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第五章 懊悩編
懊悩編15話 チートへの道 上級編
しおりを挟むサンピンさんからサイコキネシスの活かし方を教わったオレは、食堂に向かった。
喉が渇いたから、なにか冷たいモノでも飲もう。
サンピンさんに少々の怪我は覚悟してもらいやすって言われたけど、なんとか無傷ですんだ。
でもトゼンさん相手だとそうはいかないだろうなぁ。
そのトゼンさんとの訓練は明日だ。なので今日中にナツメを探さなきゃいけない。
見つからなかったらマリカさんから連絡してもらうしかないんだが………
食堂の片隅にナツメの姿を発見!
どうやら今日はツイてる日のようだ。やらしい牛乳を帰りに買っていこう。
今日のオレなら金のシールをゲットして、限定非売品のパツキン姉ちゃんヌード写真集を貰えるかもしれない。
オレはアイスティーを買ってから、ナツメの目の前の椅子に座る。
チョコレートケーキを食べていたナツメはチラリとオレを一瞥したが、すぐに我関せずって顔に戻った。
「ナツメ、話があんだけどさ。」
「………私にはない。あっち行って。」
「あっそ、ならいい。あのトゼンさんに稽古をつけてもらえるってのになぁ。」
ナツメの顔にピクッと反応があった。やっぱ興味があったな。
だがオレが追っかければ逃げる、とにかくナツメから追わせるんだ。
かつてボッチだったオレは、ボッチの扱い方は分かるつもりだ。
「トゼンさん相手だと怪我は覚悟しなきゃだし、女の子のナツメはやめといた方がいいか。じゃあな。」
オレは席を立って離れた席に座った。何事もなかったようにアイスティーを飲む。
動け、動けよ。興味あんだろ? おまえの強さへの渇望は分かってるんだ。
実戦で見せる無慈悲な………「殺戮天使」と呼ばれる徹底した殺しの技術。
マリカさんとの訓練で見せる鬼気迫る執念。強さへの妄執が確実にナツメの中にはある。
両親が撲殺されている時にベットの下に隠れているしかなかった、かつての自分。
弱い自分が許せない、力が欲しい、力さえあればあの時に!そんな後悔をずっと抱え込んでるんだろ?
だから食い付いてくるハズだ。訓練しない主義のトゼンさんと戦えるチャンスを逃すハズがない。
…………!立った。ナツメが食べかけのチョコレートケーキを置いて立ったぞ!
クララが立った時の感動ってこんな感じだったのかねえ。エラいぞ、ハイジなオレ。
立ち上がったナツメはツカツカと歩いてきて、オレの前の席に座った。
「…………話を聞かせて。」
あせんなあせんな、まだ針にかかってないぞ。
「トゼンさん達と飲んでた時に賭けをやってね。そんでトゼンさんに稽古をつけてもらうコトになったのさ。」
「…………いつ?」
「明日の夕方5時、場所は墓場外の空き地。」
「…………私もいく。」
fish,on! 食い付いたぁ!
「いいけど、相手はあのトゼンさんだ。怪我したからって文句は言うなよ。」
「…………言う訳ないでしょ。…………楽しみだわ。」
聞きたいコトを聞き、言いたいコトを言ったナツメはサッサと元の席に戻って、チョコレートケーキを食べ始めた。
ふぅ、上手くいったぜ。トゼンさんに稽古をつけて貰いたかったのは、ナツメが釣れそうってのもあったんだよな。
まだ医務室に行くのは早いかな。娯楽区画の漫画喫茶に行ってアニキングの新刊でも読むか。
やはり筋肉重装甲アニキングは傑作だった。早く特装愛蔵版が出ないかな~。
アニキングのコミックスは買うのは特装愛蔵版と決めているのだ。
もちろん通常版もセットで買うぜ、それが正しいファンのあり方ってモンだ。
悪の肥満組織シボーンを壊滅させたから終わっちゃうかと心配したけど、新たなる敵メタボーンが登場するとは驚きだぜ。
とうとう相棒のアネキングも登場したしな。アスラ部隊にはリアルアネキングが二人ばかりいるけど。
………あれ? アネキングっておかしいよな。女だからクィーンじゃないのか?
