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第五章 懊悩編
懊悩編6話 悩みがあるなら話してよ!
しおりを挟む※今回のお話はリリス視点になっています。
瞼に光を感じて目を覚ます。…………朝がきたみたいね。
頭が芯からズキズキ痛む。コレが二日酔いってヤツかしら。
バフッと枕に顔をうずめる。准尉の匂いがするような気がして気怠い気分が少し和むわね。
昨夜は失敗した、テキーラであんなに酔いが回るなんて思わなかった。
宴のドアタマで眠っちゃってたら世話ないわ、もっと准尉と夜を楽しみたかったのに。
まぁいい、私と准尉の時間はまだまだ続くの。機会はいくらでもあるわ。
安手のドアがカチャリと開き、疲れた顔の准尉が帰ってきた。
「朝帰りとはいい度胸ね、浮気してたら許さないわよ?」
「珍しく早起きじゃないか。まだ6時前だぞ。」
そうなのだ、私は朝に弱い。低血圧なのもあるんだけど、仕事がなければ10時ぐらいまでゴロゴロしてる事はザラだ。
低血圧より主たる原因は怠惰だ。勤勉さは美徳なのだろうけど、私の主義じゃない。
「昨日はお子様らしく早寝しちゃったからね。早起きもするわよ。」
「酔い潰れて寝入るのをお子様らしいなんて言わねえよ!」
うん、そのツッコミが欲しかったのよ。私がボケれば的確なツッコミが返ってくる。
准尉との会話は楽しいわね、本当に。
准尉もどうやら二日酔いらしい、小型冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し口にする。
おおかた誰かに付き合わされて朝まで飲んでたに違いない。
「私にもお水頂戴。」
准尉が新しいミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出そうするのを手で制止して、
「それでいいわよ。わざわざ新しいの開けなくてもいいわ。」
「い、いや、でもな。」
「今さら間接ちゅ~なんて気にする必要ないでしょ? 私とはもうキスしてんじゃない。」
「言葉は正確に使おうな。したんじゃなくて、さ・れ・た・の!」
そんな文句を言いながら、准尉は飲みかけのミネラルウォーターのペットボトルを渡してくれる。
痛む頭に手を当てて、髪をかき上げてから水を口にする。
ふぅ、ほどよく冷えていて甘露ね。悪くないわ。
「うん、二日酔いの朝に飲む冷たい水ほど甘露なモノはないって誰かが言ってたけど同意するわ。甘露なのは准尉が口をつけた水ってのもあるのかもだけど?」
「お嬢様、朝っぱらから生臭い話はやめましょう。」
「つまり昼以降なら生臭さトークはオッケーな訳ね?」
「言葉尻を捕まえるって言うけど、今のリリスがまさにそれだぞ?」
「准尉のお尻好きに合わせてあげてるの。お気に召さないなら揚げ足を取るに変えてもいいわよ? 太股も好きみたいだし。」
「お尻も太股も好きだけどな。どっちみちオレは救われねえだろ、それじゃ!」
「信じる者は足すくわれるって言葉もあるから気にしない事ね。」
「それを言うなら信じる者は救われる、だ! 足をすくってスッ転がしてどうすんだよ!」
「転ばした後は踏みつけるわよ、鉄則でしょ?」
「鬼か、おまえは! なにかにつけウソ、大袈裟、紛らわしい台詞ばっか吐きやがって!しまいにジャロに訴えられんぞ!」
「ジャロ? なにそれ?」
准尉はたまに意味不明な言葉を口にする事がある。
おおよそ全ての百科事典を丸暗記している私の脳内ライブラリーに引っ掛からない言葉を。
そこはちょっと気にはなってるのよね。准尉の妄想力が激しいせいなのだろうか?
「………言葉の秘密結社だ。ウソ、大袈裟、紛らわしい表現を多用する者に対して裁きの鉄槌を下す恐ろしい組織なんだぞ?」
「それが事実なら言葉の暴力団たる私の天敵じゃない。いいわ、私の前にジャロとやらのエージェントが現れたら封印を解いて変身するから。変身した私の本気の罵詈雑言を浴びせられて、果たして無事でいられるかしらね?」
「確かまだ2つの変身を残してるんだっけか? ジャロのみなさん全力で逃げてとしか言えねえな。」
いつものように准尉とおしゃべり、でも違和感があるわね。
…………なにかあったわね、空元気を出してるっぽいわよ准尉。
私を甘く見ないでよ? いつも准尉ばっかり見てるから細かな変化にも気付くんだからね?
