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第五章 懊悩編

懊悩編5話 ピースは揃った

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ダーツバー「スネークアイズ」、午前2時を過ぎてくると客の姿もまばらになってきている。

オレは朝までコースに付き合わされるハメになったんで最後の客になりそうだけど。

4番隊幹部の飲み会に参加しているオレは、この偶然を奇貨にトゼンさんに頼み事をするコトにした。

トゼンさんは稽古なんてしない主義みたいなんだけど、オレとしてはなんとか稽古をつけてもらいたい。

オレ自身の為に、そしてよこしまな目的のために、だ。

う~ん、なにか手はないかなぁ。

トゼンさんを構成する要素は人でなしと粋かなぁ。

粋、これだな。なんとかする要素があるとすればコッチだ。

ここは………粋に賭けでも持ちかけてみようか。

「トゼンさんの主義はよ~く分かりました。じゃあ賭けをしましょう。それならいいでしょ?」

トゼンさんはチーズ鱈を噛みちぎって咀嚼しながら答える。

「賭けだぁ? 何を賭けるってんだよ、小僧。」

「トゼンさんが勝ったらこの牙虎のストラップを差し上げます。オレが勝ったら一度だけでいいんで稽古をつけてくださいよ。」

「アホくせえ、なんで俺がそんな賭けに乗らなきゃなんねえんだ。」

トゼンさんはカップ酒をグビッっと飲って、スルメをちぎってはしがむ。

「旦那、いいじゃねえでやすかい。酒の席の余興としては悪かねえでやしょう。それとも負けそうだからヤメときゃあすかい?」

人のいい人でなしのサンピンさんが助け船を出してくれた。

「俺は悪運にゃ自信があんだ。いいだろう、やってやろうじゃねえか。」

う、やっぱトゼンさんは悪運が強いのか。

ナチュラルに運が悪いオレじゃあ分が悪そうだけど、やるしかないよな。

負けたところでストラップ一個だ、リスクのうちにも入んねえよ。悪くない話だ。

「え~と、どんな賭けにしましょうか?」

サンピンさんがフトコロからサイコロを2個とりだすと、

「シンプルに丁半でよろしいでやしょう。アッシがツボを振らせていただきやす。」

サンピンさんは焼酎の緑茶割りを一気に呑み干して、空になった湯飲みを右手にかざす。

ウロコさんが首に巻いていたスカーフをテーブルに敷いて盆切れにする。

息がピッタリですね、そういやウロコさんも堅気じゃない、暗黒街の顔役だったんだ。

こういう事はお手のものなんだろう。

右手に湯飲み、左手の指にサイコロを挟んだサンピンさんがツボ振りの口上をのたまう。

「そんじゃご両人、よろしゅうござんすか。丁半はいりやす。張ってもらいやしょう。」

湯飲みにサイコロを入れて、鮮やかな手つきで壺を振るサンピンさん。

そしてカン!と音を立てながらサイコロの入った湯飲みを盆切れの上におく。

そして手前から奥に3回、湯飲みをスライドさせる。これが作法なんだろう。

絶対トーシローじゃないよこの人。ツボ振りの経験があるに違いない。

「へい、ドッチモドッチモ。丁方ないか丁方。」

「じゃあオレは丁で。いいですかトゼンさん?」

「かまやしねえよ、俺は半だな。」

丁は偶数、半は奇数だ。2つのサイコロの目が偶数ならオレの勝ちだ。

「丁半コマ揃いやした。ピンゾロの丁!カナタさんの勝ちでやす!」

盆切れの上には赤い目が2つ、ピンゾロでオレの勝ちだった。

パイソンさんが指をパチンと鳴らして祝福してくれる。

「あんちゃんツイてんじゃねえか。」

「ボーイ、スネークアイズじゃないか。この店らしい決着だったな。」

確か英語じゃピンゾロは赤い目2つを蛇の目に見立てて、スネークアイズって呼ぶんだったな。

バー「スネークアイズ」でやった丁半博打の勝負にピンゾロで勝つ、か。

洒落てて出来すぎの勝利だ。ツキのないオレにしちゃ珍しい。………話がウマすぎるよな。

オレはサンピンさんの顔を覗いてみた。ごくわずかだけど口の端が上がっている。

………そういうコトか。でも、やっぱりこれは粋じゃないよな。

「………サンピンさん、気持ちはありがたいんですけど、気持ちだけ受け取っておきますね。」

「…………なんの事でやすかい?」

「目は奇数だったんでしょ。トゼンさん、オレの負けです。牙虎のストラップは差し上げますね。」

オレはハンディコムからストラップを外して、トゼンさんの前に置いた。

鋭い蛇の目、文字通りのスネークアイズになったトゼンさんが問いかける。

「………サンピン、小僧の言ったのはマジな話か?」

肩をすくめながらサンピンさんは答える。

「旦那、アッシは自分の振った目ぐらい分かりゃあすよ。目をイジるのも得意でやしてね。」

バイパーさんとパイソンさんが兄弟でサンピンさんを咎める。

「サンピン、サマは感心しねえな。興が削がれるだろうが。」

「兄ぃの言う通りだぜ、サマってのは粋じゃあねえよ。」

「まったくで。カナタさんもそう思ったから勝ちを辞退したんでやしょう。アッシとした事がとんだ野暮をやらかしたもんでさぁ。しかもカナタさんに感づかれちまうたぁ、アッシもヤキが回りやしたかねえ。博徒から足を洗って正解だったんでやしょう。」