いやいや、んなコト言ったらキン肉バスターとキン肉ドライバーの合体技がマッスルドッキングなのもおかしいって話になんだろ!
キン肉ドッキングじゃカッコ悪いもんな。
そのあたりの言葉の深淵は言葉学の達人、リリス先生にレクチャーしてもらわずとも分かるぜ。
………そういやカナディアンマンって直訳すればカナダ人男になっちゃわないか?
カナダマンってのが正しいんじゃ………いや、正しくねえよ!
カナダマンなんてカッコ悪い、やっぱカナディアンマンのがカッコいいし、カッコよさは正義だ。
ゆで先生はいつでも正しいのだ。
それにカナディアンマンはウォーズマンと並ぶ超人強度100万パワーの持ち主、あのロビンマスクやラーメンマンより超人強度は上なのである。
念真強度100万nのオレとしては、強いシンパシーを感じる相手なのだ。
10号に負け、マリカさんに負け、シグレ師匠には2人がかりで負け、サンピンさんにも負けた。
そして明日はトゼンさんにも負けるであろうオレとしては、負けても負けても強く生きるカナディアンマンを愛さずにはいられない!
愛してんぞカナディ~!この愛こそは永遠、フォーエバーラ~ブ!
オレはカナディに愛を誓うのに夢中で、医務室の前を通り過ぎてしまった。
おっとっと、Uターンだ。まったく、オレの妄想性は一生モンだな。
医務室に入ったオレは眉間にシワを寄せたヒビキ先生とご対面と相成った。
なんだかヤバイコトが起こったんだろうなぁ、今日はツイてる日だったハズなんだが。
「来たわね。カナタ君、司令室へ行くわよ。」
オレに返事もさせずに、ヒビキ先生はオレの手を取って歩きだす。
ま、折角の機会だ、ヒビキ先生の柔らかい手の感触を楽しもう。
お手々繋いだオレとヒビキ先生は、紫煙渦巻く司令室へとやってきた。
「なんだ、ヒビキ。ノックぐらいしろ。」
クランド中佐のお小言頂きました~。
ヒビキ先生の名誉の為に言えばヒビキ先生はノックはした。
返事が返ってくる前に部屋に入っただけだ。
「なにかあったのか?」
怪訝そうに問う司令。
「ええ、カナタ君の事でちょっと。奥で話しましょう。」
オレ達は奥の書斎へと移動。
全員がソファーに腰掛けたところで、ヒビキ先生は話を切り出した。
「カナタ君のメディカルチェックをしてみたの。そうしたら驚愕の事実が判明したのよ。」
「また浸透率が爆上がりでもしてたか?」
ヘビィなスモーカーの司令が煙草を咥えたまま、そう問い返す。
「戦闘細胞浸透率は62%から66%に上がっていたわ。」
主従揃ってヘビースモーカーのクランド中佐が、葉巻をシガーカッターでパンチカットしながら首をかしげる。
「カナタはアギトのクローン体。限界浸透率が100%なのは分かっておろう。限界値と現在値の差が大きい間は浸透率が上がりやすいのは常識じゃ。なにも驚くような事でもあるまい。それを勘案してもカナタの伸び率は驚異的ではあるが………」
ヒビキ先生は首を振って説明する。
「そうじゃないのよ。戦闘細胞浸透率の上昇は想定の範囲内。問題は念真強度なの。カナタ君の現在の念真強度は………102万n。」
「なにぃ!!」 「なんじゃとお!!」
主従揃ってあんぐり口を開ける。クランド中佐はシガーカッターを手から落とすオマケつきだ。
念真強度が2%伸びたからってなんなんだよ。誤差の範囲じゃ……んか……って!!