准尉は棚からアスピリンの錠剤の瓶を取り出して蓋を開け、私に差し出してくれる。
「いらないわ、人生初の二日酔いなんだから、今日だけはこの気怠さを満喫するつもり。」
「次の二日酔いは十年後にしてくれよ?」
「期待されたら裏切りたくなっちゃうわね。」
「おまえは良い悪いは別にして、いつもオレの期待を裏切る悪魔ッ娘だよ。」
「お褒めに預かり恐悦至極ね。」
准尉はアスピリンを口に含んで、わずかに残ったミネラルウォーターを飲み干して流し込んだ。
頭が痛いのは二日酔いのせいだけじゃないんでしょ? 悩みがあるなら話してよ!
アスピリンじゃ解決出来ない頭の痛い悩みでも、私なら相談にのってあげられるんだから。
「准尉、あんまり食欲ないわよね?」
「ああ、2度ばかりリバースして胃は空っぽなんだけどな。トゼンさん達に付き合って昨夜、いや今朝までしこたま飲んだから食欲は全然だ。」
あの直立歩行型爬虫類達と酒盛りしてたとか、准尉って本当に変人と波長が合うのねえ。
私はベットから起き上がり冷蔵庫の中を漁ってみる。うん、卵とネギはあるわね。
「オッケー、徹夜で飲んでたならもう寝るでしょ?」
「そうさせてもらうよ、ベットも空いたみたいだし。」
「じゃあ帰る前に粥を作っといてあげるわ。目が覚めたら食べてね。」
「助かるよ、今だけはおまえが天使に見える。」
「私はいつでも准尉の天使のつもりなんですけど?」
私の返答に苦笑しながら准尉はシャワーを浴びにバスルームへ入っていった。
…………准尉は濃味の料理を好む傾向が強いんだけど、体調を鑑みれば今日は薄味に仕上げておいた方がいいわね。
手早く準備を整えるとしよう。私は昆布で出汁をひき、醤油で味付けをする。
パックのご飯をレンジで温め、容器に移しておく。粥とかおじやは冷や飯で作るのが准尉の好みだ。
それからネギを刻む。本当はネギは食べる直前に刻んだ方が風味が立つんだけど、准尉は面倒くさがるに決まってる。
粥の準備が終わった頃にシャワーを浴び終えた准尉がガウンを羽織ってバスルームから出てきた。
「今からご飯をいれちゃうと食べる頃にはふやけちゃうから、食べたい時にこの容器の冷や飯を入れてね。土鍋に出汁をひいておいたから仕上げる直前に溶き卵をいれるのよ、コレ大事。ネギは刻んで別の容器に入れてあるから。」
准尉は私に手を合わせてからベットに横たわる。
「昼は粥で済ませておいて。それから今日は飲みに出かけたりしないように。夜は私がスペシャルメニューを用意してあげるから一緒に食べましょ。」
「あんがとな。今日はもう酒は見たくない。おやすみ~zzz」
ぐったりした准尉はすぐに寝息を立て始めた。
私は准尉を起こさないようにそっと部屋を出る。悩みを抱えたみたいだけど、せめていい夢見なさいよね。
准尉の部屋の向かい側にある自分の部屋に戻って熱いシャワーを浴びてから着替え、それから珈琲を入れる。
作戦中はインスタントしか飲めなかったから、高級な豆をドリップした珈琲の味にありがた味(ミ)が加わって気分を高揚させてくれる。
シャワーと珈琲のお陰か二日酔いも随分マシになった気がするわね。
よし、私は今日も頑張れるわよ!
なにせ今日は准尉の悩みのタネを聞き出して解決する。解決出来なければ一緒に背負ってあげなきゃなんないんだからね!