サンピンさんは博徒上がりだったのか。それしかないって風体ではあるけどさ。

トゼンさんは黙って部下達のやりとりを眺めていたが、

「勝負は俺の勝ちだな、ストラップはもらっとくぜ。だがまぁ、サンピンがサマまでやって勝たせてやろうとしたんだ。いっかいだけ稽古とやらをつけてやろうじゃねえか。」

「ホントですか!ありがとうございます!」

「すいやせんねぇ、旦那。恩にきりやすぜ。」

「トゼン、どういう風の吹き回しだい? アタシはアンタがキレたら止めなきゃねって覚悟してたってのに。」

トゼンさんは例によってスルメを煙草みたいに咥えてしがみながら、

「黙っときゃ勝ててたってのにこの小僧………カナタは粋じゃねえからってゲロった訳だ。そういう行為まねは粋ってモンだろうがよ。」

「さすがトゼンの兄貴だ。漢だぜ。」

「うんうん、それでこそ俺っちと兄ぃの兄貴ってもんだ。」

オレは前回の作戦で、トゼンさんが楽しそうに機構軍の兵士を撫で斬りにしていくのを見た。

トゼンさんは命のやりとりが大好きで、その結果として命を奪うのになんの躊躇いもないどころか、明らかに楽しんでいる。

この人にとっては人の命、いや自分の命さえも鴻毛こうもうのように軽いモノ、正真正銘の人でなしだ。

機構軍側から見れば厄災そのものの男なんだろうけど、こっち側、オレから見ればなんとも言えない魅力のある人物にも思える。

人間の価値なんて案外そんなモノなのかも知れない。

立場や向き、距離によってはおんなじ人でも違って見える。

オレにとってはただ行く手を阻むだけの機構軍の兵士達にもそれぞれに人生があって、立場を変えれば魅力的でかけがえのない人物なのだろう。

よそう、せんない考えだ。心の刃先を鈍らせてもオレにいいコトなんかない。



その後は空が白みかけるまで飲みに飲んだ。

オレは途中で2度ばかりリバースしにトイレに行ったけどね。

スズメがチュンチュンさえずり出す頃に場をお開きにして、オレ達はスネークアイズを出た。

帰るねぐらは全員一緒だ。居住区画の兵舎棟に向かう道を、普段より眩しく感じる太陽を背にオレらは歩く。

オレは朝を迎えてシャッター街になった飲み屋街を振り返ってみる。一際太陽が眩しい。

「…………うはぁ。太陽って黄色かったんだぁ。」

でも楽しかったよな、また来よう。今度はシュリや同志アクセル達と一緒に。

「カナタはなかなかの飲んべえになるかもねえ。……ん? バイパー、明るいトコで見たら今日はわりかし真っ当なシャツを着てるじゃないか。」

「ラメが入ってるワリにはシックな色合いで手の込んだ蛇の刺繍がお洒落でやすねえ。珍しくセンスがあるじゃねえでやすか。」

「俺っちと兄ぃのトレードマークはダセえアロハシャツじゃなかったかい? どこで買ったんだよそれ?」

着るモノには頓着がないらしく、すすけた着流しを素浪人みたいに着こなすトゼンさんが教えてくれる。

「バイパーがまともなセンスしてるワキャねえだろうが。店売りの品じゃねえ、ハンドメイドだ。ホタルにもらったんだとよ。」

ホタルにねえ。うん、アイツは綺麗好きでマメで真面目ときてる。いかにも裁縫とか得意そうだよ。

「ああ、ちょい前の作戦で兄ぃがホタルを助けてやったみてえだけど、その礼って訳かい。」

