き顔だな。それが3人か。モブの三連星だな。

ガイア(仮)オルテガ(仮)マッシュ(仮)とでも名付けておくか。

「フン。いくら命令とはいえ僕のような高級将校が、こんな僻地の視察をせねばならんとは我が軍の人材難は深刻なようだ。」

おまえみたいなのが中尉なんてコトが同盟にとっちゃ深刻な事態だよ。

オレのナチュラルなツキのなさはスゲえパワーだな。もうトラブルが起きるって確信したよ。

押すなよ、絶対押すなよって感じだ。

な? 嫌がるカウガールに酌をしろってガイア(仮)が手を掴んだろ?

黒い三連星はイカツイ顔の渋さをオレに教えてくれた凄腕ナイスガイズだけど、コイツらは足元にも及ばねえな。本物の三連星の爪の垢でも煎じて飲ませてえ。

そんで、オルテガ(仮)はカウガールの命たる上着の結び目に手をかけた。

おいおい、カウガールは豊満なおっぱいの胸下でくくる結び目がいいんだろうが。侘寂(わびさび)の分からんヤツらだ。

丸出しおっぱいが見たきゃストリップバーにでもいけ。店主も助けて欲しげな目でこっちを見てるし、仕方がねえな。

「そこまで!こっぱずかしい真似はよせよ。同盟軍の恥共。」

マッシュ(仮)がこっちにやって来る。

「あ~ん、なんて言ったんだ小僧。」

ガンの飛ばし方までチンピラっぽいな。チンピラ道を極めんとする求道者かよ、アンタ。

黒い三連星の皆さん、こんなヤツらの仮のネーミングに御尊名をお借りしてホントにごめんなさい。

イカツイ顔の3人組は凄いって神話を築いた貴方達の名誉を穢すコイツらにはオレが天誅を加えますので、名前が判明するまで御尊名を拝借させて下さい。

祈りの時間は済んだ、行動の時間だ。

「聞こえなかったか? 頭だけじゃなく耳も悪いか。テメエがカメムシみたいなクッサイ体臭してんのはしゃあねえけど、店に来る時ぐらいはオーデコロンの一つも付けてこいって言ったんだが?」

リリスが小声で、あら意外と気にしてたのね、と舌を出した。ええ、気にしてたんですぅ!悪いか!

はい、お返事はラリアットですね。来ると思っていました。

ブンッときたら掴んで投げる!簡単なお仕事ですね。

マッシュ(仮)が壁にぶつかりのけ反ったところに、ナツメがマリカさん直伝の必殺アネキックを食らわし昏倒させる。

まだ大物ぶる余裕のあるビロン中尉が、ガイア(仮)とオルテガ(仮)を手で制してオレに近づいてくる。

「君、その制服はアスラ部隊の兵士のようだが、僕が誰だか知らないのか?」

「ジャン・レノじゃないコトだけは分かるけどね。薄毛だからニコラス・ケイジか?」

光栄に思え、ニコラス・ケイジは最高に格好いい俳優さんなんだぞ。特にスネークアイズは一度は見るべき名作だ。8mmもいいぞ。刑事か探偵役なら彼の右に出る者はいないと断言しよう。

「………? そんな奴は聞いた事もないな。僕はシモン・ド・ビロン少将の息子にして、同盟有数の名門大学………」

「能書きはいいわ、豚野郎。皮下脂肪に回す栄養を脳味噌に回してみたら? あらあらゴメンなさい、存在しない脳味噌に栄養を回すなんて不可能だったわね。おうちに帰って脳味噌の代わりにオツムに詰まってるラードでママンにクッキーでも作ってもらいなさい。ゲロマズでドブネズミだって避けて通るような代物が出来上がるわよ!」

リリスさんは本気で毒舌の世界チャンピオンを取りにいく気らしい。この試合に関してはセコンドにつくけどな。

豊かな下顎の贅肉を震わせながら、少将Jrは怒りにも震える。

………リリスはスゲえ美少女だけに毒を吐いたら、なお憎たらしく見えるんだよなぁ。

「ぼ、僕を豚野郎と言ったのか!フラム貴族きっての名門、ビロン伯爵家の次期当主であるこの僕を!」

「はいはい、豚野郎って言ったのを訂正すればいいんでしょ? アンタは豚野郎よ!これでご満足?」

相手の自慢したいポイントを逆手に取って貶(けな)けなしてくさす。…………リリスに口でかなうヤツなんているのか?

小太り中尉の顔が蒼白になった後に真っ赤になる、顔芸は得意みたいだが、どう言い返す気だ?

何を言っても倍になって返ってくるんだぞ? もうヤメとけよ。

………ビロン中尉は思いもかけない行動に出た、いや予想して止めるべきだった!

オレはリリスの切る啖呵(たんか)に聞き惚れて、注意力が散漫になっていた。

口ではリリスにかなわなかった、この豚野郎は!事もあろうに!リリスに向かってツバを吐きやがったんだ!

ツバを吐きかけられたリリスは冷静で、銀髪を汚したツバを単分子鞭で髪ごと切って捨てた。

冷静じゃなかったのはオレの方だった。豚野郎の襟首を片手で掴んで吊しあげる。

「テメエ、オレのリリスに何してくれてんだ!!!一回死んどくか!!」

生き残る為に人は殺してきたけど………殺してやるって思ったのは初めてだぞ、この豚野郎が!!

………何かがオレの中で変わったような気がした。いや、目を覚ましたような、そんな感覚。

宙吊りにされた豚野郎は両手で頭を抱え、凄まじい悲鳴を上げる。

「ギィアァアアア!ガヒイィィィィィィィィ!………や………め……………て…………ぇ……」

「ギャンギャン悲鳴を上げてねえでリリスに詫びろ!マジで殺すぞ!」

地獄の業火に焼かれてるみたいな顔で悶絶する中尉は、耳血まで流し始めた。………なんだコイツは? 持病でもあったのか?

残った雑魚二人が上官を助けようと駆け寄ってくる足音が聞こえたが、ナツメが二人まとめて蹴りで黙らせてくれた。

「カナタ!その目は!」

ナツメが血相を変えて叫ぶ。オレの目がどうかしたってのか?

オレと目を合わせたナツメは苦悶の表情を浮かべ、微かに呻き声を漏らした。

苦痛に強いハズのナツメが呻くなんてよっぽどだぞ。一体どうしたんだ?

オレは豚野郎を床に放り捨てて、ナツメに近づこうとした。

ナツメは片手で頭を抑え、手を顔の前にかざして必死の表情で訴えてくる。

「カ、カナタ。目を閉じて!お願い……目を……」

と、とにかく目を閉じよう。なにがなにやら分からないが、ただ事じゃなさそうだ。

「お、おいナツメ。目を閉じたぞ。苦しそうだったけど、大丈夫なのか?」

「………カナタ、ごめん!」

凄い衝撃を鳩尾に感じた。体の芯まで響く打撃! 

堪らず膝を着き、椅子に寄りかかる。…………い、意識が遠くなる……………

「ナツメ!准尉になにすんのよ!」

「カナタは狼眼ろがんを持ってたの!」

「はぁ? なによ、狼眼って!」

「話は後で!ああ、どうしよう!と、とにかく姉さんのところへ早く連れていかないと!」

……………聞き取れたのはそこまでだった。



……………オレの意識はゆっくりと、深い闇へと落ちていった。



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