10時までまったりと部屋で過ごすと二日酔いはほぼ治まったので、私は買い物に出かける事にした。
兵舎棟を出たらすぐに人差し指と親指を咥えて口笛を吹く。
澄んだ音が兵舎棟に木霊する。これでガーデンのどこにいようと聞こえたはずだ。
すぐに雪ちゃんが白い尻尾を靡かせながら私の元に駆けてきた。
雪ちゃんにはガーデンの移動でお世話になっている。雪ちゃんの意想もだいぶ感じ取れるようになったわ。
「バウワウ!(おっはよー!)」
「おはよう雪ちゃん。今日も足になってくれる?」
「バウ!(うん!)」
雪ちゃんは伏せの態勢をとってくれる。
私が足を揃えて純白の背中に腰掛けると、雪ちゃんはゆっくりと立ち上がった。
「まずは購買区画のホームセンターへ行きたいの。」
雪ちゃんは頷いてから滑るように走りだした。
絶妙のバランスを保ちながら走る雪ちゃんのお陰で、私は雪ちゃんの首輪代わりの赤いスカーフを軽く握っているだけでいい。
ガーデンのあちこちで昨夜のバカ騒ぎの後片付けをしていた。祭りの後って感じて少し侘(ワビ)しい気持ちになる。
購買区画に着いた私はホームセンターで卓袱台と座布団2つを買う、夕方6時に649号室に届けてくれるように頼んでおいた。
お次はスーパーで食材を買った、今夜のスペシャルメニューの材料だ。
おっと、雪ちゃんへの報酬の生ハムも買わないとね。
スーパーを出た後に雪ちゃんに生ハムを出そうとしたが、白い忍犬は首を振った。
そうだった、この忍犬は任務を完遂しないと報酬を受け取らない完璧主義犬だったわね。
じゃあ任務をさっさと完遂させなきゃね。私と雪ちゃんは最後の目的地である食堂に向かった。
昨夜の宴のメイン会場だった食堂も随分と後片付けが進んでいた。あと小一時間もあれば平常運転に戻りそうだ。
私は調理場に行って料理長の磯吉さんを手招きする。
手招きに応じて、角刈りに鉢巻き、これぞ板前って姿の磯吉さんがやってきた。
「おう、リリスちゃん。昨日の料理は楽しめたかい?」
「生憎テキーラを飲んですぐに酔い潰れちゃったのよ。惜しい事をしたわ。」
「そいつは残念だったね。だがガーデンじゃ宴はしょっちゅうあるから問題ねえよ。んで、何の用だい?」
「昨日は宴だったからすき焼きも出たんじゃない?」
「おうよ、バクラさんはすき焼きが大好物だかんな。」
「じゃあ割り下も作ったんじゃない、それ残ってない?」
「おう、バクラさんは砂糖と醤油で自分好みの味付けをしたがんだが、部下の連中にいっつも止められてんよ。結局、俺が作った割り下で食べてるねえ。」
いるのよねえ、味付けが下手な癖にすき焼きを仕切りたがる舌バカって。
「それ、ちょっと頂戴。今夜は准尉とすき焼きなの。」
「ああいいよ。だけんどリリスちゃんならバクラさんと違って、上手いこと味付けしそうなモンだが?」
「私がいくら小器用でもプロにはかなわないわ。磯吉さんの割り下は絶品だから。」
「嬉しい事言ってくれるねえ。」
磯吉さんは冷蔵庫から割り下の入った徳利とステンレスの容器を持ってきてくれた。
「こいつももっていきねえ。焼き鳥が入ってる。ただの焼き鳥じゃねえよ、軍鶏の焼き鳥だ。シグレさんは軍鶏鍋が好物なんで仕入れといたんだが、少し余ったんでな。」
「ありがと、遠慮なく頂いとくわ。いつも悪いわね。」
「いいんだよ。リリスちゃんは戦うのが仕事。俺は旨いモン食わせるのが仕事だ。食いモンのコトなら俺に任せときな。」
食堂を後にして外で待っている雪ちゃんの処へ戻る。
「任務完了よ、はいこれ。」
「バウ!(わ~い!)」
生ハムの袋を開けて雪ちゃんに食べさせてあげた。
「磯吉さんに軍鶏の焼き鳥を貰ったから、明日雪ちゃんにもおすそ分けしてあげるわね。」
「バウワウ!(たのしみ~!)」
雪ちゃんは尻尾を振って嬉しそうに吠えた。
この忍犬ちゃんはバクラとかいう隊長より、よっぽど味が分かってるんじゃないかしらね。
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