「はいぃぃぃ!!念真強度が伸びたぁ!? い、いや、だって浸透率は成長するけど、念真強度は変わらないってのが常識でしょう!」
ヒビキ先生が深刻な顔で答える。
「昨日まではね。念真強度は成長しない。…………それが常識だった。」
驚愕からいち早く回復した司令が冷静に口を開く。
「計測機器の故障ではないのか?」
「私もそれを疑ったわ。でも機械に故障はなかった。」
クランド中佐、早くあんぐり開いた口を閉じなよ。
そんなんだから、リリスに使えないボーリングジジィなんて悪態をつかれるんだぜ。
ボーリングジジィに代わってオレがもう一つの可能性を示唆してみよう。
「オレの念真強度は最初から102万nだったって可能性は? 機械の故障はさっきチェックしたんでしょう? 最初の計測時に機械がおかしかった可能性は?」
「最初の計測時に故障してた機械が誰も修理しなかったっていうのに今日直ったって言うの? それにカナタ君の念真強度は従兄弟のいる研究所にいる間も何度も計測されてるの。そこでも100万nだったのよ?」
司令が言葉を引き取る。
「カナタ、これは認めねばなるまい。念真強度は成長しないという常識は過去のモノだと。常識を破った感想はどうだ?」
「厄介事がまた増えたとしか言えませんよ。ヒビキ先生、原因は分かってるんですか?」
ヒビキ先生は首を振る。だよな、原因が分かってるならヒビキ先生だってここまで困惑してないだろう。
オレ達の間を沈黙が支配する。それぞれが思考の迷路に入ったようだ。
ホームズ先生の言葉にあったな。
「完全にありえない事を全て除外すれば残った一つはいかにありえなさそうであろうと事実である。」
この理論は人間に(オレみたいな凡夫ならなおさらだ)一つの事象についてあらゆる可能性を見いだし、さらにその可能性に対し正しい考察が出来るのかという問題点はあるが、実に有効な思考法だと思う。
その理論でいけば残った一つの可能性は………
このクローン体に宿る魂が、異世界からの漂流者だってコトしか考えられねえよなぁ。
ありえなさそうってワケでもない。実にありそうな話だ。
問題は、説明するワケにはいかないってコトだよ。
まず信じてもらうのが無理そう。そして信じてもらえても………オレの立場がいっそう悪くなるだけ。
ないない、これはお口にチャックだ。
と、なると次に考えるべきは、
「このコトを公表すべきかどうかって問題がありますよね?」
腕組みした司令が頷く。
「悩ましい問題だな。」
ボーリングジジィが不思議そうな顔で、
「部隊の格好の宣伝になりますぞ。なにせ今まで念真強度が成長した例はなかったのですからな。」
欲に目を取られたジジィにヒビキ先生がツッコミを入れる。
「中佐、そう単純な話じゃありません。この事実を軍上層部が知れば、クローン実験にさらに力をいれようとするに決まってます!」
クランド中佐は額をペシッと叩いて、
「そっちの問題があったのぅ。ワシとした事がうっかりしておったわい。」
爺さんのうっかりぶりは八兵衛レベルだよ。気付けよジジィ!
うっかり侍従を持った可哀想な司令が決断する。
「しばらくは内密にして様子を見るしかあるまい。」
「その場合でもマリカさんとシグレさんには話しておくべきです。」
「カナタ、秘密を守る最良の方法は話さない事だ。」
「ええ、その意見には同意します。でもそれは気付かれないなら、という前提があればです。マリカさんは驚くほど部下のオレ達を見てくれてます。シグレさんはオレの師匠で観察力の鬼。気付くのは時間の問題です。」
「…………確かにな。2%なら気付かないかもしれないが、さらに成長すれば気付くに決まっているか。」
「さらに成長した時点で話せば、発覚した段階では秘匿した事もバレますよ。だったら最初にマリカさんとシグレさんには話しておくべきです。」
「カナタの言う通りのようだ。二人には話しておくべきだな。ラセン達に話すかどうかはマリカに任せよう。カナタと共に戦う1番隊の中隊長、特に田龜の爺様あたりは伊達に歳を取ってない。その眼力は侮れんからな。」
「伊達で歳を取ってる爺様もここにはいますけど。」
「カナタ、それは誰の事じゃ!」
クランド中佐から脳天にチョップをもらう。結構痛えぞ!爺様、オツムはともかく体は壮健ですね!
