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第五章 懊悩編
懊悩編3話 人でなしからの忠告
しおりを挟む4番隊中隊長の飲み会に参加したオレは外飲みデビューだってのに、朝までコースにお付き合いするハメになってしまった。
リリスにベットを占領されちまってるし、もうヤケだ。お付き合いしましょう、どこまでも!
「パイソンさんの耳ってちょっと欠けてますよね。やっぱり激戦の代償ですか?」
「こいつは兄ぃにやられたんだよ。可愛い弟にヒデえ事するだろ?」
「パイソン、おめえだって兄ちゃんの二の腕にでっかい傷を作ったじゃねえか。」
ちょっとだけ酔いのまわったらしいサンピンさんが、陽気に笑いながら、
「その傷を作った殺し合いの理由ってのが、実にアホらしい話なんでさぁ。」
「さっき兄弟で殺し合いをやったって言ってましたね。どんな理由なんです? 女の取り合いとかですか?」
「そんな艶のある話じゃねえんでやすよ。昔はバイパー・ハント。パイソン・ハンターって苗字だったんでやすがね。似通ってて紛らわしいから兄弟おんなじ苗字にしようって話を2人でしたみてえなんでやすが……」
「………まさかそれで殺し合いになったんですか!」
「さいでやす。どっちも譲らずに喧嘩になりやしてね。で、勝った方の苗字を負けた方が名乗るって寸法で。そいつがエキサイトしやしてねえ。どっちか死んでもそれでカタがつくじゃねえかって、真剣で殺し合いを始めやして。」
確かにアホらしい殺し合いの理由だ。そんなコトに命をかけちゃうのかよ。実に4番隊らしいっていうか。
「ウロコさん達は止めなかったんですか?」
ウロコさんが頼んだドライソーセージが運ばれてくる。舌舐めずりしてるあたりからして、好物らしい。
「お、きたきた。アタシはこいつが好きでねえ。なんで止める必要があんのさ。双方納得の上での殺し合いだろ?」
ドライソーセージを摘まんで、舌で絡めとるように食べるウロコさん。ホントにヘビっぽい人だ。
「ドライソーセージは戦場でも食えるからいいでやすな。アッシの好物は生ハムメロンなんで難儀しやすよ。んで殺し合いなんでやすがね。運がいいのか悪いのか、決闘してた場所の木の上でトゼンの旦那が昼寝してやしてねえ。当然この兄弟は昼寝の邪魔をしちまった訳でやすよ。」
「………それでどうなったんです?」
「旦那は殺し合いなら他所でやりやがれ、もっかい俺の昼寝の邪魔しやがったら、2人まとめてぶっ殺すって、のたまいやした。」
パイソンさんがドライソーセージのご相伴にあずかりながら、
「んで俺っちがよう、隊長ズラすんなスカタン、テメエこそすっこんでろって言った訳よ。」
「俺は残った片腕も叩き斬って腕ナシにしてやろうか、ああん?って凄んでみたな。」
うえ、「人斬りトゼン」相手になんちゅう命知らずな真似を。
虎の尾ならぬ蛇の尾を踏んじゃったワケだろ。よく生きてたなあ。
「そ、それでどうなったんです?」
兄弟は同時にシャツの前を開けながら、
「こうなった。」 「こうなるわな。」
胸板からヘソ近くまで蛇が這うような傷痕を見せてくれる2人。
「パイソン、あんときゃあ参ったよなぁ。」
「まったくだね兄ぃ。新参の隊長があそこまで強いなんて、俺っちも兄ぃも思わなかったもんよぅ。」
「どんだけ腕自慢だろうが氷狼ほどじゃなかろうと正直舐めてたからな。我ながらよく生きてたもんだぜ。」
「で、兄弟仲良く返り討ちにされた俺っちと兄ぃは、力を合わせてトゼンの兄貴の為に派手に死ぬ事にしたって訳よ。」
「氷狼の為に死ぬのは勘弁だが、トゼンの兄貴の為なら死んでいいって思えるからな。なんせカッコいいからよ、兄貴は。」
「トゼンさんの殺しっぷりはなんというか………粋な感じがありますよね。」
「おうよ、カナタもこないだ見たろ。片袖を風になびかせながら、人をゴミみてえに斬り捨てる隻腕の人斬りの勇姿をよぅ。」
そうなんだよな。トゼンさんの戦闘って、なんだか時代劇のチャンバラを見ているような、ある種の爽快感があるんだ。