「ああ、俺にこんなもん作る暇があるなら彼氏のシュリに作ってやんなよって言ったんだけどな。俺のサイズに合わせて作っちまってるし、生真面目眼鏡にラメ入りシャツなんざ似合う訳もねえ。ご丁寧にバイパーの刺繍までいれてくれてんだし、有難く頂いとく事にしたんだ。んでよ、作戦で入れ違いになっててお礼が遅れてゴメンなさい、ときたもんだ。ありゃあガーデン1の律儀娘だよな。」

「その律儀娘は衛生兵も兼ねてて、ドジ踏んで死んだマヌケの死体の血糊を拭いて、傷の縫合までしてやってんだとさ。1番隊の仲間だけじゃなくて友軍の兵士や、場合によっちゃ敵兵までよぅ。俺っち達にゃあ到底真似出来ねえよなぁ。4番隊なんざ死して屍拾う者無しだってのに、えれえちげえだわ。」

「キッドナップ作戦で救出したジャリ達からもエラく懐かれてたっておマチさんが言ってやしたし、ホタルさんは来るとこ間違えてやすよねえ。」

「アタシに言わせりゃあね、ホタルはこんなヤクザな基地の軍人なんざとっととヤメて、保母かマヌカンにでもなりゃいいんだよ。」

「あのアマ以上の索敵能力を持ったヤツァガーデンにゃいねえだろ。もっともあのアマにとっちゃそんな能力はなかった方がよかったのかもしんねえがな。マリカもホタルが殺しにゃ向いてねえのは承知してんだろうが、手放すに手放せねえってトコか。」

オレもトゼンさんの意見に賛成だ。ホタルは生来、殺しには不向きな性分なんだと思う。

優しすぎんだよ、ホタルは。………オレには永久凍土のように冷たいけどな。

………考えてみたらオレはホタルの性格や性癖をよく知ってるよな。

シュリからよく聞かされてるってのもあるけど、憎まれる理由が知りたくてホタルの話題には気を払ってるからか。

………なんで憎まれてるか分からない?………ホントにそうか?

実はもう答えに至るピースは揃ってんじゃないのか?

今までちゃんと考えてみたか? 考えたくなかったダケで思考を放棄してなかったか?

…………ヤバイ、酔いの回った頭なのに妙に冴えてるような気がする。

スゴい勢いでホタルに関するオレの見たモノや聞いた話が組み合わさっていく。

よせ、考えんの止めろ。ろくでもない答えに到達するに決まってる。

ダメだ、気付いちまった以上、オレには思考を放棄するコトはできない。

これはオレの性分だ。勤勉すぎだろオレの納豆菌は!

……………だがピースが一つ足りないようだ。

「カナタさん、深刻な顔で黙り込んじまってどうしたんでやすかい?」

「…………サンピンさん、シグレさんとアギトの決闘って、どのぐらい前の話なんですか?」

「暗い顔してると思ったらアギトの事なんか考えてたのかい。アギトとシグレの決闘って、アタシとトゼンがガーデンに来る前の話だよねえ。」

頼む、頼むから間違っててくれよ。

「そりゃその決闘が原因でアギトはガーデンを追放された訳でやすからねえ。………そう、2年ばかし前ってトコですかね。それがどうかしたんでやすかい?」

やっぱりそうか!ちっきしょうめ!悪い考えほどよく当たりやがる!



………………まいったぜ。最後のピースもハマっちまったぞ。



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