ヒビキ先生が口に手を当ててクスクス笑い出す。
ちょっと部屋の空気が和らいだかな。どんな時でもジョークは忘れないのがガーデンの流儀なのだ。
「ヒビキ、カナタのメディカルチェックの頻度を上げてくれ。今後の経過は詳しく知っておきたい。」
「分かったわ。」
「カナタ、おまえが弁が立つのは分かっている。だがたまには本音で話す事もあっていい。飾らない本音こそが人の心をうつ事だってあるのだ。」
「どういう意味でしょう?」
「…………やはりカナタは私を信用しきれないのだな。………私はおまえを利用すると広言し、実際利用している。信用しきれんのは当たり前か。ではカナタの本音を言おう。「これ以上仲間や恩人に隠し事をしたくない。」どうだ? 当たっているだろう?」
「…………司令が人の心を映す鏡を持っていたコトを失念していました。」
「…………以前から思っていたが………カナタ、おまえ本当にクローン体なのか?」
「アギトの生き写しのこの顔を見れば分かるでしょう?」
「そうではない、人格の方だ。おまえは生まれて半年も経ってないクローン体のはずだ。だが私にはカナタは確固たる人格を持ち、悩み怒り悲しみ喜ぶ、当たり前の、ごく普通の人間にしか見えないのだ。科学の力で人が人たる由縁と言える、個性ある人格まで形成出来るモノなのか。」
司令ってホントに油断ならない。鋭いにもほどがあるよ。話題をシジマ博士の野望にすり替えよう。
「オレを造ったシジマ博士は神の領域に到達したいんでしょう。悪魔の実験を成功させ、完璧な人間を創造し、神の悦楽に身を浸したい、そんな人でしたよ。オレはあくまでイレギュラー、確実に実験を成功させるメソッドを確立させるまで、博士は止まらないでしょう。」
「人は人の領域を超えるべきではない。シジマとやらが神になろうとするなら叩き潰すまでだ。」
冷酷な顔で司令が死刑宣告を下す。シジマ博士、お気の毒。
司令は世界で一番敵に回したらダメな人なんだぜ。
シジマ博士の話題が出たんで、ヒビキ先生の表情が暗くなってきた。ボーリングジジィも険しい顔になってるし。
う~ん、また部屋の空気が重くなってきたなぁ。ここはいっちょやってみますか。
「でもオレが普通の人間に見える人格を備えている理由は説明出来ますよ?」
「なにぃ!」 「なんじゃとぉ!」 「本当なの!カナタ君!」
司令とクランド中佐はそのリアクション二回目、天丼ですね。
「ワタシニハ、ジンカクヲ、カンペキニ、サイゲンデキルキノウガ、トウサイサレテイルノデス!」
オレはブリキのオモチャみたいなパフォーマンスにオレの芸人生命を賭けるコトにした!
一瞬の沈黙の後、笑い出す3人。けっこうウケたな、芸人カナタも捨てたもんじゃない。
「ククク、なかなか上手いじゃないか。来年の私の誕生パーティーで皆の前で披露してくれ。………今言った事は気にするな。なんでこんな人格を持つに到ったかなど、カナタ自身が知りたい事だな。」
オレのおっぱい好きでネチネチした人格は、日本で天然培養されたんですけどね。
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