時代劇のチャンバラと違って多数の命を奪っているんだけどさ。
「俺が女なら正直惚れるね、ウロコさんみたいにな。がふぅ!」
ウロコさんのしなる腕から繰り出されるスネークパンチがアゴにヒットして、綺麗に倒れるバイパーさん。
「だ~れがトゼンのウスラボケに惚れてるだってぇ!ただの腐れ縁だよ、腐れ縁!」
でもちょっと顔が赤いですよウロコさん。お酒のせいかもしれませんけど。
口にはしない、沈黙は金だ。スネークパンチは喰らいたくないからな。
「ハハハ、惚れた惚れないはさておいて、旦那の生き様はアッシらみてえな人でなしには堪(コタ)えらんねえ魅力がありゃあすねえ。是非とも生き様だけじゃなく、死に様も拝んでみたいもんでやすが。」
死ぬトコも見てみたいとか怖いコトを本気で言ってるっぽいよなぁ。
サンピンさんは人当たりのいい人でなしってトコか。
そんな人達と楽しく飲んでる元大学生、どうやらオレも普通じゃなかったらしい。
「こないだの戦いで、人間生まれた以上は一度は死ななきゃならねえ、早いか遅いかだけだって言い放ちましたけど………トゼンさんらしい名言というか………共感するかどうかは別にして、カッコイイのは確かですね。」
ウロコさんが苦笑いしながらグラスをかたむけ、酒を楽しんでから忠告してくれる。
「カナタ、酒の席に誘っておいてなんだけど、アタシらに毒されるんじゃないよ。人の道から外れて蛇(ジャ)の道をゆく。アタシらは人としてはイカレてんのさ。」
「蛇の道は蛇、でもオレには蛇にはなるなって言うんですか?」
「ああ、2本足でちゃんと人の道を歩きな。アタシらみたく、蛇みたいに這いずりだしたら仕舞いだよ。」
「どうなんでしょう。オレも十分、人でなしの人殺しです。もう鱗が生えてきてるかもしれませんよ。」
昏倒から復活したバイパーさんが椅子に座り直して、
「ボーイはまだコッチには来てないさ。俺達には分かるんだ、同類かどうかってのはな。」
「兄ぃの言うとおりだ。あんちゃんからは、まだ同類の匂いはしねえよ。」
まだ、か。でもオレもこの世界に来て間なしの頃は、生き残りをゲームみたいに楽しんでいた。
蛇の素養はあるのかもしれない。
「カナタさん、アッシは思うんでやすがねえ。怒りや憎悪、妬みに嫉みってな負の感情だけじゃなく、狂気ですら人を構成する要素なんじゃねえかってね。そいつは心ん中の深淵に潜んでいる蛇で、隙あらば呑み込もうと様子を窺っているって訳でさぁ。」
サンピンさんが含蓄のあるコトを言う。ウロコさんがさらに補足してくれた。
「カナタ、戦場で生きるか死ぬかって修羅場を何度も経験してるとね、聞こえるようになんのさ。サンピンの言う心の深淵に潜む蛇が鎌首をもたげる音ってのがね。アタシらはその誘惑にのっちまった。狂気に身を委ねて生きる事にしたのさ。」
楽園にいたエヴァを唆したのも蛇だったな。
心の深淵に潜む蛇が鎌首をもたげる音、か。オレにも聞こえるようになるのだろうか?
「戦場なんて極限状態じゃ、人ってヤツは狂ってるほうが楽だってことでさぁ。楽な道を選んだアッシらが言うのはおかしな話でやすが、カナタさんはそうはなりなさんなよ。」
「トゼンさんも戦場の狂気に呑まれたんでしょうか?」
「いんや、トゼンは違う。アタシは昔っからトゼンを知ってるけど、アイツはハナッからああだったよ。トゼンの毒気にあてられたのが、アタシの運のツキだったかな。」
「むしろ旦那は狂気をバラまく為に使わされた使者なんじゃないでやすかねぇ。そういう生まれつきどうしようもねえ人間も世の中にゃいるってことでさぁ。」
トゼンさんがいないのをいいことに言いたい放題だな。
ま、古今東西、飲み会での定番は上司への悪口だもん……な……って、オイ!
志村、後ろだよ!後ろ~~!
「あぁん、俺がどうかしたってのかサンピン?」
サンピンさんの後ろには着流しの片袖が空っぽの、隻腕の人斬り様がいた。
ヤ、ヤバイ、酒場が惨劇の舞台になったりしないだろうな?
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